椿楔(前)
パトリック・ダスラは地上を這いずりながらもしぶとく喰らいついてくる『チャリオッツ』に舌打ちをする。周りを見れば部下の『ピルム』は一機も残っていない。相応の被害を与えたようだが、それで彼らの健闘をたたえるような余裕は彼には無い。
「いい加減落ちろヨォォォォーーー!!」
振り下ろすレーザーチェーンもエネルギーが少ない。バチッバチッと発光と消失を繰り返しながら叩きつけられた光の鎖に、最早飛羽機の腕すら切断する威力も残っていない。
(金になるって言うからコッチについたのに、これじゃそれどころじゃねーじゃねーか!)
脳天気なパトリックでも、負けた傭兵に金が支払われると思うほど愚かでは無かった。だが結局悠南支部部隊を低く評価しすぎていた事は、今になってようやく認める気になったのだ。
それは、あまりにも遅すぎる理解だったが。
グイイッ、とチェーンの巻きついた腕に逆に引っ張られる。パトリックは焦りとパニックでチェーンを切るのも忘れてしまっていた。
(こんな所で死ねるかよ、俺は、金持ちになって、田舎に屋敷を立てて地元の連中を顎で使ってやるまでは……!!)
放たれるマシンガンの火線から身を捩じらせるように逃げながら、ようやくチェーンを切り離し『ベルグ・ピルム』に反撃をさせた。
間合いを取り直す『ベルグ・ピルム』はもう虫の息に見えるが、基本スペックからして油断は出来ない。なし崩しに一騎打ちになったが周りで他のマイズアーミーのマシンを食い止めてくれているリックやナルハのためにも早くケリをつけたいが……。
「!」
『ベルグ』から放たれたマイクロミサイルをジャンプでかわした所にレーザーチェーンが再び走る。もうエネルギーも無いはずなのに、他に武器が無いのか。
「いい加減に諦めやがれ!」
飛羽がハンドグレネードを投げる。チェーンの先端で爆発を起こし繰り出されたチェーンが力無く跳ね返されてそのまま溶けるように消失した。だが、爆発の向こうから、ソードを掲げた『ベルグ・ピルム』が踊りかかってくる。
「特攻精神は、こっちの十八番だっつの!」
額に油汗を浮かせながらもあくまで冷静に体は動く。弾の無くなったマシンガンを投げつけると邪魔だとばかりに『ベルグ』はそれを切り払った、いや、切り払わされた。
(反射的に動くから!)
ソードを振り下ろした相手の手首を掴みフルパワーで地面に叩きつける。反動で跳ね上がった敵を踏みつけて動きを封じる。太い『チャリオッツ』の足はコクピット・コアのある胸部をしっかりと捉えており、その間には飛羽が残していた最後のグレネードが挟まっていた。
「や、やめろ!」
「やめるかよ」
怯える敵パイロットに冷たい一言を返して、飛羽はトリガーを引いた。
ドォン!
重く響き渡る爆発音。至近距離で直撃を食らった『ベルグ・ピルム』は真っ黒に焦げながらバラバラになった。そしてそれを押さえつけていた『チャリオッツ』の右脚も。
グラァッと片足を失った『チャリオッツ』が成す術無く尻餅をつくように倒れた。それを見下ろすようにリック機、そして残った悠南支部の仲間達が集まってくる。
「この辺の敵機は全て片付けた……おい大丈夫か、ヒバ?」
「なんとか……と言いたいとこだがこれじゃもう俺も戦えないな……ユキオ達は、ゲートを抜けたか」
「ああ、後はヤツらに任せるしかない……」
リックが感傷に浸るように呟きながら、遥か前方、『ロングレッグ』の残骸の先で消えてしまったゲートの辺りを見ながら呟いた。
子供のころ、学校で変な絵を描く授業があったのを思い出す。
確か画用紙を適当に派手な塗りつぶした上に黒いクレヨンでさらに塗りつぶし、それを釘で引っ掻いて独特の色合いを楽しむとかいう奴だった。
今、ルミナ機と二人で手を繋ぎながら流されてる空間はまさにそんな感じの風景だった。真っ暗なトンネルを様々な蛍光色のラインが走っては消えてゆく。
今まで見たこともない景色だったが、不思議と不安は無かった。
「良かったね、神谷君。また『As』に乗れて」
「ああ……でもレジーナはすごい大変だと思うけど」
「あの二人、付き合ってるの?」
「帰ってから聞いてみようか」
通信パネルの向こうで、ルミナが穏やかに笑う。ユキオも張りつめていた緊張が解けてしまいそうになったが、ゲートの出口を見つけて姿勢を整えた。
一つ、深呼吸をする。
「ゲートを出るよ」
「うん」
ヴゥオッ!という暴風が駆け抜けたような音と共に二機は通常の電脳空間に復帰した。ガシンガシン、と傷だらけの『ファランクス』が大地に降り立つ。
「シータ、ここなのか」
「そう、あれが<シャントリエリ>のメインサーバーよ」
ホログラム姿のシータが指差す先には、暗い地平に煌々と輝く機械の塔が聳え立っていた。かなり遠くまで離れているにも関わらずお互いの機体の姿がしっかり見えるほど強い光が放たれている。
と、スピーカーから不意に暗い不気味な声が聞こえてきた。
「よくここまで来れたものだな……」
「……<シャントリエリ>の人間か?」
盾を構え戦闘態勢を取るユキオに声は挑発するように笑う。
「そうだ。まさかマイズ博士が我々を裏切り、あまつさえあの鉄壁の防衛網を抜けて心臓部ともいえるこのサーバーエリアまで踏み込んでくるとは思っていなかったが……君たちの健闘は称賛に値するよ。が、それもここまでだ」
レーダーに反応。上を向けば音も無くゆっくりと二台の戦闘マシンが上空から降下してきた。
1機は巨大な鳥、コンドルのような機体だった。その翼長は『ファランクス』二機が手を横に広げて並んでも余りあるほどだ。そしてもう一機は、『ヘラクレス』よりもさらに一回り巨大なパワーマシンだった。バッファローを思わせる鋭い二本の角に4本の太ましい腕を持っている。その一本だけでも華奢なWATSなら握りつぶせそうな凶悪な拳が並んでいた。
対するユキオ達はここに来るまでに装甲も弾薬も推進剤もだいぶ損耗してしまっていた。更に過酷な戦闘が1時間も続き、二人の脳や神経も相当に疲労している。この威圧感を放つ新型を倒すというのは、戦う前から無理ではないかと思えた。
だが、背後にいるカズマやマサハル、悠南支部の仲間達。そして故郷で戦っている何万ものトレーサーと、カナやヨネばあさん、花屋の一家の事を考えれば逃げ帰る事など出来ようもない。
正面の二機を見据え、ユキオは汗で滑りかけているコントロールグリップを力強く握った。
「いくよ、ルミナ」
「……うん」
『ファランクス』達が武器を構えるのに合わせ『バッファロー』も四本の腕をガバッと広げた。その背後から『コンドル』が空へ羽ばたく。
「楽しませてもらおうか、愚かな君達の最後の足掻きを!」
余興を楽しむ古代の王君を思わせる<シャントリエリ>の人間の声を合図にグレネードと電光、銃弾と火炎が交錯した。
『Rs』を捉えようと掴みかかる『バッファロー』の前にスモークが広がる。豪腕から辛くも逃れた『Rs』と『GS』はそれぞれ飛び上がった『コンドル』にライフル弾を浴びせかけた。が『コンドル』はその弾丸よりも早く空を巻いて『Rs』にカウンターを入れた。巨大で鋭い槍のような鉤爪が『Rs』の装甲カウルに深々と傷を刻む。
「くっ!」
そこに煙の中から巨大な一対のツノがぬっ、と飛び出した。『バッファロー』の角の間にプラズマ光が収縮し始め、次の瞬間にはのたうつ野太い電光となり『Rs』のシールドに突き刺さる。さらに『コンドル』の悪魔めいた巨大なクチバシの奥から灼熱の火炎が伸びて二機の『ファランクス』の足元を焼き払う。
「シータ、ヤツラのデータを!」
「ガードされてるから、少し時間がかかるわよ!」
「構わない、一人でやってみせる!」
ユキオの強がりを信じてくれたのか、シータの姿はフッとかき消える。AIサポートを失った『Rs』は途端に制御が難しくなるが、みすみすこんな所で落とされるわけには行かない。
繰り出された『バッファロー』のパンチをレーザーブレードで受け止めようとするが、一方的に吹き飛ばされた。刃先が当たったはずのその拳は特に動きに異常が出たようには見えない。転がるユキオに止めを刺そうと『コンドル』が6本の鉤爪を光らせるが、その行く手は『GSt』の牽制射撃に阻まれた。
「邪魔な……よね!!」
「!」
女の声、聞き覚えがある。確か『ヘラクレス』と最初に戦った時。そしてその前にも……と思考が一瞬戦闘以外の事にわずかに奪われてしまった。ルミナが集中を取り戻したときには鉤爪は今度は『GSt』に向けられている。
バリバリバリッ!
弾丸が群れを成して『コンドル』の襲撃を阻む。二人が全く意識していない方向からの援護に驚いていると、その弾丸の放たれた先に飛行している『ゼルヴィスバード』の姿が目に入った。
(来ていてくれたのか)
ユキオがホッ、とする間も無く『バッファロー』は『Rs』の目の前に踏み込んできていた。乱暴に空を裂く音を立てながら『Rs』の胴体よりも太い腕がユキオを吹き飛ばした。シールドで受け止めた左の肩や肘の関節がダメージによる作動不良を訴え始めるが、脳を激しく揺さぶられたユキオにはそれどころではなかった。不気味なほど速くフライングボディプレスを仕掛けてくる『バッファロー』の下から、スラスターを全開にして逃げ出す。
「押されている……このままじゃ!」
ルミナも『コンドル』から逃げるのに必死で反撃できていない。先に自分が『コンドル』に先制して2対1にしてしまいたかったが、開幕の奇襲を潰された後はずっと向こうのペースだ。
(格上には欲張らずに、少しずつリードを取るんだ)
脳の奥から過去に聞いた言葉がリフレインした。それは、フレッドの教えだった。
「ルミナ、もう少し耐えてくれ!」
「わかった!」
パートナーが、心配かけまいと強い返事を返してくれている。焦りそうになる気持ちを無理やり宥めすかせながらウェポンセレクターをスライサーに回した。
「ユキオ!」
そこで、シータが慌てた様子で返ってくる。
「データは取れたけど、『ヘラクレス』より優れたスペックだってことしか……!」
「なんか弱点は無いのか!」
「あのでっかいのが、少しだけ旋回速度が遅いって事くらいで……」
「遅い……」
スライサーは右手に残しながらシールドを払うようにして裏のグレネードをばら撒きつつ、『バッファロー』の背後を取ろうと飛びまわる。させじと『バッファロー』は四本の腕を振り回しながら追いかけるがシータの言う通り足回りは速くは無く、次第に動きがもつれ始めた。
だがユキオも長時間の操縦に加えこの曲芸のような加速運動に脳と体が悲鳴を上げている、一瞬意識を失いそうになるのを、ブンブンと首を振って耐えながら相手の動きが崩れた所にスライサーを投げつけた。
騒々しい音を立てながら光輪が右下の腕、ちょうど上腕二等筋のあたりに食い込むが切り裂く事は出来なかった。
「だったら!」
すぐにセレクターをブレードに戻し、踏み込んでスライサーの刺さった部分に刃を重ねる。巨木のような腕はそのニ撃でバッサリと斬り落とされた。
「やった!」
『バッファロー』が切られた腕を庇うように若干後ずさる。それから『コンドル』に向けて腕を高々と上げた。
「何かの合図か……?」
「いけない!」
意図を推測できないでいるユキオの前でシータが悲鳴に近い声を上げた。