強者の論理《ビッグボーイズ・ルール》
相手はご同業だった。
時は一六四八年、ミュンスターとオスナブリュックで結ばれたウェストファリア条約。そこで、国家による武力の独占が揺るぎないものになった。これ以降、国家の明確な同意なしに私人が勝手に武器を持って戦う業務に就くことが許されなくなった。
たった数十年の間に、他の国々も見習って、徴兵制を導入し国民軍に乗り換えた。数々の解放戦争で自国の兵士の方が「民族と祖国のために」なら敢然と死地に赴くことが知られたからだ。
ついこの間までどこでもちやほやされていた傭兵が、途端に「祖国を知らぬ輩」扱いされることになる。
それから時を経て第二次大戦後、一匹狼や小グループの男達が、旧植民地、特にアフリカで冒険と幸福と金を目当てにうろついていただけだった。なのに、冷戦終結後は傭兵が商法上の企業に集まり始めた。
そう、これこそが民間軍事会社の時代の夜明けだった。
ほぼ二〇〇年の間「ならず者」の烙印を押され、社会の片隅に追いやられていた傭兵が、今再び脚光を浴びようとしていた。
合衆国御用達の下請け会社を除くと、民間軍事サービス業を最初に始めたのは南アフリカ人と、それにイギリス人だった。
南アフリカ人はアフリカ大陸で、イギリス人はその他にアラビア半島とアジアで、それぞれ傭兵としての経験を積んできたけれど、アパルトヘイト体制が終焉を迎え、東西紛争が終結すると、失業の危機が訪れた。
けれど、なかには目先の効く者がいて、大国が勢力圏から引き上げると安全保障上の穴が開くに違いない。そして、こう考えたのだ、この空白を埋める仕事はきっと金になる、と。
ちなみに、「民間軍事会社」という名称を最初に考案したのは、ロンドンのマーケティング専門家の女性の助言からだった。用語が正式に「PMSCs」に統一されるまでの間、使われてきた「PMC」という言葉をこの世に産み落とした母という訳だ。
「さしずめ、紛争のどさくさに紛れて、自分のビジネスの障害を排除する、ってところか?」
「でも、だからって襲うかしら? こっちは現役の軍人がいて、よりにもよってPMSCsを監督する陸軍犯罪捜査局よ」
「背後で汚いお金が流れてるのかもね」
中世ドイツの歌人のひとり、ミヒャエル・ベハイムは歌った。誰でもいい、一番気前の良い御仁がいつも奴らのご主人様さ。
多くの反政府、犯罪者、テロ組織は何千万ドルあるいは何十億ドルという資産を有している。巨額の短期的不正による大儲けが、長期的目標を反故にすることもあり得ないことではない。
あるいは、行動を伏せておけば市場の罰から逃れると考えるかもしれない。
つまり、「悪い連中の依頼を引き受けると、今まで築いた評判に傷をつける」と考える、いわば「市場の抑制」が働くかどうかは、企業の規範に関する「良識的判断」次第で決まる。
そして、それは利得動機によって、無残にも相殺されることがある、ということだ。エンロンやワールドコムの株主なら誰でも説明できるだろうけど、市場の抑制は弱い一本の葦でしかない。
「ツクモの言う通りだ。あの警官野郎を亡き者にしちまえば、自分らは商売と変態的な趣味をつつがなく続けられる訳だからな」
証拠隠滅。
ボクはぞっとした。いったい、彼女達はどこまで「モノ」として扱われれば、彼らの気が済むというんだろう。
強者の論理。強くなければ、生きられない。だけど、それと、弱い者を無自覚に踏みつけるのとは訳が違う。
「つまり、人身売買ネットワークが、PMSCsを雇ったってところかしら?」
「さぁ? それとも、主犯格を生け捕りにして、色々訊き出そっか」
「絶対反対。ここでぶっ殺しておこうぜ。どうせ、ロクな連中じゃない」
正確な攻撃が加えられる。
キャロライナのグロリアが、間一髪のところでかわす。キャロライナほどの技量があれば、そんな際どい避け方をしなくても良かったはずだ。そんな攻撃だった。
キャロライナだったからいいけれど、同じような真似を新人がやったら、先輩格は絶対に怒らなくちゃならないレベルだ。
「よし。……ぶっ殺していいよな?」
キャロライナはそう訊くものの、ボクの答えを待たずに反撃する。
グロリアのアサルトライフルが火を噴いて、その火線がコムニオの身体に突き刺さる。味方だから頼もしく感じられるけれど、これが敵の攻撃だったら嫌だな、というのが、ボクの偽らざる率直な感想だ。
キャロライナの技術とセンスは、よくバディを組むボクでも認めるところだ。
「うん。ボクらはそんなに慈悲深くないからね」
第一、手加減できる相手じゃないだろう。




