ノーヴェンバー・ブルーム(中)
『コシュタ・バワー』
<センチュリオン>悠南支部所属
ウォールドウォー用強襲型重武装突撃艇
最高速力 312km/h
武装
超大型PMC砲 1門
二連装ロングレールガン 4門
対空用短距離ミサイルランチャー発射筒 4基
対空用レーザー砲塔 7基
元々、重工にて試作されていたウォールドウォー用の突撃艇。当時足回りに問題があったWATSの機動力をサポートすべく作られた無人攻撃機であったが、開発者の逝去により未完成のままであったものを改修した。
設計は古いもののその頑強な装甲と速力は現在でも信頼に足るもので、悠南支部での改修の際WATS数機を搭載できるよう大幅な設計変更を受けている。
火力面も最新の装備にアップデートされており、主力となるPMC砲は『5Fr』で十分にテストを重ねた試験型のデータを使用した制式採用版である。WATSに乗せるものよりも3倍の重量を誇るそれは(発射回数に制限はあるものの)最大火力で『ビートル』10機以上を一撃で屠る出力を持ち、突撃艇としての性能を大幅に引き上げている。
全長は平均的なWATS全高の5倍以上になるため、昨今の機動力が問われるウォールドウォーでは運用されにくいが対大型兵器戦など特殊な環境下ではその性能が十分発揮されると期待される。
マイズアーミーによる大規模侵攻が始まった。大洗方面、九十九里方面、三浦半島江ノ島方面と大きく三つに分かれた部隊が日本上陸を図り押し迫ってくる。<センチュリオン>各部隊には水上戦闘型WATSはほぼ無い為これを文字通り水際で食い止める事になる。
戦力比は単純数で10倍。実質7倍と想定されている。世界でも最高峰の装備と技術の高いトレーサーを擁する<センチュリオン>のこの危機に海外からも支援部隊が送られたが、これも焼け石に水と言う数でしかなかった。ドクターマイズがこの攻撃を囮として他国に攻撃を仕掛けないという保証が無いため、自国の防衛力を減らす事ができないからだ。
圧倒的不利をどうこうできる手立ても無く、戦いの火蓋は切られた。各部隊には敵本隊を叩き戦局を覆す極秘作戦が進行中と通知されているが、その内容も成功率も詳しい情報は行き届いていなかった。元より信じていない人間も多かったが、それが事実にしろそうでないにしろ自分達の生活を守るためにはどんな不利な局面であろうと出撃しないわけには行かなかった。かくて、旧世紀の大戦以来100年を待たずして日本は再び戦火に焼かれる事となった。
まず激戦が始まったのは九十九里戦線であった。背後から米軍WATSによる挟撃をかけているにも関わらずその進軍スピードは揺るがず、『ロングレッグ』10機と『テンペスト・フログ』2機を中核とする部隊は戦闘開始後17分で沿岸に上陸した。最大火力を惜しみなく投入してもなお千葉県沿岸には早くも被害が出始めた。
他戦線も大量のマイズアーミー部隊にじわじわと押され始めている。無数の蟲の如く蠢きまわる敵の中で次々と武器が、装甲が剥がされ仲間が倒れてゆく。最大防衛目標時間の10時間は達成できないだろうという憶測が、戦場にいるトレーサーの中で確信に変わり始めた。それでも、やはり彼らに後退と言う選択肢は無いのだ。
「隊長、各機準備整いました」
「よし」
部下からの報告を聞いて飛羽が全隊への通信回線を開く。
「あー、あー、飛羽だ。全員聞こえているな」
飛羽の声に79人のトレーサーがポッド内で頷いた。
<シャントリエリ>攻撃部隊が今いるのはバルラヴェント諸島付近のポイントだった。現実世界では海だがウォールドウォーでは何も無い荒涼の砂漠のようなフィールドとなっている。全機が向いている先にはすでにマイズアーミーの部隊が展開しているようだった。総勢2万強、『フライ』『ビートル』から『ロングレッグ』まで多種多様なマシンがユキオ達を待ち構えている。
「すでに見えているが、俺達はあの中に飛び込んでいって特定ポイントに辿り着かなければならない。正確にはパンサーチーム、『ファランクスGSt』の到達が勝利条件だ。彼女の持つ超長距離狙撃用ライフルによる攻撃で<シャントリエリ>のサーバーを攻撃する事となる。我々は何としても『GSt』が攻撃地点に到達できるよう血路を開く必要がある」
飛羽の説明にルミナの乗る『ファランクスGSt』がぺこりと頭を下げた。その背中には通常使用しているスナイパーライフルの先端に取り付ける専用の長大な電磁加速砲身が取り付けられていた。
その周りにユキオやソウジロウ達パンサーチーム、そして隣にはオルカチーム。その前を守るようにシャークチーム13機、悠南市有志のフリートレーサー19機、リック少佐の派遣部隊8機、最前線を飛羽の率いるイーグルチーム32機が固めている。
「まともにやって……まぁ正直上手くいく保証は無いんだが、これが俺達がかき集められた総戦力だ。本土防衛線はすでに開始され、東側の戦線は早くも激戦となっているようだ。最初に言われていた10時間の猶予は無いと思ってくれ。どちらにせよ俺達に与えられた時間はそうはないんだがな」
飛羽の『チャリオッツN1』指揮専用機が鋼鉄の指でマイズアーミーの群れを指した。
「我々イーグルチーム、リック隊突入後240秒後にシャークチームと有志隊が進行、それから210秒後にパンサーチーム、オルカチーム発進だ。俺達が何としても道を開いてやる。ガキ共は俺達を信じて真っ直ぐ突っ込んで来い」
「了解しました」
通信モニターに並ぶ7人の子供達(一人は成人しているが、飛羽からみれば子供みたいなものだ)の固い顔を見て飛羽も陰鬱な気分になる。一番のキモの部分、日本の防衛の最後のカギを子供達に任せなければいけないとは。
しかし、ドクターマイズより与えられたサーバー破壊用ウィルスプログラムの入った特殊弾頭は1発。出来る限り長距離からぶち込むとなるとスナイパーライフル以外での攻撃は考えられない。そしてこの中でスナイパーライフルの扱いに長けているのは優れた視力と精細な照準を得意とする奈々瀬ルミナを置いて他にはいないのだ。
(情け無い、こんだけ図体のでかい大人が揃っているっていうのによ)
眉根に深く皺を刻み自分達の不甲斐なさを責める、がそんな事をしていても事態は変わりようは無い。こうしている間にも他の<センチュリオン>の隊員やフリーのトレーサー達は絶望的な戦力を相手に歯を食いしばって耐えているのだ。
決意して、目を見開く。
「作戦開始だ。野郎共、気合入れて行けよ!!」
全員から怒声のような鬨の声が上がる。飛羽機が一杯にバーニアを吹かし突出した。さらにイーグルチームの『チャリオッツ』、リック少佐の隊員が我先にと追いかける。
それを見送るユキオの『Rs』の肩にシャークチームのWATSの一機が手を置いた。
「ユキオ」
「海東さん」
シャークチーム隊長の海東はまるでパチンコにでもいくような気楽さで細い目をさらに細めている。
「俺達も少し前に出る。発進タイミングは任せるから準備に入れ」
「わ、わかりました」
「飛羽サンも俺達も全力でアイツラをぶん殴ってやる。ここまできたらコレはもうケンカだ。根性のあるほうが勝つ。気合入れていけよ」
「了解です」
じゃあ、また後でなと言ってシャークチームと有志隊が突入陣形を組みながら少しずつ歩き始めた。ナルハの『エストック』も振り返って手を振っている。
「じゃあ、乗り込んでくれ」
大人達を見送るユキオ達にソウジロウが声を掛けた。彼らの背後には赤銅色の上下に潰れた巨大なロケットのような物体がある。長さは『ファランクス』の身長の5倍はあり、マイズアーミーの大型兵器ほどではないがそれなりに存在感を放っていた。
「ここまで来て聞くのもなんだけど、ちゃんと使えるの?」
アマギリに乗るイズミがからかうように問いかけるのを、ソウジロウはかわすように笑って見せた。
「骨董品ですけどね、胸張って売れるくらいのクオリティにはしましたよ。この『コシュタ・バワー』は」
この巨大な突撃艇こそソウジロウの兄の遺作、ウォールドウォー用突撃攻撃機『コシュタ・バワー』だった。その巨大な図体からくる取り回しの悪さから、完成直前のまま放棄されていたマシンだがソウジロウがWATSを搭載できるように改造しこの決戦のため改装を進めていたのだ。
上部装甲には前後左右に4つの格納スペースがあり前側三つにユキオ達のWATSが下半身をすっぽりと埋めてホールドする。上半身は自由に動くので乗りながら対空攻撃が可能だ。そして後方のスペースにソウジロウの『トレバシェット』が接続され『コシュタ・バワー』のコントロールと射撃管制を行う。
ユキオは一番前のスペースに陣取り、『コシュタ・バワー』から伸びるケーブルにシールドを接続した。これでエネルギーを供給する事で『ヴァルナ』のバリアツェルトを複数回使用する事が出来る。右舷にはアマギリ、左舷にはルミナの『GSt』が陣取った。口数の少ないルミナにユキオが回線を開く。
「ルミナ……」
「大丈夫よ」
意外なほど、気丈な返事が返ってきてユキオは逆に驚いた。モニタの向こうのルミナには強い意志は感じてもそれほどの緊張は見られない。
「大丈夫」
もう一度、小さな唇から強く返事が返された。
「わかった」
ユキオも、それでやっと決意を固める事ができた。
悠南支部隊の突撃から5分後、早くも前線は混迷の様相を見せてきた。『ビートル』、『スタッグ』、『ローカスト』の大部隊は、それぞれは大した戦力ではなくとも強固な陣形を組み立ちはだかればそれは脅威である。
飛羽、リック、そして合流したナルハなどエースパイロットを中心に何としてもユキオ達の進撃路をこじ開けようとするのだが、正面きっての戦いではやはり無理も通らない物量差であった。
「クソッ、もうすぐユキオ達を出さなきゃいけねえ時間なのに!」
アサルトライフルで蜂の巣になった強化型『スタッグ』を銃床でなぎ倒しながら呪うように飛羽が呻く。勢いのままに飛び込んだものの早くも進撃の足は止められ混戦となってしまった。
「!」
右手から『ラム・ビートル』の突撃が見える。しかしそれらを避けようとする前にメタリックパープルの機体を次々と殴りとばす格闘型の機体が現れた。
「飛羽さん!」
草霧ナルハの『エストック』だった。この隊の中でも最も異質のほぼ純粋な格闘機は若く優れたトレーサーの意に従って次々とマシンを沈黙させてゆく。
「大丈夫ですか!?」
「心配要らん!そっちこそ、そんなに飛ばしてると息が上がっちまうぞ」
「そんな事言ってる場合ですか!時間が!!」
全くだ、と自分にツッコミを入れて作戦時間を見る。パンサーチームの発進まであと43秒。どう見てもこの混戦の中に突っ込ませるわけにはいかない。
「大見得切っておいて、コレだからな」
「しかしその分敵の戦力は集中しています。南側の防衛網は若干引っ張られたようです、ユキオ君達には少し遠回りになりますがこっちのルートを使ってもらいましょう」
「賛成だな」
ロケットランチャーをばら撒きながらリック少佐も近付いてきた。打ち合わせをする飛羽達の前に立ちはだかった。オルカチームの『サリューダ』から借りた両手持ちのヘビィハンマーを振り回して『リザード』を一気に二機叩き潰す。
「こりゃいいな、ウチでも作ろう」
「ちゃんと版権料払えよ」
「ケチくさい事言うな、それよりボウズ達のルートをこじ開けるが先だろう。ウチの隊の対地ミサイルを全部使うからそれを合図に飛び込ませろ」
別の『リザード』に組みつかれそうになり、ハンマーを投げつけて距離を取りながら言うリックをナルハと飛羽が後ろからマシンガンで援護する。
「いいのか?こんな早くから景気の良い事して」
「子供達がこれから頑張ろうって時に、大人が出し惜しみするもんじゃねえだろ」
「すまん、頼む!!」
飛羽は短く礼を言うとロケットやレーザーの飛び交う中パンサーチームに回線を開く。ナルハはより敵主力をひきつけるため有志隊を連れて前に出始めた。技量は高くとも『チャリオッツ』よりも耐久に劣る機体の多い有志隊には無謀とも言える突撃だが今更それを言ってはいられない。
「リック、話は着けた!やってくれ!!」
「おうよ!」
振り上げたリック機の腕を合図に米軍機の一団から花火大会を思わせるほどの白煙の帯が上がった。上空に舞い上がった弾頭はU字を描き、手薄な南側のマイズアーミー部隊に次々と突き刺さり爆発する。過剰な光と熱の火球に、プログラム制御であるはずのマイズアーミーも一瞬怯んだようにも見えた。
「行け、ユキオ!」
飛羽が南側へ増援に向かおうとする敵機に銃を乱射する。戦いは、やっと始まったばかりだった。