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オリーブ アンド グレープ(前)




 久しぶりのプラモという事で、持ち込まれた珍妙な案件に意外と熱中してしまい気が付いたら時計は深夜二時を指していた。仮組みを終えて段差を調整し、金型の問題で甘くなっている皮膚のシワを掘りなおす。凝り症の性格に火がついて、ネットでカバの写真を探し始める始末だった。


 レバーは尻尾に接続し、尻尾を回すと口が開く……少ない動作で大きく開かせるためにギアが三枚も使われていて、その技術にちょっとした驚きと感動を覚えたりもした。


 しかしその代償は厳しく、ここのところの寝不足に拍車がかかり翌日授業中、盛大に船を漕ぐ羽目になった。午前中四時間、毎授業教師に叱られたが生理現象には勝てず大人しくサボれば良かったと後悔しながらいつものペンキの剥がれたベンチに一人さびしく向かう。


 (さすがにクソ寒いわ……)


 寒い屋外のベンチで昼食を取るなど、まともな学生ではない。とは思うが、ぼっちの生き方に頭の先までずっぽり染まっているユキオには今更他のランチスポットを探すほうが困難に思えた。


 (…超眠いし……)


 それは自業自得なのだが、憂鬱な午後の授業よりも苦痛の時間を知らせるデジタル音が、左手首の時計から流れ出した。


 「マジかよ……!」


 普段なら授業を合法(?)にサボれる午後イチのマイズアーミーへの迎撃要請はユキオにとって最高のタイミングであるが、今日に限っては神経をすり減らす『ファランクス』の操縦は避けたかった。慣れたとは言え、三半規管を同調させるあの感覚はそれほど楽ではない。

 ただでさえ連日の出撃はユキオ達に疲労を積み重ねていた。


 だからと言って、無視するわけにもいかない。端末からの情報によればマイズアーミーの目標は悠南市の下水処理施設だった。ここ何日かで連続して標的にされたために市の方で用意した防護壁も半分瓦礫に近い状態だ。AI操縦の『バリスタ』に任せられる状態ではない。舌打ちをして食べかけの弁当箱に蓋をし、グラウンド傍のコンビニへ駆け出し始めた。 


 





 『ファランクスSt』のセンサを三人に『ファランクス』とリンクさせながら、ルミナは電脳世界に眼をやる。


 いつもの真っ暗な空、それよりは若干明るい、ほとんど黒と言っていい大地。修復されていない防護壁は子供が癇癪で崩した砂の城のように無残な姿を晒しており、その向こうの下水処理施設の管理中枢を守る役にはたたなそうだった。


 (……私たちだけで、完全に防衛するしかないって事か……)


 「大した数じゃない」


 マサハルがルミナからのデータを受け取ってそう断じた。


 「なんでそう思うの?」


 「最近気が付いたけど、レーダーに波というかノイズが少ない日は増援が来る確率はぐんと下がるんだ……まぁ、例外があるから、これはヤツラが俺達を油断させようとしてるのかもしれないけど」


 そう言いながら、望遠モードのカメラと、ルミナの『ファランクスSt』からのデータを精査するマサハル。


 「多分、来るのは今表示が出ている6機……ちっ!」


 「どうした?」


 今度はカズマからの問いだ。マサハルは嫌な物を見たという顔を隠そうともしないで答えた。


 「トカゲがいやがる」


 「機種予測、『フライ』級3、『ビートル』級2、『リザード』級1ト推測」


 サポートAIシータがルミナのコクピットで冷静にそう告げた。


 (『リザード』……)


 親戚の大山が経営する温泉旅館の一件以来、悠南市にも『リザード』の襲撃は何度かあった。パンサーチームが対処・撃破したのは3機。強力な武器とパワーを持つ『リザード』との戦いはいずれも楽とは言えないものだったが……。


 「ルミナ、指揮をとれ」


 カズマが素早く回線を開いてきた。その唐突な提案にルミナは慌てる。


 「え、ええ!?」


 「こないだのミーティングで、ルミナが考えた連携を試すチャンスだ。二人とも、いいな?」


 マサハル、ユキオが順次通信モニタを開いて頷きを見せる。二人とも全く異存は無いという顔だ。


 連携、というのはルミナが苦戦続きの対『リザード』戦において、なんとか被害を少なく勝利を収める方法はないかとルミナなりにフォーメーションを考え、三人に相談したものだ。


 しかし、所詮机上の空論という段階で訓練も細かい打ち合わせもしていない。その上、それは『リザード』1機対『ファランクス』4機という状況のもので、この三人に素早く指示を出せる自信も無い。


 慎重な性格のルミナは不安を覚えたが、しかし戦場で悩みは危険を招く。


 「……わかった、みんな、よろしく」


 覚悟を決めた。緊張で飲み込んだ唾液が細いルミナの喉を鳴らす。三人もモニターの向こうからそれぞれOKサインが返ってきた。カズマ、マサハル、そして最後にユキオの顔を見る。


 (私の作戦だと、やはり『5Fr』が盾になってしまう……お願い、ケガしたりしないでね!)


 眼をつむり、全員の、特に核となるユキオの無事を短く願う。


 「『As』は『フライ』の除去、『2B』は『ビートル』2機を。『5Fr』はそれまで『リザード』を牽制、侵攻を阻んで下さい!」


 「了解!」


 三人が応答し、三方に分かれる。ルミナはスナイパーライフルのマガジンを抜き、左脛横に搭載している予備マガジンと入れ替えた。


 ルミナの指示はパンサーチームの基本戦略に則った物だ。撃破しやすい敵をカズマとマサハルが叩き、最大脅威をユキオが阻む。残存勢力が少なくなったところで、火力を集中し、最大脅威を撃滅。

 パンサーチームはこの戦法で何度も勝利してきた、が、『リザード』程の強敵に有効かと言われれば、自信を持って肯定できるメンバーはいない。


 それでも、ルミナの指示をユキオ達は信じた。


 「いくぜ!」


 漆黒の空間を飛翔する『As』の速射レーザーライフル弾が『フライ』を素早く捉えた。1機、続けてもう1機が青い光線に貫かれ空中で爆散してゆく。


 その下では『2B』がミサイルの弾幕を張っている。牽制用のマイクロミサイルで動きを封じ、中型ミサイルでダメージを与える。装甲に優れていても機動力が犠牲になっている『ビートル』は翻弄され、徐々に武装と装甲をはがされつつあった。

 本来なら『ビートル』級の装甲であれば『St』のライフルに装弾されている弾で貫通できる為、ルミナが対処に当たるのが効率がいい。しかし、ルミナには他にやるべきことがあった。

 リロードしたマガジンが正常に弾を銃身に送った事を確認すると、ルミナはユキオの姿を探した。


 (玖州君!)


 カズマやマサハルから少し離れたエリアで、ユキオの『ファランクス5Fr』と『リザード』が対峙している。無理には接敵せず、『リザード』が進もうとすれば各種のボムや重ガトリングで脚を狙い動きを封じる、指示通り、正に牽制、という堅実で地味な動きだ。


 『リザード』のAIが焦れたかの様に、中間距離で胸部装甲を開いた。マイクロミサイルの発射準備だ。しかし、ユキオにも対処する時間が充分にある。


 (スプレッド!)


 左親指がセレクターを弾くように回す。同時にグリップを引きペダルを踏み込んだ。操作に従い、短くバックジャンプしながら『5Fr』がリアアーマーからスプレッドボムを右腕で取る。


 大量のミサイルが発射された。ユキオは慌てずに素早くボムを目の前に投擲し、爆風のバリアを形成した。『リザード』自慢のミサイル群は爆風で連鎖誘爆を起こし全弾が虚空に散ってゆく。


 (!)


 しかし、ユキオの目の前に広がる爆煙を切り裂いて『リザード』が高速で踏み込んできた。巨大な三連の爪をギラリと振り上げ、『ファランクス』の胸部を狙う。

 

 「舐めるなぁっ!」


 珍しくポッドの中でユキオが吠える。大型シールド『ヴァルナ』に右腕を沿え、フルパワーでカウンターを合わせる。『リザード』の爪はシールドの表面に火花を散らしながら傷を刻んだものの、強烈に腕をシールドに弾かれ大きくよろめいた。


 (そこ!)


 一部始終を見ていたルミナが初めてトリガーに手をかけた。『ファランクス5Fr』から離れた『リザード』が姿勢を整える為に踏ん張った右脚目掛け、弾丸を放つ。


 高速で射出された弾丸は『リザード』の右足首すぐ傍の地面に突き刺さった。


 (外した!?)


 ルミナの珍しいミスショットにユキオが小さく驚く、が、ミスではない。


 突き刺さった弾丸の後部から細長いアンテナが飛び出す、と同時に『リザード』の右脚を包むように高電圧のスパークが発生した。


 ルミナの放った弾丸は、メンテチームの試作した電磁縛弾だった。 スパークは『リザード』の脚の関節内部まで侵入し機能不全を引き起こす。動きの速い敵への対処として開発の進められていた新装備だ。


 『リザード』が苦しそうに蠢きながら、首を『ファランクス5Fr』に向けて口蓋を開く。豪炎を吐き出してシールドごと焼き尽くそうというのだろう。


 「玖州君、飛んで!」


 一瞬、ガトリングで火炎放射器を潰すか、回避に徹するか判断に迷っていたユキオだったがルミナの指示に反射的に従い、急上昇をかけた。それを追い上空を仰ぐ『リザード』の口内から火炎放射器の砲身が延びる。


 距離を取ったものの、火炎放射のレンジからは逃げ切れていない。シールドで防御をすれば、即大破という事はないだろうが……。


 「かわしきれないか!?」


 「大丈夫!」


 ユキオの慄きに、自信を込めたルミナの言葉が返される。素早くさらに別のマガジンを装填していた『St』が次弾を発射した。


 射出された弾丸は、通常使用している徹甲弾よりも長い。それは発射直前の火炎放射器に直撃した瞬間爆発を起こした。弾頭に爆薬を搭載した新型爆装弾だ。


 『リザード』が口内での爆発に再び天を仰ぐようによろめく。


 「レーザーブレード!」


 「任せろ!」


 ルミナの鋭い声に呼応してカズマがブレードを抜く。地上まで一直線の軌跡を描く流星と化した『As』が『リザード』の頭部に深く光の刃を突き立てた。『St』の一撃で装甲が歪み隙間が生じていた『リザード』はあっさりと喉奥まで飲み込むようにその一撃を受け入れ、次々と小爆発を起こしながらその巨体を暗い大地に横たえていった。





 「やったじゃん、ルミナちゃん!さすがだよー!凄かったよー!」


 ポッドから出てきたルミナをマサハルが手放しで褒め称える。ルミナも顔を上気させて、ありがとうと感謝をした。


 「みんながあわせてくれたから……ごめんね、二人とも危ない目に合わせて」


 マサハルの後ろから近付いてきたユキオとカズマにルミナが頭を下げる。カズマはいつもの軽い雰囲気で言う。


 「俺はザコを落としてオイシイ所を取ってっただけさ……悪いなユキオ」


 振り返ってそう言うカズマと、その向こうのルミナにユキオも手を振った。


 「いや、大したこと無いよ。あれが『5Fr』の仕事だから……それにしても鮮やかだったよ奈々瀬さん。また腕を上げたね」


 ユキオからの賞賛を受けたのは久しぶりのような気がする。思わず興奮してルミナの頬が染まった。


 「う、うん!弾頭を速く切り替えられれば私もサポートに回れると思って練習してたんだ……うまく行ってよかったよ」


 さっすがーと笑顔で手を上げたマサハルとハイタッチを交わす。作戦も出来すぎのように上手く進み、こちら側の被弾はほぼ皆無に近い。(マサハルの『2B』が『ビートル』に軽く炙られた程度だ)ここ最近では珍しい快勝に四人が沸く。


 ルミナは腕時計を見た。戦闘時間は10分足らず。授業を受けに学校へ戻るには微妙な時間だったし、かと言って支部まで来たのにこのまま帰るのももったいない気がする。ルミナは一歩ユキオに近寄って声を掛けた。


 「玖州君、時間も中途半端だし……また、訓練お願いしてもいいかな?」


 笑顔で頼み込むルミナに、しかしユキオは急に表情を曇らせて返事を言いよどんだ。拒否、というよりは困惑という顔つきだ。ルミナがその表情の裏に気付かぬうちに、カズマがユキオをグイと押しのけてルミナの前に行く。


 「あー、ルミナ、ユキオはちょっと用事があってな……今日はオレが相手だ」


 「え?カズマ君が?」


 思いもしなかった話にキョトンとしているルミナにカズマが胸を張る。


 「ああ、接近戦に悩んでいるんだろ?オレの『As』で揉んでやるよ。一発でも当てたらアイスおごってやる」


 「イジメかよ」


 マサハルがタイミング良くツッコミを入れる。


 で、でも……と話を飲み込めていないルミナから視線を背中に向け、カズマがユキオにシッシッっと手を振った。


 「ホラ、今日はオレに任せて……まだ『アレ』終わってねえんだろ?さっさと片付けて来いって」


 「あ、ああ。すまない。じゃあ、奈々瀬さん、今日はゴメン……またね」


 「え、ああ、うん……」


 先程の勝利の余韻から一転、まるで打ち合わせでもされていたのかのような話の流れに置いてけぼりを食って、ルミナはユキオにうつろに手を振ることしかできなかった。ユキオも早足でコクピットルームから、メンテルームへ走ってゆく。それを見送るルミナの表情を見て、カズマとマサハルも苦い顔で視線を交わすことしかできなかった。





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