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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第三章 悪には悪を《バッド・ペイ・バッド》
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家畜置場《ストックヤード》

 何かあったら嫌なので建物のなかに入る。

 すると、そこにはヒギンズがいて、壁に背中を預けていた。


「トゥクモ。きみは、ジャーナリストへ転職はできなさそうだな」

「うん。つくづく向いてないと思うよ」


 ヒギンズはボクに応える代わりに、短く息を吐き出した。

 ボクはホッとした。

 彼の吸う煙草の香りは、嫌じゃなかった。

 香水と表現するところまではさすがにいかないけれど、品のある匂いだ。それに、ヒギンズは喫煙を見せびらかすような吸い方はしなかった。

 煙草を嗜む自らの姿に、酔っていない。喫煙という行為を、格好良さの演出方法として用いていない。


「ボスニアで起きた、セルビア人勢力による組織的な民族浄化を思い出す。強姦目的の収容所まであったからな。奴ら、犯しておいて、中絶するのが不可能な時期まで監禁しておくんだ。それから、わざと解放してみせる。そうやって、異民族に自民族の『血』を混ぜることで、根絶やしにしようと思ったんだ」


 言うだけ言うと、ヒギンズはまた煙草を口に含む。

 吸った分だけしか喋らない。

 そう心に決めているかのような、そんな仕草。

 ボクはヒギンズが煙草を吸うのを、ぼんやりと見続けていた。動作の連続が滑らかで、厭味ったらしいところがない。自意識過剰なところがないのは、好感を持つ際には重要な要素だ。

 暴力の文化に組み込まれた思春期の兵士達に対する一種の報奨として、強姦を利用する。

 美しい少女達、特に処女ばかりを見つけて誘拐するのが目的で、年は若ければ若いほどいい。

 若い女性兵士をモノのように扱い、無理やり成人兵士の妻にする。少女達はしばしば、やり手の指揮官の見返りとして与えられ、最初の相手が死ぬと別の相手に与えられる。

 そして、少女達は暴力を振るわれ続け、犯され続ける。


「彼女達は、人身売買の被害者だ」


 ボクはヒギンズの顔を見上げる。


「あるPMSCsが、準軍事団体のリーダーの身柄を確保する業務に就いた。彼女達は、もともとそこの少女兵だった。で、このとあるPMSCsはかつて東欧はボスニアでやっていたことを、このスフェールの地でもやることを思いついた」


 ヒギンズは無煙タバコを吸うと、続ける。


「そのPMSCsはその少女兵達を確保すると、現地法人や子会社を立ち上げる際に作ってきたネットワークを通じて『売り捌き』始めた。同時に、自らも性奴隷を囲い始めた。一三か一四歳くらいの娘だ。ここが『彼ら』の間でなんて呼ばれていたか、わかるか? 答えは、『家畜置場(ストックヤード)』だ」


 かつて、ボスニアでもダインコープ社の連中は、セルビアのマフィアから六〇〇から八〇〇ドルで、ロシア人やルーマニア人などの女の子を買って、「所有」して、世界中から非難されたことがあった。

 彼らは買った女の子を好きなだけ強姦して、飽きると他の仲間に売りつけた。

 この事件を暴露した内部告発者は憤慨して上司に報告してみると、その上司すら女性を買っている始末。強姦して、その様子をビデオに撮る外道さ。当然、この一連のスキャンダルは米軍によって調査された。


「……そんな事件もあったな。結局、暴露された奴隷取引と性的暴行は事実と認定されたものの、これらの犯罪行為にアメリカ司法当局の権限は及ばなかった。犯罪が行われたボスニアに権限があるかもしれないが、ダインコープ社はアメリカの『契約請負人』の資格で治外法権の特権を有していたから、ボスニア政府でさえその責任を追及することができない」


 結局、刑事訴追された者は一人もいなかった。

 現地当局の目の届かない国外に容疑者が連れ出されただけだった。


「事態を収拾するために、ダインコープ社がとった唯一の処置は……責任者七名の解雇だった、よね」


 その後、ダインコープ社は犯罪行為を内部告発した社員を解雇したが、逆に「犯罪行為の影響下で腐敗した組織に関する法律《RICO》」で訴えられてしまうというオチがついた。


「もしかして、ヒューゴはその時、その捜査を?」


 ヒギンズは首を縦に振った。


「おれはその時は、まだ陸軍犯罪捜査局(CID)じゃなかったんだ」

「そうなんだ」


 でも、それはそれで良かったんじゃないだろうか。

 ヒギンズは、誇り高き男だ。

 そんな男が、米軍の暗部をわざわざ引っかき回さなくてはならない。

 それはどんな皮肉よりも痛烈で、滑稽な話だ。そして、何よりも悲しい話だ。合衆国(ステイツ)の誇りと名誉のために、それを汚すような不祥事の、後始末をしなくてはならない。


「今のおれ達には、犯罪に関わった連中をこの国から追い出して、転職を促すことくらいしかできない……」


 そう言って、ヒギンズは恵澄美の姿をじっと見つめる。


「ヒューゴ……」


 その時、エリンからの呼び出し(コール)があった。

 ヒギンズが自身の額を大きな手で覆った。


「……敵襲か?」

「うん」

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