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ラプンツェルの憂鬱(中)




 広い家中に響き渡る、言葉を成さない甲高い悲鳴が酩酊していた脳と耳をつんざく。


 何ヶ月か前にも同じような事があった気がする、が前と違うのは悲鳴と共にシャンプーボトルが飛んできた事だ。


 シャンプーだけではない。洗面器、入浴剤、浴槽を洗うブラシ、コップ、ありとあらゆる物が絶え間ない悲鳴と共に矢継ぎ早に飛んで来る。


 その向こうにいるのは、バスタオル一枚という高校生には刺激の強いコスチューム?のルミナ。


 「ちょ、まっ!」


 「なんなんですかわざとですか!」


 一度ならず二度までもとでも言いたげな憤怒と羞恥が織り交じった絶叫が家中に響き渡る。どうしたの!?というアリシアの声も聞こえたような気がするがそれに答える余裕はユキオにはなかった。


 「いや!ちが!そんな、覗くつもりなんか……」


 「人の家でいきなりバスルーム開けるとかありえないでしょう!!」


 それは正論かもしれない。しかし、それ以前に人の顔面に体重計を投げつけるほうがありえないのではないだろうか。


 歴戦の戦士であるユキオは、瞬間、自分でもびっくりするくらいその危険に対する選択肢を脳内で検討していた。


 高速で接近する体重計は鉄製。当たれば怪我は免れまい。防御するには両腕を使うほか無いが、その両腕はマヤを支えている。マヤを手放してからでは防御に間に合わない。


 ならばマヤを掴んだまま回避するか。しかし自分はともかくマヤまで完全に安全圏に移動するには、ユキオの脚力は心もとない。その上先程飲んでしまったビールのせいで足元がおぼつかない。回避が成功する可能性は低いと思えた。


 冷静な思考は、無駄ではなかったとは思う。ユキオは与えられた選択肢の中で最善と思えるものを選んだ。


 結果。


 ごぃん、という穏やかではない音を立てながら、体重計はユキオの額に激突した。


 目の前が真っ暗になり、意識が遠のく。せめて、バスタオルを巻いたルミナの(あまり凹凸の無い)白い美しいボディだけは覚えていられますように……とユキオは願った。







 パン、パン、と手を打つ音がリビングに響いた。何事かと思って少女が音の方を向くと、日焼けした小麦色の肌の少年が手を合わせて眼をつむっている。その先には、食卓に乗せられた動物……カバの置物があった。大きささえ手の平サイズであるものの、その出来は非常にリアルで本物と見間違えそうな代物だ。


 「カバ?」


 「ああ」


 少年は短く祈るような仕草をしてから眼を開き、少女のほうを見た。


 「なんでカバにお祈りしてンの」


 「バカにすんなよ、オレのクニの神様だぞ」


 「何ソレ?ジョーク?」


 アハハハハとオーバーなリアクションで笑う少女に少年はあからさまに不機嫌そうな顔をする。一発殴ろうかと思ったところで、寝室のドアが開き、無精髭を生やした『J』が仏頂面でのっそりと出てきた。


 「あ、おはよ、『ジェイミィ』」


 「ああ」


 『J』もまた、不機嫌を隠そうともしない。珍しく眠そうな目で二人を見やってから、作り置きのコーヒーをカップに注いだ。あきらかに徹夜したのだろう。


 「終わったのか?」


 少年の問いにまた、ああ、と頷く。


 「ポッドの準備は終わって、今最終チェック中だ。増設プラントの稼働率も90パーセントで安定している。しかし、ポッドでの介入時間は最大421秒……それを越えればトレーサーの意識が引きずられ、『帰って来れない』恐れがある」


 「えー、何でー?」


 『J』の言葉に、少女が危機感の無い声で訊ねる。その声音に余計ストレスを溜めたのかイライラした口調で答えた。


 「ドクターがそう作ったんだ。オレは知らん」


 「ふーん、そうなんだ」


 少女はまるで気にしていないようだった。トースターから丁度焼けたパンを取り出しべったりとジャムを塗りたくる。


 「もう九時じゃないか。二人ともそんなのんびりしていていいのか」


 「すぐに出るよ」


 少年の返事に合わせて、少女がパンを加えながらコクコクと首を振る。その口元からパンくずがポロポロと床に落ちた。あくまで気楽そうな二人を見て、『J』は内心、自制が効かなくなりそうな、自分でも意外な程の苛立ちを自覚していた。


 (こんなところで、これ以上子守りまがいのことなんかしていられるか)


 ズボンのポケットに手を入れる。その中にはどす黒い、濁った血の様な赤い色のメモリーキーの感触があった。



 目が覚めたら、自宅のベッドの上だった。


 どうやって帰ってきたのかは全く覚えていない。思考がボンヤリとしてユキオは記憶の糸を手繰ろうともがいた。


 自分が昨夜何をしていたのか、覚えているところから思い出そうとしたが、酷い頭痛に襲われて額に手を当てる。そこには、分厚く巻かれた包帯があった。


 (包帯……ケガ?)


 思い出した。これは体重計をぶつけられた跡だ。体重計……何で……。


 記憶のピースが脳の奥から次々と舞い戻ってくる。酔っ払いの上司、アリシアの優しい手の感触、そして白いバスタオル……。


 「!」


 バッ!と布団をはいで起き上がる。周りを見回して、そこが間違いなく自分の部屋だという事を再確認した。窓際の愛用の植木鉢には、埃がたまり始めている。


 (……アリシアさんが送ってくれたのか?でもお酒呑んでいたし……、いや、そんな事の前に!)


 ポケットの中を探る。ケータイはいつものポケットの中にあった。慌てて取り出し、ルミナにメールを送ろうとするが一体どう謝ればいいのかわからずそこでまた硬直した。


 「なんて言えば許してくれるんだ……?」


 真実はマヤとアリシアさんが話してくれたかもしれない。しかしそれで納得するだろうか。事故とは言えあられもない姿を二回も見たとなっては、これは犯罪の可能性が……。


 「いやいやいや、俺は覗き魔じゃない!」


 否定しようとぶるぶると頭を左右に振る。猛烈な頭痛が再びユキオを襲い、悲鳴を上げながら眩暈を起こしながらたまらずベッドに転がった。


 ケータイをよくよく見ると、メールが届いていた。


 ルミナからの絶縁状かも……と恐る恐るメールを開くが、それは彼女の姉、マヤからのパンサーチームの四人に送ったものだった。


 『パンサーチームの各員へ。ごきげんよう、ビューティ指揮官奈々瀬です。本日はロマンチックな事に朝からステキな天気ですね。つきましては、<センチュリオン>悠南支部・学校側出入り口の雪かきを行うので、10:30にコンビニに集合して下さい』


 一瞬、文面の意図が掴めずにとりあえずカーテンを開け、ユキオは絶句した。


 「うわ……」


 外は季節はずれと言ってもいい位の大雪が降った後で、町中が一面の銀世界と化していた。


 折りしも、その日はクリスマス・イブだった。




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