黒百合の引力
激闘の末ようやく前衛を片付けたイーグルチームのレーダーに、パンサーチームを追う敵の一団が表示された。
「茶を淹れる時間も無いってか、元気な奴はついて来い!」
飛羽が若手のケツを叩くように叫んで飛び出した。部下が6機、その後をリック隊が続いてゆく。
「隊長、有志隊の損耗率が6割を超えました!」
「損傷の激しい機体は離脱させろ!<センチュリオン>にはもう民間人にリハビリさせられる予算は無ぇ!」
怒鳴りながら機体を走らせているうちに、レーダーに映った一団を視界に捉える。それは見覚えのある機体だった。
「まさか、<メネラオス>の連中!?」
『ピルム』タイプが5機。インフォパネルには機体のナンバーまで照合結果が出ている。それは紛れもなく数ヶ月前、悠南支部を我が物顔で歩いていた海外の傭兵部隊<メネラオス>の戦闘部隊だった。レーザーチェーンを尾の様に靡かせながら『ピグ・ピルム』、そして指揮官機の『ベルグ・ピルム』がイーグルチームを認め回頭してくる。
「悠南支部の連中か。ついでだ、バラバラにしてやる!!」
『ベルグ・ピルム』のトレーサーが息巻きながら両手のチェーンを振り上げる。予想よりも早い加速に間合いを詰められて飛羽の『チャリオッツ』のライフルがバラバラに砕かれた。
「テメエこそ!タダで帰れると思ってんじゃねぇだろうな!!」
肩の短距離用キャノンを乱発しながら『ベルグ・ピルム』を突き放す。更に側面から『ビグ・ピルム』が接近してくるがこれはナルハの『エストック』に蹴り飛ばされていった。
「サンキューお嬢ちゃん」
「こいつら、人が乗ってるんですか!?」
「ああ、れっきとした民間のWATS乗り共だ、金に目がくらんでマイズ側に付きやがった!」
「何が悪ぃいんだよ!!」
指揮官機のチェーンが飛羽機の装甲に鋭く打ちつけられる。赤い火花を散らしながらアーマーが次々と剥がされるが、飛羽も一歩も引きはしない。
「お前らみたいのがいるから俺らの仕事がちっとも減らねぇんじゃねえか!田舎でドブでも攫ってろこのネズミ野郎!!」
「ハン!お前らこそ、余所の国を食い物にしてお上品な暮らしをしてるからよ!」
『チャリオッツ』の腕を縛りつけ、身動きを封じたところにビーム砲を突きつけた、が、その間合いを利用して『チャリオッツ』の頭部が『ベルグ・ピルム』の顔面に激突した。
「グッ!このっ、サル野郎が!!」
「喧嘩を売る相手を間違えたな!!」
二機が組みあって激しく転がる。再び立ち上がった『ベルグ・ピルム』に『チャリオッツ』が剛拳を叩き込んだ。腕を縛られている飛羽の方が不利な状況だが、こう接近するとむしろ姿勢を整える暇の無い『ベルグ』の方が不利である。
「クソ、早くサポートに……」
「ウチの連中がそこまで優しいと思ったか!?」
飛羽の言葉通り、他の『ビグ・ピルム』もイーグルチームや『エストック』、リック隊に囲まれて動くことが出来ない。マシンの性能差を数的優位で相殺されている。技量に劣る機体から順に集中砲火を浴び火だるまになり始めた。
「お……前らァ!!」
レーザーチェーンを切り、一旦宙に逃げた『ベルグ・ピルム』が散弾を浴びせながらレーザーブレードを抜く。飛羽も接近戦用の電磁スティックを抜くがそれはあまりにも貧弱でブレードを受け止めた瞬間にあっさりと切られてしまった。
(くそったれ、ユキオ、無事に終わったらステーキ食い放題だからな!)
一転再び不利に立たされた飛羽は胸中で毒づきながらミサイルランチャーにセレクターを合わせた。
パンサーチームは散発的に攻撃を仕掛けてくる敵機を退けながら猛進を続けている。接近を試みる敵は『GSt』のスナイパーライフルに狙われ、それを避けたとしても残り三機のライフルやマシンガン、そして『コシュタ・バワー』の濃密な対空砲火に晒されるのだ。『リザード』であっても単騎ではまともに攻撃を仕掛けるのも不可能であった。
撃破数はもう98をカウントしている。それでも、ユキオ達の顔には余裕という雰囲気は微塵も無かった。
「有志隊残存数5、イーグルチームも稼働しているのは24機……オルカチームは善戦しているけど……」
レーダーを見ながら報告するルミナの声は弱弱しい。戦闘が始まって38分。早くもかなりの被害が出てしまっている。それは本土防衛部隊も同じだろう。
「今は目的地に急行するしかない、敵影は!?」
「前方から50強!『ビートル』、『スタッグ』中心です!」
「それなら、レールガンを連射して無理やり突破できるか……!!?」
四人の乗っている『コシュタ・バワー』に振動が走る。コンディションモニタに右舷中腹にダメージサインが表示された。
「どうした、ソウジロウ!」
「インテークに流れ弾を食らった!あんな地面ギリギリの部分に……」
攻撃を受けたインテーク部分が煙を吐き出し始め、速度がみるみる下がり始める。
「このままだと爆発する!エンジン停止、みんなは降りてくれ!」
「こんなところで!」
ガリガリと地面を削りながら横滑りし停止した『コシュタ・バワー』から三機が下りる。ソウジロウの『トレバシェット』もカバーを炸薬で排除して『コシュタ・バワー』から離脱する。
「仕方ない、ここは僕が引き付ける。みんなは済まないが自力で目的地に向かってくれ」
冷静にそう言うソウジロウにルミナが反論した。
「そんな、一人じゃあの数は無理よ!」
「大丈夫、『コシュタ・バワー』の火器はまだ使える。無線で僕がコントロールすればなんとか殲滅させるくらいは出来るはずだ……」
そういう間にも敵は包囲網を狭めてきた。その中から味方のマイズアーミーを吹き飛ばしながら巨大な影が接近してくる。
「『ヘラクレス』級!」
『ヘラクレス』タイプのグリーンのマシンが手に持った波打つ刃をもつ大刀を叩きつけてきた。危うく両断されそうになった『トレバシェット』を蹴り飛ばし、ウォーアックスで『アマギリ』が大刀を弾き飛ばす。
「やっぱ、ワタシも残らなきゃダメみたいね」
「……助けるならもう少し穏やかにやってくれないか」
よたよたと機体を起こしながら愚痴るソウジロウに付き合える余裕はイズミには無かった。敵の動きは単調で『ヘラクレス』、『ネプチューン』よりは組みし易いが、パワーと破壊力はそれらとまるで遜色がない。新型ジャケットアーマーを装備しているアマギリでも、まともに食らえば一撃で戦闘不能になる可能性がある。
「ここは私たちが抑えるわ、行って!」
「……わかった、頼みます!」
「よし、ミサイル斉射!」
ソウジロウが遠隔で『コシュタ・バワー』の残りのミサイルを敵陣の薄い部分へ注ぎこんだ。更にスモーク弾頭をそこにかぶせ白煙の道を形成する。
「あそこを突破しろ、頼んだぞ!」
「助かる、行こう、ルミナ!」
「は、ハイ!!」
二機の『ファランクス』が全速力でスモークの中に飛び込んで行くのを見る間もなくグリーンの、恐らく量産型であろう『ヘラクレス』が襲い掛かってくる。まともな格闘戦では勝てない。イズミは斬撃がくる直前に逆に敵機に踏み込みレーザーリッパーで斬りかかる。が。
キィィ……ィィィィィン……。
鼓膜を刺す甲高い音と共にリッパーの刀身が折れた。斬られた『ヘラクレス』の装甲は浅い刀傷が残っただけでダメージを負った形跡が無い。
「ガチガチに着込んで、ビビリ野郎は嫌われるわよ」
「それは無人機だな」
押し寄せる敵陣に『コシュタ・バワー』と『トレバシェット』の対空砲火を操りながら冷静にソウジロウが言った。サポートAIの補助もあるだろうが大小10門の砲門を同時に操る器用さにはイズミも頭が上がらない。おかげで『ヘラクレス』との一騎討ちに専念できる。
「無人機?」
「動きが直線的過ぎる。前に悠南支部近辺に現れた自動操縦タイプと動きのクセも似通ってる」
「なんか弱点とかないの?」
「心当たりは無いな」
「あっそ」
期待はしていなかったが何もアドバイスを寄越さないソウジロウに苛立ちと呆れの混じった返事をしながらイズミはウォーアックスを担ぎなおす。あの重装甲に通用する武器はこれしか無さそうだ。
「出来るだけ引き離すから、早く片つけて手伝いに来てよね」
「善処はするが……そちらも気をつけて」
「ありがと」
一応気を使ってくれているソウジロウに礼だけは言って、ノコノコと近寄ってきた『ヘラクレス』にアックスでホームランをかます。浮き上がった巨体をフルパワーで蹴り飛ばし、『トレバシェット』からの距離を稼いだ。
(しかし、まだ目標地点まで6割しか進めてない……あの子たち二人じゃ……)
止むを得ず別行動を取ったとは言え、最善と言える策ではなかったように思う。元より無茶な作戦であったが。
ブゥン!!
風を巻いて横薙ぎに繰り出される大刀を屈んで避ける。バックパックから伸びるアンテナが真っ二つになったが、もうこの距離なら必要無い。お返しに両脚でロースピンキンクを『ヘラクレス』のスネにぶつけ、体勢を崩した。
「さっさとスクラップになってもらうわよ!!」
ダラダラと引き延ばしていてもこちらが不利になるだけだと、イズミはラッシュを仕掛けた。腕部モーターのトラクションレベルを最大にし、倍速でアックスを振り回す。怒涛の猛進に『ヘラクレス』も流石に守勢に回るが、こちらもバッテリーの消耗がまずい。イズミは更にペダルを踏む足に力を込めた。
「現在、横須賀方面、伊豆方面での防衛線は被害を出しつつも拮抗を保っています。損耗率は20%前後……九十九里方面はかなり押し込まれています……損耗率68%。周辺の住民の皆さんは必要の無いネットワーク回線を物理的に遮断し、インターネットやメール、外出などを控えて下さい……」
入ってくる情報を読み上げるカナの声もだんだんと固まり、スタジオに緊張が満ちてきている。首都圏を中心に放送されているラジオ番組で、旧世代の放送塔からの電波の為サイバー攻撃にも比較的強い。関東方面の住民はみなケーブルYVやワンセグの使用を自粛し、こういったアナログなニュースで戦況を知るしかなかった。
「守備隊が防衛している間、悠南支部のトレーサー隊が敵本隊を攻撃しています。この作戦が成功すれば我々の勝利です……只今情報が入りました!悠南支部隊は……」
ADから受け取ったプリントに目を走らせたカナの口が一瞬止まる。短く深呼吸で息を整えると、プリントにシワが出来るほど握り締めてマイクに近付いた。
「現在、突入部隊の53%が戦闘不能。敵本隊を叩く為パンサーチームが突出しましたが、使用している突撃艇は破壊されチームも分断状態……」
「カナちゃん……」
プルプルと手を震わせ、声がか細くなってゆく。しかしうな垂れ始めた体を持ち上げて、涙を堪えながら。
「先行しているパンサーチームには私のお兄ちゃんがいます。必ず敵機を突破して作戦を成功させてくれます!だから!守備隊の皆さんもそれまで、頑張ってください!必ず、必ずお兄ちゃんが……!」
涙で歪む視界の向こう、戦況レーダーを表示しているモニターの上で『ファランクスRs』と『ファランクスGSt』が最大戦速で移動を続けていた。