戦闘車両《テクニカル》
敵性FHが大切に守っていたもの。
それは、荷台に機関銃を搭載したピックアップ・トラック――通称戦闘車両だ。テクニカルを見るとボクはいつも憂鬱な気分にさせられる。巨大なFHからすれば、戦闘車両はまるでブリキの玩具だ。
歩兵にとっては脅威となっても、FHに対抗することは通常できない。
でも、このテクニカル達が一度補給を受ければ、他の民族の人々の命を奪うことを看過することになる。
そして、それはこの仕事に就くボク達にとって、見過ごすことができないことでもある。
という訳で、ボクはほんの一瞬だけ、申し訳程度に目を伏せた。
次の瞬間には、ボクのグロリアはアサルトライフルを撃っている。あっという間にトラックが原形を失い、燃え上がる紅の炎とくしゃくしゃの鉄屑へと姿を変える。
大型トラックから、小さな背が次々と飛び出してきた。どこにそんな空間があるのか、大勢の少年達が金切り声を上げながら駆け出す。
彼らはAK四七やRPG、そして怪しげな背嚢を担いでいて、とてもじゃないけれど、民間人には見えない。連射式手榴弾ランチャー《トーコス》を持った奴もいる。
「あーあ。ったく、あんまり悪役みたいなことさせるんじゃねーよ」
キャロライナが、高エネルギーレーザー《HEL》を地表に向けて照射する。
フッ化重水素レーザーによる波長三・八マイクロメートルの中赤外線域化学レーザー。
大気圏内での減衰が少ないレーザーが、まるで光の柱のように伸びて、子ども達の小さな身体を両断――というよりは単純に焼き潰していく。
高エネルギーレーザー《HEL》は近接防御火器システムと連動するけれど、攻撃もできる、大変使い勝手のいい兵器だ。
短距離から中距離にかけての戦闘にも使用可能で、航空機から小型艦船、迫撃砲弾やロケット弾など色んなものに攻撃できる。
当然、人にも。
彼らの多くは――あのエーファみたいに――無理やり戦わされていることを、ボクは知っている。それこそ、よく知っている。
だけど、たとえばボクの慈悲深さで見逃してあげたとして、一体何が変わるのだろう。
他の民族を、もしかしたら、自分の民族でさえ殺して回らなくちゃいけない彼らの日々が、ただいたずらに伸びるだけだったとしたら。
だったら、ボクは自分の職務に忠実でなければならない。くれぐれも、ナチュナルに。
「……どうしたよ?」
「いや。とてもじゃないけれど、天国には行けそうにない。……そう思っただけ」
「安心しろ。このスフェールっていう半島自体が、地獄だ。少なくとも、あの世はここより絶対、居心地がいいはずさ」
キャロライナはそう言いながら、トラックを片っ端から蹴飛ばしていく。
圧倒的な力を見せつけられても、彼らは逃げ出そうとはしない。
背中を見せたら最後、自分の背後に詰めている味方や上官に撃ち殺されるからだ。彼らにできる選択は、逃げて仲間に殺されるか、立ち向かってボクらに殺されるか。たった、これだけの選択肢、この二択だけしかない。
「アイリーン・ワン。トラックがそちらに向かってる」
「カミカゼ・アタックだ」
ボクとクレアはアサルトライフルの火線を集中させる。
十字砲火を浴びたトラックが吹き飛んで、そのまま火柱になり、大地に大きなクレーター状の爪跡を残す。一体、何を積んでいたんだと呆れてしまうくらいの爆発だった。
油断も隙もあったもんじゃない。ボクは心のなかで、気を引き締める。
それに、油断だったら前回の一件でしている。二度目は絶対に、赦されない。ボクは自分の出来得る注意力を限界ぎりぎりまで研ぎ澄ます。
背嚢を背負った子ども達が、FHに組み付こうと鬼の形相で走ってくるのが見えた。
誘導兵器の通常かかるコストに比べて、人間爆弾は驚くほど安上がりだ。
効果的な爆弾一式を作るのに必要なものは、九ボルトの電池、電灯用スイッチ、短いケーブル、温度計の水銀、アセトン、黒色火薬、釘やねじなどの金属片。それだけだ。
一般的な作戦の総費用は約一五〇ドル。最も費用がかかるのは、実行犯が現場まで行く時のバス代だったりすることもざらだ。あとは、子どもを用意すれば、半径二五メートルから五〇メートル以内の人間を殺傷できる。
けど、よっぽど特殊なものでない限り、FHの脅威にはならない。残念ながら。
FHやテクニカル、大型トラックが派手に吹き飛ばされ続けた。
だけど、この少年少女達は、どんなに金属片をもらっても、ボク達のFHの方へ向かってくる。
腕や足を吹き飛ばされ、顔の半分を自らの血で赤く染めながら。それでも立ち上がっては、無意味な発砲を続けている。
身体をぎこちなく引き摺る姿は、ブードゥーやゾンビを彷彿とさせた。
コカイン、バルビツール酸系催眠剤、アンフェタミン。そして、マリファナ。
兵士になってまもない子ども達は、こうした麻薬を無理やり使わされる。針が手に入らない場合は、組織の指導者たちが子どものこめかみや腕の静脈辺りを切り、麻薬を詰めて傷を絆創膏や包帯で覆う。
拒否する子どもが殺されるのは、言うまでもない。
依存が進むにつれ、ほとんどの子どもは自発的に麻薬を使い始める。そうして、薬漬けになると、どんな人間にもどんなものにも、なんの価値もないような気がする。ふわふわする感じに包まれて、ますます暴力にもそれが招く悲劇的な結果にも、何も感じなくなっていく。
彼らは往々にして痛覚を鈍磨させていて、ちょっとやそっとじゃ倒れてくれない。それこそ、死なない限りは平然と立ち上がって、ボク達に立ちはだかるのだ。
そういう訳で、ボク達は仕方なく、止むに止まれぬ思いで、彼ら彼女らに対して引き金を引かなくちゃいけなくなる。
それは、とっても辛いことだ。
良心が痛む、なんてもんじゃない。
良心という良心がずたずたに引き裂かれて、跡形もなくなりそうになる。




