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薄荷飴(後)



 結局悠南市に帰ってきたのは夜の九時くらいになってしまっていた。せっかく来た良質な模擬戦相手を易々と返してくれないとは思っていたが、晩飯を奢ってもらった後もさらに支部に連れ戻されそうになった時は、さすがにユキオもルミナも声を上げて拒否した。


 ユキオとルミナ(試験型『サリューダ』のスナイパータイプを借りた)、二人でオルカチーム三人を相手にする模擬戦も一度やったがワタルだけでなく残りの二人も相当の腕だった。ハルタの機体は切れ味のいいナイフのようにいつの間にか懐まで食い込んで来ていたし、ホノカのミサイルも無駄が無くマサハルの戦い方をさらに効率的にしたようなバージョンアップがされていた。


 お陰で、数的不利はあったものの何とか引き分けに持ち込むのがやっとで、ユキオもルミナも体力とプライドを削られる思いで帰途に着いたのだった。


 「ふう……」


 風呂に入り汗を流してから自室に入ると、カナはユキオのベッドの上で買って来たマンガを読みふけていた。こうして見ている分には普通の中学生だ。しかしそんなカナもTVの向こうでは情報番組やアニメで活躍する立派なプロになっている。


 (ある意味、俺より大人なのかもしれない)


 「何?さっきからチラチラって」


 カナがマンガで鼻から下を隠すようにしてユキオを不審そうな目で見た。


 「いや……別に……そうだな……」


 少し考え込んで。


 「カナは……ドクターマイズの言ってる事をどう思う?」


 「どうって……確か、世界中の格差を無くすとか何とか言ってるんでしょ?」


 「ああ」


 マンガに目を戻しながら、親戚の娘は特に興味も無さそうに続けた。


 ペラ、とページをめくる音が静かな部屋の中に沁みる。


 「そんな事、できるのかなって。だって日本だってお金持ちと貧乏な人がいるんでしょ。仕事が大変な人もいれば遊んで暮らしてる人もいて……そんなの平等にするの、無理じゃない?」


 「あー、じゃあ日本とか、アメリカとかイギリスでも良いや。全ての国がそういうレベルになるとしたら?」


 「それも無理だと思うけど……石油とか、畑とか、漁業とか、その国ごとの持ち味っていうかそういうのがどうしても付いて回るんじゃないの?そりゃあドクターマイズの言ってる事がほんとに実現するなら、まぁ見てみたいけど……それがヤバイって思ってるからユキ兄ぃ達は戦ってるんじゃないの?」


 割と長い間、口をあんぐり開けてぽかんとカナを見ているユキオにカナが半眼で声を掛ける。


 「何よユキ兄ぃ、間抜けな顔して」


 「お前、意外にモノを考えて生きてるんだな」


 「今時の中学生バカにしてるの?ウォールドウォーの話なんて政経の科目でもテストに出るんだよ」


 「そうなのか」


 カナは真面目な話は御免だと言いたげにマンガを持ったまま、じゃあお休み、と言って部屋を出て行った。一人分の体温が減って、一気に部屋の温度が下がった気がする。気が付くとまた身震いをしていた。風邪は引いてないと思うが。


 (……)


 ユキオは毛布を肩から包まる様にかけて膝を抱えた。窓辺の鉢植えに植えられた夏物の花がもうほとんど枯れてしまっているのに、今頃気付く。あれはもう植え替えなければならないだろう。


 ふと覗き込むと、土が少し湿っていた。ユキオの部屋に勝手に入るのはカナくらいだ。ユキオが世話を忘れている間もカナが水をやり続けていてくれたのかもしれない。


 「……しっかりしなきゃって事か」


 心の中にいる、ぼんやりとした自分そっくりな何かがゆっくりと立ち上がり前向きになるのを感じる。今まではギリギリになった宿題の山や期末テスト前の追い込み勉強の時にしかエンジンのかからなかったやる気とか覚悟とかそういうものが、最近は割と頻繁にコントロールできるようになってきたのかも知れない。


 立ち上がり、ケータイに手を延ばす。ユキオの指はゆっくりとメールを打ち始めた。












 翌日、学校の昼休み。ユキオのところにルミナがお手製の弁当を持ってやってきた。一緒に食べるのかと期待したが、クラスの友達が大量に作ってきた弁当をみんなで処理しなければいけないため自分の弁当まで食べれないと持ってきたものだった。


 「ごめんなさい。何でも、彼氏さんに作るお弁当の練習をしてたら作りすぎちゃったみたいで……ユキオ君、今日放課後支部に行くでしょう?その時に返してくれればいいから」


 一緒に食べれないのは残念だが、まぁそういう事情なら仕方ない。ユキオはありがたく弁当を頂戴する事にした。


 自分用に作ったためか、いつものよりはややシンプルだった。卵焼きにアスパラのベーコン巻き、作り置きなのか味がよく沁みた豚の角煮、ポテトサラダ……。味も普通で(何となく釈然としないものはあったが)少し量は物足りないものの久しぶりにルミナの手料理を食べられて満足した。今日は『Rs』も再改修に入っているしルミナの『St』の修理も終わっていないから、おそらく出撃要請は来ないだろう。


 (万が一の時は『5Fr』があるけど……)


 その万が一の考えも杞憂に終わろうとしていた。授業中には結局出撃要請は来なかった。ユキオは軽く洗った弁当箱とカバンを持ち支部に向かったが、ソウジロウ達と打ち合わせを終えてもルミナは用事があるらしく会えなかった。


 「仕方ない……」


 弁当箱をロッカーにしまって、その旨をルミナにメールする。時計を見るともうまもなく約束の時間になってしまっていた。



 









 『シャントリエリ』において貴賓室と呼ばれているその広い部屋は常に暗く、光源と言えば円卓中央の立体モニターと各人の席の前にある小さなタブレットくらいだった。


 約一月ぶりにその円卓全ての席に人が着席している。


 「本日はご足労痛み入る。さて、我々の活動もそろそろ節目を迎えるわけだが……」


 「御託はいい」


 一人の挨拶を遮るように別の男の堅く低い声が広間に響いた。


 「例のプログラムはまだ手に入らないのか」


 「……エージェントはすでに接触済みなのだが……」


 男の向かい側に座る線の細い眼鏡が、どもるようにそう言った。彼の目算ではとっくに終わっている案件だったのだろう。


 「これ以上は待ってられんな。スポンサーからの依頼もある。それほどのプログラムならあの街を焼け野原にしても生き延びているだろう。そこを捕獲すればいい」


 「焼け野原?」


 「比喩だよ、比喩」


 低い声の男が愛想無くそう言うと、中央のモニターにいくつかのウィンドウを開いた。


 「我々のスポンサーもそう気長では無くてな。立案中だったプロジェクトNo.3を実行に移せとの事だ」


 「No.3?だいぶ大掛かりな事になるぞ。そこまでする必要があるのか?」


 立体モニターには何枚かのグラフが浮き上がる。


 「改めて説明するまでもないと思うが、もはや日本のWATS関係の輸出額は世界トップに迫っている。また『ファランクス』シリーズよりさらに高性能化された量産期『サリューダ』の販売計画も進められているらしい。民間企業の武器開発の技術水準も高く、他の国家に比べてかなりリードしている状況だ」


 「戦争放棄した国家とは思えぬ死の商人ぶりだな」


 一人の皮肉を込めたコメントに同席者達から小さな笑いが漏れる。


 「よって、<センチュリオン>本部及び静岡支部、所沢支部、悠南支部を集中的に、関東地方の主だった関連企業を総攻撃しマザーデータを破壊せよという依頼……まぁもはや命令に等しいものだが」


 中央モニターがまた新しい画面を開く。その圧倒的な数字に円卓のそこかしこから感嘆と驚愕の呟きが漏れた。


 「投入する戦力はこちらのとおりだ。総数57万弱のマイズアーミー部隊。大型機は『デグマリッド』45、『ガルガチューバ』32、『エルドル』29……」


 モニターには、多脚型の大型戦略兵器をはじめ、百足を模した地中進行型、強力な竜巻砲を持った拠点破壊型、強化シールドを持つ防衛型などの巨大なマシンが並んでいる。それを目を見開いて見ながら一人の初老が声を震わせた。


 「これほどの戦力……本当に用意できるのか?」


 「あの国を疎んでいる経営者が、それだけ多いという事ですよ……それはマイズ派だけでは無いと言う事です」


 「……人とは、厄介な物だな」


 ふううむ……と嘆息するように言い、初老の男が久々に浮かした腰をゆっくりと下ろした。


 「作戦決行は8日後、皆様には急の事だがご尽力頂きたい」











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