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オリーブ アンド グレープ(後)


挿絵(By みてみん)


 一時間後、カズマとの訓練を終えて、実戦以上に疲労したルミナが汗まみれになってポッドから降りた。足取りもおぼつかないその手をずっと見守っていたマサハルが支える。


 「大丈夫?」


 「はぁ、はぁ、あ、ありがとう……」


 ユキオも結構厳しい教官だったが、カズマは正に鬼教官と言うべきか、いや、予想以上に容赦のない模擬戦だった。

 

 今までは、後ろから距離を取って見ているだけだったが、白兵距離での『As』のスピードは驚異的だった。まともに姿を捉える事もできず最初は一方的に翻弄されるだけだった。訓練の終わり際になってようやくターゲットスティックを合わせられる様になったが、結局ライフルから発射した97発の弾丸のうち、『As』のウィングにかすめさせる事ができたのは1発だけだった。


 「仕方ないよ……相性が悪すぎるし」


 「でも、『ラム・ビートル』より速い敵が来たら……」


 「その時は、オレ達に任せればいいのさ」


 背中からカズマが声を掛けてきた。アレだけの高機動戦闘をしておいて汗一つかいていない。という事は、まだ全然本気ではなかったのだろう。ルミナは眉根を曇らせた。


 「無理してなんでも自分一人で倒す事は無いさ。ユキオも、そんな事は言っていなかっただろう?」


 ユキオの名前を出されて、無意識に肩が震えてしまった。


 「う、うん……」


 「本気で一発も当てさせるつもりは無かったんだぜ。ルミナ、やっぱ素質あるよ。約束通りアイスおごってやるぜ」


 「どっちかっていうと……あんまんの方がいいかなぁ」


 息も絶え絶えになりながらそう言うルミナにユキオとカズマが吹き出した。


 「いいぜ、じゃあ上のコンビニで待ってるから荷物取ってきなよ」


 ありがと、と小さく笑ってルミナがよたよたとロッカールームへ歩いていく。その背中を見えなくなった所でマサハルがカズマに耳打ちした。


 「手ぇ出すんじゃないかと思ってたよ」


 「ルミナにか?」


 カズマは鼻で笑った。


 「何でだよ」


 「ああいうのは男を縛るからめんどくせぇよ。わかんだろ」


 「まぁね」


 それから頭の上で手を組んでボヤくように続ける。


 「おまけにユキオにも恨まれるし、そうなったらチームはガタガタだ。今パンサーチームが機能しなくなったらココがどうなるか」


 「ユキオなぁ……」


 マサハルも頷きながらカズマと同じポーズをとる。


 「どういうつもりなんだ?アイツ」


 「逃げてるだけだろ。つーか攻め手を知らないのさ。虫共にはあんなにガツガツ行くのにな」


 「……どーすんだよ」


 マサハルの言葉にカズマが半眼を向ける。


 「そんな中学生みてーな揉め事に口出しするほど、こちとらヒマじゃねぇよ」


 そう言って頭の後ろに手を組みながら地上へ向かうエレベーターホールへ歩き始めた。


 



 ロッカールームに入ると、中には着替えているマヤがいた。その隣のロッカーにリストウォッチの電子キーを当ててルミナがドアを開ける。自分よりも少し歳が離れていて、そして大きくサイズの違うブラをつけているそのマヤの姿を横目で見てルミナは陰鬱とした気分になった。


 (そういえば、あの花屋の人も結構大きかったな……)


 自然に泣きそうになる、というのはこういう時に使うのだろうか。


 「どしたの」


 「……?なにが?」


 まさか、胸の事で憂鬱になっている事を問いただしてるのではないだろう。義理の姉の問いの意味がわからず、聞き返す。


 「訓練、カズマくんとだったんでしょ」


 「なんか用事があるんだって」


 正直今のルミナにはその話を説明する気力も無かった。つっけんどんに言い捨てる妹にマヤが顔を向ける。


 「最近ユキオ君とあまり一緒にいないじゃない、仲良くしないの?」


 「少なくとも向こうは、そんな気はないみたいですけど」


 そうやけっぱちに答えると、余計また悲しくなってくる。何かに八つ当たりしたい気分だが、ぐっとルミナは我慢した。


 「ルミナはどうなのよ」


 「……私?」


 訊かれて、マヤと視線を合わせる。連日の任務で自分以上に疲れているはずの姉の眼は普段見る事の無い、落ち着いた大人のそれだった。


 それを見てルミナも声を荒げそうになっていた自分を恥じて、気持ちを静めようとする。


 「仲良くしたくないの?ユキオ君と」


 「それは……もちろんケンカなんて……」


 「そうじゃなくて」


 姉の言いたい事がわからないほどルミナも鈍くは無い。


 ロッカールームに大きな溜息が響き渡る。びっくりしたメンテチームのアルバイトの女の子達がロッカーの向こう側から顔を覗かせてきてルミナは顔を赤らめた。冷たいロッカーに額を当てて体温を下げようとする。


 「しょうがないじゃない……私が、そうしたいと思ったって、向こうが距離取るんだもん」


 「大丈夫よ」


 いつの間にか背後に回っていたマヤが、肩の上から手を回して後ろからルミナを抱くようにした。背の高い姉の形の良い顎が俯いているルミナの後頭部に当たる。

 マヤはもう一度優しく囁く。


 「大丈夫、ルミナがそう思っていれば、そして自分から離れて行かなければ、ね」


 ルミナはマヤの柔らかい腕を取った。


 「本当?」


 「本当よ」


 マヤの言う事は、いつも根拠は無いが不思議と外れる事は(あまり)無い。


 (信じてみようかな)


 不思議だった。この脳天気な年上の女性と家族になってまだ一年半だが、ずっと昔、まるで子供の頃からこうやって支えられてきたような気がする。


 「女は損よね。いつも我慢しなきゃいけないから」


 「……そうなの?」


 「そうよ、男なんて、女の気も知らずにフラフラ飛び回っているチョウチョみたいなもんなんだから」


 思わぬ喩えに驚いてルミナが上を見る。まるまるとした体型のユキオとチョウチョにはイメージにひどく隔たりがあり、姉の言う事はイマイチピンと来なかった。


 「……まぁ、男だって彼らなりに我慢してるのかもしれないけどね」


 「もし……」


 「ん?」


 不安そうに自分を見つめる妹に、優しく先を促す。


 「もし……他の花の方に行っちゃったら?」


 普段大人びた姿を見せているルミナの口から出たとは思えない、少女らしい初心な悩みにマヤはいつもの悪戯っぽい微笑みを見せてその頭を撫でた。


 「ガブッ、って噛み付いてやればいいのよ。そんな風に女を甘く見てるような不埒な奴はね」

  







 古いマンションの一室。


 その寝室に巨大な半円球状の物体が運び込まれた。


 知っている者が見れば、それは<センチュリオン>で使用されている、ウォールド・ウォー用のコクピッドポッドに近い物体に見えただろう。

 しかし、その壁面からは大小さまざまなケーブルが延び、部屋中に所狭しと置かれたコンピューター端末に接続されグロテスクなオブジェと化している。

 その物体のせいで、寝室に置けなくなったベッドをバラしてリビングに運びながら少年が額に流れる汗を拭いながら、文句を言う。


 「ったく、こんなでかいんなら予め言っておけよな……!」


 「ホントだよねー、こんなにでかいなんて、ビックリ」


 それを見ながら少女はテーブルに腰掛けて、アイスを舐めながら相槌を打つ。キャミソールにジーンズのショートパンツという格好だが全く寒そうにはしていない。少年が汗を流しているのは労働のせいというだけではなさそうだった。


 「うっせぇ!お前も手伝え!あとエアコンの温度下げろ!」


 「これ食べ終わったらねー」


 足をバタバタしながら、ゆっくりとバニラのアイスバーに舌を這わせる。少年がいよいよキレそうになったところで玄関のドアが開く音がした。


 「戻ったぞ……」


 「お帰り『ジェイミィ』!」


 『ジェイミィ』もとい『J』はその呼び名を諦めて受け入れたのか、めんどくさそうに手を上げた。その手目掛けて少女がダダッと近付いて、ぱーんと手を合わせる。


 「どこ行ってたんだよ、つーかこんなデカブツ届くんなら出かける前に言っていけよ」


 ニコニコしている少女とは対照的に苛立ちを募らせた少年がまた文句を言う。『J』はサングラスを外し、コートを掛けながら答えた。


 「少し前にポッドが届く事は言ってあっただろう」


 「こんなにデカイなんて聞いてねーよ。お陰で寝室使えなくなっちまったじゃねーか」


 「それは俺も予想外だ」


 言葉ほど驚きも感じさせず『J』が感想を述べながら寝室に入り込んだ。大きな体で手近な端末の前に陣取り、モニターを接続してその状態を確認する。


 「どのくらいで使えそうなんだ?」


 「うまく行っても2、3日はかかるだろうな。『本部』でもテスト運用も終わってない試作中の試作品って奴だ。試験運転中の『プラント』も本稼動では無いしな」


 少年がその答えにやれやれと肩をすくめ、それからまたベッドの移動を再開する。少女はぺたぺたと入れ替わりに寝室に入り、『J』の背中にのしかかった。ニコニコしながら耳元でミルクの匂いの吐息と共に話しかける。


 「でもこれがウマク行けばアイツラぶっとばしてやれるんでしょ?」


 「上手く行けばな……何だ、結局ココは嫌いか?」


 モニターを睨みながら太い指でキーボードを叩く『J』が背中の少女に訊いた。少女は器用にその大きな背中で反転し、後頭部を預けるようにしてぺたりと床に座り込んだ。


 「いい人もいるけどさ、結局んとこアタシの国とかどーでもいいやって思ってるんだなーって感じるよ。ニュースやネット見てると」


 「俺の国だって同じ様な奴はいる」


 「知ってるわ。でもココの人間はなんかね、自分達は優しい感出してくるのよね。なんつーんだっけ、ギゼンシャ?みたいな。戦争反対って言ってりゃ人類みな平和とでも思ってるのかしらね」


 「なんだ、意外とモノ考えて生きてるんだな」


 少年が凝った肩をぐるぐると回しながら戻ってきた。


 「俺も同じような感じだな。外国人とわかるといきなり距離取りたがる奴とかいるし。俺のクニに比べりゃすんげーイイトコだけど、思ったほど気持ちのいい国じゃねーや」


 「二人には準備が出来次第暴れさせてやるよ」


 チェックを終えて、別の端末へモニターとキーボードをつなぎながら『J』がなだめる様に言う。


 「ねー、『ジェイミィ』ご飯はぁ~?」


 「手が離せん、なんか適当に食って来い」


 やったぁー!と大声を上げながら、背中に寄りかかっていた軽い身体が離れてゆく。


 「テンドン!テンドン食べたい!さっきテレビでやってた!」


 「天丼?そんな店あったか……ちょっと知り合いに訊いてみるわ」


 「へー、アンタもう友達できたの?」


 「いや、友達というか……おせっかいというか……じゃあ『J』、よろしくな」


 「ああ」


 騒がしい子供達がいなくなり、マンションには静寂が訪れた。端末のファンとハードディスクが鳴らすカリカリという小さな音だけが時折『J』の鼓膜を小さく震わせる。振り返ればけして広くないマンションのリビングには、いたるところに服が脱ぎ捨てられ、スナック菓子の袋やジュースのペットボトルが散乱している。修学旅行で羽目を外す田舎の子供が荒らしたホテルのような有様が、暗い西陽の中に浮かび上がっていた。


 (全く……やってられんな)


 教員免許でも取っておくべきだったかなどと脳の片隅で呟きながら、一人キーボードを叩き続けた。





 夜11時。


 カズマ達と別れ、メンテルームでの作業がひと段落ついたユキオは、脂肪のついた身体を思い切り縦方向に伸ばした。


 「う……ぅん、これでなんとかなるか……な?」


 メンテチームはもう誰も残っていない。真っ暗になったルームの唯一灯っていたデスクの照明を落として、メモリーキーを手に取りユキオは一人コクピットルームに移る。アリシアに許可を貰ったとは言え、さすがに12時まで未成年のユキオが残っていたら守衛に叩き出されるだろう。 

  

 いつも乗っている、一番端のコクピットポッドに向かう。今夜はめずらしくマイズアーミーの襲撃もなく、待機室でシャークチームの面々がのんびりと時間を過ごしている。窓際にいた顔なじみの髭面の中年、栗橋に手を振りながらユキオはポッドに入り込んだ。

 メモリーキーをスロットに差しこみ、『ファランクス5Fr』のデータをロードする。


 「シータ?」


 「ハイ」


 サポートAIがユキオの声に答える。


 「出撃準備ニ入リマスカ?」


 戦闘エリアが発生していない事を不審に思ったのか、シータがユキオに提言する。


 「いや、ちょっと試作しているモノを見てもらいたくてさ……イータを呼び出せるか?」


 「少々オ待チ下サイ」


 ユキオの頼みにシータが素直に従い、メインサーバーの『ファランクスSt』にアクセスする。ややあって、通信モニターの隅に、別のAIのアイコンが出現した。


 「ゴ用件ハ何デショウカ、玖州サン」

 

 『St』のサポートAIがユキオに話しかける。ユキオはメモリーキーから自作したデータファイルを開く。


 「これなんだけど……シータとイータでコントロールできそうかと思って」


 展開されたデータを二つのAIが隅々までチェックする。その間の沈黙にユキオは夏休みの自由研究の宿題を教師にじっくりと見定められるかのような気恥ずかしさを感じていた。


 「確認イタシマシタ」


 シータの声がスピーカーから流れた。


 「現状ノデータカラ判断シタ見解ニナリマスガ、我々ノ自律戦闘プログラム内デ運用スル事ハ可能ノヨウデス」


 イータがコンピューターにしては曖昧な感想を述べる。おそらく、ユキオの作成したデータが未完成の為断言する事ができないのだろう。


 「主に『St』の近距離防御に使いたいんだ。『5Fr』と『St』の間の戦闘範囲をカバーさせたいから、シータとイータにコントロールを任せたい」


 「意図ヲ把握シマシタ」


 「予定サレテイルスペック通リ完成スレバ、問題無ク使用デキマス」


 AI二人の声を聞いてユキオがシートに身体を預けて笑う。


 「俺次第って事か、わかった。二人とも、ありがとう」


 「ドウイタシマシテ」


 イータが、そう言ってアクセスを切った。最近同じような台詞を聞いた気がする。ルミナの口癖だろうか。


 (AIも、そういう言葉使いするんだな)


 「シータも、ありがとう。またな」


 「ハイ、マタオ会イシマショウ」


 ポッドのスイッチを切る。今から帰れば家に着くのは12時過ぎになるだろう。例年通り両親はカナの実家に呼ばれ家を空けているから小言は貰わないだろうが、家に(なぜか)残っているカナがまたぶーたれるかもしれない。

 各モニターの灯が落ちる中でユキオは眼をつむり、一度深呼吸してからメモリーキーを抜いた。連日の出撃と、この深夜までの作業での疲れはもう限界まで積もり積もっていたが、それももうすぐ終わる。ゆっくりとドアを開けてユキオはコクピットポッドを出た。 

 

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