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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第四章 かくてこの世の栄光は
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コムニオゲート

 真っ白な天井。その細部が、徐々に明らかになっていく。

 眠気を頭から追い出し、のろのろと身体を起こす。カラスやスズメといった、鳥の鳴き声が遠くから聞こえ、道を行き交う車のエンジン音や排気音が近づいては遠のいていく。

 キャンプ・ポロロッカに訪れる朝は、アメリカにいた時のものとひどく似ていて、異国の、それも動乱に揺れる国とは思えないくらい。

 駐屯地の周囲は完全に米軍の支配下に置かれて、その動向が昼夜を問わず監視下にあるからか、この近辺だけはささやかな平和が辛うじて保たれている。

 一階へ降りると、すでに恵澄美が普段着でそこにいた。タブレット端末を立て掛けて、ニュースクリップを確認している。


「おはよう」

「……おはよう。いつも早いね」ボクは目を擦りながら言った。

「そう?」


 彼女は首を傾げた。ボクは人一倍早起きであることを自負してきたけれど、恵澄美の近辺警護の任務を受注してからは「ユニットAの中では」という言葉を、特に強調しなくちゃいけなくなってしまった。

 それは、「恵澄美には敵わない」ということだ。

 彼女とのやり取りはそれだけに留め、洗面所で顔を洗い、身嗜みを整える。ここは女の子だらけなので、時に鏡の前は長蛇の列になる。遅起きのキャロライナはともかく、そこそこ朝が早いエリンやクレアと争うことになる訳だから、話は厄介だ。

 そうこうして、またリビングへ戻る。

 無言で朝食の支度をする恵澄美と肩を並べて、ボクもその作業に没頭する。

 恵澄美のタブレット端末から流れるアナウンサーの声と、食器や調理器具の音だけが、ここに流れていた。

 恵澄美との間に、無意味なコミュニケーションは不要だった。

 彼女は決して多弁ではないけれど、それ故口から発せられる言葉の一言一言に、重みのようなものが備わっているような気がした。

 それに向き合っていけば、彼女に辿り着きそうな、そんな類のものだ。そして、その繋がりは、無為に言葉を紡ぐだけでは維持できない。それを、ボクはよくわかっているつもりだ。

 ふと、視線を自立しているタブレット端末に目を向ける。というのも、ボク達には馴染みの言葉を、画面に表示されたキャスターが延々と喋っていたからだ。スピーカーとディスプレイに出力される情報に、意識が傾いていって作業が疎かになっていく。

 コムニオが、こちらに向かってくる映像。

 市場によく普及した、FHアサルトライフルが画面のなかで火を噴いている。空薬莢が排出され、地面に落下する度に砂煙が上がっていく。そして、次の瞬間にはコムニオが銃撃されて、火に包まれる。強固な装甲に無数の穴が穿たれ、破れていった。

 ボクにとって、そのビデオ映像は既知のものだった。

 何故なら、画面に映ったコムニオを撃ったのは、ボク自身だったからだ。

 それは、後に「コムニオゲート」と呼ばれる、PMSCsの不祥事だった。




「……これは?」


 隣に立っている恵澄美に、ボクは訊いた。


「言ったでしょ? 旅の終わり、だって」


 端的な、あまりに端的な答えだった。

 それは、ボクが彼女に求めていたものよりも、かなり少ない語彙と言葉だった。けれど、恵澄美がボクに必要最低限度の単語で、事実を率直に伝えていた。なるほど、確かにそう言われてみれば、実に彼女らしい表現だと思う。

 どたばた、と荒い足音が迫ってくる。

 寝癖爆発のエリンと、顔面蒼白のクレアだった。


「ただちに、エスミの身柄を確保せよ……ってジョッシュからメールが来たわ」


 エリンはボクにそれだけを告げると、洗面所へ駆け込んだ。クレアは一瞬だけ、自らが結果的に出遅れてしまったことを悔いる表情をしたものの、すぐにそれを引っ込めた。

 そして、恵澄美の顔を見据える。

 クレアらしからぬ、表情だった。それは緊張感に溢れていて、「鬼気迫る」だとか、そういう言葉で形容されるような、そんな顔をしていた。ちょうど、彼女が戦場に臨む時、そんな顔をよくしていたことを思い出す。


「……これは、一体どういうことなの?」


 普段の朗らかさが、どこかへ消し飛んでいた。余所余所しくて、親近感というものに欠けていた。とっても愛らしいパジャマ姿だというのに、クレアの背中からは殺気にも似た激しい感情が迸っているのがわかる。

 たとえ、拳銃やナイフといった装備を持たなくても、近接格闘術をその身体に叩き込まれた彼女ならば、その腕一つで殺意を現実のものにすることができただろう。

 ジョシュアからのメールを、馬鹿正直に受け取って、恵澄美の身体をフローリングに叩き付けることだって、その細い腕を恵澄美の首に絡みつけてへし折ることくらい、造作もないことだ。

 ただ、クレアはそんな手荒な真似はせず、ただ黙って恵澄美の答えを待ち続けていた。

 そして、恵澄美は何も、何も答えなかった。

 弁解どころか、皮肉すらなかった。ただ、そこに立っていて、クレアを見つめ続けているだけだった。自然と、ボク達の間には無言の時間が流れ始める。それは、時間経過と共に重苦しい雰囲気を纏い出す。

 タブレットが、延々と朝一番のニュースを読み上げている。そうだ、それこそが、まさに答えなのだろう。だから、恵澄美は言葉一つ発する必要もなかった。それは、動画を一目見て、アナウンサーの声を聞けば、明らかだったからだ。

 恵澄美は、取材内容をメディアに提供したのだ。

 情報は明らかに配慮されていた。グロリアの姿も、ボク達の姿もなかった。ただ、本来ならば陸軍犯罪捜査局(CID)に監督されているはずのPMSCsが、監督者のCIDに牙を向いている。

 だけど、それは実に都合が悪い現実だった。できることなら秘密のベールで隠しておきたい、そんな部類の事実。彼らが、仕事先の異国で、悪党に捕まった少女達を時に性の相手として扱い、時に商品として売り飛ばしていただなんて、あまりにも都合が悪過ぎた。

 アナウンサーが告げている。

 PMSCsや米軍から外注された業務を請け負う企業の株価が、値を大きく下げていることを。市場関係者の混乱と、説明を求める声を。あのコムニオがどこの企業のもので、誰が襲撃されたのかを知りたがる市民や家族の声を。

 アナウンサーですら、事実の詳細を知りたがっていた。NBCやCBC、ABC、FOXなど主要テレビネットが、いや、きっとそれだけじゃないはずだ。この一報を知った人達のほとんどの人々が。

 求めていた。納得のいく説明を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世間と隔離された狂気が支配する戦場に、世間という名の”常識”が揺り戻ってくる展開が素晴らしいです。爆弾が宿舎に降るよりも余程質が悪そうな予感を匂わせる終わり方もホント良い。 こういう魅せ…
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