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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第一章 厄が来ませんように《ノック・オン・ウッド》
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民間軍事請負会社《PMSCs》

「今回我が社が請け負う業務は、第二次国連スフェール活動《UNOSPH2》に関連する関係者達の警備です」

「『人道的な国連機関をはじめとする要員と設備を守る主要な業務委託』、ねえ……」


 キャロライナがタブレット端末に表示された文字列を読み上げる。

 なんだか、凄く無機質な単語の羅列だ。

 この世界の現実を体現しているとは思えない白々しさ。現実世界の何かを表現するための言葉だというのに、自分の仕事を放棄しているかのようだ。

 言葉の職務放棄に、ボクはなんだかぞくぞくした。


 人道的な国連機関をはじめとする要員と設備を守る主要な業務委託。


 どんな組織であっても、あらかじめ定められた民間軍事請負会社(PMSCs)と契約しなければ活動できない。

 例えば、イラクでは警護なしで危険地帯に立ち入ることが禁止されているし、ルワンダではそもそも入国すらままならない。

 各地の武力衝突で、正規軍兵士よりも多くの人道団体の人々が、大した抵抗もできずに殺されるという痛ましい事態が何度も何度も飽きることなく繰り返され続けた結果、ボク達の存在感は日を追うごとに増していた。


「はい、質問」


 配布された資料を律儀に音読しているジョシュアに向かって、キャロライナが手を上げる。

 その素早さは、条件反射にも似ていた。つまり、あまり深くは考えていない動きにしかボクには見えない、ということだ。


「……なんだい、キャロル」

「スフェールってどこだ?」


 失笑と溜息がそこここから漏れるけれど、当のキャロライナは手を一ミリたりとも下げない。

 びっくりするくらいの厚かましさで、逆にこちらが驚かされる。彼女の一挙手一投足にいちいち驚いているほど、ボクは暇じゃないんだけど。


「アドリア海に浮かぶ半島だよ。イタリア、スロヴェニア、クロアティアに国境を接している。大きな枠ではバルカン半島を形成する一地域だ。ちょうど、イタリアの形が長靴なら、スフェールは腕だね」


 ジョシュアが手元の携帯端末(モブ)を弄ると、さっきまではまっさらだった壁に地図が浮かび上がる。

 イタリアの長靴よりも短い。

 ただ、アドリア海に向かって掲げられ、掴みかかる様子は確かに手であり、腕だ。


「で。そこがどうしたんだよ、ジョッシュ」


 直属の上司相手に、愛称呼びでしかもタメ口のキャロライナだけど、当のジョシュアは気分を害する気配すら見せない。

 当人がそんな調子なので、キャロライナを咎める者は誰もいなかった。


「現在、このスフェール半島は事実上の内乱状態にある。スフェール連邦共和国の統治能力(ガバナビリティ)は消失したと表現しても過言ではないね。今は旧連邦軍や旧警察といったかつての治安維持組織から自警団、ゴロツキ、はてはテロ集団まで……数え切れないほどの武装したグループがまさに群雄割拠と言った感じ」

「なんか、どっかで聞いたような話だな」

「お隣の旧ユーゴスラヴィアだろうね。二〇世紀末、チトーの死と冷戦構造の終結後、連邦構成国の独立と民族対立……」

「それが、そこでも?」


 ボクは訊いた。ジョシュアはボクの方を向くと軽く頷いてみせる。


「むしろ、その時を凌ぐ勢いでね」

「気になるのが」同じユニットのエリンが口を開く。

「その対象に、報道(プレス)まで含まれていること。わざわざウチがやる業務だとは思わないけれど」


 そう言うと、エリンの紫色の目が動き、周囲に視線を振る。その視線に合わせて、彼女の艶やかな長髪も揺れて波打つ。

 視線の軌跡に合わせて、強面の背広達の押し殺した呻き声に似た何かが上がる。

 エリンは察しが良く、その押しの強さは彼女の立派な長所の一つだけれど、こういった時であろうとも物怖じせず言葉に出してしまうような、情け容赦のない側面がある女の子だ。


「ブラスト社のきみは記憶にないかもしれないが……」


 急に場を占拠した重い雰囲気を、壮年の男の声がやんわりと押し出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読みました。 重い空気から所々に滲み出すユーモアが絶妙です。『第4の軍』とともにおそらく伊藤計劃氏の『虐殺器官』に影響を受けたであろう作風、素敵すぎます。 [一言] 頑張ってくださ…
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