魔弾の射手
その時、警告音がコックピットで鳴り響く。
背筋が凍った。
近くにFHの存在はなかったから、知らず知らずのうちに油断していた。誤報かと思ってしまうくらいに。
補助システムがサブウィンドウに表示した姿。
それは、対FHミサイルを掲げて、こちらに向く男だった。
よりにもよって、FHが近距離で戦い合うなか、運悪く踏み潰されてしまうリスクを甘受した生身の姿で、ボクにミサイルを向けているのだ。
FHは強固な装甲により防御されているため、少量の火薬による爆発ではダメージを効果的に与えられない。また、飛翔速度がAPFSDS弾などの砲弾と比べて非常に遅いために、運動エネルギーによる装甲貫通は行えない。
そのために、爆発の威力を一点に集中させることができる成形炸薬弾を弾頭に用いて、装甲を貫く。
放たれたミサイルを感知して、間髪入れずにフレアが自動で放たれる。
だけど、はたして間に合うのか?
グロリアはもともと赤外線をあまり発しない。そして、AFHMは目標の発する赤外線を映像としてとらえ、これをミサイル先端部のシーカーが感知して飛行するパッシブ誘導方式だ。その誘導方式上、フレアなどの赤外線ジャミングには弱いけれど……。
後方爆風を覚悟した攻撃。
自分の安全なんて、鼻から勘定に入れていない。雇われ傭兵らしくもない。
だけど、時たまこういう自分の命を顧みない連中が戦場にいる。金のため、生きるため、じゃない。戦うためだけに、ここにいるような、そんな人間……。
ボクは目を瞑った。
正直なところ、ボクにできることはそれくらいしかなかった。
その時、AFHMを背負った男の頭部が弾け飛び、血柱が上がった。爆発物のAFHMを、自らの足元に落としてしまう。
その光景を、ボクはぼんやりと眺めた。
次の瞬間、崩れ落ちる男目がけて、グロリアの自動迎撃システムが高エネルギーレーザーを照射する。攻防両方で使用可能な、最新鋭の化学レーザー兵器。
たった一秒で男の身体が一刀両断された後、間を置かずに何かしらの爆発物が炸裂して火柱がもうもうと上がった。
一瞬の出来事だった。
なんだか、白昼夢でも見ているような、そんな感覚にとらわれていた。
現実感が今ほど希薄な時はなかった。
「何をしているっ!? アイリーン!!」
声の主が、グロリアのディスプレイに大写しになる。
そこにはヒギンズが、大口径ライフルを構えたまま映し出されていて、集音装置は彼の怒鳴り声を明瞭に捉えていた。ディスプレイに映った銃口からは、白い硝煙が薄ら上がっているのが辛うじてわかる。
ボクは息を飲んだ。足場が安定しないハンヴィーの上から、測量手も不在のなかで、相手の頭を正確に狙撃したのだ。
大体、何故ヒギンズに、この男の存在がわかったんだ。
「……反射光だ」
ボクの疑問を察したヒギンズは事もなげに応えた。
ボクは弱々しく、口をぱくぱくさせていた。何か言ってやりたかったというのに、肝心の言葉はなかなか出てこない。腹の奥の方から、苛立ちが沸々と湧き上がり、胃や腸が膨らんでいくような気がした。
確かに、ヒギンズは光学機器が反射する光からギーツェンの姿を感じ取っていた。正直なところ、信じがたい行為だ。その素晴らしい目を場所が場所なら、褒め称えるのもいいだろう。
だけど。
「……ひゅ」
「ひゅ?」
「ヒューゴこそ、何やってるんだよっ!? ハンヴィーなんかでうろちょろして!!」
自分が想像していた以上の声量に、ボク自身が一番驚いた。ウィンドウに出ていたキャロライナとエリンの顔が思いっ切り曇り、クレアが目を丸くし、ヒギンズの顔が驚きの色を強くする。
「……別に、うろちょろなんかしてないぞ」
面食らったヒギンズは、それでもボクに反論する余裕だけはしっかり残していて、心外だとばかりに肩を竦めてみせた。
「してる!」
「……してない」
ボクはヒギンズを怒りたかった。
怒りたかったけれど、それ以上は言葉にならなかった。ボクは口元を指で覆う。
FHが戦闘を繰り広げる戦場で、よりによって決定的なまでに脆弱なハンヴィーで駆けつけるだなんて、聞いたことがない。前代未聞の出来事だろう。それも、現場の指揮官が大口径ライフル片手に、敵を狙撃する現実なんて到底受け止めきれなかった。
それは、都合が良過ぎる映画やコミックのお話で、たとえそれが現実になろうとしても、少なくともボクとは無縁でなくちゃいけないレベルの出来事だ。
そして。
何より腹立たしいのは、そんなヒギンズにちゃっかり守られてしまったボクだ。ヒギンズ達を守る目的も兼ねてここにいるというのに、肝心の彼に助けられてどうするんだ。
本当に。
本当に、肝心なところで役に立ってないじゃないか。
あまりの自分の不甲斐なさに、気を緩めると涙を零しそうになる。ボクはそれをどうにかして押し留めるので精一杯だった。許されるのであれば、コンバットグラスを外して、目元を力一杯拭いたいとすら思った。
こうして、戦闘は終了した。
けれど、ボクにとっては画竜点睛を欠いた、ほろ苦い任務になった。




