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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第三章 悪には悪を《バッド・ペイ・バッド》
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願ってもない機会《ゴールデン・オポチュニティ》

 天上から見守っていたステルス輸送機から、爆弾が投下される。

 一応、この重装歩兵は対空射撃をするものの、あっという間に火達磨に変わる。無駄弾と砲身の融解から、発射弾数を制限する設定なのだろうが、ぶっ壊されてしまったら本末転倒だ。

 その隙に、ボク達のグロリアがその身体に周囲の風景から出力されたパターンを映し出して溶け込む。完全に姿を消せる訳ではないけれど、ディスプレイ越しに見ると景色のなかに混ざり合ってしまったかのような、不思議なことが起きる。

 グロリア本来の、艶消しの黒による赤外線特性を抑えるコーティング効果と視覚的なステルス効果を上手く両立させたシステムだ。電子欺瞞下で、相手の目まで封じられれば、こちらに有利だ。

 相手のコムニオに、ほんの僅かに動揺の色が混じる。

 恐らく、彼らも投影装甲の存在自体は知っているのだろう。だけど、こうやって実際に相手をするのは初めてのはずだ。この装備は最新型FHの、一部の機体にしか搭載されていないのだから。

 ちょうど、ジョシュアのような軍出向組がいるようなPMSCsにしか導入が許されていない。


「ミスらんちき騒ぎ《ベル・オブ・ザ・ブロウル》! あの世でてめえの母さんに詫びな」


 重大な脅威である攻撃ヘリ(ガンシップ)は早々に無力化されなくてはならない。キャロライナがグロリアを巧みに操り、攻撃ヘリ(ガンシップ)の死角へと機体を滑り込ませると、なんの躊躇もなくグレネードを放つ。

 グレネードは機体尾部の小さな回転翼(テールローター)をしっかり捉えて、吹き飛ばす。尾の先から煙幕のようにどす黒い煙が吐き出されていく。テールローターを喪失したことで、ヘリ自体が大きく回転し始めた。

 メインローターの回転とは反対方向に回転力を与え、機首方向の安定を図る役割を果たしていたテールローターを壊された攻撃ヘリ(ガンシップ)は今、姿勢を保つので精一杯の状態だろう。

 エリンが武器庫(ウェポンベイ)に収められたミサイルを手負いの攻撃ヘリ(ガンシップ)へ解き放つ。フレアを放つ余裕すらないのか、大した抵抗もできずに攻撃ヘリ(ガンシップ)は空中で屑鉄に姿を変え、自身の残骸を周囲に向かって撒き散らして果てた。

 せっかくの光学的迷彩も、アサルトライフルの火線や銃火(マズルフラッシュ)でバレてしまったら意味がない。という訳で、なるべく自機の存在を暴露しない方法を使って、コムニオをじわじわ追い詰めていく。

 クレアは肘部分に格納されていたナイフを逆手に持って、格闘戦を挑む。

 と言っても、キャロライナが仕掛けたがる真剣勝負や一騎打ち、という訳じゃない。死角から忍び寄って、サバイバルセルを一突きする。なるほど、クレアらしい賢明な判断だ。

 ボク達にとって薄汚れたご同業を始末できるというのは、ゴールデン・オポチュニティ――願ってもない機会だ。

 陸軍犯罪捜査局(CID)がどんなに権限を強化したとしても、実際に彼らが国際刑事裁判所(ハーグ)送りになるようなことはない。

 だから、ここでカタをつけよう。

 悪には悪を(バッド・ペイ・バッド)だ。嫌ならやめろテイク・イット・オア・リーブ・イット

 ということで、ボク達は自機をぎりぎりまで隠匿しながら、グレネードやミサイル、あるいは狙撃銃、ところどころでナイフや拳を使って、敵のコムニオを狩っていく。

 決して、彼らの得意な戦場へ無暗に飛び込んでいかない。彼らだって、腐ってもPMSCsだからだ。彼らが普段仕事をするような、「手慣れた」ドンパチをなるべく避ける。そして、ボク達が支配する領域の下で、ゲームを有利に進めていく。

 これは、ボクにとっては地味な作業だ。映画のような派手さはここには一切存在しない。いや、あくまでボクにとって、であって。攻撃の一挙手一投足が、ある意味で職人芸(クラフト)なのかもしれない。

 それに、迫力がある。巨人が巨人を拳で殴り倒しているのだ。そういう意味では派手だし、実に映画的だ。

 ボクは相手の視野を予想して、注意深く自分のグロリアを操る。機体の動きで巻き上がる砂埃さえ、計算し尽くして、存在を可能な限り消す。そして、グロリアの拳を叩き込んで、操縦手(パイロット)が乗り込んだ区画を力ずくで押し潰した。

 命と誇りの奪い合い。

 ただ、ボクらが映画に登場する高純度の正義の味方か、と問われれば即答しかねるけれど。アメコミの犯罪者退治専門のヒーロー、クライムファイター辺りか。

 ボクはグロリアを大きく跳躍させた。

 重量級のコムニオやヴォーリャには絶対真似できないような、軽やかで人間に近い動きだ。最低限許容できる微かな音で、相手の背後へ回り込むと、振り返る猶予も与えずに肘に収納されたナイフ型装甲切断器を背後から突き立てる。


「ツクモの奴、二機を瞬殺かよ」

「さすがユニット・リーダー。格闘戦では敵なしね」


 キャロライナが毒づき、エリンが口笛を吹いてみせた。


「あたしの分も残しておけよ」

「……キャロルは、殺しが好きなの?」

「兵士にそういうの、訊くんじゃねえよ」


 正直なところ、代わって貰えるんならいくらでも代わって貰いたいくらいだけど。たとえ奪う命が悪党のものだったとしても、どんなにボクの精神が図太くても、堪える時がある。

 良心や倫理といった概念が罪の意識や罪悪感を喚起させて、ボクの心を苛むからだ。

 ただ、少しでもこちらの被害を少なくしようと考えた時に、ボクが働いて回った方が損亡率を低く抑えられて、大切な仲間を喪うリスクを低くできるから、仕事熱心なだけだ。

 辛うじて生き残っていた、腰だめに保持しているガトリング式キャノン砲を持つコムニオ。砲門が今にも火を噴いて、周囲に弾幕を形成しようとする。経験に裏打ちされたアタリで、おおよその狙いを定めて、一網打尽にするつもりなのだろう。

 ボクはアクセルを大きく踏み込んだ。

 グロリアの爆発的な加速で、瞬時に距離を詰める。ボクの身体がシートに押し付けられ、着込んだ耐Gスーツの下半身部分が圧迫され、意識が薄らぐのを防いでくれる。

 キャノン砲が回転する直前に、グロリアの右足が砲門を蹴り上げる。そして、左足で相手の懐に踏み込むと相手の胴に拳をめり込ませた。一呼吸する間に、二度拳を叩き込み、瞬時にコックピットブロックを陥没させる。

 我ながら、早業だった。


「……凄い」


 クレアが呟く。殺しの技術については普段あまり言及しない彼女の、珍しい一言だった。


「くそっ。人の話、聞いちゃいない……」


 キャロライナが不機嫌そうなのは、その声音からも明らかだった。

 取り残されていた最後の一機が、遠くでアサルトライフルをぶっ放つ。

 とにかく弾幕を張って張って張りまくって、ボク等を牽制したいんだろうけれど、生憎、そいつの周囲には誰もいない。ただ弾を無駄にするだけだ。むしろ、こうして相手を疑心暗鬼に陥らせて、無駄弾をどんどん使わせて丸腰に仕向けていく。

 そのうち、コムニオは弾をあらかた撃ち尽くしてしまう。アサルトライフルを放り投げて、腰のナイフを抜き取る。なんというか、本当に代わり映えのない光景。既視感(デジャヴュ)でくらくらする。

 そういえば、エーファの時もこんな展開があったような気がする。

 生き方が、そして死に方が。

 ボク達が思っているほど、選択肢は豊富に存在しなくて。しかも、誰かが選択した行動に酷似していて、恥ずかしくなる。繰り返しはお笑い(スケッチ)の基本だ。とっくのとうに飽きられてしまったギャグだ。


「面白れえっ! なら、度胸試し(プレーイング・チキン)だ」

「……じゃあ、ぶっ放そうか」


 キャロライナがナイフを抜き取る前に、ボクとエリン、そしてクレアがアサルトライフルの集中砲火を浴びせかける。コムニオの胸元が激しく瞬くと、無数の穴が空けられて、大地に足を投げ出した。

 後ろめたい気持ちがない訳ではない。だけど、ボクはそういった気持ちに蓋をする。

 任務はつつがなく終わった。

 呆気なさすら感じるけれど、大抵の戦闘は皆、こんな感じだ。興奮や緊張で昂ぶるような、危ない「局面」になるべく陥らないように、作戦自体が組まれている。合衆国(ステイツ)が今まで体験してきた敗北と死から編み出された結晶だ。


「終わったな」


 キャロライナは溜息をついた。

 ボクは味方のステータスを確認する。皆、損傷らしい損傷を受けていなかった。後から考えると、手加減してあげられる余地みたいなものが存在したのかもしれない。とはいえ、これは結果論だ。

 ネイビーシールズのラトレル軍曹みたいに、ボクは母国で悔やみたくない。

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