スイート・アリッサム
ソウジロウ達に引き付けてもらった部隊から離れてからは、さほど強敵と言える機体は現れなかった。数は多いものの『フライ』『ビートル』ばかりでユキオの『Rs』を止められる戦力ではない。ルミナも『ゼルヴィスバード』で支援をしながらジャンプ移動で必死に飛ばしつづけるユキオ機の後を追っていた。だが、問題は残っていた。残弾数だ。
「リロード!」
「……リロード完了。ユキオ、パワードライフルのカートリッジはこれで最後よ」
シータの声に思わず舌打ちしてしまう。右コントロールスティックの前。AI用モニターの上には制服に身を包んだシータが浮かんでいた。通常の機体制御サポートをこなすと共にユキオ達を正確に目的地に導くコンパスの仕事をシータが買って出てくれたからだ。
彼女がいなければ二人は真っ直ぐ目標地点に向かう事は出来なかっただろう。
「ゲート開放まであと5分!」
「距離は!?」
「約2万!……二時方向、空戦型『スティングレイ』戦闘レンジに侵入、5機!」
回避運動。斉射されたミサイル群をパスしながらライフルで迎撃するユキオを地上から対空砲が襲った。地面に隠れていたらしい芋虫のようなマシンが背中のキャノン砲を展開している。機数もかなりいるようだ。このままでは後に続いているルミナにも危険が及ぶ。
「左メインウィング、右脚装甲カウルに被弾!」
「いい加減にしろよ!」
声を荒げ、機体を一回転。背面飛行させながらリアアーマーから直接グレネードを2個地上に落下させる。落着したグレネードは八方向に炸裂し火柱を上げた。華奢な作りの芋虫はその一撃で吹き飛び、直撃を受けなかった機体も爆風でひっくり返ってゆく。
「よし……装甲チェック!」
「本体装甲16%損失。ウィング系統はダメージにより18%の性能低下!ルミナ機は24%装甲減!」
「これ以上は喰らいたくないな……!」
飛行を続ける『Rs』の横をライフル弾が風を切って追い抜かし『スティングレイ』のド真ん中をぶち抜く。ジャンプ移動しながらの狙撃において、世界にルミナ以上の使い手はいないように思えた。
その『GSt』の背中のアタッチメント砲身。それがこの戦いの勝敗を分ける唯一のカギだ。自分達が目的地点に到達できてもその砲身、もしくは『GSt』が攻撃不能にされれば自分達の敗北である。
それなのに今この前線には自分とルミナの二機しかいなかった。イーグルチームは<メネラオス>と交戦中。シャークチームとリック隊は『ギガンティピード』に苦戦している。民間の有志隊はナルハなどのエース以外ほぼ全滅している。殴り込みとしか言えない無謀な作戦だったとは言えここまでギリギリの状況になるとは思ってはいなかった。それでも、これ以上厄介な敵が現れなければ目的地点には到達できそうだったが。
「ゲート開放まで1分!目的地まで3500……上空から増援!」
「クッ!」
最後の『スティングレイ』をレーザーソードで切り裂いて機動を止める。天を仰げば漆黒の空間に白い点が二つ、落下してくるのが見えた。
「あれは……」
見覚えがある。思えば初めてルミナと二人で戦った大型兵器もコイツだった。
「『ロングレッグ』!!」
大地を揺るがす衝撃と、瓦礫や破壊したマイズアーミーの破片を巻き上げながら二機の『ロングレッグ』が着地した。上部装甲の一部を開き大型ビーム砲を展開し始めている。更に『ロングレッグ』の後を追って『フライ』『ビートル』といった援護部隊が出現し始めた。
「どうする……!」
いち早くルミナが大型ビーム砲台を沈黙させ始める前で、ユキオは陽動をしながらも焦り始めた。敵のメインサーバーへ通じるゲート開放はもう目前だ。一度開いたゲートは閉じるまで300秒ほどしかなく、それが閉じれば二度と開く事はできないとドクターマイズは言っていた。しかしこの二機の『ロングレッグ』を無視して無傷でゲートに侵入できるとは思えない……。
セレクターをバニティスライサーへ回す。ルミナが爆発させた砲台のあった部分へ直撃させるが、巨大すぎるその本体を抉る事はできず、大したダメージを与えられなかった。
(やはり、『サンライト』かグロウスパイルでないとダメか……!)
『ロングレッグ』出現以来、もう1年が経とうとしているのにこの凶悪なカニモドキに満足に通用する武器は完成させられていなかった。大型の長距離パルスミサイルによる力押し、もしくは多数のWATSを一斉に襲い掛からせる乱暴な包囲攻撃でなんとか撤退させるのが精一杯で、完全に沈黙させたのは悠南支部で建造された『EXG-01サンライト』による近接攻撃だけなのだ。
「でも、悠南支部からキャリアーで『サンライト』を飛ばしてもここまで届かない……!」
「しかしグロウスパイル」も1回きり……!」
『Rs』が左腕に握る『ヴァルナMk2』にも必殺兵器、グロウスパイルが格納されている。破壊力については『サンライト』に匹敵するものがあり改良されいつでも100%の性能を出せるよう仕上げられているがエネルギー問題は解決できず、コンデンサーにチャージした分を使用してしまえばもう帰還するまで二度と使うことが出来ない。
そして、グロウスパイルで『ロングレッグ』を沈黙させられる保証も無い。
(イチかバチか一機だけでも……しかしあのゲートの先、他に敵がいない保証は……!!)
少ない選択肢を取捨しきれず迷うユキオを濃密な対空放火が捉え始めた。どこへ避けようとも灼熱の弾丸が行く手を阻み肩アーマーや脚部についている補助ウィングが少しずつ削られてゆく。負けじと『ロングレッグ』の砲台や飛びまわる『フライ』達をライフルで沈めているが、残弾も残り20を切った。『GSt』の弾もそろそろ尽きてしまう頃合だろう。
「クソッ、仕方ない。手前の奴だけでも……!!」
群がる敵機ごと一機の『ロングレッグ』をグロウスパイルで突き破ろうと覚悟を決めたユキオの周りに、前触れも無くプラズマを纏った爆球が広がった。『Rs』の何倍もの大きさの爆発が『フライ』や『ビートル』を包んで消滅させてゆく。
「これは……巡航パルスミサイル!?」
突入した部隊の中に大型の巡航ミサイルを装備した機体はいなかったはずだ。振り返ったユキオがそれを発射した機体を見つける前に懐かしい声がスピーカーから聞こえてきた。
「大丈夫か、ユキオ!ルミナちゃん!」
「マサハル!!」
ミサイルを放ったのはチームを離れていたマサハルの『ファランクス2B』だった。大型のブースターとミサイル発射台に包まれて、それはまるでWATSとは言いがたい異形のマシンになっている。さらにミサイルを撃ち続ける『2B』の向こうからもう一機、翼を持つブルーの機体が高速で接近してきていた。
「マサだけじゃねぇぜ!!」
「そんな……」
「まさか……!!」
威勢のいいその声が聞こえたという、脳が瞬時にその現実を受け入れられなかった。その声の主は数ヶ月前に重症を負ってWATSに乗れなくなったのだから。あまりの疲労と緊張から幻覚を見始めたのかとさえ二人は思った。
「ぼおっとしてんじゃねえよ!!」
流星のように駆けつけてきた『ファランクスAs』は両手に『サンライト』の赤い刀身を掴んでいる。その一本が戦場を照らす、まさしく太陽の輝きの刃を纏い出した。
「まず1機だ!!」
鮮やかに空を自由自在に舞い、何百という砲弾を避わしながら手前側の『ロングレッグ』の上面に着地した。黄金の太刀が真一文字に振り下ろされ、次の瞬間には白い巨体が爆発を起こしながら左右に別れ倒れてゆく。
「待たせて、悪かったなユキオ」
「カズマ……お前、体は……」
驚きで固まったユキオとルミナのモニターにカズマが通信パネルを開いた。
「!!レ、レジーナ!?」
「そういうこった」
ポッドのシートに座っているカズマの膝の上に、異国の軍人少女ヴィレジーナが乗っている。しかし、WATSの操縦システムの神経接続は一機につき一人だけだ。つまりレジーナは神経接続をしていないことになる。
「こんな操縦はこれっきりにしてほしいものだ」
「そういうなよ、意外と楽しいだろ?」
「こっちはモニターの映像だけでペダル操作をしてるんだぞ!」
シートの上で口論になりかかってる二人をマサハルがまぁまぁと宥めた。そう離している間にも残りの敵機からの攻撃は続いており、そして肝心のゲートはだんだんとその輪を縮め始めていた。
4機は分散し回避運動を取りながら護衛の小型機を落とし続ける。
「どういう事なんだ!」
「単純さ、両脚の操作だけヴィレに頼んでるんだ」
「言うほど、単純じゃないがな!!」
信じられない話だった。両脚のペダル操作は推力コントロールやジャンプを制御している。つまりヴィレジーナが操作しなければカズマは『As』を飛ばすことも出来ない。一方でブレーキや方向転換、回避から攻撃までの入力はカズマが行っているのだ。それはどちらが主導権を握っているという事でもなく、二人が同時に一つの行動を決めて協調して操縦をしなければいけないという事だ。
「そんな、そんな事どうやって……」
驚愕で目を丸くしているルミナにカズマが得意げにウィンクをする。
「そこはホラ、二人の愛って奴でさ」
「飛行型WATS乗りの、独特なクセの協調という奴だな」
得意げなカズマのセリフをピシャリとヴィレジーナが遮る。それでも、その二人がやっている芸当は納得できるものでは無かった。まるで熟練のトレーサーのように澱みなく、鋭く大胆に空を切りながら『As』は空いた右腕でレーザーブレードで敵を粉砕していた。
「俺もまぁ納得は出来てないんだけど、上手くやってるんだわこの二人」
マサハルもマルチガンランチャーをフル回転させながら少し呆れたようにルミナにそう言った。
「そんなことより、時間が無いんだろ!ここは任せて行って来い!」
信じられない出来事に涙で視界がゆがみそうになる、がユキオは声が震えないように奥歯を食いしばった。
「わ、わかった。死ぬんじゃないぞ!」
「誰に言ってるんだよ!!」
返事と共に残り一本のサンライトが再び戦場を照らす。その光を背に背負いながら、傷だらけの二機の『ファランクス』はゲートの中に飛び込んで行った。