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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第三章 悪には悪を《バッド・ペイ・バッド》
33/49

噂の米国人

 基地へ戻ると、ジョシュアがいて、平生と変わらぬ笑みを浮かべていた。

 口には出さなかったけれど、「ヒギンズに助けられたことは気にするな」とでも言われているみたいだった。辛うじて塞がりかけた傷口が、また開き始めたかのような嫌な感じがした。

 言い訳がましく聞こえるかもしれないけれど、AFHMは人力による携行可能なものが少なくなくて、歩兵部隊の対FH班の主要装備にもなっている。戦闘車輌以外にも人間、建物、陣地などに対しても使用可能だから、他のロケット砲や携帯地対空ミサイル同様、ゲリラや民兵が好む装備だ。

 とはいえ、その価格は地対空ミサイルよりはずっと安価とはいえ一発あたり数万ドルもするため、大国から装備を供与されていない民兵組織では、おいそれと自腹で調達できるものではない。

 だから、気を付けている「つもり」になっていた。

 もっとも、たとえ相手がAFHMを所持していると知っていたとしても、使いどころまで正確に予想するのは困難だ。

 なのに、自分の非を責め過ぎるのも、単なる自己満足、自己欺瞞でしかない。


「……なんだよ」

「まったく、ぼくを散々焚き付けてきたのはきみ達じゃないか。せっかく、目星がついたから、せめてきみにだけは伝えておこうかと思ったのに」


 そう言って、ジョシュアは微笑む。


「ぼくにだけは?」

「そう。いかんせん確定情報が足りなくて。だから、現時点ではあまり有益な情報ではないんだけど。まぁ、ないよりはマシかと思って」


 ボクはジョシュアに促されるまま、会議室の一室に入る。

 ボクとジョシュアの二人っきり。なのに、ムードも何もあったものじゃない。

 ジョシュアはその甘い顔立ち(マスク)から、女の子には根強い人気がある。

 けれど、ボクはとてもじゃないけどそんな繊細な感情を、彼に対して抱けそうにない。


「端的に話そう」


 ジョシュアは躊躇いもなく言う。


「初めに、我々の他にも中央情報局(CIA)特殊作戦グループ《SOG》が動き回って、ギーツェンの身柄を確保……というより抹殺しようとしている」

「……CIAが?」

「ああ。特別な訓練を受けた工作員達で、その性質は他の特殊部隊と変わらない。グリーンベレーや海兵隊出、それに現地の熟練した武装勢力も雇ってる。いつもの『準軍事活動』なんていう軍隊のままごとじゃない、彼ららしからぬ本気度だよ」


 中央情報局(CIA)特殊作戦グループ《SOG》。

 ヴェトナム戦争時、必要に迫られて産み落とされ、その後も極秘裏に活動を続け、世界各地を行脚していた。だけど、冷戦の終結をもって、SOGもまた役割を終えた。

 でも、それは決して「終わり」ではなく、新たな「始まり」に過ぎなかった。冷戦構造の終了は地域紛争とテロの脅威の顕在化という、新たな局面を合衆国(ステイツ)は迎えたからだ。

 だから、SOGも蘇った。

 テロへの対処という、必要性に迫られて。八年間の凍結を経て、蘇った亡霊。コロンビアで、ユーゴスラヴィアで、アフガニスタンで、イラクで、他の特殊部隊と遜色のない働きぶりを見せている。


「もしかして、CIAのスキャンダラスな一面?」


 だとしたら、なんの捻りもなくてちょっと幻滅だ。

 CIAのお仕事は、単なる情報収集活動や情報操作だけじゃない。敵対国家の弱体化工作や、国家転覆を含む親米化工作までも、だ。それが、逆にCIA自身が他国から「テロ支援組織」と呼ばれる所以にもなっている。

 それはつまり、敵対する国の抵抗勢力ならばテロリストにだって協力するということだ。人材・軍事・資金面での援助を惜しまないし、その育成にだって乗り出していた。

 敵対国家が相手ならテロ組織だって利用する合衆国(ステイツ)は、よりにもよって「テロとの戦い」をスローガンに掲げてアフガニスタンに攻め入り、イラクを打倒してしまったのだから、その立ち振る舞いは本当に狂気じみている。

 その狂気は、ブッシュ政権時に掲げられた「自由を(フォワード・デ)守る前(ィフェンス・オ)方防衛(ブ・フリーダム)」にまで遡ることができる。

 ブッシュ政権によって公式に布告されたこの国家防衛戦略は、同盟国と連携して戦力を防衛的に配備して「紛争を開始せず、紛争に対応する」という、これまでの確固たる伝統からの最終的な離脱だった。

 こうした戦力の前方配備は、全世界あらゆる場所で米国支配を保障する、という臆面もない目的に向かっていき、たちまちこの地球上で起きる新たな政治のトレンドをコントロールしようとした。

 そして、そのための手段として、体制の転覆や予防も辞さないと言い切っている。

 今や、アメリカ人の大半が気付かずにいるうちに、アメリカの軍事基地列島(アーキペラゴー)が中東を横断し、戦争の常態化(ノーマライゼーション)は確立していった。


「そもそも論を話そうか。ギーツェンは内戦前、地方銀行の財務担当だった。それが、何故米国諜報機関群インテリジェンス・コミュニティにコネがあると思う? 常識的に考えれば、もともとこの二つには接点がない」

「まさかとは思うけど、CIAがギーツェンを援助していた?」

「そのまさか、だよ」

「うわぁっ、工夫がないなぁ……」


 陰謀論レベルの話がよりにもよって現実だったなんて、身も蓋もないというか、味気ないくらいだ。

 あまりの捻りがなさに、興醒めしてしまいそう。

 もっとも、それが本当に現実なのであれば、ぼく達は受け止める以外の選択肢はない。


「CIAが武装勢力を支援するなんて、今更驚くには値しないだろう? この国は以前、社会主義体制だった訳だし。つまり、ギーツェンは元々自由の戦士だった訳だ。きみ達が睨んだ通りだったんだよ」

「あのギーツェンが、自由の戦士だっていうの?」

「ギーツェンは今でこそゴロツキだけど、少し前はスフェール半島における民主主義の体現者だったからね。スラブ系が多く住み、ロシアの影響を如実に受け、情報統制と秘密警察を動員していた旧政府を引っくり返すために、CIAは密かにギーツェンを支援していた」


 そこまで言うと、不意にジョシュアは黙り込む。

 お蔭で、唐突な沈黙がふたりの間を漂い始めていた。

 まるで、沈黙が沈黙を呼んでいるみたいだった。

 ボクが訝しんでいると、ようやくジョシュアは重い口を開いた。


「まぁ、実際はまだ謎が残っているんだけどね。どうも、CIAは我々に先んじてギーツェンを『処理』してしまおうと目論んで暗躍しているんだけど、まったく上手く行ってない。CIAはCIAなりにベストを尽くしている訳だけど、結果は芳しくないね」

「……どういうこと?」

「それはまだわからない。だけど、中佐の予想通り、ギーツェンに死なれちゃ困ると思う連中がいるらしい。つまり、誰かが妨害して回ってるってことだ」

「つまり、ギーツェンの協力者ってこと?」


 ギーツェンの目の前に現れて、救いの手を差し出した噂のアメリカ人(ヤンキー)

 ぼく達に発注された逮捕業務をどこからか盗み聞ぎした彼らは、単にギーツェンに警告するだけでなく、ステルスヘリという逃げる足まで用意していた。


「だと考えて間違いないね。ここで活動しているCIAの特殊作戦グループ《SOG》はかなり充実した装備とそれを使いこなすだけの練度があるにも関わらず、だ。どうやら、ぼくらが想像している以上の力を持っているようだね」


 ジョシュアはそう言うと、自分の髪を撫でた。


「そもそも、この手の作戦は本来ならば情報軍(インフォメーションズ)が単独で、しかも極秘裏に行う類のものだったはずなのに。だけど、PMSCsへ外注されることになってしまった」

「それは、政策担当者が将来の天下り先へギーツェンの逮捕業務を発注した、ってこと?」

「恐らくね。ギーツェンがかつてCIAからヒト・モノ・カネをはじめとするあらゆる援助を受けていたという合衆国(ステイツ)にとって不都合な過去があって、現在もなおアメリカ人(ヤンキー)の助っ人がいることを踏まえれば、そもそも外注されてはいけない作戦だったのさ」


 官民の人事交流が盛んなアメリカの負の側面だ。

 国防総省(ペンタゴン)はやがて、軍当局者の再就職の草刈り場となった。退役した軍の当局者は軍事産業の役員に天下りするようになる。そして、今度は逆に軍事産業の役員が文民としてペンタゴンに入り込むようになる。

 レーガンの時代、かつてアイゼンハワーが、「膨大な軍部と巨大な軍事産業の結合」と呼んで警告していた軍需(ミリタリー・)産業(インダストリアル)複合体(・コンプレックス)がそこに出来上がり、常に正当化の裏付け理論を求めていた。

 どんなに厳しい法律が課されても、「軍事機密」という秘密のベールが真実を覆い隠し、追及の手から身を隠す隠れ蓑となる。

 情報公開(ディスクロージャー)やアカウンタビリティを確保できない暗がりに蠢く、魔物。


「でもさ、マクファーソン・スクエアの会議で、国防次官に依頼されて『ありがとうございます』とか言ってたのは、他ならぬジョッシュだよね?」

「まさか、同業他社が一堂に会していたあの場所で『国防次官、それはちょっと都合が悪いんですよ。というのもですね……』とか言って、本当のことを話す訳にはいかないことは、きみだってわかってくれるよね?」


 これっぽちも悪びれる素振りも見せずに、ジョシュアは言う。


「大体、情報軍(インフォメーションズ)が直接作戦を実施できなかった以上、ぼくや他の情報軍の人間がいるPMSCsが逮捕業務を契約して、それを遂行する以外の選択肢なんて存在しないよ」

「まぁ、その理屈はわからない訳じゃないけどさ……。そうだよ。連れて帰ってきちゃいけない、噂のアメリカ人(ヤンキー)の話は?」


 その言葉を聞くなり、彼は露骨に顔を強張らせた。


「それを話してくれないと……」

「ところで、中佐に助けられたそうじゃないか?」

「……それは」


 ボクは顔を逸らした。


「唐突だけど、ここで一つクイズのお時間だ。さて、問題です。中佐は一体、どこで狙撃の技術を磨いたんでしょうか?」

「……どういうこと?」

「彼が陸軍犯罪捜査局(CID)の古株でないことは、きみも彼から聞いていると思う。あるいは、一瞬の反射光から敵の存在を嗅ぎ付け、正確無比な射撃で獲物を仕留める技術……」


 自分の背筋がそっと冷えていくのがわかった。


「……まさか」

「そう、ヒューゴ・ヘイデン・ヒギンズ陸軍中佐は特殊部隊でキャリアを積んできたんだ。戦闘適応群(CAG)、第一特殊部隊デルタ作戦分遣隊……。そう、デルタフォースさ」

「デルタ……」


 ボクはヒギンズと初めて出会った時に感じたことを思い出す。

 手入れの行き届いた口髭と顎髭を見て、陸軍(アーミー)で髭は許されていたのか疑問に思った。その時、こう思ったのだった。デルタみたいに「外見に対して大目に見てくれる」部隊の人間なんだろうか、と。


「だけど、デルタでちょっとしたトラブルがあったみたいでね。ほとぼりが冷めるまでの間、CIDに移ってもらっていたという訳だ」

「ほとぼりが冷めるまで?」

「そう。命令違反だよ」


 あのヒギンズが命令違反だなんて。ボクは言葉を失ってしまう。

 正直に言って、信じられない。

 ジョシュアが悪意を持って、そんなことを言ってるんじゃないかと勘繰ってしまう。ヒギンズは忠実な軍人で、命令に反する姿なんて想像できない。

 そこで、ライフルを保持したヒギンズの姿を思い出す。

 あの時の咄嗟の行動は、もしかするとヒギンズの本性を匂わしているんだろうか。


「表向きは実施されていないミッションで、彼は現場レベルの責任者だった。命令違反の末に、本来の作戦目的は達成されなかった」


 ボクは何か言いたかった。

 けれど、結局何も言えずに、ただジョシュアが再び喋り始めるのを黙って待つことしかできない。


「けれど、軍内部や上層部、政府の間でも中佐を擁護する働きかけがあってね。結果的には……不問だった」

「そんな……っ!? じゃあ、まさか……ヒューゴがその『アメリカ人(ヤンキー)』なの?」

「落ち着いて。中佐が命令違反したことは確かだけど、ギーツェンの支援者かどうかは……確固たる証拠がある訳じゃないんだ。ただ、中佐が復権を目指して、この騒動になんらかの形で関わっていても不思議じゃない、と言いたいだけだ。以前からギーツェン側の人間なのかもしれないし、単に金目当てなだけかもしれない。本当は、そんな事実なんて存在しなくて、単なるぼくの被害妄想なのかもしれない」


 ジョシュアはそこで、また黙り込む。


「正直なところ、手詰まりを感じているよ。ぼくは今、本職の方からは遠ざかってるから、捜査するための人的資源を欠く状態が続いているし、内容が内容なだけに、本来の職場に縋ることもできない」


 彼らしくもない、笑顔がどこか弱々しい。

 それとも、ボクの勘違いなのか。今のジョシュアの笑みに弱さを感じてしまう、弱さを見出してしまう。見る側の、ボクの問題なのだろうか。


「CIAの防諜担当の上級職員《カウンター・インテリジェンス・スーパーヴァイザー》とはやり取りしてるけど、正直言ってあんまり芳しくないね。なんせ、多くの情報機関群の間での問題だから、ね。ぼくらやCIAだけの問題じゃないんだよ」


 だけど、すぐに弱さをかなぐり捨てて、ジョシュアはぼくに言った。


「真相はともかく、ぼくが言いたいのはこれだけだ……」


 ジョシュアは言った。


「中佐には用心して」

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん(ーдー;) ビギンズ中佐=干されたデルタ隊員=《協力者》かも知れないという推論が弱い(説明不足)を読者サイドとして感じました。 もう一押し状況証拠を挙げるか、あくまでも可能性の一人だ…
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