捧げよ天竺葵
『ファランクスRs』
<センチュリオン>悠南支部・パンサーチーム所属
前衛制圧用試作型WATS(ウォールド・アーミング・トルーパー・システム)
最大速力 277km/h
武装
試作型パワードライフル 1丁
バニティスライサー 2本
大型シールド『ヴァルナmk2』
格納型レーザーブレード 1本
多弾頭ミサイル 4発
膝部レーザー刃発生機 2基
グレネードラック 1基(4個搭載)
巡航パルスミサイル 2発(オプション装備)
パンサーチームの主力であった『ファランクスAs』『ファランクス2B』の離脱により著しく低下した機動戦力、火力を補う為、『As』『2B』そして『5Fr』の長所を一機に集約したコンセプトモデル。現実的でない高すぎる要求スペックであったため基礎設計が終了した時点で破棄される予定であったが、飛行型WATS試作機『Nue-04x』の稼動データを流用する事で、初期の予定スペックには達しないものの高い性能を持った実戦用機として完成した。
主力火器のパワードライフルは出力変更式で『5Fr』で試験運用されていたPMC砲に近い破壊力を出す事が可能。
他にも実用性が証明されたバニティスライサーは2本に増加、『As』主力武器のレーザーブレードに加え空力制御ウィングと一体化した広範囲攻撃用の多弾頭ミサイル発射口を左右の腰部に備えている。
さらに『5Fr』でその性能を如何なく発揮した大型シールド『ヴァルナ』を空力向上の為に再設計した『mk2』タイプへ改装し装備している。バリアツェルトをカートリッジ式にすることで22%の軽量化に成功したが、防御面積は17%、装甲厚も19%の低下を余儀なくされた。
エンジン部は『As』で使用された物をベースに『Nue-04x』で試験された新型圧縮式デュアルリンクエンジンを採用する事で加速、巡航性能、上昇力全てにおいて高い水準を保つ事に成功した。
反面、『As』において劣悪といわれた姿勢制御能力は、全身に6枚装備された補助ウィングを持ってしても補う事はできずさらに劣化する事態となってしまった。
現状では適正力の高い10代で、尚且つ空間把握力と高い反射神経を持つトレーサーにしか操れない性能となってしまっている。
<センチュリオン>悠南支部、第一ミーティングルームに集まった主だったスタッフの間には、重苦しい空気が流れている。
その中には先月ヨーロッパへ異動になったアリシアの姿もあった。
そして、中央の壇上には、真剣な眼差しのユキオが一人立たされている。
「今、説明した通り……」
ユキオの右手側、進行役用の机に付いたマヤがゆっくりと口を開いた。
マヤとユキオから、ドクターマイズの真の目的、そして金銭を目当てにマイズアーミーに加担するものが多数いる事など、フレッドからもたらされた情報が支部スタッフに公表された。そして。
「『5Fr』及び『Rs』の中には<センチュリオン>ではなく敵の開発したAIが入り込んでいて、それを目的にマイズアーミーや『メネラオス』の連中がウチにちょっかいをかけてきたって事ね」
「そりゃあ、どこのネットワークにも問答無用で侵入できて好き勝手できるなんてヤツがいたら、誰だって手元に置いときたくなるわなぁ」
室内の重い空気も気にしていないのか、両腕を頭の後ろに組んだ飛羽が呑気そうに言うがさすがにそれで一同の肩が柔らかくなる事は無かった。
バツが悪そうにポリポリともみ上げを掻く。
「問題は」
アリシアが美しい金髪をなびかせながらマヤと席を替わる。
「むしろこのAI、シータが何を考えているかという事ね。何でも出来るのに、なぜサポートAIのフリをしてユキオ君のファランクスに潜んでいたのか」
「本人は、人間観察だとか勉強の一環だとか言ってますが」
そう答えるユキオも、半信半疑である。なにかシータを庇うような言い方になってしまい、居心地が悪い。
当然、戦場でシータに救われた事は一度や二度では済まない。ユキオとてそれは認め、感謝もしている。
しかし、そのシータのせいでカズマは重傷を負い、フレッドの命も奪われたのだ。
(……)
やるせない気持ちを抱えたまま、ユキオは机上に置かれたタブレットを睨む。
「その言葉を全部信じるわけにはいかないけどね……」
マヤの溜息混じりのコメントに、スタッフの何人かがつられて吐息を漏らす。
確かに、今説明された事が本当だとして、それで悠南支部の人間に何が出来るというのだろう。『ファランクスRs』や『5Fr』を出撃させなかったとしても、その気になればこのプログラムは自由に<センチュリオン>や他のネットワークに侵入して自由にデータを改竄したり破壊できたりできるらしいのだ。現に徹底的にデータの履歴を洗ったところ、支部のあらゆるコンピューターに不可解なアクセス履歴が残されていた。酷いものではミサイルのデータに侵入し、表面に『しーた』とサインを刻まれてるものさえあった。
「とにかく、本人に話を聞くしかないでしょうね」
立ち上がってそう言い出したのは、入り口近くのパイプ椅子に座っていた国府田だった。わざわざ定例会議を蹴って本部から悠南支部まで朝一でやってきている。
「頼めるか、玖州君」
「……わかりました」
正直、シータの存在を世に知らしめるのは気が進まなかった。おそらくこの事実は新たな混乱やトラブルを招くだろう……『メネラオス』の時のような。ユキオはあの豪雨の中のルミナとの逃避行を思い出し背筋を振るわせた。
だが、ここにいる人達は、信頼できる戦友だ。隠し事をしながら協力できる仲ではない。
「シータ」
覚悟を決めて、タブレットに呼びかける。
2、3秒の沈黙を置いて、タブレットの上にブルーの光の粒が集まり始めた。それはタブレットのホログラム装置を利用したシータの演出なのだろうが、まるで魔法か幻術のようなエキセントリックな現象に見える。
光が次々と集まり、やがて爆発するように収縮する。ミーティングルーム一杯に閃光が広がった後、皆が目を瞬かせながら壇上に見たのは身長10センチ弱の、踵まで伸びた青い髪を持つ全裸の少女の姿だった。
「最近、気安く呼びすぎじゃない?ユキオ」
「……悪いな」
勝気さをわかりやすく示す釣り気味の大きな瞳に見られながら対応に困りユキオも後頭部を掻いた。飛羽のクセが伝染っているのかもしれない。
そのやりとりと、透き通った妖精のようなシータの姿にスタッフ達がざわつく中、ルミナがわざとらしく咳払いをして呼びかけた。
「シータ」
「え?ああ、ごめん忘れてた」
その声にルミナの方を向き悪戯っぽく笑うと、ヒラリ、とバレリーナが軽く一回転するようにくるりと身を翻した。その姿に従うように、再び光の粒子が舞い上がりシータの全身を隠す。
「とりあえずこれでいいカナ?」
粒子はやがてシータの体に固着し、それはルミナが着ている学校の制服と同じものになる。その様を見た一同から先程より大きなどよめきを漏らした。
「それ、どうやったのかしら?」
「ルミナの学校の制服のデータをネットワークから拾ってきてコピーしたの。悪いけど作ったデータは『ファランクス』の装備フォルダに置いとかせてもらったわ。まったく、ルミナったら細かいんだから」
アリシアだけが冷静さを保ちながら問いかけると、ふわふわと中空を漂い、スカートの出来を確かめるように見ながらシータが答える。その様はまさに年頃の少女そのものだ。アリシアの横でオペレーターが急いでサーバーをチェックする
と確かに『5Fr』の各種グレネード類の一番下に『悠南南高校女生徒用制服.コピーデータ』というデータが存在していた。
「……次からは専用フォルダを用意しておくから、こういうのはそっちに保存しといてね」
呆れた顔でそう言うアリシアと睨むようなルミナの視線を笑いながらかわして、シータはユキオに何故呼ばれたのかを聞いた。ユキオはそれに答えずに部屋の隅を見る。
「国府田さん」
ユキオの声に国府田がメガネを掛けなおしながら近付いた。
「ええ、と……シータ?」
「アナタは?」
身を翻し、可憐な少女のように上目使いでシータが国府田を見た。仕草と言い、喋り方と言い、その姿はとても天才科学者の作り出した脅威のプログラムとは思えない。国府田は胸に手を当てて短く深呼吸をした。
「失礼、私は<センチュリオン>本部関東方面統括室室長、国府田だ。今日はいくつか君に聞きたい事があって伺った。時間を……少しいただけるかな」
「まぁ、別に大して急ぐ用事も無いからいいけど、退屈な話は勘弁してね」
人懐っこく笑う。カナにそっくりだなとシータの後姿を見ながらユキオは呟いた。
「では単刀直入にいこう。君はドクターマイズが作成したプログラムと聞いた。本当か?」
「うん」
「……その気になればどんなネットワークにも侵入できるというのも?」
「まー、全部試した事はないけど今まで侵入できなかった事は無いかな」
「……<センチュリオン>本部の私のデスクにあるPCの中に、『bld』というフォルダがある。その中にある一番新しい書類を持ってきてここで見る事は出来るかな?一応、<センチュリオン>で使われている最大級のロックをかけてあるが」
「えー、めんどくさーい」
あからさまに唇を尖がらせて面倒そうなアピールをするシータに、国府田は丁寧に頭を下げた。
「頼むよ」
「しょうがないなー」
そう言い残すと、音も無くシータの姿が掻き消える。再び2、3秒の沈黙が流れ、室内にざわめきが戻ろうとしたところで消えた時と同じ様にシータがフッと姿を現した。
左手に一枚の紙のようなものを持ち、ぺらぺらと揺らしている。
「ロックはどうだった?」
「人間に例えるなら、膝下くらいの高さのハードルが5枚くらい置いてある、って感じだったかな。ちょっと面倒だったけど……読んでも?」
国府田はそのコメントにこめかみを押さえながら、ああ、と返事をした。
「えー……「2031年10月2日。鳥取県鳥取市。角永水産にてランチ。カニ雑炊、刺身の盛り合わせ。\1873。量はほどほどで美味かったため満足したが、料理が出てくるのが遅い。また店員の対応もあまりよろしくなかった。冬限定メニューの寄せ鍋が美味そうだったが食べられず残念。もう一度行くかは検討」次、「2031年9月……」」
「あー、もういい、君の優秀さはよくわかった」
背筋を伸ばして生真面目な声で文書を読み上げるシータを国府田が手を振りながら遮った。呆れた顔で飛羽が手を上げる。
「今のはなんなんだ大将」
「地方出張の時につけている食事先の記録です」
「趣味悪い事してるわねー」
つい素で出てしまったマヤの感想にがっくりと国府田が項垂れる。
「同感ー。あとこんな雑用みたいな事もうやらせないでよね」
ビリビリとご丁寧に効果音つきで持っていた紙をシータが破り捨てた。まさか元データまで破棄したわけではないだろうが。
「すまなかった。話を聞くだけではどうにも半信半疑だったが……おそらく君の能力で侵入できないネットワークはおそらくこの日本には無いのだろう」
ありがとう、と秘書の差し出した水を受け取り一杯飲んでから。
「で、玖州君に興味を持ってしばらくサポートAIのフリをしていたと?」
「まぁ、ちょっと変わり者だったし見てたら面白かったし……あと、なんかほっとけなくて」
「なんだよそれ」
「あー、なんかわかるわ」
ツッコミを入れるユキオの横でマヤがしみじみと頷いた。アリシアとルミナまで同じ様にしている。
「ちょっと、なんすかその反応!」
「いいかげん、そろそろ他のとこへ行こうと思ってたんだけどなんか情が移っちゃったのか、お別れしにくくなっちゃって」
ユキオを無視してそう続けるシータに国府田が質問を重ねた。
「次は、どこへ行くつもりなのかね?」
「別に、そんなの決めてないし……お父様は、いろいろなものを見て来いって言っただけで目的地も期限もない旅だから」
国府田がメガネを外し拭きながら、わずかに沈黙した。再びメガネをつけると背筋を伸ばしなおして真剣な眼差しでシータを見つめる。
「……君と、ドクターマイズの真意はなんなんだ?君は知識を得て何をしようとしているんだ」
「別に具体的な目的とか無いんだけど……」
シータも国府田の方を向き、地面を踏みしめるように両脚を開いて腰に手を当てた。半ば睨み返すような、野生の猫科の動物のような瞳で見つめ返した。
「私は別にお父様の仕掛けている戦争に加担する存在ではないわ。少なくとも今のところは。将来的にワタシが、そしてワタシの兄弟が生まれたとして……人類と共生できる新たな存在となって行くでしょう。もしかしたら、敵同士になるかも知れないけどそれはないんじゃないかなと今のところは思っているわ」
「どうして?」
ユキオの疑問にシータが肩を落としながら振り返る。せっかく毅然とした態度を取っていたのをよくも邪魔してくれたわねと言いたそうに。
「現時点では、ワタシは優れたプログラムに過ぎないわ。この世界に存在するには電気が必要だし、移動するにも人間が引いてくれたネットワークを利用する必要がある……もし人類にその覚悟があるなら、電気とネットワークの無い大昔の生活に戻るならワタシはこの世に存在できなくなる」
「確かに、そうか」
「ワタシ自身、別に人間はキライじゃないし……できれば仲良くやって行きたいと思ってるわ。でも単なる道具として使われるのは嫌ね。もしそう扱われるなら、仕返しだってしちゃうかも」
シータの言葉にザワザワとしだしたミーティングルームを制するように国府田が手を上げる。それから、一歩ゆっくりシータの方へ歩み寄った。
「つまり……人と対等に扱われたいという事かな?」
「ワタシ個人の価値観だけど、今はそう思ってる」
「なるほど、君の意向は了解した」
納得したように国府田は深く頷いた。
「君の言う事を信用する事にしよう……その上で、頼みがある」
「見返りは?」
「君は……何か欲しいものはあるのか?」
想像もつかないという顔で国府田は両手を広げた。対するシータも言っては見たものの、という顔で人差し指を顎に当ててみせる。
「取り立てて……困った事はないけど、お家が欲しいかな。ずっと一人旅で落ち着くところも無かったから」
「家?」
「そう!」
自分の思いつきに予想以上にワクワクし始めたのか、シータはタブレットの上で子供がやるようにくるくると手を広げて回り始めた。
「ワタシの、お家のデータを作ってちょうだい。かわいい奴がいいな!二階建てで、お庭に花が咲いてるの!」
「いいわね、それ」
シータの言葉に賛同を示したのは、以外にもルミナだった。
「可愛いお家、作ってもらいましょう。ふかふかのベッドにキレイなカーテンもつけて」
「ルミナさん……」
どうして?という顔のユキオにルミナは、わかってないわねと言いたげに詰め寄った。
「女の子は誰だってマイホームを持ちたがるものなのよ。一緒に私がいろいろ考えてあげるから」
「ありがとうルミナ!」
キャッキャと場違いにはしゃぎ始める二人に、まぁ仲良くなるならいいかとユキオはそれ以上の事を深く考えない様にした。それから軽い気持ちでソウジロウを指差す。
「じゃあシータの家はこいつが設計するから」
「何でだよ!」
当然、その安請け合いに椅子を蹴立てて立ち上がりながらソウジロウが反論する。ユキオはまぁまぁと宥めるように近付いて肩に手を置いた。
「この先平和になったら、こういう仕事だってやらなきゃいけないかもしれないじゃないか。何事も経験だって言うだろ?」
「……言われて見れば、一理あるか」
(こいつ、意外とチョロイな)
何故か簡単に納得してしまったソウジロウにこの件は任す事にして、ユキオは国府田に話を返した。
「で、何を頼むんです?」
「あ、ああ……」
置いてけぼりになっていた国府田は、所在無げに飲んでいた水を机に戻し深呼吸をした。