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エンカウント・クローバー

  一 エンカウント・クローバー



 玖州ユキオは自分の汗ばんだ手が操作グリップレバーから滑り落ちないようグッと握りなおした。


 こういう時汗かき体質が疎ましい。


 疎ましいのは体質だけではない、ブサイクな親父とそれにお似合いの母親の遺伝子のハイブリッドである事を何よりも証明する、冴えない潰れたおにぎりのような自分の顔(これは近所のコンビニで女子高生に言われた言葉で、ユキオは怒る前になかなか上手い喩えを言うなと感心してしまった)、短い脚、ち

ょっと太目の腹、体の全てが疎ましい。


 しかし、十六年も付き合っていれば、諦めも付いてしまっていた。自分は一生この非モテ体型と付き合っていくしかない。そもそも今はそんな今更な悩みに溜息をついている場合ではなかった。モニター越しに迫ってくる、異形の機械の群れに対処しなければならない。


 微妙な操作に従順に動くマーカーをその虫のような機械兵器に合わせ、トリガーを引く。

 軽い反動。発光と共に灼熱の弾丸が発射され機械は無残に砕け散り、その後輝く砂粒のような粒子となって霧散する。ユキオは自分の操るウォールド・アーミングトルーパー『ファランクス5E』の代名詞とも言える巨大シールド『ヴァルナ』をがっしりと正面に構え、脚部バーニアを吹かして次の目標へ接近しながら右肩の重ガトリングを唸らせてゆく。


 撃ちもらした敵機が、細いレーザー弾をめいめいに撃ち返してきた。がそれらは重厚なシールドにもろくも弾かれ、または『ファランクス5E』の横をかすめてゆく。初出撃の時は恐ろしく思えた敵の攻撃も、今では快感をもよおすスリルとなってユキオのアドレナリンを分泌する。


 ネットワーク上に構築された仮想の電脳都市。きらびやかなビルの間を縫って飛んでくる、『フライ』と呼称される甲虫のようなシルエットを持つ飛行機械が次々とユキオの放つ重ガトリングガンの餌食となって散っていった。三十ほどいたその数ももう半分以上減らしたはずだ。これで<攻撃対象>の悠南市の情報センターは防衛できるはずだ…他の二人が上手くやってくれていれば。


 ユキオは『ファランクス5E』をジャンプさせ横目で共に戦線を支えている仲間の方を上空から見やった。視線の先に対ウイルスプログラムを可視化している巨大な防護壁の向こうで大きな衝撃音と共にその内の一人、マサハルの『ファランクス2B』が転倒するのが見えた。


 (いくら『スタッグ』が相手だからって、そっちは二人がかりだろうによ!)


 イラついて目の前の残った『フライ』の群れに電磁スモッグボムをぶつける。目くらましをかけてから僚機の方へ再度ジャンプをした。

 すぐに『フライ』より格段にでかい、頭部に一対のツノを備えた人型の戦闘マシーン『スタッグ』と、ユキオの『ファランクス5E』より派手な形状とカラーリングの『ファランクスAs』が対峙しているのが視界に入ってくる。


 「!」


 『スタッグ』が『ファランクスAs』をタックルでよろめかせ、その頭部の凶悪に巨大なツノを振り上げる。あの一撃を受ければ『ファランクス』とは言えタダでは済まない。


 (ガトリングは、ダメか!)


 二機の距離が近すぎる。味方を誤射する危険があると瞬時に判断したユキオが左手のグリップ、ウェポンセレクターを親指で素早く回す。『ファランクス5E』が腰の後ろに装着されていた六角柱状のボックスを一つ取り外し、握り込んだ。


 「マサハル!左手カバー頼む!」


 「あ…ああ、わかった!」


 機体のバランスを立て直したマサハルに、自分の抜けたエリアへのカバーを任せてユキオは素早『As』にツノを振り下ろす『スタッグ』の頭部に、そのボックス、インパクトグレネードを投擲させた。ヒットと同時にグレネードは爆発し、至近距離で発生した激しい衝撃波を浴びて『スタッグ』が後方へ吹き飛んでゆく。


 「サンキュー、ユキオ」


 ユキオの援護でできたスキに、立ち上がり戦闘態勢を取り直した『As』を操るカズマがぶっきらぼうに礼を言う。ユキオもその物言いに別に苛立ちもしなかった。カズマと自分は親しくなれるような関係では

ない。


 『As』が右手のライフルを投げ捨てた。バックラーから眩いライトブルーの閃光を放ちながらレーザーブレードが引き抜かれる。漆黒の電脳都市を煌々と照らす光の剣を構え、カズマの『ファランクスAs』が気合と共に『スタッグ』に突撃した。


 「くたばりな!」


 インパクトグレネードのダメージが抜け切らず、よろめいている『スタッグ』の腹部に幅広のレーザーの刃が深く突き刺さる。

ガクガクと身悶える機体を包むようにスパークが走り、『スタッグ』は派手な爆音と炎を上げて散っていった。


 「よし!」


 レーダーを見ると残った『フライ』もマサハルの攻撃に撤退して行った様で、敵機影は見当たらなかった。インフォメーションモニタに<戦闘状況終了>の文字が表示される。

 オペレーターからの「お疲れ様」というねぎらいの言葉を聞きながら、暗くなってゆくコクピットポッドの中でユキオは目を閉じながらふうーっ、と息を吐いた。




 ウォールドウォー。


 二十一世紀を迎えてなお戦争・紛争の続く人類社会に対し、孤高の科学者と呼ばれたドクターマイズが提唱した、『現代の武力衝突を崩壊させる新たな戦争』。


 ドクターマイズは唐突に全世界に対し、武力を行使し一般人を巻き込む愚かな破壊と殺戮を滅ぼすと宣言した。その次の瞬間には戦車、戦闘機、ミサイルなどコンピューターを搭載する近代兵器が全て使用不能となった。さらに世界中の兵器工場が稼動不能に陥り、一日にして全ての兵器がただの鉄屑になるという驚くべき事態が発生した。


 ドクターマイズはこの事態を全て自分が策謀したものというメッセージを発信。ネットワークを介して自作のウィルスを世界中の兵器に侵入させたと説明した。個人での所業とはとても考えられないが、天才と名高いマイズが画面の向こうより高らかに宣言するのを見れば、納得せざるを得ない人々も多々いた。


 自国の防衛力が奪われ唖然とする各国首脳や軍事関係者に対し、ドクターマイズは更にこう続けた。


 「これより各国に対し、ネットワークを介して攻撃を仕掛ける。対象は発電所、貯水場などのライフライン、政治、マスコミ関係。消防署、病院などである。これは私からの全世界への宣戦布告である。各国は互いに争いを止めこれから私が与える技術、情報を駆使し、私の侵攻を防ぐが良い」


 一方的な宣戦布告と共に、ドクターマイズより全ての国に彼が用意した<戦争>の内容と<兵器>が届けられた。


 曰く、<戦争>はネットワーク上でのみ行われる。ドクターマイズが放つコンピューター・ウイルスが攻撃目標の防御を破りシステムを破壊する事で目標の機能は使用できなくなる(仮にTV局が攻撃された場合、全ての通信機能、放送機能が使用不可になり、ウィルスに汚染されていない全く新しいシステムを構築しない限り各家庭への放送ができなくなってしまう)。


 これに対し各国はウォールド・アーミングトレーサー・システム(WATS)と呼ばれるプログラムをリアルタイムで操作し、このウィルスを破壊して攻撃目標を守る。


 これが、ドクターマイズがたった一人で全世界を敵に回したウォールドウォーの内容である。


 当然、各国は兵器に仕掛けられた封印ウィルスの解除に躍起になったが、毎日のように上書きされるプログラムの前に最先端の解析チームも攻略を断念。さらに予想以上のスピードで各ライフラインのネットワークに攻撃が始まり、その防衛体制を整え昼夜を問わず<戦争>を行わなければならない日々が続き、やがて各国はドクターマイズの思惑通り人々はやがて兵器を捨てていった。かくして兵器によって死ぬ人間はいなくなったが、だからといって平和であると言えるほど平穏な状態でもない、新たな日常が幕を開けた。


これが、約五年前の出来事である。



 

 コクピットポッドから出てきたユキオ達にキャアーという黄色い歓声が浴びせられた。


 否、正確にはその内八割がイケメンのカズマに向けられた物で残りの二割はそこそこイケメンのマサハルへの物だった。

 カズマが爽やかな笑顔を、コクピットルームの外のファンの女子高生達に向ける。マサハルも嬉しそうに手を上げた。カズマがコクピットルームを出ると、ユキオ達の戦闘を(正確にはカズマとマサハルの活躍を)応援していた女子高生達がワッとそのスマートな長身に群がってゆく。


 「オツカレサマ!」「カッコよかったぁ!」「いつも私達を守ってくれてありがとう!」「汗かいてない?ハイ、タオル」「あーんアタシもタオル持ってきたの!」


 もはや騒音とも呼べるような盛大なデジベルの嵐を引き連れてカズマとマサハルはコクピットルームの入り口からゲストルームの方へ歩き出した。今日も応援ありがとうなとか言いながら、受け取ったタオルで汗を拭く。


 ユキオはそのいつもの様子にウンザリしながらゲストルームとは別の扉、メンテナンスルームに繋がるドアへ歩き出した。どうせあいつ等はこれからファミレスとかで楽しく騒ぐんだろう、ダベってないでさっさと行っちまえよと思いながら。そんなユキオの背中に女子高生の一人が口を開いた。


「ちょっとアンタぁ、アンタがザコ相手にちんたらやってるからカズマ達が危なかったじゃないのよ!」


その一言に吊られて他の女子達もユキオの背中に文句を投げつけてくる。


 「そうよそうよ」「もっと早く動きなさいよ」「ちゃんと練習してんの?」


 「おいおい」


 さすがにユキオがイラっとし始めたところでカズマが女子達を鎮める。


 「アイツだって一生懸命がんばってるんだ、やめてやってくれよ」


 その一言でユキオに心無い言葉のナイフを投げまくっていたファンが一転、カズマの方を向いて瞳をとろけさせる。


 「やーん、カズマ優しいー!」「カズマがそう言うならー」「うんうん」


 やってられっか、とユキオはカズマ達の方を一瞥もせずにメンテナンスルームの中に入った。




 バタン、っと扉を閉めるとユキオの全身を静寂が包みようやく安堵の溜息をつく。


 コーヒーメーカーのカフェオレのボタンを押して、無人のメンテルームの端の席にドスンとデカい尻を下ろした。


 (何が練習してんの?だ。あのバカ女どもが)


 いつもの出来事だが、さすがに今日の一言にはキレかけた。『スタッグ』は確かに装甲と破壊力に長ける強敵だが、『ファランクス』ならタイマンで一方的に負けることは無いはずだ。

 二人がかりで『スタッグ』に向かってるアイツらと一人で三十機の『フライ』を足止めしている自分とどっちが大変かわかって無いくせに偉そうな事言いやがって。


 ブルブルとかぶりを振ってカフェオレを一気飲みする。


 忘れよう、いつものことだ。イライラしていたら作業をミスってしまう。


 メンテ用の端末を起動して、今出撃した三機の『ファランクス』のデータにアクセスする。ウォールド・ウォーで使用される戦闘兵器、アーミングトルーパーはデジタルデータではあるが、戦闘で受けたダメージは継続して保存されてしまう面倒なシステムだった。


 しかもボタン一つで新品に戻るわけではなく、損傷箇所のプログラムを目で確認し、手入力で新しい装甲やパーツのプログラムを差し替えていかなければならない。実際の兵器と同じように戦闘の度にメンテナンスを行う必要があるという厄介な仕様の為、パイロットであるユキオ達トレーサーが無駄な被弾を避けないと、後で修理作業が大変なことになってしまう。


 普段ならこの<センチュリオン>(警視庁管轄、日本最大の対ウォールド・ウォー防衛戦闘組織)悠南支部には、常駐の戦闘班、イーグルチームと専属のメンテナンススタッフがいるのだが、今はシフトの交代や研修が被ってしまって、二十分ほど誰もいない状態になるとユキオは聞いていた。その時間帯を知ってか知らずかドクターマイズの軍勢、通称マイズアーミーに強襲されたのだ。


 (いや、情報が漏れていたんだろう、戦争だもんな)


 ユキオ自身、時々出来のいいコンピューターゲームをやっている気分になってしまうが、紛れも無くウォールドウォーは戦争そのものだった。今回防衛した情報センターのプログラムがもし守りきれてなかったら、市役所の戸籍や行政データはもちろん、市内の警察や消防の情報バンクがダメージを受けるやも知れなかった。下手をすればこのアーミング・トルーパーのメンテナンスシステムもただではすまなかったかもしれない。


 だからこそ、CPUがオートで操縦する防衛トルーパーの『バリスタ』を使用せずユキオ達学生で構

成される支援班、パンサーチームが召集されたのだ。


 もう10分もすればイーグルチームも来るはずだし、マイズアーミーの襲撃を防ぎきればしばらくは次の攻撃まで時間があるはずだが、ユキオは一応の装甲の交換と弾薬の補充を済ませる事にした。海外では連続してドクターマイズの攻撃を受けサーバーが破壊されてしまった一流大学があったらしい。その大学は独自に優秀なスタッフを集めその防衛力は鉄壁とまで言われていたが、第二波の強襲を予想していなかったため、突破を許してしまったという。


 心配性な性分もあるが、面倒だからといって後で後悔するのがユキオは嫌だった。三機とも見た所関節や主要フレームにダメージは無いらしい。比較的簡単な部分から、壊れた装甲のプログラムを排除し、新しいデータを差し替えてゆく。一台では作業がもたつくので、一つ横の端末を立ち上げマサハル機のデータをそちらに移した。射撃武器メインのマサハル機は弾薬の消費が激しく、その再装填に時間がかかるからだ。


 (やられるよりいいけどさ)


 相変わらずマサハルは弾の無駄撃ちが多いようだ。ミサイル一発にしてもメンテスタッフがいちいちプログラムを立ち上げて、バグチェックをして予備ストックしているのだ。

 そういうことをヤツはもう少し頭に入れておけよな…とぶつくさ独り言を言いながらリロード作業を進めていると、メンテナンスルームの窓、外の通路からの視線に気がついた。


 (?)


 顔を向けると、同世代くらいの女子がこちらを見ているのに気が付いた。照明を弾いて輝く長いストレートの黒髪が印象的で、シックな黒いカーディガンを着ている。対照的な白い肌も美しく、目つきは野生動物のようで凛々しい。

 美少女と言っていい整った小顔。知的でいかにも委員長なんかをしていそうな雰囲気が漂っていた。


 (なんか、ユリみたいな、そうだな、リーガルリリーみたいな雰囲気の子だな)


 その美貌と視線に一瞬ドキッとしながら、ユキオは趣味の園芸の知識でその女子をそう喩えた。ユキオが視線を返した直後、その少女は誰かに呼ばれたように横を向きスタスタと歩いていってしまった。どうせカズマの取り巻きの女子の一人だろう、とユキオは作業に戻ることにした。


 「どうせ俺に興味があったワケじゃないだろうしさ」


 暗い自嘲の言葉とキーを打つ音がメンテナンスルームの乾いた空気の中に消えていった。



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