冬に咲く花もありやなしや
ユキオの『ファランクス5E』は修理途中で戦闘した無理がたたって、フレーム破断が発生した為全面改修されることになった。その間またヒマになるかと思っていたが、日本初の『ロングレッグ』の襲撃と、それを少人数で撃退した戦果が評価され、ユキオは報告書をマヤと共同で作成し、国分寺にある<センチュリオン>日本統括部で詳しく説明する羽目になってしまった。
もともと人前で話すのが苦手なユキオは油汗を滝のように流しながら、その重大任務を苦労して遂行した。何度かよくわからない専門的な質問はマヤが解説に入ってくれたが、正直高校一年のユキオには過酷な仕事であった。
「あー、疲れた疲れた」
マヤがうーんと背伸びをしながら、ぐったりしたユキオを連れてタクシーから降りる。ユキオは既に目がうつろで、ほっとけば倒れるのではないかと思うくらいフラフラだった。
「大丈夫?近くに美味しい炒飯を出す店があるから、それで元気出して、ね?」
「あい…」
「まぁ、今考えても凄かったわよねー、あのデカブツ出た時はオワター!って思ったもん。よくルミナを守って耐えてくれたわね」
マヤの気楽そうな声とは対称に、ユキオは心底しんどそうに口を開いた。
「勝てたのはカズマ達のお陰ですよ…それに今日の仕事の方がしんどかったです…」
「ハイハイ、いくらでも奢ってあげるから。さぁ焼肉の分も食うわよー!」
(この人、何で毎日こんなにポジティブに生きていられるんだろう…?)
未だ学生のユキオには理解し得ない疑問である。
そんなやり取りをしながらよたよたと歩く二人を、通りから少し離れた暗い影から見る二人がいた。グレーのスーツを着た、一見地味だがサングラスの目つきの鋭い男と、背は高いが身体の細い少年のような童顔の若い青年。
細身の方が顎に手を当てて小声で呟く。童顔ではあるが猛禽類を思わせる鋭い目つきは冷酷でまるでユキオを射抜くような視線を送っていた。既に陽は落ち、道行く人はみな白い息を吐きながら足早に家路を急いでいると言うのに彼は黒い半袖のYシャツにズボンのみという異様な格好だった。
「あれが『レゾース』に『デグマリッド』をやったって奴か」
「『デグマリッド』は単独ではないがな」
グラサンの男にフン、と答える様が、外見から見える歳に似合わず尊大であった。グラサンは、それを気にした様子も無く小さなピクチャーシートを渡す。
「五ヶ月で81スコア…か。それに『レゾース』を一人でやったとなれば確かにマークしてもいいくらいの成績だ。しかし冴えない奴だな。あんなのにやられたと聞いたら<ゼガレーブ>の奴らも落ち込むだろう」
青年は急に興味をなくしたとでも言うようにシートを突っ返して背を向けた。
「もういいのか?」
「たまたま近くに来たから顔を拝んだだけさ。今までは名前と機体しか知らなかったが、敵がどんな奴かわかった方が潰し甲斐がある。だが、アレではどうもやる気がでないな」
「腕は確かだぞ」
「そうかもしれないが、さ。俺の時は地震のドタバタにつけ込むなんてセコい事はさせるなよな」
二人はそう言いながら連れ立って夜闇に融けるように路地に消えていった。
『ロングレッグ』襲撃から一週間後。
ユキオは蛇口から捻った水が予想以上に冷たいのに驚いてバケツとジョウロを落としかけた。すっかり枯れてしまったプランターの土も冷たく、こんな環境で鉢植えをしても良いのかとフラワーハスノの店長、蓮野ダイキに問いかけた。五十路前にして益々壮健さを見せる大柄な男が真面目な顔でユキオを諭す。
「花は見た目は可愛いが、れっきとした生き物だ。甘やかしているだけじゃしっかりとは根付かん。あえて寒いところで育てるのも、強い花を育てる一つのテクニックだ」
「わかりました」
なるほど、と納得がいってユキオはクリスマスローズとカトレアを慎重にプランターに移してゆく。もう二十日もすればクリスマスだ。今週はこの鉢植えがよく売れるだろう。
隣でその作業を真剣な顔つきでダイキが見ている。学生バイトだからといってヌルい仕事をしたら容赦しねえと言う目つきだ。
ユキオは週一でフラワーハスノでアルバイトをさせてもらう事にした。将来、花屋になりたいと決めたわけではないが、独学で行き詰っていた園芸の知識を伸ばすのも勉強になるだろうと思ってのことだった。ルミナの言う通りとにかく何か一歩前進しなければという思いからだ。
<センチュリオン>のバイトと兼任したいと聞いてハンパが嫌いなダイキは少し難しい顔を見せたが、二人の娘の内、妹のランが部活でレギュラーになり忙しくなる為、その穴埋めと言うことで採用してもらえた。先日の地震で、ダイキの留守中に割れてしまったガラスや鉢の片付けを手伝ったのも好印象に繋がったようだ。
ランの姉で、ユキオの採用を後押ししてくれたサクラが、お茶を淹れて持ってきてくれた。
「ユキオ君お疲れ様、まぁ綺麗に植えてくれたのね」
長くたおやかな美しい黒髪を持つ、おっとりした優しいサクラは近所でも人気の看板娘だ。彼女目当ての常連は、市内の大学生から自転車で巡回中の警察官、果てはベンチャー企業の若社長まで様々と聞く。決して美人と言うタイプではないがその溢れ出る癒しの雰囲気は、まるで甘い蜜に誘われるハチのように男性客を次々と惹き付けるようだ。
温かいほうじ茶をありがたく頂き口をつけた。濃い目のほろ苦いお茶が冷えた身体に染みる。
「まぁまぁだな。コイツが家で鉢植えをやってなかったらクビにしてるところだ。こないだのパンジーの分も働いてもらわないとな」
言葉は辛辣だが口調は冗談半分と言う感じだった。苦笑いするユキオとサクラを置いて、配達に行って来るとダイキは愛車の古いワーゲンに向かった。
「ごめん下さい」
店の入り口から聞き慣れた声がした。
ユキオとサクラが店内に戻ると、マヤとルミナが二人でやってきていた。ルミナは白いワンピースに赤いコートを羽織っていて、彼女の私服をあまり見たことが無いユキオはその鮮やかな取り合わせが少し意外だった。
「バイトおつかれー、頑張ってる?」
「あ、はい、まだ慣れないですけど」
マヤに挨拶を返して、ルミナにもいらっしゃいと声を掛ける。ルミナはうん、と言ったものの少し不機嫌そうだった。どこか虫の居所でも悪いのかと思いつつ、マヤにお花、いるんですか?と声を掛けた。
「ああ、うん、お見舞いにね」
「お母さんがもうすぐ退院だから」
ルミナがそう言って少し明るい顔を見せた。
「そっか、よかったね!」
ユキオも笑顔で答える。先日のやり取りから少し時間が経ち、また以前のように少しずつ会話が出来るようになったが、やはり以前とは何か違う雰囲気が二人の間には流れていた。その様子を横目で見ながらマヤがサクラに花束を頼み、サクラもニコニコと用意をしに奥のガラスケースの方へ引っ込んでいった。
「…あれが噂の花屋の美人さんね…確かにありゃあ人気が出るわ」
「まぁ、そうらしいですね」
「ユキオ君もあの娘目当てでバイトしに来たんじゃないの?あんまり鼻の下伸ばしてると後ろから撃たれるわよ」
「え!!?」
ぎょっとして振り向くとルミナが冷ややかな目でユキオを見ていた。
ユキオは少し震えながら自分の顔に指を差して訊いた。
「う、撃つの?」
「…撃たれたいんですか?」
ジョークにしてはドスの効いた低い声でルミナが答える。ユキオは思わず身震いをした。マヤがそのやりとりに大笑いする。
「ユキオ君も高校生なんだから、女の扱いには気をつけなさい。でないと、大怪我するわよ」
「俺は別に…!」
「手、止まってますけど、仕事しなくていいんですか?」
ルミナの声はさらに温度を低める。ユキオはひゃい!と情けない声を出してプランターの方に戻った。ちょっとだけ満足そうに口元に笑みを浮かべるルミナをマヤがたしなめる。
「あんまりいじめるんじゃないの」
「別にいじめてません」
ルミナはすぐにツンとした顔をして、きょとんとした表情で花束を抱えてきたサクラに支払いをする。
「ありがとう、とても綺麗ですね」
そう言って花束を受け取ったルミナにサクラは穏やかに微笑みかけた。
「お母様、早く退院できるといいですね」
思わぬサクラの言葉に、ルミナがびっくりして一瞬言葉を失った。
(私まだまだ、はこういう気遣いが足りないなぁ…)
ユキオに少しキツイ事を言ったかなと反省しながら、頭を下げて姉の傍へ戻った所で、マヤとルミナ、そしてユキオのリストウォッチが一斉に召集コールを鳴らせた。
「!」
マヤの開く端末をルミナと、飛んで戻ってきたユキオが覗き込む。<センチュリオン>のインフォメーションには、市の南端にある風力発電所のコンデンサ制御システムへのマイズアーミーの接近が確認されたと表示されていた。常勤のイーグルチームは別件対応中の為パンサーチームに出動要請がかかっているのだ。インフォメーション画面の下部分には、既にカズマとマサハルが出動の為にポッドに向かっている事を知らせるランプが点灯していた。
「私達も行かなきゃ」
ルミナがユキオに声を掛ける。先程までとは違う、信頼の置ける戦友に向けての真剣な眼差しだ。ユキオも力強く頷く。
「ユキオ君、私達は支部に向かうわ。悪いけど」
「はい、俺はそこのポッドから先に出ます」
すぐ向かうから!と言い残して二人がマヤの私用のクーペに乗り込んでゆく。ユキオはそれを横目で見送りつつ、サクラに頭を下げた。
「すいません、バイトの途中ですが…」
「いいわよ、気をつけてね」
ニッコリと柔らかい微笑みでサクラは快く出動を許可してくれた。
(なるほど、この笑顔ならコロっと好きになってしまうな)
今まで意識して見ていなかったが、ユキオは常連の男達に心から共感した。そして先程のルミナの冷たい目線を思い出してブルっと身体を振るわせる。
(最近、奈々瀬さんの事を思い出してビビる事が多いな…)
「どうしたの?武者震い?」
「い、いや!行って来ます。すぐ帰りますから!」
気をつけてね、と言うサクラの言葉を背に、急いで店のエプロンを外して店から通りに出る。そのままの勢いで向かいの<遠山タバコ店>に飛び込み、店主のヨネに声を掛けた。
「ヨネばぁ!ポッド使うよ!」
「なんでぇ、久しぶりに来たと思ったら慌しいこったね。ホラよ」
レジに立っていたヨネが傍にあったカゴから小さな包みをユキオに投げた。クツを慌しく脱ぎながら器用に受け取ると、それはユキオが子供の頃から好きだったサイダーの大玉アメだった。ありがと!と言ってそれを頬張りながらコクピッドポッドに入るユキオをヨネが孫を見るような穏やかな顔で見送る。
(システム起動…フィールドアクセス開始。『ファランクス』をオンラインに…)
焦りながらも手早く、慎重にユキオは暗いポッドの中でウォールドウォーへ飛び込む準備を進める。スロットに挿されたメモリーキーの『5E』のラベルはマジックで塗りつぶされて、横に手書きで小さく『5Fr』と書かれていた。
やがてユキオの新たな『ファランクス』が見慣れた漆黒の大地に屹立する。シルエットはほぼ『5E』と変わらない。が細かく見比べれば全身に渡って改修が施されているアーミングトルーパー。
胸部装甲をはじめ各関節を保護する増加装甲。メイン火器の重ガトリングは砲身が四門から六門に増えより高速で連射できるようになっている。右腕の二連装ビームガンパックは大口径化されて重ガトリングに匹敵する破壊力を得た。そして代名詞ともいえる大型シールドはさらにその強度を増し、裏側には予備のグレネードや追加武装『グロムパイル』が搭載されている。
「これが『5Fr』か…!」
『5E』の特性を活かしつつさらに装甲と攻撃力を強化した新型機にユキオは感嘆した。そして短期間でここまでのパワーアップを図ってくれたアリシアやメンテチームに無言で感謝をしながら、スペックに目を通す。
「戦闘レーダーレンジニ敵機侵入。『フライ』級15、『スタッグ』級2、更ニ『ホーネット』級2以下増加中」
補助AIシステム・シータが変わらぬ電子音声で、スペックデータに釘付けになっていたユキオに注意を促す。了解、と独り言のように呟いて背筋を伸ばしてコントロールグリップを握り直した。遠い暗闇の向こう、小さなオレンジのバーニア炎が望遠ウィンドウに映し出された。
未だユキオにはウォールドウォーの是非は判断できなかった。しかし、自分の街を脅かす存在は許さないという信念は揺るぐことは無かった。
(こいつらがどういうつもりだろうが……俺は戦う、この戦争が終わるまで!)
カズマ達やルミナも間もなく来るだろう。前衛ラインの保守が自分の仕事だ。ユキオは重ガトリングにアイドリングをかけながら、決意と共にペダルを踏み込みバーニアを吹かせ敵陣に向かい突撃をした。