夜明けに薔薇を挿して往く(中)
先にこの戦場にやってきた『ビートル』が二機、ロケット砲を放ちながら向かってくるのが見えたが、弾速も遅く誘導しないロケット弾は『ホーネット』のレーザーに比べれば回避するのは容易い。『ビートル』がこちらを無視して病院の制御中枢を攻撃しに行かないようにライフルで牽制しながらルミナとイータは『ホーネット』が飛行していると思われる空域へ急いだ。
(見えた!)
暗闇を舞うオレンジ色の小さな光。『ホーネット』の動きに間違いない。再び赤い光点が灯りそれを感知したイータが『ファランクスSt』を跳躍させた。
チュゥイイイイイイイィィィ…。
耳障りな音と共に眩い閃光が『ファランクス』を赤く染めてその横を通過した。イータは既に回避タイミングを充分学習しているようだった。頼もしさを感じながらルミナはイータにもう少し接近するよう指示を出す。背後には『ビートル』が二機、火炎放射とロケット砲でルミナ機を追い立てていた。
(早く『ホーネット』を撃ち落さないと)
「警告、増援。『フライ』タイプ複数を感知」
「かまわず『ホーネット』を!」
焦りが視野を狭め判断を鈍らせる。ルミナは一番に撃破しなければいけない敵の選択は誤らなかったが、戦術については素人同然だった。
(捕まえた!)
狙撃スコープにそのレーザー銃口まではっきりと見えるほど接近したルミナは、レーザーの回避の為にジャンプした『ファランクスSt』にそのまま狙撃準備をさせた。自由落下中であっても狙撃が出来るよう練習していたのだ。
バゥッ!
銃口から轟音が鳴り、辺りを照らすほどのマズルフラッシュが散る。長い銃身を走り抜けた鋼鉄の塊が『ホーネット』の尾部を打ち砕く。文字通り針を失った蜂となった『ホーネット』はよろよろと落着した。これで長距離攻撃には悩まされずに済む、が。
(囲まれた…)
強引な前進をした引き換えに、『ファランクスSt』はすっかり敵に包囲されてしまっていた。『ビートル』二機に加え、増援で現れた『フライ』が八機。威嚇するように周囲を滞空している。
(…来る!)
相手が機械であり、またそれが仮想空間のものであってもその殺意をルミナは感じることが出来た。『フライ』の機体に備えられた小型レーザー銃が一斉にレーザーの雨を降らせてくる。
『St』が屈んでそれを潜り抜けるように走る。何発かが機体の上半身に黒い斑点を付けたが致命傷は免れたようだった。スコープを覗かずにルミナは目測で目の前の『フライ』を撃つが弾は全く見当違いの方向へ飛んでいった。
(やっぱり、この距離じゃ…)
しっかりスコープを覗き、ターゲットマーカーを使用しないとライフルは当てられない、しかしその為には充分な距離を取り気持ちを落ち着かせなければならない。新米スナイパーのルミナにはこの状況下で戦い、勝利する術を持ち合わせていなかった。
今射撃を外した目の前の『フライ』を、イータが自己判断で左腕で払いのける。退路を確保したその先にも、『ビートル』が二機回りこんでおり、その火炎放射器の奥に灼熱の炎をチラつかせた。ルミナは完全な敵の包囲網に敗北を認めその黒い瞳に涙を浮かべそうになった。
(お母さん!)
ルミナの脳裏に母の優しい笑顔が浮かぶ。瞼を閉じ、その瞼も火炎で熱く焼かれるような感覚を覚えた瞬間、二機の『ビートル』が横殴りの突風に煽られたように右手の方へ吹き飛んでいった。
(!?)
左方向を見る。オリーブグリーンの、巨大なシールドを構えた人型マシン。『ファランクス5E』が背後にバーニアの白い炎を煌々と輝かせ飛び込んできた。
「ルミナ、お待たせ、王子様の登場よ」
マヤが茶化すように、しかし立派に戦い抜いた妹を労わる優しい声でスピーカー越しに話しかける。同時に『ファランクス5E』が『St』の腰を、その勢いのまま抱え込み『フライ』の包囲網を中世の騎兵のごとく強行突破した。
「玖州君!」
ルミナがユキオの名を呼ぶ。自分でも驚くほどわだかまりの無い、信頼の置ける戦友への感謝が溢れる口調だった。
「奈々瀬さん!大丈夫?」
ユキオは最高速まで加速しつつで敵の包囲網からルミナを救出し、そのまま長距離を飛行するようにジャンプして狙撃しやすい防護壁まで『ファランクスSt』を運んだ。
「だ、大丈夫。ありがとう」
ルミナの声に元気が残っている事に安心し、ユキオがコクピットポッドで頷く。そして追いすがってきた三機の『フライ』に機体を向けた。左手のウェポンセレクターを回すと肩を激痛が襲う。非常ドアを破る代償に(結局ドアは歪み、蝶番を引き剥がしてしまった)ユキオの左肩は脱臼したか、ヒビが入ったかとにかく負傷してしまったのだ。瞬間の反応について来れない左腕を抱えたまま、ユキオは『ファランクス』で戦場に駆けつけていた。
セットしたスプレッドボムを投擲する。拡散した六つのブロックがさらに爆発を起こし、『フライ』を巻き込みながら漆黒の空に明るい花火を散らす。
「奈々瀬さん…俺は…」
「…?」
静かな、しかし真剣なユキオの言葉に、ルミナはスナイパーライフルを抱え直しながら黙って続きを待った。
「俺は…確かに自分に自信が無い…将来何になりたいとか、何がしたいとか決められない優柔不断な奴だけど…」
「そんな、玖州君、私…」
ユキオはルミナが割り込んで話そうとするのを、『ファランクス5E』の手を見せて遮った。
「いや、その通りなんだ。昔から何も自分で決められないし、自信を持ってうまく何かをやりきったことなんて何も無い…でも……」
しばしユキオが黙る。
静寂の闇の中、ゆっくりと近付いてくる二機の『ビートル』のバーニア炎が二人のポッドのメインモニターにちらつきはじめた。
「そんな俺でも……今は、守らせて欲しい。君の、お母さんも…、奈々瀬さんも…」
「玖州君…」
「前に出る。撃ちまくって!」
背中を見せ、『5E』が再び敵影に跳ぶ。ルミナも力強く頷きライフルを構えた。
(ありがとう、玖州君!)
信頼のおける仲間を前にルミナの気力と集中力は充実し胸が一杯になる、そのライフル弾は次々と『フライ』を葬った。さらに『ビートル』一機の外殻翼をその駆動部からえぐり、運動性を極端に失わせる。
「ナイス!」
機を逃さずユキオが飛び上がりその『ビートル』の火炎放射器を掴む。そのまま前屈するように『ファランクス』の上体を折りつつその勢いで『ビートル』を地面に投げつけた。金属がひしゃげるような甲高い音と、『ビートル』の重量のあるボディが落ちる重苦しい音が混じり合って響く。
ひっくり返った『ビートル』の下側、比較的装甲の薄い燃料タンクや弾薬ケースに向けて重ガトリングを撃ちこみその飛行兵器を爆発させた。
(もう一機……ぐっ!)
僚機を破壊され怒りでも覚えたのか、猛然と残る『ビートル』が『ファランクス』のタックルを仕掛けた。バランスを崩し機体が転倒するが、ユキオはそのスピードを活かし『ビートル』を『5E』の脚で上空へ蹴り上げる。
「奈々瀬さん!」
ユキオの声と正に同時、上空でバランスを取り戻そうともがく『ビートル』をライフル弾が銀色の尾を引いて貫通した。しばしその羽と四肢がデタラメに動き続けたが、やがてそれも止まり、そのメタリックグリーンのボディが力無く墜落する。
ユキオはルミナの射撃の成長ぶりに感動すら覚えた。単機で多数の『フライ』を撃墜しさらに『ホーネット』まで墜としている。間違いなく彼女の勤勉な努力が、その戦闘能力をレベルアップさせているのだ。
(俺みたいに、彼女はゲームとかで鍛えてるわけじゃないのに…)
「すごいよ、奈々瀬さん…」
「ううん、私は、こうやって安全な所から撃っているだけだもの、何も……玖州君、『フライ』が下がっていくみたい」
ルミナの言うとおり、レーダーを見ると残っていた敵機が退いて行く。しかしインフォパネルには戦闘状況終了のメッセージが表示されない。何よりユキオには、あたりに流れる不穏な気配が全身にまとわりついているのが感じられた。
「来る…」
「来るって…?」
ユキオが正面方向、先刻『ホーネット』が現れた方向の上を睨む。暗黒の空からやがて石灰色の何かが落下してくるのが望遠モニターに写った。間違いなく新手だろう
、しかし。
(で、でかい…!)
米粒ほどだったそれは留まることなく大きく、予想以上に巨大化しながら接近してきた。バレーボールどころか、まるで中華鍋の様な大きさまで広がりやがて…
「玖州君!」
ルミナも思わず悲鳴を上げる。その石灰色の巨体が遂に着陸をし、その振動がまるで先程の地震のように二人の『ファランクス』を揺らした。
「なんだ…?」
目の前にいたのは、巨大な皿のようなボディと、そこから延びる長大な三対の脚を持つ異形のマシンだった。高さはぱっと見ただけでも間違いなく『ファランクス』の五倍以上ある。その巨大な蟹や蜘蛛を思わせるシルエットにユキオとルミナは慄いた。コクピットポッドの中にマヤの甲高い声が響く。
「二人とも!そいつは『ロングレッグ』よ!絶対に無理をしないで!すぐ増援を回すから!」
「『ロングレッグ』!?」
(こいつが…!)
ユキオもルミナも話だけは聞いていた。三年前に初めて確認された超巨大なマイズアーミーの戦闘マシン。一機でアーミングトルーパーを10機以上簡単になぎ倒す凶悪な戦闘力を持ち、立ち向かう者はを壊滅寸前まで追い詰めるという悪夢のような兵器。今まで4件の出現しか確認されておらず、日本では今日この日までその姿をみる事は無かった、ウォールドウォー最大最強のモンスター。
ゆっくりと歩を進めてくる『ロングレッグ』。相対距離は1000を割ろうとしている。
しかし金縛りにあったようにユキオ達は動けなかった。その巨大な全身を覆う装甲のどこを攻撃すれば倒せるのかわからず、なによりその巨体が二人を圧倒していたのだ。
その横を追い抜かすように、複数のアーミング・トルーパーが『ロングレッグ』に突撃をかけた。AI操縦の『バリスタ』だ。通常は防衛任務の為に後方に配置するのがセオリーだが、マヤが攻撃を指示したのだろう。
一斉射。『バリスタ』の誇る対空ミサイルが次々と『ロングレッグ』の本体や脚部に直撃し火球となる。しかし『ロングレッグ』は20近い中型ミサイルを浴びてもよ
ろめくどころか微動だにしなかった。その上部にある二門の大型ビーム砲を放ちはじめる。『ファランクス』シリーズに近い装甲を持つはずの『バリスタ』が二機、紫に輝くビームにあっという間に貫かれ爆発、四散した。
「じょ、冗談…」
その光景に、無意識に現実逃避しそうになったユキオがぶんぶんと頭を振った。いや、呆けている場合ではない。このデカブツを何とかしないと…!
『ロングレッグ』の一番恐るべき武器はその『脚』だ。巨木のような鋼鉄の脚部が振り下ろされるだけで、一流企業の用意した強固な防御壁のプログラムが一瞬にして破壊され瓦礫と化す。接近されるのだけはなんとしても塞がなければならない。
「奈々瀬さん、あのビーム砲を潰して!」
「わ、わかった!玖州君は!?」
「足止めをする!」
無茶な!とルミナは思ったが他に手が無い。ユキオの技量を信じ、指示通りに猛威を振るうビーム砲台を狙う。
ユキオの目の前で残る『バリスタ』達が『ロングレッグ』の下に回りこみ反撃を開始した。足元ならば上部のビーム砲の死角になるからだ。しかし最大の凶器である巨大な『脚』と、下面に備え付けられた多数の対地小型レーザー砲台が次々と『バリスタ』を破壊してゆく。
(あのレーザー砲台を潰す!)
猛進。ユキオが『ロングレッグ』に接敵する頃には『バリスタ』はもう二機まで減らされていた。その二機もミサイルを撃ちつくし、腕や頭部を失って半死半生の状態に追いこまれている。
『ロングレッグ』は接近してきた『ファランクス5E』にもその牙を剥いた。対地レーザーが真夏の夕立のようにユキオの前に降り注ぐ。それらをかわし、あるいはシールドで防ぎつつ重ガトリング砲を目に付いた順に叩き込む。騒音と言ってもいい40ミリ口径の砲弾の発射音がコクピットポッドに鳴り響き続け、難聴になるのではないかと思うほどだった。一連の攻撃で七、八基の砲台を潰したはずだが、レーザーは一向に弱まった気配を見せない。
(とんだ化け物だぜ、こいつは!)
前に戦ったリザードなど、これに比べれば可愛げのある飼い犬のようなものだ。シューティングゲームでラストの巨大なボスと対峙した時の高揚感と緊張感が、ユキオの脳内に溢れ戦闘本能を剥き出しにする。そうでなければ恐怖で今頃逃げ出してしまっているかも知れない。ユキオは自分がゲーマーであって良かったと初めて思った。
「来るか…?」
遂に警戒していた『脚』での攻撃が遂に『ファランクス5E』に襲い掛かった。ゆっくりと振り上げられた、その名を示す薄汚れた白い脚部が、恐るべき槍となって真下に落下する。
(速い!)
『脚』での攻撃はユキオの予想を遥かに超えた速度だった。余裕を持っていたはずがギリギリでしか回避できず、全身の汗腺から汗が吹き出る。優に『ファランクス』の全高に近い長さが地面に深々と突き刺さっていた。
その『脚』が地響きと共にズッ、と引き抜かれる。と、すぐさま別の『脚』が再びユキオ目掛けて振り下ろされた。ユキオは急いでグリップとペダルを繰りアクション俳優が地面を転がる要領で『ファランクス』に回避をさせた。伏せた機体の脇腹部の真横を『脚』が容赦無く穿つ。
ユキオは恐怖で手足や太腿が震え始めたが、更にまた別の『脚』が振り下ろされようとしてるのを見て、絶叫に近い悲鳴を上げながら加減無しにペダルを全力で踏み込む。『ファランクス5E』の背面バーニアが膨大な推進剤を溢れさせ、不自然な姿勢でその機体を空中へ跳ね上げた。
(ダメだ!)
『脚』の攻撃範囲内から逃げ切れていない。ユキオは痛む左肩に無理に力を入れ、シールドを正面に回した。
ズギャアァッ!
聞いたことも無い不快な金属音を響かせ、『脚』がシールドを削りながら地面を貫いた。空中で攻撃を受けた為、弾かれてバランスを崩しながら着陸したユキオは、愛用のシールドを見て絶句した。
今まで数々の攻撃を弾いてきた堅牢を誇る盾は、縦一文字に装甲を引き裂かれ真っ二つ寸前の無残な姿を晒している。インフォパネルはシールドの耐久値が無くなった事を示すアラートを鳴らし始めたが、その現実を受け止めるのにユキオは数秒の時間を必要とした。
(な、なんなんだよ…!)
ユキオは『ファランクス』を立ち上がらせ、苦渋の決断でスクラップになったシールドを投げ捨てた。この凶悪な攻撃力を誇る敵を前に、防御の大半を担うシールドを捨てるのは本能的に躊躇われたが、この残骸を持っていても全く役に立たないのは明白だ。ユキオはシールドの事を忘れ精神的ショックを振り払おうとした。
「せめて、『脚』の一本でも…!」
転倒しないまでも、脚の一本を失えばバランス崩す事は出来るだろう。攻撃も不自由になるはずだ。ウェポンセレクター、温存していた最大火器、ハイボマーグレネードを用意して先程シールドをえぐった『脚』の膝部分、大型間接部へジャンプする。
「くらえ!」
装甲の薄い関節を、グレネードの爆風と高熱が包み込む。さすがの『ロングレッグ』もその爆発に巨体を揺らがせた。長大な『脚』が姿勢を保つ為何度も蠢く。
(やっては……ないか!)
グレネードの直撃を受けた間接は真っ黒に焦げ装甲を失ったものの、その機能は失っていないようだった。予想はしていたが、その頑丈さに舌打ちをする。
「奈々瀬さん!ここの間接を!」
「りょ、了解!」
上部ビーム砲を沈黙させたルミナが、リロードをして黒く変色した間接部を狙撃する。必殺の弾丸が命中するが、その弾は火花を散らせながら弾かれ貫通しなかった。『フライ』や『スタッグ』とはまるで強度が違う。
「か、硬い!」
「撃ち続けるんだ!」
ダメージを与えられるグレネードはもう一つも無い。レーザー攻撃をバーニアで回避しながら、重ガトリングと右腕のビームガンでユキオもまた膝関節を攻撃し続ける。少しずつ間接が歪みその動きがぎこちなくなるが破壊には至らず、ユキオの集中力を焦りが侵食していった。
やがてレーザーが少しずつ『5E』のボディを捉え始める。四発、五発と直撃を受け、その一つが右脚部バーニアを損傷させたせいで『ファランクス』はもんどりうって転がった。
「うわぁっ!」
「玖州君!」
転倒の衝撃が脳内にフィードバックされる。ユキオは揺さぶられた三半規管に無理をさせて『ファランクス5E』を立ち上がらせた。疲労と左肩の痛みでフラフラとしながら上空を見やると、『ロングレッグ』の本体下面に備えられた小型レーザーの砲門が一斉に赤く灯るのが目に入りユキオは覚悟を決めた。
(ここまでか…)