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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第四章 かくてこの世の栄光は
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仮初めの平和

 八台の車列(コンボイ)がキャンプ・ポロロッカのなかに作られた街を走る。

 ボクらを除いた七台の車列は憲兵(MP)のもので、彼らの任務は安全確保と、空軍基地近郊のパトロールだ。部隊は二〇名ほどで編成され、三つのチームに分かれている。その最小単位はリーダー、射撃手、運転手の三人だ。

 彼らは一日に一六時間も車を走らせ、三日働き、二日休む、という生活をひたすら続けている。


「この前の人達じゃないんだね」

「なんせ、この前の連中は鑑識や捜査官だからな。今日のこの頼もしい彼らは、司令部に掛け合って、集まってもらったのさ」


 窓ガラスから見える町並みは、とてもじゃないけれど混沌の渦に叩き込まれたスフェールの地には思えない。路肩爆弾や狙撃といった待ち伏せの心配をせずに、アメリカと同じ気分で走れる道はこの半島のどこを探しても、恐らくここしかないだろう。

 もっとも、戦車止めや検問所、それに九カ所ある監視塔が取り巻く様に作られ、厳重な警備網が敷かれている事実に目を瞑れば、という話だけど。結局のところ、キャンプ・ポロロッカに漂っているこの平和は仮初めでしかない。

 雲一つない青空が広がっていた。地平線も青い。アドリア海だ。頭上へ昇った太陽の輝きを受けて、輝いている。そこだけを切り取れば、ここが戦場だなんて信じられないな、なんて思った。それだけ穏やかに見えた。


「……わたしは、驚いてる」


 不意に、恵澄美が言った。


「何にだ?」

「九十九が着いてくるだなんて、思わなかったから」


 そう言うと、恵澄美は目を細めた。可愛い、と形容するよりも、美しいと表現するのが相応しい、そんな笑みだった。その美しさにボクは息を飲んでいた。いや、息が詰まると表現した方が近いのかもしれない。


「無理言って、ごめんね」

「別に、気にしないで。……わたしも、嬉しい」


 その言葉に、ボクは自然と笑みを溢していた。

 恵澄美らしからぬ、率直な物言いだなと思ったからだったし、単にボクが慣れていないから、でもある。アメリカではお世辞も日常茶飯事だし、かなり複雑だからいい加減慣れなくちゃいけないんだけど。

 ボクは笑いながらも、隣でハンドルを握るヒギンズの動きを、さり気なく見守る。決して、ヒギンズ自身には悟られないように。だけど、あまり意識をしなさ過ぎて、不意を突かれないように。

 ぎりぎりの神経を保つ。集中しつつも、集中し過ぎないように。落ち着いて急げ、というようなものだけど恐らく今、それに似たものが求められている。相反する命題をいかに両立させるか。

 意識が視線をヒギンズから離れさせる。対向車線から、大型トラックが群れを成してやって来るのが見えた。PMSCsの武装した日本車のピックアップ・トラック――戦闘車両(テクニカル)が、群れを先導している。


「国連難民高等弁務官事務(UNHCR)所の車列だな」


 UNHCRは事務総長から、スフェールにおける緊急人道支援の統率・主導機関リード・エージェンシーとして任命され、ほぼ大半の人道援助物資の物流業務の調整を行っている。


「国連機関、国際機関、国際NGOなどの人道援助機関が紛争地で活動する場合、現地政府や紛争当事者との交渉、活動許可、登録などの業務は、各組織が当事者と個別に行う場合もあるけれど、スフェールでは、主導機関であるUNHCRがそれ以外の人道支援機関を登録し、紛争当事者との交渉を一元的に行っている」


 恵澄美がここぞとばかりに解説してくれる。


「UNHCR傘下で二五〇を超える国際NGOが活動し、総計三〇〇〇人を超えるNGO要員がUNHCRの身分証明書を携帯し、二〇〇〇台以上の車両がUNHCR登録のナンバープレートを付けて走行してる。これは、旧ユーゴスラヴィアの三年分に匹敵する活動を、僅か半年で行ったことになる」

「じゃあ、あの車列は食糧でも運んでいるの?」

「そうだと思う。食糧を中心とする人道支援物資の総量は約九五万トン、UNHCRの輸送事業は、二五〇台のトラックと、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、イギリス、ドイツ、ロシアの各政府から派遣された特別チーム、それにPMSCsで構成されている」

「陸路だけじゃないぞ。二〇カ国以上の政府が、一八〇〇〇トンに及ぶ援助物資の空輸作戦に加わった。空軍基地がいつも混雑してるのは、これのせいだな」


 不意に、会話が途切れる。


「……どうしたの?」

「スフェール内で配分される人道援助物資の量は、避難民の困窮度やニーズではなく、紛争前の各民族の人口比に応じて決定された。これに、少数民族は不満を募らせている……」


 恵澄美の声が不明瞭になる。

 車の駆動音とは別の音が、徐々に大きくなっていくのがわかる。

 かなり聞き取りにくいけれど、この音はFHのジェットエンジンから発せられたものだ。

 普通のエンジンじゃない。高い静寂性があるからだろう、注意していないと聞き取れない。その音色は、グロリア系のそれと酷似している。合衆国(ステイツ)から遠く離れたスフェールくんだりまで運ばれたものの一つだろうか。

 ボクが前を見据えると、巨大な二等辺三角形が四つ、ちょうど空から地へ舞い降りようとしていた。それは不吉な予感が、まさに現実として具現化する瞬間だった。発せられる禍々しい圧迫感を前にして背筋が寒くなる。

 それは艶消しの黒色を纏っていた。

 グロリアや、それを包み込むステルス外装の外見と酷く似通っている。だけど、グロリアを見た時に感じた美しさは、その機体にはどこにもなかった。禍々しい、魔物のような、見る者を威圧する姿をしていた。微かな金属音と共に、機首や翼が背後へ折れ曲がり、四肢が姿を現す。

 最新鋭機であるグロリアに勝るとも劣らない現代的な機体形状だったが、どこか悪趣味でおどろおどろしい雰囲気を纏っている。見る者に恐怖心を植え付け、跪かせることを強いる、圧迫感と息苦しさがそこには確実に存在した。


「可変型、ステルスFH……?」

「馬鹿なっ!? そんなFH、存在しないはずだぞ?」


 前方を走っていた高機動多用途装輪車両(ハンヴィー)が、轟音と共に宙を舞う。まるで、蹴り上げられた空き缶みたいだった。横っ腹が大きく凹み、地面に叩き付けられる際に、再度凹む。

 もはや車の原型を留めてはいない。

 どことなくグロリアに似た、それでいて細部はどこまでも異なるFHが、前方を走っていた四台の車両に襲い掛かる。ちょうど、人間の掌にあたる部分に内蔵された砲門、それが今、攻撃態勢に入っているのがわかる。

 高エネルギーレーザー(HEL)だ。

 大気圏内での減衰が少ないフッ化重水素レーザーによる波長三・八マイクロメートルの中赤外線域化学レーザーは、対FH兵装が搭載されていると思しき車両を一撃で爆散させる。対FH用の兵装で攻撃されれば高機動多用途装輪車両(ハンヴィー)などひとたまりもない。

 両手がちょうど、四本の鋭く尖ったクローで形成されていて、それが不気味な青白い光を放出している。


「……まさか、スタンクロー?」


 雷のような高圧電流だと、絶縁体であろうとも電流が流れることがある。まして、スタン攻撃を想定していない高機動多用途装輪車両(ハンヴィー)なんかで食らったら一体どうなってしまうのか、想像するだに恐ろしい。


「トゥクモ、恵澄美を連れて逃げるぞ!」


 ちょうど、ヒギンズがそう言ったところだった。

 金属と金属が擦れ合う音がした。そして、次の瞬間には大きな音が爆ぜて、耳がきかなくなる。きっと、今もボクの周囲には音で溢れているんだろう。だけど、今のボクには一切聞き取ることができない。

 不意に、身体が上下に激しく揺さぶられる。シートベルトが身体に強く食い込んだ。ボクは四肢に力を入れて、どうにか抗おうとする。

 全ては一瞬の出来事だったんだろうけど、不思議と長く感じた。感覚が研ぎ澄まされていたからなのだろう。

 いつもは食らわせる側だったスタン攻撃。それを食らって、ボクの意識はどこかへ飛んでしまっていた。もしかしたら、死ぬかもしれない、だなんて思わなかったけれど、戦場では往々にしてこういう死に方というのがあるものだ。

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