ノーヴェンバー・ブルーム(後)
決戦前夜、『万が一』の場合を考えマヤはパンサーチームに帰宅を許可した。事情は家族には話していいが細かい作戦内容までは内密にと言う条件付きで。
ルミナは両親共に不在のためにユキオの家に呼ばれて夕食を食べる事にした。山の中腹にある悠南市はクリスマスまで間があるのにも関わらずだいぶ冷え込んでしまっている。寒い夜道を帰ってきた二人に大きな鍋はありがたかった。
カナが東京に仕事に行ってしまっていたので、ユキオの両親はことさらにルミナの来訪を喜んだ。白菜に始まりつみれ、白滝、豆腐、鱈、ありとあらゆる鍋の具材を次々と投入するユキオの父を母親が叱りつけながらも、本人もまた「作りすぎちゃって」と言いながら大量の自家製プリンを持ってきてくれた。
二人は、ユキオ達がトレーサーである事を知らないはずである。カナもそこだけはバラさなかったらしい。あくまでアシスタントとして、大事な作戦で悠南支部に暫く通い詰めになるというユキオの言葉を疑ってもいないようだった。
「いいの?」
小声でそっと問うルミナにユキオはどこか物寂しげに、いいんだと答えた。
「無事に、二人で帰ってくるつもりだから」
それで、その話は打ち止めになってしまった。
デザートとお茶を頂いた後、ユキオの家に泊まってしまってもよかったが着替えが無かったのでルミナは帰る事にした。それを言うとユキオの父が自宅まで送ってまた連れて来てくれると言ったのだが、久しぶりに日本酒を開けてしまってすっかり顔が真っ赤になってしまっている。一家を路頭に迷わせたくないと、ユキオはバイクのスイッチを入れた。
「とにかく気をつけなさいよ、じゃあルミナちゃん、お休みなさい」
「はい、プリン美味しかったです。ご馳走様でした、おやすみなさい!」
「また来るんだよー!」
どこまで離れても届きそうな母親のデカイ声に辟易しながらユキオは夜の悠南市にバイクを走らせる。
「全く、こんな夜に近所迷惑だっての」
「まぁまぁ。ごめんね、ユキオ君も疲れてるのに」
「いや、大したことはないよ。まだ10時だしね」
40分ほど、ゆっくりと慎重なツーリングを終えて二人は郊外の奈々瀬邸に到着する。小さめの屋敷と言っても不釣合いではない白い邸宅は、無人のまま冷たくそこにそびえていた。
「じゃあ、また明日……朝迎えに来るよ」
ルミナから受け取ったメットをリアフェンダーのハンドルに括りつけるユキオの手に、ルミナの小さい手がそっと乗せられた。
「今夜は……」
「え?」
「一緒にいたいの、ずっと……」
窓とカーテンを通して肌に忍び寄る寒さに目を覚ましながら、ルミナはそれをまるで日常生活に気付かないうちに忍び寄るマイズアーミーの様だなと思った。
(4時か……)
ケータイを開くと母親からメールが来ていた。少し前からまた体調を崩し入院している母と義父にはマヤから話は行っている筈だ。心配性の母に大丈夫とメールを返してから、ケータイをサイドテーブルにおいて眼を瞑りそのまま額を前で寝息を立てている柔らかい肉の塊……ユキオの胸板に埋めるように当てる。
昨晩はよく眠れた。寝る前にユキオに存分に“甘えた”からかも知れないが、そのせいでユキオは早々に眠りに落ちてしまってそこは少し物足りない。
一人なら不安に押しつぶされてとても眠れなかっただろう。大事な人が一緒にいてくれることがこんなにも力強いものなんだなとルミナは思いながらも、一度も髪を撫でてくれなかった事を思い出してユキオの少しだらしない胸の乳首を少し強めにつねった。
「……痛いよ……」
寝息を止め、モゾモゾと動きながら眠そうな声が返ってくる。ルミナはユキオの体の上に乗り上げて甘えるように耳元で囁いた。
「ごめんね、起こすつもりじゃなかったの」
「何時?」
「4時……17分かな」
「もう少し寝かせて……」
いいよ、と返事をする前にはもう意識は夢の中へ落ちてしまっていたようだった。すまないなと思いながらもそのあっけなさに頬を膨らませていると、ユキオの太い腕が背中に回されて強く抱きしめられた。
「しょうがないなぁ……」
されるがままになりながら、ルミナもまたユキオを抱きしめた。
(これが、今の私の幸せなんだ……だから、この時間をまた味わう為に、絶対に帰って来よう。二人で)
リック隊の放ったミサイルが南側の敵部隊の上で幾本もの火柱となった。『ビートル』の堅い外翼が千切れ、次々と火の中に呑まれて行くその様は敵ながら地獄でのたうつ亡者のようにも見え、ユキオ達も僅かな間息を飲む。
「い、行くぞ!ワタル達も、頼む!!」
「了解!」
自分に叱咤するようにユキオが両隊に合図を出す。多少計画はずれたが飛羽達が作ってくれたチャンスを逃すわけには行かない。ソウジロウはそれに従ってペダルを思い切り踏み込んだ。
バウッ!!
『コシュタ・バワー』の後方に備えられた4基の巨大なスラスターが火を吹き、乗っているパンサーチームの四人に強いGがかかる。随伴する『サリューダ』の最大戦速に抑えてはいるが、『コシュタ・バワー』の推力にはまだ余裕が感じられた。
「敵前衛、本体からこちらに接近する機体がいるわ。15前後」
レーダー担当のルミナの声に全員が武器を構えた。ソウジロウが落ち着いて全員を制する。
「火力で突破する。対空ミサイル斉射!」
先程のリック隊のミサイル攻撃に劣らぬほどの白線が『コシュタ・バワー』の後方ハッチから立ち上る。不用意に近付いて来た『フライ』や『ビートル』が次々とミサイル群の火球の中に消え、黒コゲの残骸に成り果てていく中、それらを踏み越えて高機動型の『スタッグ』が剣を手に襲い掛かってきた。
「接近戦は避けるんだ、追い払えばいい!」
「そうは言うけどよ!」
『コシュタ・バワー』の機銃を避けながら接近する『スタッグ』の一機を空中から踏みつけ、もう一機をメイスでぶん殴るワタルが叫ぶ。最大戦速で移動しながらの迎撃戦は難度が高い。バランサーにアラートを鳴らされながらホノカ機とハルタ機もミサイルやマシンガンを惜しみなくばら撒いている。二人の体にかかるGも相当なものに違いない。
「このままじゃ弾薬も間接も持ちませんよ!」
「第二線を抜けるまででいい、頑張ってくれ!」
正面に多数の赤い光が煌くのが見えた。続けて、無数のロケット砲の噴射炎。反射的にユキオがファンクションキーを叩く。
ギィィィィィィィン!
『コシュタ・バワー』を庇うようにバリアツェルトのピンクの光幕が広がり、敵の長距離攻撃をすべて弾き飛ばす。ヴァルナ2に供給される『コシュタ・バワー』からのエネルギーがバリアをより強力にしていた。イズミが衝撃に耐えながらレーダーを睨む。
「ルミナ、正面の敵の数は!?」
「!……第二線の前衛です。約90機以上!」
「ソウジロウ、吹き飛ばして!」
普段クールなイズミの剣幕に少し押されながらも、ソウジロウがその意見に逡巡する。
「しかし、この前衛の後に別の隊に囲まれたら……」
「どうせ壁を切り開くしかないんだ。二波が来る前に最大出力でやってくれ!」
ユキオの判断に頷いて、ソウジロウが左グリップのウェポンセレクターを一杯に回した。『コシュタ・バワー』の前面装甲が開き、大口径の砲口が伸長する。
超大型PMC砲。『5Fr』のオプション武器として試験されていた火器の強化版で、最大火力はその50倍以上となっている。ユキオやルミナには見慣れたオレンジ色の粒子が砲口からあふれ出し、朝日のごとく橙色の眩い光が束となって解き放たれる。
「うわっ!!」
その場にいた全員が戦闘中にも関わらず思わず目を塞いだ。瞬きしながら慌てて涙の浮いた目を開くと、『コシュタ・バワー』の前面地面が大きく抉れその先にいたはずの大量の敵部隊も、地割れにでも落ちたかのように消滅していた。
「すごい……」
ハルタが息を飲む。ユキオもまさかの威力に数秒開いた口が閉まらなかった。
「とんでもないものを作りやがったな」
「ふん、まぁこんなものか。冷却には813秒かかる。暫くは撃てないと思ってくれ」
砲口を収納しながら、ソウジロウの言う横で『ゼルヴィスバード』からの偵察映像を受け取ったルミナが全機に警告を発する。
「北側から敵集団が移動してくるわ、『リザード』を中心にした重装甲部隊、40以上!」
「ちょっと、派手にやりすぎたかしらね」
ずれたメガネをクイと掛けなおして、少しとぼけるようにイズミ。ホノカも同じ様にメガネを直しながらチームメイト二人に指示をする。
「矢井川君、秋山君、この部隊は私達でひきつけましょう。玖州さん、行って下さい!」
「白藤さん!?」
驚くユキオにホノカが通話モニタを開く。
「ここで足止めされるわけには行きません、出来るだけ早く片つけて追いつきますから」
「しかし、3機で40以上の『リザード』は……」
「大丈夫です、僕達も腕を上げましたから!」
「新型のマシンもあるしな」
ハルタとワタルも自信に満ちた顔を見せた。確かに三人とも、以前の合同作戦の時とは比べ物にならないほど上達している。戦力的にはパンサーチームと遜色ない程だろう。それでも、敵部隊との戦力比はまともに考えれば酷く不利だ。
迷うユキオにルミナが声を掛けた。
「行きましょう、ユキオ君」
「わかった……三人とも、無理はするなよ!」
「そっちこそ、よろしくお願いしますよ」
少し挑発的に言ってウィンクするハルタに、ユキオもにやりと一瞥をくれながらモニターを閉じた。3機のサリューダを残し『コシュタ・バワー』は轟音を立てて突き進んでゆく。
「ハルタも言うようになったじゃねーか」
ワタルが指を鳴らしながら不敵に笑う。
「玖州さん達には全力で進んでもらわないと、逆にコッチもやばいからね」
「それはそうだが……ホノカ!デカい事言ったんだから当然なんか作戦はあるんだろうな!」
「そんなの、その新型『サリューダ』で矢井川君がびゅーんって飛び回ってボコボコ敵を叩き潰すに決まってるじゃない」
しれっとそう言ってのけるホノカにワタルがポッドの中でがっくりと肩を落とす。
「結局、俺が一番しっかりしなきゃいけないって事なのね」
「今まで僕たち、ワタルのサポートしっかりしてきたつもりだよ」
「そうよねぇ」
眉間を指で押さえていやいやをするように首を振るワタルの目に、敵部隊が接敵するのを知らせるアラートが映った。
「言ってもしょうがねぇ、行くぞ!いいな、お互いに……」
「「二人の背中は自分の背中!!」」
「よし!」
自分たちのチームの合言葉を噛みしめて、三人は散開した。