遭遇《エンカウント》
完全自律型の無人機が空を飛んでいく。
PMSCsの情報分析飛行だ。昨今の戦場は、常に電磁汚染の脅威に晒されているけれど、だからと言って情報収集活動の全てが水泡に帰した訳ではない。
むしろ、電磁封鎖と情報の即時リンクの柔軟な切り替えが求められている訳だ。
ということで、PMSCsサービス部門はテロリズムに対する戦争のお蔭で、完全雇用に近い好況を見せている。けれど、それでも新しい販路を開拓しようとする彼らの意欲は旺盛だ。
各社自らが乗り出して、合衆国の権益を侵す恐れがまだどこかにありはしないか、血眼になって探し出そうとしている。
ロビー団体は石油メジャーやその他の鉱工業企業に働きかけ、またユーロに友好的な解放運動に近付きながら、情報を集め、これを手にして各社は政府に圧力をかけて、目星をつけた国家との間に軍事訓練計画や軍事顧問派遣契約を結ばせようと懸命になっていた。
プラン・コロンビア、アフリカ危機対応イニシアティブ《ACRI》、後のアフリカ緊急作戦訓練支援計画《ACOTA》。ことは、彼らの思惑通り進んだ。合衆国は、これらの提案を受け入れ、特別予算を組み、予算の他の項目から流用して、財政面での段取りをつけ、実現を図った。
という訳で、何が言いたいのかというと、グレゴール・G・ギーツェンが逮捕者リストに載ったその日から、この男の逮捕が、ひいては合衆国の国益にも密接に関わる、大変デリケートな問題に移り変わったということだ。
このスフェールのどこかにいるギーツェンをハーグで裁くこと。
そのために、多くの特別予算が承認されて、数多のPMSCsが逮捕業務を請け負い、さらに多くの軍需産業複合体や関連子会社達が芋蔓式に繋がりあって、その張り巡らされた糸に沿って資金が伝っていく。
つまり、今更ギーツェンが見つからないからって、誰も『一抜けた』って言い出すことができなくなったって訳だ。
ただ、逮捕者リストに名を連ねているのは、何もギーツェンただひとりな訳でもない。
そして、ギーツェンが捕まらない以上、ボク達はリストに載った別の名前の人間を捕まえて回るしかない。米情報機関群の各責任者とジョシュア、それにブラスト社調査部が肩を寄せ合っての作戦立案が連日行われ、ボク達がそのプログラムを着実に消化する日々が続いた。
患者が皆殺しにされた病院。老人、若い女性と赤ん坊が頭を打ち砕かれ、腹を切り裂かれ、咽喉を切り開かれて横たわる、死屍累々の村々。手足を断ち切られ、耳鼻を切り落とされた難民達。人道支援団体の人々を、略奪し殺しまくる民族殺戮者達。
ボクは首に巻いた銀のチェーンを手繰り寄せる。
しばしの間、繋がれた銀の指輪が反射する輝きに、ただただ見惚れていた。あの日以降、ギーツェンの劣化コピーみたいな連中を捕まえる予定がスケジュール帳に設けられた空白を埋めていく。
あれから、ヒギンズとは会えていない。あの時は、自分を気持ちでいっぱいだったし、その後のジョシュアの言葉もあって、とてもじゃないけれど向き合う気にはなれなかった。
けれど、会えない日が増えていけばいくほど、胸のなかに巣食う彼に会いたいという思いは募っていくばかりだ。もしかしたら、ジョシュアの言う通りで、ボクを裏切る結末になるかもしれないというのに。
もしも、噂のアメリカ人がヒギンズだったとしたら。彼を逮捕して、ハーグ送りにすることは許されない。必ず、その額かこめかみに銃弾を撃ち込まなくてはいけない。
そういう命令だし、それがボクの仕事だからだ。
でも、それがボクにできるだろうか?
ボクはグロリアのコックピットのなかで、自問自答した。
けれど、その答えに確信はいつだって持てなかった。当然、今も。たとえ、ヒギンズがボクに向かってライフルを向けたとしても、彼を撃てるかどうか、いまいち自信が持てずにいた。
むしろ、ヒギンズを撃ち殺して生きるくらいだったら、ヒギンズに撃ち殺されて死んでしまった方がいいんじゃないだろうか。
そんなことを、思ってしまう。自らを死に至らしめる、あまりに致命的な思考だった。
グロリア。
天には神に栄光。
という訳で、ボク達は空飛ぶエイからの高高度降下を行って、弾切れや補給のために隠れ家に戻ろうとしている武装組織の連中のFHに奇襲をかける。
風切音が耳に響く。
今度は、着地の瞬間にステルス外装をパージするのではなく、空中での展開になる。グロリアはFHのなかでは軽量級なので、航空機と戦おうだなんて思わなければ、ある程度の戦闘をこなすことができる。
ステルス外装がメリメリ言いながら剥がれ落ちて行く。
いい感じにささくれていき、空気抵抗を緩やかに大きくして、速度を絶妙に操る。あんまり勢いを削いでしまうと、今度は迎撃される恐れを無闇に増大させてしまうので、その匙加減が地味に難しいけど、それも全部機械が自動でやってくれる。
一昔前の制動傘よりも、こっちの方が断然安全なのだから、いい時代になったものだ。
「可愛い女の子だと思ったか? そいつは残念だったなあ!」
キャロライナのグロリアが保持していたガトリング式キャノン砲をぶっ放す。いざ自分がやられたらと思うと生きた心地がしない。けれど、幸いなことにボク達はこの奇襲をいつも仕掛ける側だ。
「……アイリーン・ワン、着地!」
誰よりも早く現場に降下し、着地地点の安全を確保してくれたクレアとエリンにいくら感謝してもし尽せない。
クレア機が牽制し、エリン機が間髪入れずに両肩の武器庫からミサイルを放つ。それは狙いを違わず、敵性FHの胸部から上を爆発で包み込んで離さない。
キャロライナのグロリアがキャノン砲から手を放し、宙に放り捨てる。
着地するまでの間に、弾倉に叩き込まれた弾薬全てを撃ち尽くして、落下の衝撃でキャノン砲を壊しておくためだ。弾が無くなったキャノン砲は死重以外の何物でもないからだ。
経済性と作戦の自由度のすり合わせによっては、武器を使い捨てにするのも厭わない。
キャロライナのグロリアは腰部にマウントされていたアサルトライフルを手にしながら華麗に着地する。
銃口炎が瞬く。
集弾効果で装甲が次第に瓦解していって、穿たれた無数の弾痕から小さな炎が吹き上がる。フルオートによる面制圧射撃が加えられ、銃弾の嵐に飲み込まれたいくつかの機影が火柱となって儚く消えた。
奇襲をモロに喰らって、敵は為す術もなく、ただ押し切られていく。
とはいえ、敵との遭遇に備えていない連中もまた、随分と能天気だ。
平気な顔をして他人を殺すけれどその実、自分が殺されることに関しては、本当に無頓着だ。
そういう意味では、電子妨害策下でも自己完結した作戦行動が遂行できるよう、無線封鎖した自律制御の方がまだ「危機感」というものがあって、いいかもしれない。
とはいえ、その「危機感」は詰まるところ、ゼロとイチの組み合わせだ。




