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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第四章 かくてこの世の栄光は
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迫る別れの時

 ちょうど朝食を終えた時に、八台の車列がやって来た。

 そのうちの一台、見慣れた高機動多用途装輪車両(ハンヴィー)から、ジョシュアとヒギンズが降りて来るのが見える。


「……きみは自分が何をしたのか、本当にわかっているのか?」


 珍しく、ジョシュアの言葉が硬かった。

 いつもの軟な感じがどこかへさっぱり消えている。言葉の端々に鋭さを感じさせ、刺々しさすら覚える口調だった。

 こんなにも感情を露わにするジョシュアを見るのは初めてだったから、ボクは驚きを隠すことができなかった。

 だけど、ジョシュアの態度に、恵澄美は動じずに、ただ黙って頷いてみせる。

 ボクと同い年のこのフォトグラファーは、軍人の厳しい口調にも身体から発せられる刺々しく威圧的な態度にも怯まない。

 その程度では恵澄美を動揺させることなんて、できないみたいだった。


「事前に定められた契約条項に基づいて、PMCブラスト社はただちに、近辺警護業務をはじめとする、きみに対する全ての業務提供を終了した。よって、きみはこの半島で取材業務に当たることはできない。できることは……」

「わかってる。今まで、どうもありがとう」


 恵澄美はジョシュアの言葉を遮って、さらっと言う。

 感傷に浸ることもない。

 自分の行為にこれっぽっちの罪悪感も抱いていないかのような、そんなあまりにも淡白な答え。それは、とっても彼女らしい対応だった。

 けれど、あまりにも唐突で、ボクはどうすればいいのか、わからなくなった。彼女の行為を怒れば良かったのか、彼女との別れを悲しめば良かったのか。

 だけど、ボクにだってこれだけはわかる。

 恵澄美は、すでに覚悟を決めて、行動した。きっと、初めてボクたちに会った時から決意していたに違いない。だから、きっと悔いはなく、全てをやり遂げたんだろう。

 なんとなくだけど、ボクは恵澄美の横顔からそんな心中なのではないかと推測していた。


「空軍基地までは、おれが送ろう」


 ヒギンズが言った。

 その瞳は、まるで父が子を見守るような温かさと優しさを含んでいて、ボクは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ腹立たしかった。それは、きっと嫉妬以外の何物でもなかっただろう。幸いなことに、それはすぐ収まってくれた。

 ヒギンズと刹那の間だけ視線を交わすと、恵澄美はリビングを後にする。自室に戻ると全ての荷物を持って、すぐに降りてきた。

 やっぱり。ボクがさっき感じた通りだ。計画的だった。それも、はじめから、今に至るまで、全部。全部だ。見抜けなかったジョシュアや国防次官、そして、一緒に過ごしていたボクたちは、一体恵澄美の何を見ていたんだろう。


「……これが」


 ボクは口を開いた。

 恵澄美が目の前で立ち止まって、ボクへ視線を向ける。


「旅の終わり?」

「ええ」


 そう言うと、彼女は笑った。

 それは、慎み深い笑みだった。

 そこに迷いや後悔、罪悪感といった感情は一切含まれてはいない。往々にして何かをやり遂げた者達が浮かべる笑顔だ。恵澄美の笑顔はあまりに印象的で、ボクの網膜に焼き付いてしまったかのようだった。

 彼女が歩み始める。

 すぐに、その壊れやすそうな背中はどんどん小さくなっていき、ヒギンズの車に消える。

 なのに、ボクにとっては、彼女が最初の一歩を踏み出すところから、ドアが閉まる瞬間まで、やけにゆっくりした動作に見えた。

 そう、まさにこの時。

 ボクは歴史というものに触れていた。今までディスプレイを挟んで隔たっていた「世界」が不意に目の前まで迫っただけじゃない、現在進行形で動き続ける歴史の断片をこの目でしかと見届けたのだ。

 不意に、嫌な予感がした。

 ジョシュアの言葉が脳裏に過ったのだ。中佐には気を付けて。

 ボクは横目で、ジョシュアに視線を送る。

 ボクがヒギンズの方をそれとなく示すと、どうやらわかってくれたみたいで、力強く頷いてみせた。


「ねえ、ヒューゴ。……ボクも一緒にいい?」


 一応、訊ねる形で言うものの、ボクはヒギンズの背中を追いかけ、ハンヴィーのドアに手をかけている。この手を絶対に引っ込めないつもりでいるのは、わざわざ言うまでもないだろう。


「おれは別に構わんが……」


 ヒギンズは後部座席に収まった恵澄美の方を向く。

 恵澄美は一言、どうぞと言った。

 なので、ボクは助手席に身体を滑り込ませるようにして座った。

 たとえ、恵澄美が嫌と言ったところで、ボクは聞く耳を持たないつもりだった。なんならジョシュアだって土俵に上げて、徹底抗戦する構えだった。

 車がゆっくりと走り出した時、エリンとクレア、そしてジョシュアが何やら物言いたげな視線をボクに送っていた。

 あんまり期待はしないでよ、というのがその時のボクの正直な気持ちだった。

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