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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第四章 かくてこの世の栄光は
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問題発生《シチュエーション》

 恵澄美とヒギンズが武装した人物と対峙している間。

 ボクは乗り捨てられたステルス可変FHにぎりぎりまで近づくと、乗り込む機会をずっと窺っていた。

 そのタイミングは、恵澄美を捕縛する直前。

 そして、ヒギンズが現れる時に限られるだろう。

 ついに、その機会がやって来る。

 二機のFHがヒギンズたちの行動に気付き、注意を逸らした瞬間、ボクはコックピットに飛び込むとハッチを閉める。

 機体が待機状態なのも、武器使用と発砲許可にID認証が求められることは想定済みだ。

 ボクは今、耐Gスーツを着ていないから、身体を襲う衝撃は気合と根性、そして我慢で乗り切らなくてはならない。

 フットペダルを踏み込むと、名前の知らないステルス可変FHが軽やかに浮き上がる。

 そして、生身の人間に高エネルギーレーザー《HEL》をぶっ放そうとする不届き者に手痛い体当たりを食らわした。

 その瞬間、発射態勢に入った腕を、スタンクローを構えたFHに向けるのも忘れない。

 青白いレーザーが迸り、ステルス可変FHの艶消しの黒の装甲を溶かし、肩から片腕を丸ごともぎ取る。

 僥倖だった。

 牽制できればいいという認識だったボクはその結果に満足すると、関節部分を稼働しない方向へ乱暴にひん曲げた。金属と金属が擦れ合う音がして、腕が垂れ下がる。

 コックピットに警告音(アラート)が鳴り響く。

 見ると、空飛ぶエイ(フライング・マンタ)がステルス外装を装備したFHを射出したことがディスプレイに表示されている。情報軍(インフォメーションズ)か、民間軍事請負会社(PMSCs)のFHだろう。

 早くこいつを料理して、敵味方識別装置(IFF)を設定し直さないと、ボクが後から駆けつけてくれるであろう友軍や仲間たちに狩られてしまう。

 ボクは今、目の前の敵と、「時間」という目に見えない敵との戦いを強いられている。

 ボクは、何度も何度もクローを相手に向かって繰り出した。

 戦闘用のステータスになっていないから、ボクが奪取した機体にはもう不具合が生じ始める。

 そういう意味では劣勢だ。

 少なくとも、敵の二機のシステムは戦闘モードのはずだ。十分すぎる訓練と、実戦経験があるに違いない。対するボクは、初めて乗る機体をぶっつけ本番で扱わなくちゃいけない。

 くわえて、ボクの方は、IDをハッキングすることも、武器洗浄(ガン・ロンダリング)することもできないので、武器の類は一切使用不能だ。

 ただ、不幸中の幸いなのは敵味方識別装置(IFF)を設定し直さないと、相手だってボクを撃てない。スタンクローも高エネルギーレーザー《HEL》も、その他の兵装も全部、同士討ちを防ぐために、引き金を引いても攻撃できない。

 何故なら、ボクは彼らの仲間の機体を奪って乗っているからだ。つまり、熾烈な格闘戦になるということ。

 そして、それはボクの得意分野だった。

 二機が同時に迫る。

 ボクは連携攻撃を予想して、大きく避けるのではなく、クローとクローの間を掠めるようにしてかわすと、最低限の動きで攻撃に転じる。

 先ほど壊した関節部分を狙って、腕を切り飛ばし、フォローに入ろうとするもう一機に蹴りをお見舞いする。

 相手は、敵味方識別装置(IFF)の再設定をする余裕がないことを悟ったみたいだ。そして、相手も黙っちゃいない。

 正確無比な攻撃が迫り、機体の頭部から生えた角のようなブレードセンサーを切り取っていく。

 咄嗟の判断を誤っていれば、顔面にクローの刃がめり込むところだった。

 その間に、背後を取ったもう一機の刃先が襲う。避けられない。

 ボクは迷わず、自身のクローで受け止める。

 だけど、鍔迫り合いをするつもりはない。もう一機に無防備な背中を晒すことになるからだ。

 ボクは機体を大きく沈み込ませると、クローをコックピットブロックへ叩き込んだ。

 一瞬の出来事で、それは隙と表現するのは憚られるものだっただろう。

 だが、それが生死を分けた。

 ボクはすぐに機体をその場で反転させ、最後の一機に向けて、今し方操縦手(パイロット)を殺めた機体を乱暴に投げ飛ばす。

 さすがにボクが機体を放り投げるとは思っていなかったみたいで、正面衝突していた。

 ボクはすぐにスラスターを全開にして距離を詰め、勝負を決める決定的な一撃を放とうとした。

 だけど、突然視界に被さる警告表示が攻撃する絶好の機会を奪う。

 機体が悲鳴を上げていた。

 システムが待機モードのまま、激しい戦闘を繰り広げていたから、機体のあちこちで問題が発生していた。

 このままでは、いつ不具合で戦闘不能になるかわからない。

 問題発生(シチュエーション)で泣きたいのはこっちだ。

 片手を操縦桿から放し、一部のシステムを強制的にシャットダウンする。

 その刹那に、敵が態勢を立て直していた。

 最悪だ。千載一遇のチャンスだったのに。

 だけど、今自分の手にあるカードで戦うしかない。たとえ、切り札がなくても。泣き言なんて言ってる暇はない。

 装甲切断ナイフを四枚備え付けられたクローが、目にも止まらぬ早さで飛んでくる。

 相手もまた、自身の能力を極限まで引き出しているかのような、猛攻。

 今まで、こんなに手強い敵と戦ったことがはたしてあっただろうか。

 場違いな興奮すら覚える、惚れ惚れするような攻撃。ボクもまた精神を昂ぶらせる。身体中を駆け巡る血液が沸騰してしまいそうだ。

 死ぬかも。

 ミスどころか、最善の判断を下し続けなければ勝てない。

 相手のクローが右肩の装甲を削り、胸部の装甲を掠めていく。

 それでも衝撃はしっかりと伝わり、目の前に広がるディスプレイには稲妻状の亀裂が走っていく。ディスプレイを覆う極薄ガラスパネルが剥離する。

 画面を埋め尽くす黄色や赤の表示が増えていくが、ウィンドウを強制終了する暇なんてない。手を左右の操縦桿から少しでも放したら、手痛い攻撃に晒されて、そこで終わりだ。

 腰から伸びる補助翼が綺麗に切り落とされ、脚部を覆う強固な装甲もクローが豪快に溶断していくのを必死に避け、被害を最小限に留める。

 思わず、笑ってしまう。

 口の端から、涎がすうっと垂れたのがわかる。

 ボクは唸り声を上げていた。

 生と死を分かつ、決定的なまでの一瞬だ。

 ボクが今まで戦場で磨き上げてきた、渾身の一撃をお見舞いする。

 両手のクローが何度も何度も敵の機体に叩き込まれていき、刃を抜く度に火花を周囲に散らしていく。

 それは、まるで傷口から吹き上げる血のようだ。

 決定的な一撃だった。

 勝利がすぐそこで輝いているような、そんな気がした。

 ボクは迷わなかった。

 スロットルを限界まで倒して、機体を急加速させる。

 一気に懐に飛びついて、衝突の間際、両手の刃を相手の胸へと突き出していた。

 手首をぐりぐりと回転させて、コックピットブロックごと捻り潰す。

 身体中の毛穴が開いて、そこから空気が抜けていくような、そんな感覚が脳裏に過った。

 いくつもの警告音が鳴り響く。

 ステルス外装を脱ぎ捨てたグロリアが、ボクの機体へ銃を向けている。

 レーザー測量が行われたことを告げる、警告表示。

 敵味方識別装置(IFF)を再設定する時間的猶予はもはや残されていない。

 ボクは反射的に、強制脱出装置のレバーを引いていた。

 適正な姿勢に矯正するために、シートベルトが全身に食い込む。背面の装甲が吹き飛ばされ、次に座席がロケットモーターで機外に排出される。一五から最大二〇Gの衝撃がボクの体躯を襲う。

 一気に空へと弾き飛ばされたボクは、天を仰いだ。


 さながらに(あららぎ)ゆ彼は万碧(おおぞら)に昇らんことを()めて、その首を折りたり、余りに高くこう翔せし故に。


 ブリテンの第一〇代目の伝説の王、ブレイダッドみたいに首を折らなければいいけれど。

 でも、倒すべき敵は倒したのだから、あとはどうでもいいような、そんな気もしていた。

 身体の奥から湧いてくる達成感が、緊張で硬直した身体を溶かしていくみたい。

 ボクはその心地良い感覚に酔う。

 青い空が広がっていて、目の前にあるのは、アドリア海の青い海だった。

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