椿楔(後)
ようやく4本の腕の使い方もわかってきた。一本は切られてしまったが逆にシンプルになって都合がいい。そもそもこれだけパワーがあれば4本もアームはいらないのだ。相手への威圧感はあるだろうが。
「いい加減にしろよ……レイミ、来い!」
ポッドの中で疼く片目を抑えながらヒロムがイライラして吠えた。レイミも、その声に応じてヒロムのマシンの背中に回る。
「やるの?ぶっつけ本番よ?」
「ダラダラやるのは性にあわねえ……一気に叩き潰してやる!」
「入れ込むのはいいけど、ちゃんと制御してよね、っと」
レイミの操る猛禽型のマシンが、ヒロムのマシンの背中にドッキングをする。エネルギーラインを通しジェネレーターが同調をはじめ出力が上がり始めた。
全身の間接から余剰エネルギーがバチバチとスパークになって装甲表面を奔るのを見て、二機の『ファランクス』が怯えたように構えを取った。
「もっと早くにこうしておけば良かったよ。そうすればフレドリックも死なずに済んだんだ……」
「ヒロム……」
ブツブツと呪詛を唱えるかのように言葉を漏らす相方にレイミが囁く。
「……冷静だよ、俺は」
「信じるわよ」
「ああ、さっさと終わらせてこんな性根の腐った国から出て行ってやるよ!」
複雑なアタッチメントのついたレバーを握りなおし、ペダルを踏み込む。加速されたマシンは躊躇無く豪腕を『Rs』に叩き付けた。
「うわぁぁぁぁぁあああっ!!」
合体をした敵のマシンが動いた、と思った次の瞬間には至近距離に踏み込んできていた。反射的にシールドをかざしたが、鉄壁の盾でさえダメージは防ぎきれず『Rs』は台風に舞う小枝のように宙を舞っていった。
「何なんだ!」
「合体機能があるの!二機のジェネレーターを相互に活性化させてパワーアップしてるみたい」
シータの説明もこの衝撃の中では滑るように耳から耳へ抜けて行く。なんとか二人で姿勢を整えた時にはシールドや全身の装甲が5割以上ダメージを受けていた。
「ユキオ君!」
「だい……じょうぶ……。ハァ、ハァ、合体って……事は普段は分離していなきゃいけない理由があるんじゃないか……?」
吐き気を抑えながら口にした推測にシータがハッキングしたスペックシートを見直す。
「アイツ、試作機でデータは取ってないけど……長時間の合体はオーバーヒートの危険がかもって!」
「それまで耐えるしか無いか!」
再び踏み込んできた『バッファロー』を引きつける。このスペック差では余裕を持った回避が逆に隙になる。太い腕が組み合わされハンマーのように頭上から降ってくるのを凝視しながら、ユキオはスティックを思い切り引いた。
(ここだな、フレッド!)
あの脳が痺れ、焼けるような快感を思い出しながらペダルを踏み込んだ。下半身のスラスター全てから推進剤が噴出しギリギリでハンマーナックルを避けきる。相手の姿勢が戻される前に肩に飛び乗り『コンドル』ごと背中にブレードを突き立てようとするが、その『コンドル』の口から紅蓮の炎が渦を巻いて吐き出された。
「あぶねぇっ!」
「無理はしないで、回避優先よ!」
シータが機体を引っ張って業火から『Rs』を逃れさせる。空いた口内を見逃さずにルミナはライフル弾を発射したがそれは辛くも『バッファロー』の振り上げた腕に弾かれてしまった。珍しくルミナの苛立たしそうな舌打ちがスピーカーから漏れ聞こえた。
「慎重に行こう」
「うん……。ツノから放電が来る!!」
『バッファロー』の雄雄しいツノが天を突くように上を向くと、雷鳴のような激しい音と共に真っ白に輝き始め、その周囲に無作為に高圧電流のアーチをばら撒き始めた。その一撃一撃は以前の『クラゲ』から発せられたものよりも疾く、強力だ。撃たれた地面は脆いガラスのように割れながら焦げて白煙を上げている。
『GSt』の左腕がその白濁の光線に焼かれる。ユキオは慌てて『GSt』を抱えて宙に逃げた。高空まで逃げれば流石に放電も届かない、と思ったが。
「ユキオ!回避して!」
「ンだと!?」
電撃は収束しビームのように空中の二人を襲った。急いで『GSt』を放り投げ、バリアツェルトを展開するも一瞬でバリアは薄紙のように破られ、機体が高圧電流に晒される。
ポッドの中にすら電流が走った。ウォールドウォーの攻撃のフィードバックがリアルに現れたのか、あまりにも膨大なデータの転送にシステムから漏電したのかはわからないがユキオは一瞬慄いてしまう。シータのホログラム映像までノイズが入って歪み出した。
「まだ限界時間にならないのか!」
「来るわ!」
電撃に焼かれ地表に落とされた『Rs』を踏みつけようというのか、『バッファロー』が『コンドル』の翼を羽ばたかせて舞い上がった。凶悪なカーブを描く三本のツメを生やした脚を揃えて高速で降下してくる。
「させない!!」
ルミナの爆装弾が『バッファロー』の脇腹で次々と爆発する。若干軌道が逸らされたお陰でユキオは巨人に踏み潰されるのを避ける事が出来た。
「ありがとう!……しかし、どうしたもんか……」
こちらの武器はほぼ通じない、相手が分離してパワーダウンしても勝ち目は薄いように思える。『ヴァルナMk2』の中にある切り札が当たればあの『バッファロー』は倒せるかも知れないが。
(うだうだ考えていても仕方ない……)
パワードライフルで牽制を図る。相手の装甲が厚いとは言ってもこちらも『ビートル』クラスを優に撃ち抜く火力だ。直撃すればよろけさせる事くらいはできるし運がよければセンサーくらいは破壊できる。
『バッファロー』は三本の腕でライフルを弾きまくるが、ユキオの目論見どおり脚を止めた。そうするうちにその肩や背中から煙が上がり始め『コンドル』が分離して行く。限界時間が来たようだ。
「よし!」
勇んで踏み込む、がこれが早計だった。『バッファロー』は単体でも『Rs』とは比較にならない格闘ポテンシャルがある。突き出したレーザーサーベルを左腕の一本を犠牲にして受け止め、ユキオの動きを止めた。そこに横殴りに豪腕が突き刺さりボロボロの『Rs』の装甲とフレームをさらに歪ませる。
「グホッ!」
ダメージフィードバックで脇腹の鈍痛に苦しむユキオの目には、真っ赤に警告が並ぶコンディションパネルが映った。頭の上から爪先までどこもかしこも異常だらけだ。これ以上ダメージを受ければ動けなくなっても不思議ではない。普段なら迷わず撤退を決める状態だが。
(……逃げる場所なんか、どこにも……)
ヨロヨロとフラつく機体を制御しながら立ち上がらせる。大丈夫、まだ動く。サーベルもまだエネルギーは切れていない。
「まだだ、まだ……」
「いい加減観念したらどうだ」
<シャントリエリ>の人間の哀れむ声が聞こえる。肉声ではあるが、その声はどこか現実味の無い幻聴のようにも聞こえた。
高みにいて、真面目に生きている人間を見下している声だ。
「ふざ、けんなよ……」
「どう見ても君達に勝ち目は無い。このまま続けても体に悪影響なだけだ。君達の仲間のように……」
プッツン、と頭の中で理性が切れる感覚を、ユキオは初めて味わった。
「ふざけんなって言ってんだろ!!!!」
体が暴走する。バーニアを最大に吹かし鋭くサーベルで切り込んでくる『Rs』に戸惑いつつも『バッファロー』は対応した。半壊した腕を斬られながらも『Rs』のその右腕を掴み、まるでバッタの脚かトンボの羽の様に胴体からもぎ取る。
「……だまだァ!!」
フィードバックの痛みに涙を流しながらユキオは吠えた。膝部レーザーピラーを起動して『バッファロー』の薄い喉元を狙う。レーザー刃は見事に首に突き刺さり頭部のあちこちから火花が散った。
暴れる『バッファロー』に喰らいつく『Rs』に『コンドル』が味方ごと撃つのも構わずにミサイルを叩きつける。『Rs』のウィングはほぼ全て破壊されたが、ルミナの援護射撃が『コンドル』の装甲の隙間に刺さりユキオの命を辛うじて繋ぎ止めた。
『バッファロー』の残った二本の腕が『Rs』を引き剥がして、再び上を指す。その動きに従って『コンドル』が『バッファロー』の背中に回った。
「いけない!」
ルミナが慌ててトリガーを引く。今度合体されたら間違いなく二人はバラバラにされてしまう。だが必殺の徹甲弾も強固な『バッファロー』に阻まれて『コンドル』を止める事ができない。
その二人の脳裏に絶望の二文字が刻まれる寸前、真っ赤な矢が『バッファロー』と『コンドル』の間に割り込んだ。
「!!?」
ドッキング寸前、二機の大型マシンに挟まれて爆発を起こしたのは残弾を使い切って空中待機していた『ゼルヴィスバード』だった。
「『ゼルヴィス』……」
「シータ!?」
驚くユキオの声にシータも目を見開いてふるふると首を振った。
「あたしじゃない……イータでも……多分、『ゼルヴィス』のAIが自分で……」
ショックで言葉が詰まるシータ。が、その真相を追究している時間は無かった。予想外の特攻にあの大型マシンがよろめいている。チャンスは今しかない。『ゼルヴィス』が命を投げ出して作ってくれたチャンス。
「グロウスパイル!!」
「最大出力で行くわ!」
ユキオの声にシータが泣きながら応える。『ヴァルナ』のボロボロに歪んだ装甲パーツが弾け飛び、中からグロウスパイルの発振器が姿を見せた。左拳にそれを構え、残された推進剤を全て吐き出して『バッファロー』に突進する。
そのユキオの行く手を先に動き出した『コンドル』が阻もうと前に出た。全身の火器を開放して『Rs』に撃ち込む。しかし、踏み込んだペダル、押し込んだスティックをユキオは緩めなかった。
「まとめてくたばれぇッ!!」
突き出した左拳の先から、長大な光の槍が伸びる。『コンドル』の右目を貫いたランスはそのまま『バッファロー』の心臓部にも達し、そのまま背中まで突き抜けた。
その巨体の全身から、ほどなくして火花やスパーク、爆発に黒煙が噴出し始める。乗っていたトレーサーと思しき男女の絶叫が微かにユキオとルミナの鼓膜を震わせたが、二人は荒い息を整えながらそれを見守るだけだった。
「そんな……バカな……」
<シャントリエリ>の人間が、唖然として言葉を探す間にも爆発は大きくなり、やがて二機のマシンは崩壊し消え去っていった。