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薄荷飴(中)



 「タダイマ、帰リマシタ」


 高層マンションの一室、貰った合鍵を開けて入る。同居人は二人とも帰宅していたようだ。先に活動を始めている男女一人ずつ、自分と同じ様に日本人ではない。結構長いこと住んでいる様だったが、なるほど新築に近いマンションだが結構生活臭が漂っている、というかざっくりと言えば乱雑で汚い。


 (近いうちに掃除をしよう)


 同居人は奥で何か作業をしているようだった。ずぶ濡れのままリビングに行くわけにもいかない。さっき買ってきたシャツと下着を持ったままシャワールームに入り体を温めた。


 癖毛の黒髪を乾かして、改めて挨拶をしながらリビングに入る。


 「おう、お疲れ。どうだ?ターゲットとは?」


 男の方、聞いた事はないが自分より一、二歳上だろう。エプロン姿が妙に様になっている。簡単な中華料理を作っているようだった。


 「ハイ、頂イた情報ノおかげデ順調デす」


 「さすがエージェント。仕事が速いわねー!」


 奥の部屋から出てきたのはもう一人の同居人の女だ。小柄な体にタンクトップ、ショートパンツというラフな姿だが出るところは出ていて、それを扇情的に感じる男もいるだろう。奥にいたのは試験機の準備をするためだろうか。


 「まだ、実際ニターゲットを捕獲したワケではナイですかラ」


 謙遜してそう言うのに対し、男、ヒロムと名乗る方が深めのフライパンから料理を皿に盛り付けながら答えた。


 「こういう仕事は得意なのか?」


 「得意か、自信ハありまセんが乱暴ナ仕事ニ比ベれば」


 「なるほどね」


 料理をつまみ食いしながら、女の方……レイミがさして興味も無い様に呟く。


 「こら、さっさと皿並べろ」


 「へーい……これ、食べた事ある?青椒牛肉。ヒロムの数少ない得意料理」


 「失敬な。まだまだあるぞ」


 差し出された皿に乗っているピーマンと牛肉の細切れの炒め物らしき料理を見る。美味そうだが食べたことはないので左右に首を振った。


 「ちん、じゃお……イヤ、初メテ見ましタ。でも、美味しそうでス」


 「うむ、お前は見る目があるぞ」


 満足そうにヒロムは頷くと、ミソ・スープを椀によそってレイミと自分に渡す。ほかほかと湯気を立てるご飯。これを食うだけでも日本に来た甲斐があるといってもいい。それだけ、自分の故郷は酷いものだった。


 「どうしたの?ぼおっとしちゃって」


 「イエ、何でも……イタダキマス」


 「おう、存分に味わえ」


 嬉しそうに笑うヒロムの左目には黒い眼帯が掛けられている。それが、自分の唯一といって言い友人のせいだということも知っている。


 (……)


 ゆっくりとピーマンと牛肉を一緒に口に入れる。舌の上に広がる、少し塩辛い味がなぜかずっと忘れられない気がした。


















 「……くん、玖州君!」


 「んぁっ!?」


 ぼおっと流れる外を見ていたユキオの肩をルミナががくがくと揺さぶった。意表を突かれて危うく席からずり落ちそうになりながら隣のルミナの方を見る。


 「ご、ゴメン。聞いてなかった」


 「そんなの私の方がよく知ってるよ!」


 午前11時の静岡行きの新幹線の中。ユキオとルミナは二人で<センチュリオン>静岡支部に向かっていた。ワタル用の新型『サリューダ』の飛行パックの調整は最終段階に進んでおり、東海林からユキオの『Rs』との模擬戦を急遽頼まれたからだ。


 元々、二人は予定は無く久しぶりにバイクでデートでもしようかと言っていたところに振ってきた話にルミナはだいぶ苛立っていた。それでも、家でくすぶってるよりはと思いついてきたのだが。


 「朝からなんかボンヤリしてるみたいだけど、大丈夫?」


 「ああ、ちょっと寝不足で……でも大丈夫だよ。ゴメン心配かけて」


 「それならいいけど……」


 またボンヤリと外の山々を眺めだしたユキオの横でルミナが溜息を吐く。


 (どうしたんだろう。昨日の戦闘の後はいつも通りのように見えたけど……あれからなんかあったのかな)


 話を聞こうとしても今までに見たことも無いような上の空で、正直こんなんで模擬戦につれていっても役に立つのかどうか……。


 新型車両になった新幹線は旧世代に比べるまでもなく速くなっている。ユキオとルミナは間もなく静岡に到着しようとしていた。









 飛行型『サリューダ』はユキオの、そしてルミナが思っていたよりもかなり速かった。そしてそれを操るワタルの上達振りも。


 (運動性は、こっちの方が上じゃなかったのかソウジロウ!?)


 年下の皮肉屋の設計者の顔を思い出しながら、ユキオは全速で旋回をかけながら『サリューダ』の背後を取ろうとする。全身にかかる急激な擬似Gは肺を押しつぶすのではないかと思われた。


 それでも、『サリューダ』の背後を取るどころがどんどんと距離を詰められている。『ヴァルナ』があるとは言え本体の装甲では圧倒的にワタルの方が有利だ。これ以上の接近は許せない。


 「スライサー!」


 「了解」


 瞼の上から滴る汗もそのままに、ユキオはGに呻きながらサポートAI・シータに指示をする。答えるシータの口調はいつも通りの機械的なものだ。昨日見たあの少女の姿は、やはり夢か何かだったのではないかと思えてしまう。


 いや、そう思いたいのか。


 ギュゥオオオオオオオオオン!!


 唸りを上げてバニティスライサーが『サリューダ』のシールドを切り裂く。衝撃を逃がそうとしたワタルの動きが一瞬止まったところにユキオはライフルとミサイルの雨を降らせた。


 が、一番速かったパワードライフルの一撃がジャケットアーマーをかすめただけで残りのミサイルは『サリューダ』の残した残像と噴射炎の残り香の向こうに遠のく。肝心の『サリューダ』本体は左側から急スピードで突っ込んできていた。


 「ジャベリン!」


 「くっ!!」


 俊敏。ワタルがAIに伸縮式の投槍を持たせた。前よりも積極的に、そして的確にAIを使いこなしているように見える。


 (カズマのスパルタ教育の賜物か!)


 スライサーのお返しだとでも言いたいのか、投擲されたジャベリンが空を切る。『Rs』の回避行動は間に合わず右肩のウィングがもぎ取られた。


 「シールドで弾いた方が良かったですね!」


 「空戦では先輩面か!」


 「少なくとも!」


 ウィングを失ったのは手痛いダメージだった。距離を取り直そうという『Rs』の目の前に『サリューダ』が易々と密着する。


 「!!?」


 「今のところは、そうですね!!」


 ワタルの一言と共に愛用のメイスが『Rs』の頭に振り下ろされる。ユキオの脳天に強い衝撃が走ると共に『Rs』は地面に向かい落下し、そしてフリーズした。


 「ちくしょう!」


 ポッドから出てきたユキオの前では、オルカチームのホノカとハルタ、そして静岡支部の面々がワタルの勝利を祝っている。何せ国内学生チーム最強として知られるパンサーチームに黒星をつけたのだ。スタッフの喜びもわからないではない。


 「……ちっ」 


 「大丈夫?」


 こっそりと悪態をつくユキオの傍にルミナが寄り添って肩に手を置いた。彼女がいなければ気分を悪くしてこのまま帰っていたかもしれない。心のどこかで本気でそう思っているユキオはそんな自分に少し驚いた。


 (俺も、だいぶやさぐれてるな……)


 「ありがとう、ルミナさん」


 「え、あ、うん……」


 いまいちピンと来ていない様子のルミナの後ろから、先程ユキオの脳天にキツい一発を決めたワタルがやってくる。


 「どうしたんですか、一体。らしくないじゃないスか」


 「別に、慣れていないだけだよ」


 「それにしたって……玖州さんがあんなに受けに回るなんて。何か考え事でもしてたんじゃないですか?」


 ワタルの追求に一瞬眉を歪ませるユキオの顔を、ルミナは見逃さなかった。


 「……大したことじゃない。……ワタルも腕が上がってビックリしたよ。もう一回やってもいいけど、少し休ませてくれないか」


 「わかりました……『Rs』の準備はこちらで済ませておきます」


 「頼む」


 踵を返すワタルを見ながら、額に片手を当ててユキオは重い溜息をついた。さっきの戦闘中にかいた背筋の汗が冷えて体温を奪う。ブルッと大きく身震いをしたユキオをルミナが抱くようにして気遣う。


 「具合、悪いの?お薬貰ったほうが……」


 「いや、大丈夫。少し休めば……もう一回やったら帰らせてもらうように頼んでみるよ」


 「うん、それがいいよ」


 ルミナから手渡されたドリンクを飲んで一息つく。最近は必死に懇願したお陰でそれほど癖のある食材は使われなくなった。今飲んでいるものも青汁に高麗人参と正露丸を混ぜたような味がするが、まぁ飲めなくも無い。


 もしかしたら、すでに味覚が破壊されているのかもしれないが。


 「しかし、ワタルも上手くなったね」


 「うん、前みたいな荒い動きじゃなくなって目で追うのも大変だった。神谷君達が一生懸命鍛えただけはあるね。それにオルカチームもインタビューとか最近は受けてるみたい」


 「ありがたいよ……まぁ、まだ負けるつもりはないけど」


 「よかった」


 え?と隣を見るとルミナはニコニコとユキオの顔を見上げていた。


 「今日は朝からどこか変だったけど、やっといつものユキオ君に戻ってきたみたい」


 「そうかな……?」


 「そうよ」


 そう言ってユキオが飲み干したコップを受け取り洗いに行くルミナ。部屋の隅でみんなから離れてぼおっと立ちながら、ユキオは大型のインフォパネルに並ぶ『サリューダ』と『Rs』のスペックを眺めた。


 「速力では1.2倍。姿勢制御スラスタの数もこちらが上であの有様だからな……」


 ごまかせはしまい。特に自分をよく見てくれているルミナの目は。


 しかし、話すわけにもいかなかった。ゲーセンで仲良くなった留学生がドクターマイズ直属の工作員で、さらに自分の使っているサポートAIがドクターマイズによって産み出されたとんでもない性能のプログラムだなどと。


 (アリシアさんがいれば、話してしまっていたかもしれないな……)


 何度か考えた事だ。国際電話など連絡する方法はいくらでもあるが、シータみたいな存在を知るとどうしても盗聴などの危険を想定してしまう。


 それに、電話で事情を話したところで事態が解決に向かうだろうか。


 (ともかく、少し休もう)


 何度も考えて考えて、同じところで行き詰ってしまう思考回路に休みを与えようと、ユキオは部屋を出て仮眠室へ向かった。





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