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向日葵畑


 <センチュリオン>悠南支部・パンサーチーム所属

 前衛制圧用WATS(ウォールド・アーミング・トルーパー・システム)


 最大速力 120km/h


 武装

  T58大型専用シールド

  重ガトリング砲 一門

  二連ビームガンパック 一基

  インパクトボム 一個

  電磁スモッグボム 一個

  フラッシュグレネード 一個

  スプレッドボム 一個

  ハイボマーグレネード 一個


 <センチュリオン>活動プロモーション部隊、パンサーチームの為用意されたWATS『ファランクス』シリーズの一機。前衛戦線を支え、後方支援を容易にする事を主任務とする。


 そのため本体には足回りを中心に高出力バーニアを配し、機動力を確保。専用の大型シールドによりその生存性を高め最前線での長期戦闘を可能としている。引き換えに重量のある強力な火器は搭載できず、牽制と攻撃を兼務する固定火器、重ガトリング砲とビームガンのみが固定武装として採用された。


その低い攻撃能力をカバーするために腰部リアアーマーに、攻撃やかく乱の為の各種グレネードを装備している。これらは範囲・効果共に優秀な火器であるが、それぞれ一つずつのみ搭載している為、補給が行えない状況下では使用する局面を考慮しなければならない弱点を持つ。


『ファランクス』シリーズでも新型に当たる機種で、転回速度、ジャンプ性能、各関節の出力・強度等は<センチュリオン>が使用するWATSの中でもトップクラスを誇り、その見た目からは予想外の機動性能と格闘性能を誇る。




  二 向日葵畑


 ユキオがウォールドウォーに参加する事になったのは4ヶ月前、学校で生徒全員を対象にした不自然な脳波テストがきっかけだった。


 その後自分のPCに、唐突に有名なゲームメーカーから新作のシミュレーターゲームのベータテストにご協力下さいとソフトが送られてきた。なんか不自然な事が起こっているなと思いながら、そのやけに出来の良いゲームで高成績を取って(中学の頃からシミュレーター系のゲームが好きでよくハイスコアを全国ランカーと争っていた)いるところに、<センチュリオン>の一員を名乗るスタッフに

声を掛けられ、ああ、なるほどなと納得した次第である。


 「と、言うわけで可能であれば、玖州君にも協力して欲しいの」


 下校中に声を掛けてきた明るいブロンド(染めている)の美女、センチュリオン悠南支部の奈々瀬マヤと名乗る女性が一気呵成に説明を終えると、ぐーっ、とコーラフロートを飲み干す。


 (あんな一気に炭酸飲み込んでなんで平気なんだよ…)


 ユキオはそれを見てそんな的外れな感想を抱いていた。

 季節は六月、日差しは徐々に夏の湿り気を帯び、爽やかというには蒸し苦しさを覚えさせるようになってきた。午後四時の傾いた陽光が木陰越しに、ユキオとマヤの座る喫茶店のテラスの机に踊る。


 「えーっと、つまり」


 ユキオは机から目の前の満足そうにグラスを置いてスーツのジャケットをパタパタしているマヤに視線を移し口を開いた。

 クリっとした若干釣り目気味の丸い瞳は悪戯好きの猫を思わせる。


 「<センチュリオン>悠南支部で人手が足りないため、ウォールドウォーで戦う予備人員を探している、と」


 「うんうん」


 人懐っこく相槌を打つマヤをわざとスルーしつつ、


 「悠南支部は自分の通う悠南二高のすぐ傍の地下に本部があるため、悠南二高の生徒で補充できれば都合がいい」


 指を一本ずつ折りながら、口に出してマヤの説明を反芻する。


 「脳波テストとゲームでの適正から自分が特にアーミングトルーパーの操縦士…トレーサーに適している」


 「そうそう」


 わかってるじゃないとニコニコしながらクセのあるボブカットを揺らすマヤ。


 (ホントにこの人<センチュリオン>の人なのか?)


 「…ウォールドウォーってナントカって博士が引き起こす迷惑なサイバーテロと戦う、アレですよね?」


 「本人は『戦争』だって言い張ってるけどね」


 ズズズ…と残ったコーラとアイスをかき混ぜて下品な音を立ててストローで飲む年上の女性にだんだん本気で信用が置けなくなってきたユキオが半目で質問を続ける。


 「そんな重大な任務に高校生を使うって、大丈夫なんですか?」


 「ん?」


 意外、とマヤは綺麗な瞳を向けてきた。


 「さっきも話したけど、アーミングトルーパーの操縦は反射神経を使うゲームのような物よ。大体玖州君くらいの年代の男の子が一番そういうの上手いと思うんだけど。ゲーム、好きでしょ?」


 「好きですけど」


 「ウォールドウォーシステムにアクセスする為の脳波値も、若い人のほうが波長に合いやすい…その仕事内容上、どうしても公務員とか自衛隊上がりって人を充ててるけど実際これ、キミらみたいなゲームの上手い人にやって欲しいってのが本音なのよね。こないだも四十間近のオジサンが、『オレはもう無理だー!』って言って泣きながら帰って行ったし」

 

 四十と言えばユキオの父と同じくらいの歳だ。それはキツイだろうな…とユキオは見知らぬオッサンに同情した。


 「でも、責任重大ですよね…未成年がやっていいんですか?それに正直、自信が…」


 モゴモゴと言いよどむ様に続けるユキオにばれないように、マヤはこっそり嘆息した。


 (ま、最近の若者なんてこんな物よね)


 自分だってうら若き女子高生時代に架空でもいいから戦争やれなんて言われたら、そりゃしり込みしちゃうもの、とマヤが内心思っていると、細く白い左腕に巻いた時計からピリピリピリ…と聞き慣れない電子音が鳴り始めた。マヤはニコっとユキオに笑顔を見せる。


 「ちょうどいいわ、も少し付き合ってくれる?」 




 マヤはユキオを引っ張って早足で学校の傍まで連れ戻った。グラウンド傍のコンビニの裏手に入り、ゴミ袋を縛っている店長に「どうもどうも」などと愛想よく挨拶しながら店員用の駐輪場の端にある不自然なガレージに近付いていった。


 「これは?」


 「<センチュリオン>悠南支部の入り口の一つよ」


 「これが!?」


 こんなところに無造作にあったなんて全く気が付かなかった、と驚くユキオの前でマヤがシャッター脇のテンキーを素早く叩き、指紋と網膜認証を済ませるとゆっくりとシャッターが開き中への入り口が現れた。中を覗くと白い清潔そうなエレベーターになっているようで、ひんやりとした外気とは異なる匂いの空気が流れ出した。


 「いいんですか、入って?」


 「見てもらいたい物があるの」


 先ほどまでの軽い口調とは違う、やや硬い物言いに押され、エレベーターに乗せられてユキオはマヤと地下へ移動する。意外と深く、軽く三十秒はそのまま下ったのではないだろうか。気になったことを質問しようとユキオが口を開こうとしたところで、それを制するようにマヤが話を始めた。


 「ちょうど今、ドクターマイズの軍勢、マイズアーミーが攻撃を仕掛けようとしているわ。目標は先日やっとオープンした悠南モノレールの運転システム。開通したばかりで自前の防衛障壁も間に合っていないでしょうね。大変大変」


 言葉尻は気楽そうに話しているが、聞いている分には結構大事のようである。ユキオは恐る恐るマヤに尋ねた。


 「それ、システムをやられちゃうとどうなるんですか?」


 「これを見て」


 マヤがエレベーターの壁面に設置されているタッチモニターで映像を呼び出した。真新しい鮮やかな桜色のモノレール車両が停止しているようだ。


 「悠南モノレールは坂の多い悠南市の交通事情を考慮して建設された交通機関ね。大体地上10メートルから高いところでは20メートルの高さを運行しているわ。いまシステムに攻撃を受けて停止している車両は16メートルの高さ。ターミナルですれ違いながら運行するからその間のレール部分は単線なので、ここに別の車両がやってきちゃうと…」


 「ぶつかって、たぶん、落下…?」


 「中の乗客はただではすまないでしょうね」


 ドライにかぶりを振る美女に慌ててユキオが確認する。


 「でも、他の車両も止まっているんでしょう!?」


 「それがねぇ…」


 タッチパネルを細い指が弾くと、別の画面に切り替わり、ノンブレーキで暴走する車両が映し出された。


 「なっ!?」


 「こちらの車両のコントロールはすでに奪われてこんな状態みたいなのよね」


 ピッ、ピッとモノレールの路線図を呼び出し二つの車両の距離を表示する。運行開始したばかりで、現在レール上にあるのはこの二車両のみのようだ。衝突予想時間までは17分弱。


 青くなってユキオが早口で確認する。


 「<センチュリオン>の人はもう対策に入っているんでしょう!?」


 「もちろんウチのメイン、イーグルチームが運転システムの奪取に回っているわ、でもこの暴走車両のコントロールは車両側のシステムを奪還しないと復帰できない。その為にはこの車両を占拠しているマイズアーミーを全滅しないといけないの」


 「それ…誰がやってるんですか…?」


 ゴクリ、と生唾を飲み込んでユキオは瞬きも忘れ、隣の美女を見上げる。その瞳には、あくまで冷静な、現実を直視する大人の視線が映りこんだ。


 「あなたが、やるのよ」


 「……え?」


 いきなりの指名に固まるユキオにマヤが諭す。


「人手が無いって言ったわよね。イーグルチームは大本のシステムに手一杯。ここにはあと一つウォールドウォーにアクセスできる空きポッドがあるけど、私はマイズアーミーを

撃破する腕が無い」


 「そんな、だって…」


 「未経験でも、システムはキミにやってもらったゲームに近いわ。キミならできると私は信じてる。そして今すぐ戦わなくちゃ、あの二つの車両の乗客、七十三名は大変なことになるの」


 冗談じゃない、とユキオは思ったが、さっきまでとはまるで違う、現実を見据えた真剣なマヤの瞳に口を閉ざさざるを得なかった。そう、状況は間違いなく緊急事態だ。

あのナントカって博士はガチで人の命を危険にさらしている。顔すらおぼろ気にしか覚えていない老人が本気で戦争を仕掛けてきているのだ。今までテレビのニュースで、どこかでそんなSFのような戦いが繰り広げられているとなんとなく聞いていただけでまるで実感が無かったが、今その事実がガクガクとユキオの膝を震わせ、それ以上に頭蓋骨の中の脳味噌を揺さぶった。

 

 「お、俺は…」


 「お願い」


 お願い、とは言ったがマヤのその物言いは最早命令にしか聞こえなかった。ユキオはどうなっても知らないぞ、と心中で捨てゼリフを吐くのがやっとだった。




 その後の事はあまりよく覚えていない。時間が無い為、自分が操る自機、アーミングトルーパーの武装やスペックも一言二言説明されただけで、ゲームセンターの大型筐体のようなポッドに放り込まれ、すぐに単身、戦場に向かわされた。


 緊張で全身汗まみれになりながら、手当たり次第に羽虫のようなマシンにロックオンしてはトリガーを引きまくる。効率も何もあったものでは無く、気が付けば敵マシン『フライ』の群れもフィールドもユキオの放った弾丸で穴だらけになっていた。


 『フライ』の群れも突然現れた乱入者に小型レーザーを雨霰と浴びせかけ、ユキオのトルーパーが被弾する毎に彼の脳内に激しい衝撃が走った。生まれて始めて殺意を帯びた攻撃に晒され、ユキオの奥歯はガチガチと鳴り、勝手に涙と小便が漏れそうになるのを、恐怖と共にまとめて食いしばりながら、手にしたマシンガンを乱射し続けた。


 ようやく動く敵影が見当たらなくなったところで、残り時間のことを思い出し慌ててインフォメーションパネルを見ようとしたが、その前にマヤのホッとした穏やかな声がスピーカー越しにポッドに響いた。


 「ありがとう、モノレールは無事よ、本当にお疲れ様」


 その声を聞いてユキオは、引きつってガチガチに固まっていた肩をドッと重い荷物を下ろすように下ろした。手首で顔中垂れ流しになっていた汗を拭ったがとても拭いきれる物ではなかった。



 

 その後、改めて美女スタッフの(割といいかげんな)説明を理解した上でなお重大な仕事に就くのに抵抗があったユキオだったが、それなりにいい時給と、あくまで緊急時のみという条件を約束し、家族や、ひいては自分自身の生活を守るためでもあるとの言葉に、サポート部隊のパンサーチームへの加入にしぶしぶ同意した。


 一緒のチームを組むことになったカズマやマサハルも同じような経緯で参加する事になったらしい。どう見てもあまり事の重大さをわかってるようには見えないが、腕はそれなりに確かなようだった。


 そのパンサーチームにはもう一つ試験的な役割があった。それは一般市民への<センチュリオン>の活動を宣伝する広告塔である。その仕事の内容上、対ウォールド・ウォー対策組織<センチュリオン>のスタッフは基本秘密裏とされている(特に数少ないトレーサーは、仮に暗殺などされてしまえば間接的にその国の防衛力が下がる為に極力その立場を隠すよう図られている)。


 しかし一般市民へ<センチュリオン>がしっかり活動し、ドクターマイズの攻撃から一般市民を守っていることを証明するには、その戦闘を可視化して情報公開するだけでなく(ウォールドウォーでの戦闘は派手なロボットアニメのような物であり、そのビジュアルの注目度、人気度は高くこれを視聴する為に<センチュリオン>へ投資をする(月額850円也)市民は少なくない)実際に矢面に立っているスタッフを知ってもらう必要もあるのではないか、という事でボディガードを付けてカズマやマサハルなどウケのいいイケメンを広告塔として勧誘したらしい。


 本来ならユキオのポジションにもイケメンが収まるはずだったが、同じ学校に適切な人物がいなかったため、戦力担当として補充されたのが彼である…とは<センチュリオン>悠南支部の誰も言わなかったがまぁそういうことなのだろう、とユキオは思っていた。


 当然マスコミ映えのしないユキオは名前も顔も公開されていないが、パンサーチームの一人ということで移動時や自宅にいるときでさえボディガードが配属されているらしい。(顔も名前も知らないが)ご苦労なことだと思いながら毎日学校に行き、時々出動要請を受け、戦闘が終われば寄り道もせず家に帰るという毎日を過ごし4ヶ月が過ぎていった。


 <センチュリオン>首脳部の目論見どおり、カズマ達は市民にとってヒーロー扱いされ、<センチュリオン>の認知度や支持は日々上昇していった。お陰で校内の女子高生にもファンが次々と増え、カズマ達の活躍を見る為のゲストルームが増設されたほどである。その頃には校内に止まらず他の高校、果ては大学、中学(!)にまでファンが増えて、毎日熱心な応援団が放課後入れ替わり立ち代りやってくるようになってしまった。校内非モテ代表選手のようなユキオにはとかく迷惑なことである。


 早く才能のあるイケメンを探し出して欲しいとマヤ達に頼み込んでいるのだが、校内には適当な人材が見つからず、他校から引っ張ってくるのも移動時間など実際問題から効率的ではなく、「まぁ来年の新入生に才能がある生徒がいれば」と曖昧な返答が帰ってくるのみであった。


 かくして、玖州ユキオは非常にストレスフルな青春時代を過ごすハメになってしまったのだ。



 

 「ただいま」


 ユキオが家に帰れる頃にはもう七時前になってしまっていた。秋の澄んだ夜空に輝く月と、僅かに肌寒さを覚えさせる夜風を少し味わってから玄関のドアを開ける。


 いつもの味噌汁の匂いを嗅ぎながらキッチンに顔を出すと、母親が夕食の準備をしていた。中学の頃には(よくもこんなブサイクに産みやがって!)と反抗期にありがちな不満をぶつけたくなった物だが、すでにそんな事は考えないようになっていた。


 貧乏であっても不細工であっても、子供を産んで育てるのは大変で感謝しなくてはいけないらしいと高校生になるとわかってきたからだ。何より遺伝子にはどんな努力をしても反抗は出来ない。


 自分はきっと一生モテる、などという奇跡は起きないのだろう。この哀れな高校一年生は女の子に告白して上手くいくとか、ましてや告白されるなどという夢のような出来事が自分に起きるとは全く思えなくなってしまっていた。そもそも世の中の彼氏彼女というのはどのように告白してOKをして付き合うにいたっているのかユキオにはわからなかった。

 マンガやドラマのように「好きだ!」「私も!」等という簡単に見えるやり取りで現実の男女が付き合ったり結婚してるとは信じられなかった。


 ブサイクには知らない、普通以上の容姿の人間のみが訪れることが出来る秘密の場所で、恋愛契約やら結婚契約がなされているに違いない。生涯女の子から必要以上に距離を取られてきたユキオは思春期の頃からそう信じて生きてきた。やがて気が滅入るのでもう恋愛に関することは愚か、女性に対してはもはや『自分とは違う生命体』としか思わなくなっている。


 目下最大の謎は自分の両親がどうやって結婚に至ったのか?という事だが、ブサイク同士、奇跡的な事故が起きて夫婦になってしまったのだろうとか親不孝な結論を勝手に下し、その後この問題については考えないようにしていた。


 ユキオより恰幅の良い体格に、でかいパーマ頭で圧倒的な存在感を持つ母親が声を掛けてきた。


 「おかえり、遅かったね」


 両親には<センチュリオン>に加入したことは話したが、トレーサーであることは言ってはいない。心配をかけたくないし説明が面倒そうだったからだ。深夜に出動要請されることも無いし、メンテナンスの手伝いをして小金を稼いでいるとだけ話している。


 「ああ、父ちゃんは?」


 「風呂入ってるよ、もうすぐ上がるからそしたらアンタも入んな」


 「わかった」


 そう言って二階の自分の部屋に上がろうとするユキオに母親が、あ、と思い出したように付け加えた。


 「カナちゃんの話だけどさ」


 「ん?」


 カナはユキオの母親の親戚の子で、ようはユキオの遠縁の親戚である。一つ下の中学三年で、同じ血が混じっているとは思えないほど可愛い容姿をしているが、ちょっと自己主張が激しい…というか端的に言えばワガママな性格でユキオは少し苦手だった。


 話とは、そのカナがなんでも声優になりたいとか言い出して、悠南市にある有名な養成所に通う為、転校して単身玖州家に居候するかもしれないとの内容だった。

 ユキオは、いくらなんでもそんなワガママが通るわけ無いだろと思っていたのだが、


 「もう来てるから」


 「はぁ!?」


 予想外の母親の発言に声が裏返る。


 「なんでだよ!」


 「なんで、ってあそこの家にはウチも大分お世話になっちゃってるし…その親がそうさせたいって言われたら断れなくって」


 そんなやりとりをしてると、二階からドタバタという慌しい足音と、


 「おばさーん、ユキ兄ぃ帰ったのー?」


 という能天気な声が聞こえてきた。声優になりたいとか言うだけあって明るいよく通る声だったが、それに感心するほどユキオには余裕は無かった。


 「ホラ、顔合わせてきな」


 「…マジかよ」


 あからさまにイヤな顔をしているとひょこっと頭の上に二本の束ねた黒髪がブラリと現れた。


 「やっほ」


 上を見上げると階段の踊り場からニッコリと笑っているカナの顔が見えた。頭の両脇かで束ねた長い黒髪が鼻先をかすめ、ストロベリーの甘い香りが漂ってきた。三年ぶりに会う親戚はユキオの記憶にある子供の姿を払拭するほど成長し、傍目に見ても美少女と言える容姿を備えていた。 


 (この遺伝子が少しでもウチの親に分けられてればよかったのに)


 そうやってすぐヒネたことを考えてしまうのが、非モテ人生を邁進するユキオである。


 「…久しぶり」


 「なーにぃユキ兄ぃ、そんな暗い顔でー、なんかやなことあったの?」


 能天気に笑いかけるカナに母がごめんねぇと割り込んでくる。


 「最近はいつもこんななのよ、少しはカナちゃん見習って若者らしく明るく生きてくれないと、ウチの中の空気がジメジメしちゃうわ」


 「余計なお世話だよ!」


 ユキオがキレ気味に言い返すと、二人がおお怖い怖いと、まるで実の親子のようにそっくりな仕草で身を引いてゆく。容姿には天と地ほどの差があるが。


 「あ、それでユキ兄ぃに手伝って欲しいことがあるんだけど」


 「なにが、それでなんだ?」


 「本棚組み立てるの、手伝って♪」


 カナがユキオのツッコミを軽くスルーして満面の笑みで近寄ってきた。


 「ベッドはおじさんにやってもらったんだけど、それで腰痛めちゃったっぽくて」


 (父ちゃん…)


 ユキオは可愛い親戚の子の為に張り切りすぎたのであろう冴えない中年男に同情と哀れみを覚えた。


 「ね、お願いー」


 正直ウォールド・ウォーでの戦いとその後のメンテ作業で疲れていたが、わかったよ、と頷きながら階段を上がってゆく。どうせ他に組み立てられる人間もいないのだ(父がギブアップしてなければ押し付けたが)。ユキオはグダグダと無駄にゴネて、厄介事をたらい回しにするより自分でさっさと済ませてしまうのが、面倒が無くて良いという主義だった。そのせいでクラスメートや教師から便利に使われてしまうのだが。


 ユキオの部屋の奥、物置になっていたはずの部屋が結局カナの居室になったらしい。ドアを開けると年頃の女の子らしい白とピンクに溢れる違和感のなる空間が目に入った。

 うお…と気後れして部屋に入るのを躊躇ったが、ドン!と背中を押されその中によろめきながら入り込む。振り返るとニコニコしながらカナが部屋の隅の大きな段ボール箱を指差していた。


 「それ、お願いね☆ 出来たら呼んでねー」


 「は?」


 お前、手伝えって言ったよな、と心中で思い出しながらユキオが訊く。


 「お前は何するんだ?」


 「ユキ兄ぃの部屋でマンガ読んでる、ほら最近のマンガの知識も入れとかないといけないし!」


 「はぁ!?」


 じゃねー!と野生のリスのような素早さでカナがユキオの部屋に入っていった。そうは行くかと一歩脚を踏み出したところで、ガチャリと容赦の無くカギを閉められる音が聞こえた。ユキオは振り上げた腕をぶるぶると震わせ…やがてゆっくりと力無く下ろしカナの部屋へ戻って行くのだった。




 風呂と食事を挟み、本棚が組み立て終わる頃には、壁の(これもまた)ピンクの縁の可愛らしいウサギ柄があしらわれた時計の針が十一時を指そうかという頃だった。ふわぁぁぁぁぁぁ…と疲れと眠気の織り交じっただらしない欠伸をして、腕と背筋を伸ばす。そのままゴロっと横になって寝てしまいたかったが立ち上がって、自室を占拠する不法侵入者の下へ向かいドアをノックする。


 「終わったぞ」


 「はーい」


 ととっ、と軽い足音がして扉が開かれた。少し眠そうなカナが顔を出す。


 「ありがとねユキ兄ぃ」


 「お、おお」


 同世代の男と比較して必要以上に女子と距離を取り、そして取られてきたユキオにはそのカナの愛嬌のある笑顔が毒だった。親戚でなければキョドって油汗が出てしまったかもしれない。無意識に少し後ずさり距離を取る。カナがそんなユキオを少し不思議そうに見て小首を傾げるが、それより気になる事があると振り返ってユキオの自室の窓際を指差した。


 「ユキ兄ぃ、あれ、何育ててるの?」


 窓際には簡素な作りの木の机と、その上に三つほど素焼きの鉢植えが並べられている。


 「ああ、ハーブと、左の実が生っているのはワイルドベリーだ」


 カナと距離を保ったので呼吸が落ち着いたのか、落ち着いてユキオが答える。


 「へえー、食べられる?」


 「食べれるけど…あ、止め…」


 とけ、と続ける前にカナはパタパタと鉢植えに近付き、ワイン色に実った小さなベリーを一つ摘み取り口の中に入れていた。一瞬動きが止まり、その後肩幅の狭い華奢な体をブルブルと震わせてから少し涙目になって振り返る。


 「すっぱいよ!」


 「止めろって言うの聞かなかったからだ。観賞用で食べるもんじゃないんだよ」


 「なんでそんなもの育ててるのよぉ!」


 目を閉じてうえ~と舌を出しながらカナがユキオにクレームを入れる。


 「いいだろ、趣味なんだから」


 「最近始めたの?」


 「いや、中学からだから…三年位かな」


 「へえー、凄いね」 


 何も凄くはないよ、と自嘲するユキオの前で、カナは再び鉢植えに目をやった。園芸やガーデニングの事は全くわからないが、見た所枯れている葉や育ちの悪い実は見当たらない。こまめに手入れがされているみたいとカナにも感じることが出来る物だった。


 「別に子供の頃とかお花好きじゃなかったよね?なんで始めたの?」


 「んー…」


 ユキオはどう説明しようか少し悩んで、


 「ヒマだった時にホームセンターのバイトしてて、少し傷んだハーブの苗を貰ったんだ。いろいろ本とか読んで世話したんだけど結局それは三ヶ月も保たないで枯れちゃってさ。でもせっかく勉強したしもう少し続けようかなと思ってたら趣味になってた」


 「ユキ兄ぃ小っちゃい時から凝り性だったもんねぇ」


 多少尊敬と感動の込められた笑顔でカナにそう言われ、ユキオもついいい気分になってしまった。


 「あと、将来花屋ってのも悪くないかなー、とか…」


 その言葉を聞いてカナが瞬時に眉根を曇らせ疑わしい物を見るような半目になった。


 「えぇ…?」


 「な、なんだよ…」


 「ユキ兄ぃ、花屋ってお客さんに人気無いと出来ない商売だよ…近所の主婦とかさぁ…やめたほうがいいんじゃない?」 


 「うるせぇよ!」


 遠まわしに主婦層に人気が無いと断定されて、反射的にユキオがキレ気味に突っ込む。


 「まぁまぁ、もしかしたら気の良いお婆さんとか来てくれるかもしれないしね。じゃあお休み、本棚ありがとうね!」


 一気に気を悪くしたユキオから退散すべくと、その脇をすり抜け早足でカナが自室に引き返した。

 ユキオはカナに図星を突かれ、疲弊しきった心と体にしばし休息を与える為に、照明を消してのろのろとベッドに入り込んだ。窓辺の机の上で、カナにその実を採られたワイルドベリ―の細い茎が少し寂しげに揺れた。



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