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夜明けに薔薇を挿して往く(後)



 いつかは終わりが来るとは思っていたが、予想以上に早かった。が、仕方ない。これも運命なのだろう。いつの間にか生き残っていた『バリスタ』もいつの間にか残骸へと朽ち果てていた。すぐに自分の『ファランクス』もああなってしまうのか。


 「奈々瀬さん、ごめん…」


 逃げるんだ、と告げようとした時、二人のコクピットポッドに威勢のいいマサハルの声が響いた。


 「待たせたな二人とも!」


 ユキオが振り向く。ルミナの『St』が陣取る防護壁の下、マサハルの『ファランクス2B』が全速でダッシュしてくるのが目に入った。いつもの標準装備ではなく、高火力のパルス・ミサイルパックを全身に装着した重火力仕様だ。その背面から六発の弾頭が射出され一斉に『ロングレッグ』に直進した。ミサイルがユキオを狙っていたレーザー砲台をことごとく破壊し、その粉々になった残骸が『5E』に降り注ぐ。


 「すげえ…」


 呆然とその光景を見ているユキオの前で、またパルス・ミサイルが発射された。それらはユキオ達が攻撃を仕掛けていた『脚』の間接部で次々と電磁爆発を起こし、ついにその『脚』は間接部を破壊され見事に折れた。切り離された脚部が落雷を受けた大木のごとく、炎上しながらゆっくりと傾き、地響きと共に倒れた。

 『脚』を一つ失った『ロングレッグ』は姿勢を保つ為に何度も身じろぎをする。その本体上面に高速で連射された弾丸が立て続けに命中した。


 「諦めてんじゃねえぜ、ユキオ!」


 カズマの『As』が上空から下降しながら接近してくる。『ロングレッグ』の上面装甲から、格納されていた小型機銃がせり出て弾幕を張るが、高速で飛行することが出来る『ファランクスAs』にはかすりもしなかった。


 「カズマ!」


 「デカブツ一機じゃねえか、気合入れて片付けちまおうぜ!」


 いつもの余裕のある軽い声でそう言いながら、カズマは速射ライフルを投げ捨てレーザーブレードを抜く。


 (一気に決めるつもりだ!)


 ユキオの上空を駆け抜け『As』が白兵距離に割り込む。一閃。上部装甲に青白く発光するレーザー刃を叩きつける、が。


 ビュギュゥイイイイイン!と耳障りな音を立て必殺のブレードが弾かれる。


 「マジかよ…」


 さすがのカズマもその強固さにたじろいだようだ。ウィングを折って対空機銃の弾幕から身を守るように機体を翻す。マサハルの撃ち続けたパルス・ミサイルも致命傷は与えられず、ルミナのライフル弾も底をついてしまった。


 四人の間に嫌な空気が流れた。一連の攻撃が止んだ事を感知したのか、『ロングレッグ』が前進を再開する。援軍を得て、一度は希望を持ったユキオとルミナの心を揺さぶるように五本の『脚』が大地を振動させながら歩を進めた。


 「カズマ君、聞こえる!?」


 マヤの声が四人のポッドに響いた。


 「アリシアにExg-01の許可を取ったわ。すぐに射出する!使えるわね!」


 「!『サンライト』か!」


 任せろ!とカズマの赤と白でカラーリングされた『As』が高度を上げる。その背後から、轟音と盛大な白煙を吐き出しながら、巨大なロケットが接近するのがユキオ達の目に入ってきた。


 「あれが…」


 ユキオが呆然と見上げるその中でロケットが中央から真っ二つに割れその中から真紅の巨大な物体が投下された。肉厚の、まるで中国武術で使われる柳葉刀のごときダイナミックなラインを描く一振りの刀。


 カズマはタイミングを合わせ、空中でその柄を握る。ブウゥ…ンと横に一周薙ぐように振り回し、正面に構えた。手元のウェポンセレクターのロックを外し、Exモードへ移行する。インフォパネルに表示された入力画面でキーコードを素早く叩いた。


 ギィィィィィィィィ………ン……


 刀のつばから剣先に向かいレーザーブレードよりも遥かに眩い光が迸り、揺らめく黄金の刀身が出現する。


 「これが…『サンライト』…」


 自らが握る武器の輝きにカズマは思わず手を翳した。


 予期されるより強力なマイズアーミーに対抗する為に、アリシア達悠南支部メンテチームは本部の技術部と協力し新型武器の設計に心血を注いでいた。百何十という試作品の中から、ようやく破壊力と安定性をキープした武器が完成したものの、これらはあまりに巨大で、しかも短時間しか稼動できないという携行武器としては致命的な弱点を抱えていた。


 メンテチームは悩みぬいた末に、不利な戦局を打開する為の戦術兵器としてこれらを実用レベルに仕上げる決定を下した。


 その中の一つが、この撃滅用白兵決戦武器『サンライト』である。


 アーミングトルーパーの全高に匹敵する長さを誇り、その煌々と輝く刃の威力は推して知るべし。『ファランクスAs』がその陽光の大刀を抱え上げ、『ロングレッグ』に距離を詰める。


 (!)


 距離が遠い。ユキオは『ロングレッグ』の対空機銃が『As』に狙いを向けるのを見た。あの巨大で重い刀を持っていては、さすがのカズマと『As』でも回避できないだろう。


 リアアーマーに残った最後の武器。フラッシュグレネードとスモッグボムを連続でメインセンサーと思しき部分へ投げつける。閃光とジャマーを至近距離で浴びた『ロングレッグ』は、予想通り一瞬視界を奪われたじろいだ。


 「それでこそだぜ!」


 カズマがユキオに最大の賞賛を送り、怒声と共にバーニアを燃え上がらせて一気に接近をする。スモッグの効果が切れたその瞬間、カズマの振り上げた『サンライト』は正に地平から昇る太陽のように戦場全体を照らすほど輝きを強めた。


挿絵(By みてみん)



 「!」


 全員がその眩しさに目を細める。カズマもまた、ほぼ瞼を閉じ大刀を振り下ろした。敵は巨大だ。外しようが無い。


 雷鳴。ユキオにはそう聞こえた大音響と共に、『As』が『ロングレッグ』の本体を両断し、ユキオの『ファランクス5E』の傍らに着地した。『サンライト』の光の刃はエネルギー切れで失われている。その赤い刀身を冷やす為の冷却材が、内部の熱を奪いながら急速に放出され、二機はその白い蒸気に包まれた。


 ユキオとカズマがゆっくりと天を仰ぐ。そそり立つ石灰色の巨体が、ぐらりと揺れて左右に別れてゆく。それらはユキオ達、そして<センチュリオン>悠南支部のメンバーが見ている前で地に伏し、塵煙を巻き上げた。


 静寂が満ちる。勝敗は明らかなのに、全員が夢を見ているかのような思いをしていた。


 「勝ったのか…俺達は…」


ルミナが恐る恐る手元のコンソールに呼びかける。


 「イータ…?」


 「オ疲レサマデシタ。戦闘状況終了デス」


 イータがそっけない電子音声で答えると同時に、インフォパネルにその表示が浮かぶ。


 そこでようやく、歓喜の声と勝ち鬨がお互いのポッドに響き渡った。





 ユキオはモニターが消え暗くなってゆくポッドの中で緊張の糸を解き、安堵の吐息を長く長く漏らした。あまりの疲れに、このままここで少し眠ってしまおうかと思っていた時、ドンドン、とポッドのドアを叩く音がした。


 (?)


 ドアの開放レバーを引く。コクピットルームの強い照明が暗いポッド内に入り込みユキオは目を細める。その白い光の中に細身のシルエットが見えた。


 「玖州君…大丈夫?」


 ルミナだ。視線をこちらに合わせたりそらせたりしながら、少しずつ近付いてくる。


 「肩、大丈夫?」


 マヤから聞いたのだろうか、ユキオはすっかり左肩の痛みのことを忘れていた。


 大丈夫…じゃ、ないかも、と呟きながら疲労した身体を起こしゆっくりとポッドから出ようとするが、いつも掴んでいるドアトリムのレバーに左手が届かず、バランスを失って倒れそうになった。


 「!」


 倒れかけたユキオの左半身をルミナが密着して支えた。同年代の男子とは全く違う、華奢で柔らかい感覚が服越しに伝わる。清潔感のある洗剤の香りと、シャンプーの甘い匂い。


 そしてルミナもかなり疲労したのだろう、自分とは違う爽やかな汗の香りがユキオの鼻に届いた。


 (ちょっ、俺汗が!)


 自分の汗まみれの服に密着なんてさせられない、とルミナを離そうとするが彼女は予想以上の力でユキオの胴を抱き上げていた。


 「玖州君、昨日は…ごめんなさい」


 「え、あ、いや…」


 ルミナは少しだけ、本当に僅かに目尻に涙を浮かべていた。


 「私は…偉そうな事を言ってても、実際は一人では戦えなかった…玖州君や神谷君達が来てくれなかったらあっという間にやられて、お母さんも助けられなかった…」


 「奈々瀬さん…」


 ルミナの腕が、さらに一際強くユキオの身体を掴む。


 「実際は、玖州君の方がずっと凄い人なのかもしれないよ…」


 「…」


 少し逡巡してから、ルミナはユキオと視線を合わせた。


 「自信が無いなんて、そんな事言わないで。玖州君はきっと何かが出来るよ。一人で見つけられないのなら、私が…私も手伝うから!だから…」


 ルミナは自分の事を本当に考えてくれていたのだ。すぐに弱音を漏らし、逃げ腰になってしまう情けない自分の事を。


 ユキオは申し訳ない気持ちで一杯になった。


 「ありがとう、奈々瀬さん…見つけてみるよ、頑張って…」


 よかった…とルミナが安堵の声を漏らした。そうこうしているうちに、反対の肩をカズマが支えに入る。


 「カズマ…あり、がとう…」


 意外な助太刀に驚きつつも礼を言うと、カズマはウィンクしてルミナを見ろという仕草をした。振り向くと、ルミナが真っ赤な顔をして離れていった。せっかくの綺麗で高そうな服がユキオの汗で湿ってしまっている。ユキオも顔を真っ赤にしてカズマに少し下がるように頼んだ。周りを見渡せばいつの間にかメンテチームやイーグルチームの面々がユキオ達を取り囲んでいる。『ロングレッグ』撃退に合わせ、他の部隊も撤退したのだろう。


 マヤと飛羽、アリシアがその中からユキオ達に近付いた。


「ユキオ君、それにカズマ君もマサハル君も本当にありがとう。お陰でルミナが無事に帰ってこられたわ」


 いつに無く真剣な顔で礼を言うマヤに三人が照れていると、飛羽がユキオを抱え上げた。


 「よぉ、非常階段のドアをぶち破ってきたんだって?鍛えた甲斐があったな!」


 「ドアを破った!?」


 事情を詳しく知らなかったルミナが卒倒しそうな声を出した。カズマもマサハルも目を丸くしてユキオを見上げる。


 「ああ、奈々瀬を助けなきゃって地震で歪んだドアをタックルで吹き飛ばしたんだよな?おかげでヒビが入ってるらしいが」


 「ちょ、飛羽さん!痛い!痛いよ!」


 もがいて降りようとするが、片腕しか使えない状態では支部一のマッスルマンからは到底逃げられるものではなかった。


 「だ、大丈夫なの!?」


 ルミナが再度駆け寄る。ユキオは正直辛かったが、無理やり歪んだ笑顔を見せた。


 「ま、まぁ命に別状は…」


 「とりあえず救急搬送だ。病院を救った英雄なんだから丁重に治してもらわなきゃ、なぁ?」


 飛羽がいつもの高笑いを上げながら、もがくユキオを抱えて地上へと向かっていく。それをポカーンとルミナやカズマ達、そしてメンテチームとイーグルチームが見送った。


 「姉さん、ほんとにドアを…?」


 恐る恐る訊くルミナに、ニヤリと笑顔を見せてマヤが答えた。


 「ホントよ、まぁドアを見なきゃ信じられないでしょうけどね。女冥利に尽きるじゃない。このー、憎いよ!男殺し!」


 「姉さん!」


 真っ赤になってルミナがマヤをひっぱたいた。ルミナは気が付かなかったが、マヤはそれが、家族になって初めて妹が姉に手を出した一発という事に気が付きグッと心の温かい部分を握り締められたような、苦しくも嬉しい気持ちが溢れてきた。


 (ありがとね、ユキオ君…)


 誰にも気付かれないように、少しだけ出た涙を拭ってマヤは心の中でユキオに感謝をした。

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