表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第三章 悪には悪を《バッド・ペイ・バッド》
36/49

戦闘車両《テクニカル》

 敵性FHが大切に守っていたもの。

 それは、荷台に機関銃を搭載したピックアップ・トラック――通称戦闘車両(テクニカル)だ。テクニカルを見るとボクはいつも憂鬱な気分にさせられる。巨大なFHからすれば、戦闘車両はまるでブリキの玩具だ。

 歩兵にとっては脅威となっても、FHに対抗することは通常できない。

 でも、このテクニカル達が一度補給を受ければ、他の民族の人々の命を奪うことを看過することになる。

 そして、それはこの仕事に就くボク達にとって、見過ごすことができないことでもある。

 という訳で、ボクはほんの一瞬だけ、申し訳程度に目を伏せた。

 次の瞬間には、ボクのグロリアはアサルトライフルを撃っている。あっという間にトラックが原形を失い、燃え上がる紅の炎とくしゃくしゃの鉄屑へと姿を変える。

 大型トラックから、小さな背が次々と飛び出してきた。どこにそんな空間があるのか、大勢の少年達が金切り声を上げながら駆け出す。

 彼らはAK四七やRPG、そして怪しげな背嚢を担いでいて、とてもじゃないけれど、民間人には見えない。連射式手榴弾ランチャー《トーコス》を持った奴もいる。


「あーあ。ったく、あんまり悪役みたいなことさせるんじゃねーよ」


 キャロライナが、高エネルギーレーザー《HEL》を地表に向けて照射する。

 フッ化重水素レーザーによる波長三・八マイクロメートルの中赤外線域化学レーザー。

 大気圏内での減衰が少ないレーザーが、まるで光の柱のように伸びて、子ども達の小さな身体を両断――というよりは単純に焼き潰していく。

 高エネルギーレーザー《HEL》は近接防御火器システムと連動するけれど、攻撃もできる、大変使い勝手のいい兵器だ。

 短距離から中距離にかけての戦闘にも使用可能で、航空機から小型艦船、迫撃砲弾やロケット弾など色んなものに攻撃できる。

 当然、人にも。

 彼らの多くは――あのエーファみたいに――無理やり戦わされていることを、ボクは知っている。それこそ、よく知っている。

 だけど、たとえばボクの慈悲深さで見逃してあげたとして、一体何が変わるのだろう。

 他の民族を、もしかしたら、自分の民族でさえ殺して回らなくちゃいけない彼らの日々が、ただいたずらに伸びるだけだったとしたら。

 だったら、ボクは自分の職務に忠実でなければならない。くれぐれも、ナチュナルに。


「……どうしたよ?」

「いや。とてもじゃないけれど、天国には行けそうにない。……そう思っただけ」

「安心しろ。このスフェールっていう半島自体が、地獄だ。少なくとも、あの世はここより絶対、居心地がいいはずさ」


 キャロライナはそう言いながら、トラックを片っ端から蹴飛ばしていく。

 圧倒的な力を見せつけられても、彼らは逃げ出そうとはしない。

 背中を見せたら最後、自分の背後に詰めている味方や上官に撃ち殺されるからだ。彼らにできる選択は、逃げて仲間に殺されるか、立ち向かってボクらに殺されるか。たった、これだけの選択肢、この二択だけしかない。


「アイリーン・ワン。トラックがそちらに向かってる」

「カミカゼ・アタックだ」


 ボクとクレアはアサルトライフルの火線を集中させる。

 十字砲火を浴びたトラックが吹き飛んで、そのまま火柱になり、大地に大きなクレーター状の爪跡を残す。一体、何を積んでいたんだと呆れてしまうくらいの爆発だった。

 油断も隙もあったもんじゃない。ボクは心のなかで、気を引き締める。

 それに、油断だったら前回の一件でしている。二度目は絶対に、赦されない。ボクは自分の出来得る注意力を限界ぎりぎりまで研ぎ澄ます。

 背嚢を背負った子ども達が、FHに組み付こうと鬼の形相で走ってくるのが見えた。

 誘導兵器の通常かかるコストに比べて、人間爆弾は驚くほど安上がりだ。

 効果的な爆弾一式を作るのに必要なものは、九ボルトの電池、電灯用スイッチ、短いケーブル、温度計の水銀、アセトン、黒色火薬、釘やねじなどの金属片。それだけだ。

 一般的な作戦の総費用は約一五〇ドル。最も費用がかかるのは、実行犯が現場まで行く時のバス代だったりすることもざらだ。あとは、子どもを用意すれば、半径二五メートルから五〇メートル以内の人間を殺傷できる。

 けど、よっぽど特殊なものでない限り、FHの脅威にはならない。残念ながら。

 FHやテクニカル、大型トラックが派手に吹き飛ばされ続けた。

 だけど、この少年少女達は、どんなに金属片をもらっても、ボク達のFHの方へ向かってくる。

 腕や足を吹き飛ばされ、顔の半分を自らの血で赤く染めながら。それでも立ち上がっては、無意味な発砲を続けている。

 身体をぎこちなく引き摺る姿は、ブードゥーやゾンビを彷彿とさせた。

 コカイン、バルビツール酸系催眠剤、アンフェタミン。そして、マリファナ(ジャンバー)

 兵士になってまもない子ども達は、こうした麻薬を無理やり使わされる。針が手に入らない場合は、組織の指導者たちが子どものこめかみや腕の静脈辺りを切り、麻薬を詰めて傷を絆創膏や包帯で覆う。

 拒否する子どもが殺されるのは、言うまでもない。

 依存が進むにつれ、ほとんどの子どもは自発的に麻薬を使い始める。そうして、薬漬け(フライ)になると、どんな人間にもどんなものにも、なんの価値もないような気がする。ふわふわする感じに包まれて、ますます暴力にもそれが招く悲劇的な結果にも、何も感じなくなっていく。

 彼らは往々にして痛覚を鈍磨させていて、ちょっとやそっとじゃ倒れてくれない。それこそ、死なない限りは平然と立ち上がって、ボク達に立ちはだかるのだ。

 そういう訳で、ボク達は仕方なく、止むに止まれぬ思いで、彼ら彼女らに対して引き金を引かなくちゃいけなくなる。

 それは、とっても辛いことだ。

 良心が痛む、なんてもんじゃない。

 良心という良心がずたずたに引き裂かれて、跡形もなくなりそうになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ