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フィランサス・フリィダンス



 今日も、粉雪が舞い落ちている。

 雪は嫌いではない、むしろ好きなほうだが例年とは段違いの寒さに、ルミナも少し嫌気が差していた。


 「『ユキ』、か」


 なんとはなしに気になっている(そして最近はストレスを感じている)異性の名前と、窓ガラスの外に舞う白く儚い物の名前の韻を口に出してみる。それで何が起きるというわけでもないのだが。


 (!)


 いや、言霊という言葉をルミナは思い出した。廊下を曲がったところでばったりとユキオに出くわしたからだ。


 「く、玖州君」


 「あ、奈々瀬さん、お疲れ」


 学校の廊下で、同級生に対してお疲れ、ってどうなのとルミナは思うが、それよりユキオの目の下のクマの酷さに驚いた。


 「お疲れなのは玖州君の方じゃないの?目の下、大変な事になってるよ」


 「え、……うわ、ホントだ」


 ルミナの取り出した小さな折り畳みの鏡を見てユキオが他人事のように驚く。


 「これは酷いね」


 「もう、自分の身体でしょ、もっとしっかり……」


 つい義姉に対する態度と同じような口調になってしまい、慌てて言葉を切ったがすでにユキオはまるでマヤと同じようなしかめ面をしていた。よほど小言っぽく聞こえたのだろう。


 (やっちゃった、そんなつもりじゃなかったのに)


 つい説教臭くなる自分の性格に顔を伏せる。そこに背後から別の声が掛けられた。クラスメートの女子だ。


 「あ、いたいた、おーい奈々瀬さーん」


 「あ、如月さん」


 ユキオとの会話を中途半端に区切ってしまう事に罪悪感を覚えたが、ひとまず用件を聞こうとルミナがカールのかかった茶髪の級友を振り返る。


 「イキナリなんだケドさ、奈々瀬さんって神谷君たちと仲がいいんだよね?」


 「え、あ、はい……まぁ一応は」


 如月が目をキラキラさせながら聞いてくる。カズマ達は本当に女子に人気があるんだなとルミナは感心と若干の呆れが混じり合った気持ちで返答した。


 「アタシ、神谷くん達と仲良くなりたくて……カラオケとか一緒に行きたいンだけど、協力してくれないかな?」


 「カラオケ?」


 ルミナは高校生にしては珍しいと言えるほどカラオケの経験が少ない。中学の卒業式の後にクラスメートに無理やり連れて行かれた時くらいだ。友達が盛り上がっているのを見るのは嫌ではないが、最新のシングルも定番の曲も知らないのでイマイチ行きたいとも思えない。何よりマイクを渡された時がとても困る。


 「そ、こっちも何人か呼ぶから……明日の放課後とか」


 「え、明日!?」


 随分と急な話に驚く。さすがにカズマ達だっていきなり明日カラオケに付き合ってくれるとは……。


 「別に、俺達なら構わないぜ」


 そこにまた聞きなれた声が割り込んできた。今度は振り返らなくてもわかる。校内女子生徒人気ナンバーワン、<センチュリオン>の若きエース、神谷カズマだ。


 あっさりと安請け合いするカズマに如月が黄色い声を漏らす。


 「駅前のカラオケでいいかな?クーポンアプリ丁度あるから」


 その後ろからマサハルもニコニコとした笑顔を覗かせた。オッケーです、全然大丈夫と頬を染めて首を振りまくる如月の前でルミナがユキオにちらりと視線をやった。


 「じゃ、じゃあ玖州君も……」


 ルミナのその一言に、如月が急に動きを止めて、え、と一言漏らした。ルミナが如月をまた振り返ると、さっきまでの興奮はどこへやらどことなく居心地の悪そうな、微妙な顔をしている。

 

 「おう、いいぜ。ユキオ、行くか?」


 カズマがルミナの言葉に乗っかってユキオに声を掛ける。しかしユキオはすぐに首を横に振った。


 「あー、いや。……明日はちょっと……まだ『アレ』も終わってないし」


 「……ん、ああ、『アレ』か。そっか、残念だけど仕方ないな」


 マサハルが肩をすくめる。じゃあ、とユキオが四人に背を向けて自分の教室に向かって歩き出した。腕時計を見ると、もうすぐ昼休みも終わりの時間だった。


 ふぅ、と如月がこっそりと息を漏らすのを、ルミナは聞きそびれはしなかった。ユキオの、それほど小さくない背中を丸めて歩く姿を見送っている間にマサハルが如月と時間や人数の打ち合わせを進めている。


 (……)


 窓の外の雪はいよいよその勢いを増して、立ち枯れの街路樹と住宅地を白く霞ませて行く。


 それが何なのか判然とはしなかったが、ルミナは我慢していた感情が限界に近付きある事を悟った。






 <センチュリオン>本部から来た国府田という男は、いかにも役人という印象だった。

 

 悪人というわけではない。むしろ道ですれ違えば人の良さそうな印象を与えるかもしれない。しかし実際に戦場に立つ支部の人間から見れば結局数字や書類しか見ていない、どこか仲間とは言い難い存在である。


 マヤは何度か顔を合わせているが、悠南支部のスタッフのほとんどは初顔合わせのはずだ。飛羽などはあからさまに胡散臭いものを見るような顔をしたが、さすがにいきなり関係を悪くするような発言はしなかった。


 「こちらがここ2ヶ月の各支部への襲撃状況になります」


 横長の眼鏡を光らせながら、国府田が大型モニターにデータを表示する。日本地図の上に棒グラフとパーセンテージが細かく書き出され、全部に眼を通すだけでも三十分はかかるのではないかと思われた。第一会議室に集められた主要スタッフが睨むようにそれを見やる。


 「襲撃の多いエリアは、新宿、神戸、川崎、静岡……このあたりはいつも通りです。マイズアーミーの戦闘マシンの構成にも変化は特に見られません」


 言いながら、手に持ったスティックで主要都市のデータを拡大する。いずれも産業的に重要と言われる都市だ。つづけて、国府田が悠南市をピックアップした。


 「その中で、ここ悠南支部への襲撃件数は急激に上昇しています。数字では国内11位。危険度の高いマシンも散見されて……これは現場のあなた方のほうがよくご存知だとは思いますが」


 言う割には危機感を感じさせないその口ぶりに、マヤが手を上げる。


 「ウチへの襲撃件数が増えたのはいつ頃から?」


 細目の眼鏡の奥、さらに細い目をちらりとその横のマヤにやってから、国府田は別の画面を開いた。


 それは悠南支部への今年の襲撃件数を折れ線グラフにしたものだった。前半横ばいだった赤い線が後半で急激に上昇している。


 「傾向として懸念されはじめたのは8月後半、それが間違いなく増加と認められたのは10月5日以降ですね」


 「8月……何かあった?」


 マヤが今度は傍らの情報課の人間を見る。手元の端末を叩き、大型モニターの横、小さなサブモニターに悠南支部の主だった更新履歴が羅列して表示された。


 「8月には『バリスタ』のアップデートとシャークチームの増員。後は……パンサーチームの広報活動の強化、9月には『ファランクスSt』の実戦配備が」


 それを聞いてマヤが国府田を見ると、彼もまた確信めいた表情で小さく頷いた。普段見る温和な顔ではなく、鋭い猛禽類を思わせる眼をしている。


 国府田は口を開いたかと思うと、いきなり核心に迫った。


 「我々としては、『ロングレッグ』がパンサーチームに接触したのも偶然ではない可能性があると推測しています」


 唐突な発言にざわめきが起こる。それをマヤが手で制しながら立ち上がった。


 「根拠は」


 「このグラフですが」


 国府田はモニターの折れ線グラフをスティックで指した。後半の山部分、何箇所か明らかに襲撃頻度が高くなっている部分がある。


 「あからさまに襲撃件数が増える最初のこのポイント。パンサーチームの特番が全国ネットで流れた日です。ゴールデンに近い夕方の番組だったため視聴率も13%と非常に高い数字を差しています。それから次のこの高い山……『ファランクス5E』が単独で『リザード』を撃退した翌日以降の襲撃件数の上昇具合……」


 「……」


 マヤは押し黙っている。その沈黙が、他のスタッフに私語を出す事を控えさせた。


 「全国的に襲撃の多い時間帯であるとは言え、夕方以降に悠南支部エリアへの襲撃が偏っている事も否定できません。学生の彼らが出撃しやすい時間、とも言えるかと」


 「仮にそうだとして」


 暗い会議室の中、左半身にモニターの光を浴びながらマヤが国府田の方を向く。


 「私たちにどうしろと?パンサーチームを解散させればいい?」


 「今パンサーチームの戦力を失えば、それこそこの支部はどうなるかわかりません」


 国府田もまた、バッサリと、切り捨てるように言い放つ。その言葉は、メイン戦力のイーグルチームの面子を潰すのに充分な一言だった。その場にいた飛羽以下のトレーサーが気色ばむ。


 それを承知の上で、国府田は一人壇上で言葉を継いだ。


 「こちらの現状を上層部に詳細に報告します。何日か時間はかかるでしょうが増援の手配は出来るでしょう」


 「……ウチが壊滅する前にお願いしたいものね」


 「健闘を祈りますよ」


 マヤの皮肉混じりの言葉にも表情を崩さず、国府田は資料をまとめ始めた。そこに、飛羽が太い腕をぬっと上げる。


 国府田は眼鏡の端をくい、と指で上げながら訊いた。


 「何でしょう」


 「……ウォールド・ウォーについて、この先の見通し……というかな、本部の予測を聞かせて欲しくてな」


 国府田は動きを止めて飛羽を見るが、彼の質問の意図が掴めていない様だった。代わりに、隣にいたアリシアが尋ねる。


 「どういう事?」


 「この間、ユキオがオレに聞いてきた。ドクターマイズが死ねば、この戦争は終わるんじゃないかってな。俺は、マイズアーミーの規模から言って、もはやこの戦争はマイズ一人がやらかしてるわけじゃない。そんな簡単には終わらんよと答えた」


 手元のミネラルウォーターのペットボトルを掴みキャップを取る。一口、喉を潤し続けた。


 「だが、冷静に考えればアイツの言葉にも間違いは無い。マイズの野郎がくたばった後、残された連中がその思想に従って今までどおりサイバーテロを続けるのか……あるいは物理的な戦争が蘇るのか、俺達には予測がつかない」


 「今は、各国の人口や経済、技術レベルに合わせた戦力であたかも均衡を図っているかのようだけど、そのバランスだっていつまで保ってくれるかわかったもんでもないしね」


 飛羽の言葉に、マヤも意見を付け加える。国府田は二人の顔を交互に見やりその眼鏡を人差し指でかけ直した。


 「おっしゃりたい事はわかりました……が、本部からの今後の予測についての公式見解は出ておりませんので……」


 「アンタの私見でもいいぜ」


 回答を避けようとした国府田の退路を断ち切るように飛羽が鋭く言葉を挟む。国府田は、あからさまに見えるように溜息をつき肩を落とした。


 「……あくまで、私見という事でしたら」


 国府田はそう言ってモニターの電源を落とした。すぐに会議室の照明が灯り、急に明るくなった部屋にその場にいた全員が眩しそうに手を翳したり眼を細めたりしている。


 「ウォールド・ウォーの規模、そしてそれに付随する経済活動はもはや人類にとって無視できない存在になりつつあります。ウォールド・ウォーはその形を変えるかも知れませんが継続するでしょう。これは本部上層部の一部でも上がっている意見です。それと平行して、再び物理的な戦闘が発生する可能性もまた否定は出来ません。現実に拳銃や歩兵用ロケットランチャー、対人地雷の使用はいまだ継続している地域がありますから。何らかの形で兵器の生産が出来るようになれば、軍需産業も息を吹き返すでしょう」


 「……」


 「なんにせよ、ドクターマイズの最終目標が判明しない限りは、なんとも言えませんね」


 飄々とした国府田の言葉に飛羽の腰が浮く。


 「目標って……アイツは兵器による殺人を防ぐ為にこの戦争を始めたんじゃないのか?」


 「仮にも天才と呼ばれた男が、そのくらいの目標でこんな事をしでかすと思いますか?」


 思いもよらぬ意見に、さすがに会議室の中にざわめきが広がる。充分に空調が効いているにも関わらず身震いさえする者がいた。何も言えずに立ちすくんでいる飛羽やマヤ達を一瞥して、国府田はドアに向かっていった。


 「私見ですよ、あくまで」





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