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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第一章 厄が来ませんように《ノック・オン・ウッド》
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無名の戦士《ザ・アンノウン》

「ん。どういうこと?」


 クレアは緊張を顔に張り付けたまま、訊ねてくる。


「目の前の玄人、我らがギーツェンくんじゃないかも」

「おい。ギーツェンじゃねえなら、誰なんだよ、こいつ」

「……名もなき男(ジョン・ドゥ)か、もしくは名もなき女(ジェーン・ドゥ)ってところかしらね」


 名もなき、か。

「雑草」という名前の草がないように、「無名の戦士(ザ・アンノウン)」というのもまた存在しないとボクは思う。

 それは単に、撃つ側のボクらがその名前を、呼び名を知らないだけだ。

 実際のところ、誰かから名前を授かっているはずなんだ。


 名もなき、ではなくて、知られざる(アンノウン)兵士だ。


 知ってしまえば、自分となんら変わりのない人の生を奪うことに他ならない。

 だから、「無名の戦士(ザ・アンノウン)」という概念上の存在に追いやって、殺しやすくする。


 ボク達が傷つかないように。


 そして、ボクらもまた、誰かに「名もなき女(ジェーン・ドゥ)」として殺されていくんだろう。

 エリンの連射が、赤いヴォーリャを捉えた。

 鋭い火線は手に保持していたアサルトライフルを、一瞬で鉄屑に変える。

 赤く塗られたヴォーリャはすぐにガラクタになった武器を捨てると、腰部にマウントされていたナイフを引き抜く。


「粘るねぇ」


 赤い機体はスラスターを吹かすと間合いを詰めてくる。

 もっとも、ボク達はそれ以上にペダルを踏み込んで、適度な距離を取りながら銃撃を加えていく。

 せっかく、相手の武器がナイフだけになったのに、さっきのキャロライナみたいに白兵戦をわざわざ挑んでやる義理はないのだ。

 FHとは思えない、軽快なステップを踏んで銃弾や砲弾の類を避ける赤のヴォーリャ。

 だけど、ボク達は焦らず、アサルトライフルを発砲していく。

 射線で相手の行動を制限し、その動きを徐々に封じ込めていく。

 釘付けにされたヴォーリャは避けることしかできないし、ついには避けることすらままならなくなる。

 命運は尽きたようだ。

 次第に装甲を抉られていき、目に見えて機体の動きに支障が生じ始める。

 展示機のように磨き上げられていた機体は、そのうち古ぼけていき、見るも無残に朽ちていく。

 なんだか、詰将棋(チェス・プロブレム)をやっているみたいだ。


「さ、諸君。そろそろ仕上げに入ろう」


 自害でもされちゃ目覚めが悪い。

 ボクの声に応えて、キャロライナ機が宙を軽やかに舞う。

 グロリアは脚力や推力が大きい割に、機体が非常に軽量なので、他のFHには真似するこができない、人間の動きにも似た大胆な動きができる。

 さっきまで散々築いてきた間合いを、今はあっという間に詰めていく。


「喰らいなあっ!」


 怒声と共に、鉄拳が炸裂する。

 構造上可動部が多くて壊れやすいマニピュレーターを守るように、掌の付け根辺りの装甲がせり上がる。

 まるでボクサーのグローブのようになった腕が、前屈みになり今にも擱座しそうな機体の背を弾ませた。

 ボディブローが効いたのか。

 身体を小刻みに震わせているのは、キャロライナが殴った時にその手から電流を放出したからだ。

 そう聞くと、まるでスタンガンみたいだけど、電子機器の回路を焼き切っている訳だから、あんまりいい気がしない。


「もう一発ぅ!」

「……いや、もういいよ」


 あんまりやられると、せっかく機体を鹵獲しても「収穫」がなくなってしまう。

 そもそも、さっきの一発だけでも機体に蓄えられていた電子データが全部まるっと吹っ飛んでしまったのかと思うと、世にも空恐ろしいというのに、だ。


「じゃあ、こいつの経絡秘孔(けいらくひこう)を突いて、ご開帳と行くか」


 言うが早いか、キャロライナの機体の指が、スラスターの付け根辺りに隠れた強制排出機構を突く。

 バコンという音がして装甲が跳ね上がり、ハッチが自動的に開いていく。

 コックピット回りの一部のシステムは、電子機器がたとえ「死んで」いても、つつがなく行われる。

 電力供給の不良の度に、閉じ込められてしまっては堪らないからだ。

 気が急いているのか、開き始めた装甲に手をかけると、無理矢理引き剥がすキャロライナ。

 せっかくの機体をわざわざ傷付けるようなことをする辺り、本当に彼女は思慮分別に欠けているとしか言いようがない。


「おっ、こいつは……っ!?」


 コックピットからよろよろと這い出して、両手を天に掲げた操縦手(パイロット)

 その姿を見て、ボクとキャロライナは互いになんとも言語化し難い変な言葉を発す。

 それは、どちらかというと呻き声に近い。


「なあ、グレゴール・G・ギーツェンってのは確か……」

「うん、絶対この子じゃないね」


 背格好に合っていないぶかぶかの、薄汚れたTシャツを着た女の子。

 ディスプレイに映し出された現実を見て、ボクは言った。

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