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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第三章 悪には悪を《バッド・ペイ・バッド》
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既視感《デジャヴュ》

 こんなことが前にもあったな、なんて思った。

 処刑場(キリング・フィールド)を見た時も、確かこんな感じだった。既視感(デジャヴュ)を強く感じているのが、自分でもよくわかる。

 無数の殺し、無数の死が脳裏に点滅する。

 外には、調査団の鑑識係がすでに押収した物品を頑丈なケースに収め終えていて、すぐにでも運び出せるよう手筈を整えていた。

 証拠品も当然大事な物だけれど、戦場においては人員の安全確保が最重要だ。だから、こういった物品は貨物用の無人ヘリに押し込まれ、後からキャンプへ届けられる算段になっている。

 その脇に、女性下士官達が何やら話し込む声。それが、微かに聞える。


「おれはいない方がいいだろう。用が済んだら、またこっちに戻って来てくれ」


 そう言うと、ヒギンズはズボンのポケットから細くて短い棒を取り出した。

 カートリッジ式の無煙煙草だ。


「肺を悪くするよ」

「民兵達が焼く古タイヤやプラスチックのせいで、それよりももっと有毒なガスをたらふく吸い込んでるさ」


 まぁ、確かに。老後の健康を心配する人間は、戦場でドンパチはできないだろう。

 次の瞬間には、この汚い大地に這いつくばって、自分の頭に収められた中身をそっくりそのまま引っくり返して死んでしまうかもしれないのに。そういう意味では、キャロライナのように、その都度自分の幸福度の最大化をしていった方が、案外賢いのかもしれない。


「じゃあ、彼を置いて、先を急ぎましょう」


 恵澄美は言った。

 ボク達は女性下士官の元へ行くと、彼女達は話すのを止めた。

 恐らく、あらかじめヒギンズと話がついているのだろう。彼女たちはいきなり本題に入ってしまう。


「今のわたし達には安全に外す装備がなかったので、そのままにしておいています」

「一応、油圧式カッターやアセチレンカッターは持って来たのですが……。襲撃の恐れが皆無ではない以上、キャンプ・ポロロッカに戻った際に慎重に外した方がいいと判断しました」


 ジャーナリストという職業柄、ある種の「慣れ」がある恵澄美はともかく、その辺りの事情を深くは知らないボクは無駄に戸惑ってしまう。

 主語のない会話に、ボクは目をぱちくりさせ、ついつい黙り込んでしまう。

 恵澄美もそんなにリアクションが大きいタイプではない――どころか希薄にも程があるタイプなのだけれど、女性下士官達は一拍ですらすら説明してしまう。

 まるで、ヒギンズに「説明しろ」とかなんとか一言言われ、本当に喋り倒すことによって自分の職責を果たそうとしているかのようだ。

 だけど、装甲車の影で身体を縮めている人影を見て、その意味がなんとなくわかった。

 毛布を纏った、娘達だ。

 全部で六人。エーファくらいの幼い子から、ボク達くらいの年齢まで。なかには、ようやく成人したという感じの女性もいる。女性下士官が滑らかな現地語で、彼女達のなかのひとりに喋りかけている。

 ボクにはよくわからない、異国の言葉。

 それに応じて、ボク達と同い年くらいの、虚ろな表情の女の子がよろよろと立ち上がる。酷く緩慢な動きだ。毛布の端を踏んでしまったからか、立ち上がる時の反動なのか、肩にかかった毛布が床に落ちる。

 裸だった。

 何よりも目を引いたのは、手首や足首に宛がわれた枷。

 ご丁寧に、ちゃんと溶接してある。一昔前の、肉厚の手錠なので、巨大なペンチみたいな器具では壊せなかったようだ。鍵穴があったと思われる場所も、金属が流し込まれて埋められていた。


「……あの、彼女達は?」


 一目瞭然だったのに、ボクは無粋にも訊いてしまった。

 女性下士官も口を開こうとしたのだけれど、直前になって唇をもごもごさせた。彼女達の置かれた状況を、直接口に出して表現するのには躊躇われる。なんと表現したらいいのか、なんと表現したら適切な言葉遣いになるのか。

 表現に苦しむ。


「彼女達は、性的搾取の被害者です。建前は子ども兵として徴発されましたが、戦闘には不向きと判断されて、兵士達を相手に……」


 性的搾取。

 なんとも、いい表現だ。性的奴隷だとか、お金を払わなくてもいい慰安婦だとか、そういう下世話な言葉を使わなくて済む。

 恵澄美がいくつか短い質問を行う。

 詳しい話は、ポロロッカに戻った後、ゆっくりしてもらった後に訊くことにして、今は目の前の彼女に、今しか訊けないことを訊ねていく。

 とはいえ、時より現地語が混じり、女性下士官もまた全ては訳してくれないから、ボクにはその全体像がいまいちよく把握できない。

 とはいえ、これは僥倖でもある。

 わざわざ人の不幸を、その細部まで知らなくてもいい、ということでもあるから。こういった悲劇を、いちいち受け止めて飲み下していけるほど、ボクはまだ「自分」というものがしっかり出来上がっているとは考えていない。


「……たとえ決まった相手がいなくても、常に避妊をさせられた、と。看護師が避妊リングを挿入して……。痛くて、それも毎晩確認される」


 通訳する女性下士官も、どことなく戸惑い気味だ。

 ボクもなんだかうんざりしてきてしまって、その場を後にした。

 ボクはもともと、FH専属のパイロットではなく、戦闘要員(オペレータ)からFHの操縦技術を獲得したタイプだった。だから、ちょっと昔までは、こういった紛争地に降り立って、アサルトライフル片手に家屋に突入していた訳だ。

 ボク達は、相手が一番来て欲しくない時に突入する。例えば、寝ている時やお手洗い、ちょうどシャワーから上がって更衣室にいる時とか、女の子に自分のあそこをしゃぶらせている時とか。壁の向こうの出来事を見る技術は、ボク達には沢山あるから。

 何が言いたいのかというと、ボクはこういうことに慣れているつもりだった。

 酷い目に遭っている女の子を見ても自分は傷付かない、そんな自信があった。

 なのに、いざ、裸の娘を前にすると、自分のそんな自信や覚悟は、結局のところ、ただのポーズであったことに気付く。

 覚悟したつもりになっていた。

 それだけだったことに、気付かされる。

 そして、そんな自分を直視することができなくなって、その場から逃げ出す。

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