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シオン(前)




 <センチュリオン>悠南支部、トレーサーのロッカールーム。


 ルミナは多少ふて腐れながら、義姉から借りたマスターキーを持ってユキオのロッカーにやってきていた。


 「ちょっとくらい待っていてくれたっていいのに、ユキオ君も……」


 総務部の人間に契約更新の件で長くつかまってしまったために、ユキオから直接弁当箱を受け取る事ができなかった。


 (美味しかったって、言ってくれたのはいいけど)


 できれば直接受け取りながら聞きたかったな、と思いながらキーを挿してロッカーを開ける。


 「……うわ」


 年頃の男子高校生だから、というべきか。乱雑に物が積み上げられたロッカーの惨状にルミナの体が固まる。壁のフックから下げられたビニール袋の中から弁当箱を回収したが、さすがに彼女としてルミナはこのままこのロッカーを置いて帰るわけにはいかない。


 「まったく……なんで着た服とかこんなトコに入れて帰るんだろう。それにこれ学校に出さなきゃいけないプリントだし。……あ、こないだのテストの答案まで隠してる」


 あまりに酷い有様にだんだんとヒートアップしてきた。とにかく一旦全部出してしまおうと、次々と中の物を出すルミナの手に何か堅い物がぶつかった。


 「箱……?」


 白い厚紙の箱だった。靴の箱のように見えるがそれにしては小さい。中の惨状に不似合いなほどキレイで、逆にそれは、この箱を『隠す』ためのカムフラージュだったのではないかとも思えた。


 持ち上げてみる。予想したよりも重い何かがその中に入っていた。床に置き、悪いとは思いながらも好奇心に駆られたルミナはその箱を開けてしまった。


 「……!!」














 午後6時42分。


 人気の無い古いマンションの屋上。どうやったのかは知らないが、頑丈そうな南京錠が外されて扉が開くようにされていた。


 (だいたい、南京錠なんて使ってるビルがまだあったんだ……)


 軽く驚きを覚えたが、きっと今夜はもっとたくさん驚く事があるのだろう。そう思いながら重い扉を押し開ける。


 ギィと錆びついた扉が音を立てて開くと、地上よりも渇いた冷たい風が全身を凪いでいった。


 「来たね」


 もうすっかり暗くなった空と悠南市の街の明かりをバックに、手すりに片手をかけている一つの人影がある。フレッドだ。


 「待たせて悪い」


 「そうデもないヨ」


 懐に入れてきた熱い缶コーヒーを一つ投げる。フレッドは器用に片手で受け取って、アリガト、と礼を言った。


 ユキオもフレッドの隣まで歩いて手すりによりかかりながら缶を開ける。寒空に白い湯気が小さく立ち昇る。


 「何から、話ソうか?」


 「そうだな……」


 手すりによりかかりながら空を見る。真っ暗な夜にいくつかの小さな星と、それを隠すように流れる灰色の雲が街のネオンに照らされ赤く染まっていた。


 本当にこのままフレッドの話を聞いていいのか。これ以上踏み込めば、この気の良い異国の友人は本当に敵になってしまうのではないか。


 ユキオはまだ悩んでいた。フレッドとは既に剣を交えた仲でありながら、ユキオはまだ彼を友人と信じていたかった。


 だが、それは甘えなのかもしれない。


 「『ネプチューン』……あの青い機体の操縦は、どうやって覚えたんだ?」


 フレッドの目を見る事は出来ずに、半ば独り言を言うようにユキオが口を開く。傍らの青年もまた、同じ様に空を見上げながら。


 「訓練は、ドクターの所で。実戦はこの国ニ来て初メてだったケど。本当はシータのデータを奪取出来レバそれで終ワりだったケど、ユキオが上手いカらナカナカね」


 「初めてで、アレか」


 まいったなと頭を掻くユキオに笑いながら言葉を続ける。


 「楽しかっタよ。また乗ル時は、ヨろしく」


 「また乗る気なのか?」


 「雇い主の目ハ、ゴまかさなイといけないからネ」


 すまなそうに言いながらフレッドはコーヒーをちびちびと惜しむように飲んだ。ユキオにはそれが育ちのせいなのか、ただの癖なのかは判断できなかった。


 ふと、苦そうに父親の淹れたコーヒーを少しずつ飲むカナの顔を思い出した。


 「……ドクターマイズの話、世界各国の格差を無くすっていうのは……フレッドは実現できると思っているのか?」


 「できれバね、素晴らシイと思うよ」


 その言いぶりは、100%信じているという言い方では無い。


 「しカし何千年も人間は格差を作り続ケて来た。ソレは恐竜だってライオンだってアリだって同ジさ。ボスがいテ、兵隊がいテ……そノ方がいろいろトやりやすい」


 「……」


 「デモ、今の世の中ハあまりニも経済ニ人間ガ捉ワれ過ぎてイる……これデは人間はイツか破滅スるよ。格差の是正ガ必要なンジャない人間が新シい基準……理念?そういう指針ヲ持つ事が必要ナンだってドクターは言ってタ」


 「難しい話だな」


 ユキオのコーヒーはもう空になってしまった。コンクリートの床に空き缶を置こうかと思ったが、風が強くて飛ばされそうなので止めた。


 「ソウ、だね。精神的なモので現代人を導クのは難しイ。だから、ドクターは人類に新たナ目標ヲ持たせヨうとしてイる


……」


 「目標?」


 問いかけるユキオの横で、フレッドの黒い肌の腕が上がり、漆黒の天空を指した。


 「宇宙開発サ」


 「宇宙……開発?」


 鸚鵡返しにユキオは繰り返す。今では死語と言っていいような言葉だ。もちろん衛星軌道上に新たなステーションが設置されたり、軌道エレベーターがどうのこうのというニュースはたまに見聞きする。しかし一般市民の間で宇宙という単語は語られる事も無くそれはただ地球という我が家を取り囲む外界という意味でしかなかった。


 「ドクターは元々地質学者ダったんダ。地下資源が専門で……このまま資源を使い潰ス生活が続けば人類文明が破綻する事は避けラレないとドクターは結論を出シた。回避策は他惑星資源ヲ確保する事。そして大地に頼らナい人間に取っテ新シい生活の場ヲ得る事」


 「地球を……離れる?」


 突拍子も無い話にユキオは初めてフレッドの目を見た。黒真珠の如き双眸には迷いも躊躇いも無い。強い決意だけがユキオの目に刺さる。


 「人類は今まで地球に甘えすギた……故郷を汚染し、自らの欲望のみを追求すルヨり、揺り篭から巣立ち他の生物に地球を明け渡すべきダと思わなイか?人間にハソれが出来るし、それこそがココまで文明ヲ進化させタ人間のやるベき事ダと、ボクも思う」


 「……話が、急すぎる……それにそんな意図があるなら、ウォールドウォーなんかしないでそう訴えれば良いじゃないか」


 「今ドクターがそう言ったとシて、どれダけの人間が賛同シて協力してクれるト思う?」


 「……」


 先日と同じ、まるで現実感の無い話が鼓膜を通り脳内に届く感覚にユキオはまた眩暈を起こしかけた。スケールが大きすぎて普通の高校生には手に負える話じゃない。映画や小説ではよくある話なのだろうが……。


 「ユキオが思っているホど、時間ハ無いンだ。ウォールドウォーの裏でドクターは科学者ヲ中心に賛同者を集め計画ヲ進めテいる。世界ノ統一を完遂し速やカに人類全員が宇宙開発ニ邁進デきるように……だがそれヲ利用して私腹ヲ肥やス事のミを考えてイル人間も増エ始めテイる……」


 厄介ダヨ、とフレッドは顔を伏せて溜息をついた。


 風は益々その強さを増している。空は雲に覆われ、ネオンの光を反射して逆に街は明るくなったように見える。


 「もちロん、国ごとの格差ガ無くなレバいいと思っテ自分は参加してイル……様々な人が、いろいろナ思惑を持ってウォールドウォーに巻き込まれテいルんだ……」


 「俺は……」


 ユキオはメキっと音を立ててコーヒーの缶を歪ませた。


 「俺は、嫌なんだ……関係ない奴の思惑に巻き込まれて、大事な人間が辛い思いをしたり傷ついたりするのは……」


 南雲の、カズマの顔が脳内をよぎる。


 「現実の爆弾が一般市民を殺さなくなったのはいいことだと思う。でもウォールドウォーのせいで、病院で苦しんだり生活に困る人はたくさんいるんだ……俺は、それは許せない事だと思う……」


 それだけは、見てみぬフリはできないとユキオは思った。ドクターマイズの理念の話はわからないでもない。宇宙開発も必要な事なのだろう。しかし、そのために今行われている事を肯定するのは、若いユキオには出来なかった。


 「ユキオは、そレでいいんダ。仲間になっテくれとも賛同しテ欲しいとも、ボクの口からは言エない……」


 フレッドもそう言うが、やはりどこか寂しい気持ちを抱えているニュアンスが見てとれる。


 結局のところ、二人はそれ以上は相容れない存在だった。わずか20センチ。二人の距離はその先には縮まらず、手を繋ぐ事も叶わない……。


 (これが、現実なのか……)


 ユキオが胸中でそう呟いた時、左腕のリストウォッチが着信アラームを鳴らした。


 「なんだ?」


 出撃要請の音ではない。不審がりながらも通話ボタンを押すと、透き通るような電子音声が聞こえてきた。


 「ユキオ?シータだけど」


 「シータ!?」


 思わぬ相手にユキオの声が裏返る。隣のフレッドも少し驚いた顔でユキオのリストウォッチを見た。だが、二人の驚きを更に上回るような事実がシータの口から話された。


 「二人の話、盗聴されてるよ。少し前から」


 「なんダって!?」


 ユキオよりも先にフレッドの声が響く。よほど想定外だったのだろう。急に額に汗が滲み、街頭の光にかすかに光った。


 「誰に盗聴されてるんだ!?」


 「そんなの、<センチュリオン>の人に決まってるじゃない」


 当たり前じゃないの、と小ばかにするような口調でそうシータが言った瞬間。屋上への出入り口の重い扉が乱暴に開かれた。


 「マヤさん……ルミナさん……」


 現れたのは、酷く親しい人物だった。だが、二人とも見たことも無い表情でユキオを見つめている。


 ルミナは信じられないという顔で怯えるように姉の後ろに隠れていた。その腕はマヤの肩を持ち、少し押さえつけるようにも見える。そしてそのマヤは怒り以外に表現しようの無い、修羅のような顔でユキオ達を睨みつけていた。


 その両手は前に突き出すように構えられ、手の平には……。



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