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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第三章 悪には悪を《バッド・ペイ・バッド》
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心地の良い破滅のテーマ

 旧約聖書サムエル記で語られた、ダヴィデの部下達にとっての報酬。

 それは、敵から奪った獲物だった。

「男も女も生かしおかず、羊と牛とろばとらくだと衣服とを取って」という具合に。

 さて、ボクが一体何を言いたいかというと傭兵(マークス)が「ならず者」だったのは、今に始まったことじゃない。単に、昔からそうだっただけだ。

 ボク達はヒギンズと共に、うち捨てられた建物にやって来ていた。

 かつて、まだこの半島に、統一的な国家が存在していた時に建てられたものだ。正式な国名に、「人民」だとか「社会主義」だとか、そういった単語が含まれていた時代。他の共産国と同じく、この国もまた国家が推進する宗教や国教といった類の信仰を持たなかった。

 だから、共産党を称賛するような、コンクリートのオブジェクトがこの建物を囲むように建てられている。総書記が国内外の著名な芸術家に建てさせた、巨大構造物。今は廃墟になってしまった建物を、嘆いているかのように。

 ちょうど、お隣の今はなきユーゴスラヴィアも、ティトーがその時代を代表する建築家達に、オブジェクトの作製を依頼していた。過去からの遺産(レガシー)。孤独と静寂のなかそびえ立つ、コンクリート製の芸術作品。

 太古の遺跡にも似た、ある種の神聖さ。空間に漂う独特の神秘的な空気を感じる。


「なんか、日本のアニメかなんかに、出てきそうだよな」

「……というよりも、これを見て作品に組み入れられたんじゃないの?」


 空想が先か、現実が先か。

 SFが描く近未来は、今「現在」を支配する時代精神から逃れられない。「心地の良い破滅のテーマ」なんて言われていたように、米ソが核弾頭を突きつけ合った冷戦時代、想像力は「核の冬」から逃れられなかった。

 放たれた核の鏃が世界に引導を渡し、滅び行く世界のなかで人々は淡々と運命を受け入れていく。そこで描かれる未来というのはつまり、核爆発であり、文明の崩壊であり、終末だった。

「過去」、「現在」があってはじめて「未来」がある訳だし、その出力を見るのは、「現在」を生きるボクらに他ならない。だから、そこで描かれている「未来」に、ボク達は明日を感じ取り、あるいは感じ取ることができなかったりする訳だ。

 ボク達がやってくる気配を敏感に感じ取り、野良猫達がぞろぞろと這い出てくる。生後八カ月、といったところだろうか。首の裏側を母猫にくわえられ、運ばれていく仔猫はなんとも言えない可愛さがあった。

 仔猫は瞳を丸くして、辺りをきょろきょろ見回している。仔猫の青(キトゥン・ブルー)と呼ばれる青い瞳にとって、目にするもの全てが、きっと目新しいのだろう。新鮮さに満ちているんだろう。

 クレアは微かに厳しい表情を緩めたように見えたけれど、それはひょっとしたら、ボクの気のせいでしかないかもしれない。クレアはいつも緊張した面持ちで、戦場に臨んでいるからだ。

 だからなのだろうか、ボクはクレアの顔から、どうしても緊張の色を見出してしまう。


「……あんまり、本業はしたくなかったんだがな」


 現場クラスの指揮官にしか聞こえない回線で、ヒギンズは言った。

 確かに、ヒギンズはその仕事柄、軍やPMSCsのスキャンダラスな側面を暴かなくてはならない立場な訳だから、仕事はないに越したことはないし、本来的には暇で暇で仕方がないくらいじゃないと困る。

 なのに、悲劇の方は、ヒギンズを放っておいてくれない訳だ。


「なんか……見たところ、そこいらの民兵とかと対して変わんねえな」


 これだけ多くの場所で殺戮が起こっているのに、殺しのバリエーションは思った以上に少ない。

 山刀や斧で頭をかち割ってみたり、機関銃をぶっ放してみたり、自家製(ホームメイド)爆弾でふっ飛ばしてみたり。狙撃銃で頭を撃ち抜いてみたり。あるいはFHで轢いてみたり。

 案外、殺人の手法というのは殺人者の想像力に依存していて、ある種の普遍性の如く、代わり映えがしないのかもしれない。


「なあ、ヘイデン。あんた、仕事は楽しいか?」

「……正直なところ、楽しみを見出す余地はないな」

「じゃあ、いわゆる使命感とかでやってるのか、軍人を?」

「そうだな。ここでは、毎日無実の市民が殺され、血を流し、虐げられている。怪物のような連中が跋扈しているからだ。こういう人道に背く行為を、決して傍観して見過ごしたりはしないのが……合衆国(ステイツ)という国の責任と、誇りだからだ」

「ふぅん」


 キャロライナはあんまり面白くなさそうだ。

 降りてこないか、とヒギンズはボクらに言った。

 例の如く、ボクが渋りに渋って、最後まで粘りに粘った挙句、エリンに背中を押される形で降りてきた。

 何故か、キャロライナはすでにグロリアから降りている。

 本来はこういった時の役割分担は、ボクがユニットリーダーの権限で先決できる訳なんだけど。ボクは特に、それを強く主張しなかった。

 デルタフォースといった特殊部隊出身者が主体となって作ったPMSCsはそもそも、上意下達という「古臭い」考えに乏しい。率いる者も率いられる者も、共に頭を絞り、知恵を出さなくてはならない。そういったデルタなどの特殊部隊ならではの気質が、自然と行き渡っているからだとボクは推測している。

 ヒギンズと一緒に、恵澄美の姿もある。


「子ども兵を使用している軍事組織のおよそ三〇パーセントが、少女の兵士達もかかえている。男子と同じように危険な任務に就く場合もある。それだけでなく、性的な奉仕や兵士の妻になることも強要される。魅力的な少女達を誘拐し、戦利品として『結婚』させる武装組織もあるくらいだ」


 そう言うと、ヒギンズは部屋の奥に進む。

 そこで建物は途絶え、一旦外に出る。

 なんだか嫌な予感にボクは苛まれた。

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