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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第三章 悪には悪を《バッド・ペイ・バッド》
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小さな鬼《ホブゴブリン》

「おい、見ろよ。裸の連中がいるぞ」


 キャロライナが指示の矢印を出す。真っ白い裸体を晒してこっちに向かって走る姿があった。最年少の部隊スモールボーイズ・ユニット。敵の同情心と混乱を煽るという、ただそれだけのために、彼らは戦場に裸で送り出される。

 馬鹿みたいな話だった。

 だけど、恐ろしいことに、こういうことを考えつく人間がいて、しかもそれを実行してしまう人間がこの世界には確実にいる。姿をもって、存在する。だから、こういった馬鹿みたいな話は何度も何度も繰り返される。

 繰り返しはお笑い(スケッチ)の基本だ。だけど、二度目は決してウケないのに。


「困るんだよな。……こういうのっ!」


 面倒臭くなったのか、キャロライナはスラスターを吹かして、他を圧倒する驚異的な機動(マニューバ)最年少の部隊(SBU)に向かっていく。子ども達の甲高い悲鳴が、重なり合って、讃美歌にも似た音楽を奏でる。

 ただ、それは楽器ではなくて、人間の奏でる遺言だ。グロリアの脚が、子ども達を轢き殺していた。命を懸けた、断末魔で作られた音楽。

 細い木のように小柄な子どもが、ステルス性向上のため吸気ファン前方に装備されたレーダーブロッカーへ吸い込まれていって、四肢を吹き飛ばして果てた。子どもの身体やその破片がフィルターやファンを傷つけ、あるいは詰まって悪影響が出たら厄介なことになるのに、それでもキャロライナは止まらない。


「あたし達はなぁっ! すっぽんぽんのガギ共相手に怯むようなっ! ……そんなヤワな兵隊じゃねーんだよっ!!」


 小さな鬼(ホブゴブリン)悪には悪を(バッド・ペイ・バッド)

 話が極論に限りなく近づいていくと、結局こういうシンプルな価値観になる。

 従来は、しばしば一時しのぎのために子どもだけで前線に送られ、砲弾の餌食もしくは敵の進撃を阻む役割を担ってきた。でも、今の彼らはそれ以上の「成果」が求められているし、時にはその「成果」をものにしてしまう。

 特に、子ども達の蛮勇さに、その数と射撃能力が加わると、体格や経験や正式な訓練が足りない部分をあっさりと補えてしまう。

 それは、政府軍の成人部隊が子ども以上に訓練不足であることも多く、それが子ども側に、有利に働くこともあるからだ。特に、この国のように現在進行形で紛争が激化しているようなところでは。

 子ども達を戦闘員にすることを厭わなければ、子ども達を使用しない場合を遥かに上回る戦力を配備できる。

 これにより、戦争の潜在的戦力の均衡が変化して、いつ戦争を始めるか、あるいはいつ終わるかを巡る、武装組織の胸算用も変わってくる。経済的には、子ども達を使えば紛争への参入障壁が低くなる。

 戦力を集めるコストが安くなることで、以前は簡単に負けていた組織が、現実に対抗勢力になる。ちょっと前ならギャング同然だった組織が、現実的な脅威に変わるのだ。

 スタンパイルを搭載したエリン機が狙いを定める。グロリアにはスタンパンチ機能もある訳だけど、同じ効果があるなら、遠くから狙い撃ちにしたいというのが、ボク達のささやかな願望だ。

 バツン、という独特の炸裂音と共に、ロケット推力でパイルが撃ち込まれる。ちょうど、装甲と装甲の僅かな隙間、脚部の関節部という脆弱な部分に、エリンは正確に杭を叩き込む。

 次の瞬間には、高圧電流の奔流がヴォーリャの巨大な身体を駆け巡り、繊細な電気系統を焼き切る。FHだというのに、がたがたと全身を大きく震わせて、膝をつく辺り、妙に人間臭い。人に似せて作られた兵器だからだろうか。


「なぁ。あれ、機体のデータ飛ばないか?」

「大丈夫よ。他の逮捕者ほど重要度は高くないから」


 そもそも、データが飛んで嫌な相手にはスタンパイルは使わない――と言いたいところだけど、この手の議論は結局のところ、トレードオフになってしまう。生け捕りにして、ハーグ送りにするためにボク達が働いている以上、データよりは容疑者の身柄の確保、という訳だ。

 だから、肝心なデータは記憶媒体が完全に焼き切れていないことを祈るばかりだ。あるいは、回収された後、その大まかな内容がある程度復元できる程度の、必要最小限度のディティールを残して、という切実な願いだ。

 いつも通り、キャロライナとクレアがグロリアを降りて、今頃高圧電流を浴びせられて白目を剥いているであろう親玉(キングピン)を引き摺り出す作業へと移行する。ボクは周囲を警戒しつつ、改めて周囲の状況を把握しようと努める。

 赤い。

 それは、大小様々の爆炎であり、多くの命から流れ出した血だ。

 悪魔や吸血鬼達が泣いて喜びそうなほどの、多くの流血がそこにはあった。太陽の光を浴びて、てらてらと妖しい輝きを放っている。それは、この一帯だけが一足早く夕日に包まれているようでもあった。

 きっと鉄錆にも似た、血液が発する独特な臭気が立ち込めているんだろう。

 そうやって、今日も戦いが終わりを告げる。

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