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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第三章 悪には悪を《バッド・ペイ・バッド》
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鍵穴覗き《キーホール》

 キャンプ・ポロロッカは、PMCブラスト社スフェール支部。

 一フロアだけでは手狭になったのか、それとも最初から仮オフィスの扱いだったのか。いつの間にか建設された近代的なビルへ、日を置かずに移転していた。

 この支部は実質的な機能はともかく、少なくとも書類上は現地法人という扱いになっている。ビルのなかでは本社出向組らしき人間が、「ペンタゴン・スタイル」と呼ばれる味気ないスーツ姿に身を包んで、忙しそうに行き来していた。

 米軍と瓜二つの戦闘服(BDU)姿でうろうろしているのは現地採用組だろうか。歩き方がどうも米軍兵(ヤンキー)らしくない。いわゆる軍人歩き、という奴だ。

 ボク達ユニットAの面々は、そんな忙しそうな彼らを尻目に、出来立てほやほやのブリーフィングルームに集められていた。

 部屋中にいわゆる新築独特の臭いがそこかしこで立ち込めている。建材が発する数えきれないほどの化学物質は、身体によくなさそうなのは明らかだ。


「よう。ユニット・アイリーンの諸君」


 投げかけられた言葉に、ボクは驚いてしまう。

 一足先に腰掛けていたヒギンズが、ボク達を出迎えたからだ。

 ヒギンズは正規の軍人な訳で、本来ならばここにはいないはずの人間だ。なのに、こうして座っていると、なんだかジョシュアなんかよりもよっぽど「それらしさ」を醸し出している。


「……なんでヘイデンがここにいんの?」

「ギーツェンの戦争犯罪の捜査には、陸軍犯罪捜査局(CID)も少なからず関与しているからな」


 その名前を聞いて、皆の顔に緊張が走る。

 もはや、条件反射というよりも学習効果だ。

 グレゴール・G・ギーツェンという言葉には、聞いた者の顔を強張らせてしまう、呪詛にも似た禍々しい力がある。

 ボク達はその言葉を聞くと怒るように、あらかじめ条件付けされているかのよう。


「もしかして、見つかったんですか?」


 誰にも増して真剣な面持ちでクレアが訊く。


「おれもその話を詳しく聞くために、ここにいる訳だ」


 そう言って、ヒギンズは部屋の入口に視線を移す。

 そこには諜報畑で暗躍している、やり手のブラスト社の調査部の面々の姿。彼らの多くは前職が米国情報機関群インテリジェンス・コミュニティだ――というのは真っ赤な嘘で、そういう人間も多いけれど、まったく関係ない人もいる。この国は官民交流が盛んだからだ。

 そして、彼らと共にいるのが、ボクらの直属の上司であり、現役の情報軍(インフォメーションズ)大尉であると噂されるジョシュアだ。

 彼は背広組の先陣を切る形で、今まさに認証を終えて部屋に入って来るところだ。


「エリー、お手柄だ」


 ジョシュアは口を開いた途端、エリンに向かって笑いかける。

 彼の一点の曇りのない微笑みに、笑いかけられた方のエリンはといえば、表情が晴れない。むしろ、怪訝に曇っていく。

 ふたりの対比がなんだか面白おかしくて、ボクはつい唇を微かに曲げてしまう。


「……わたし、何かしたかしら?」

「ああ。先日の調査団の要員警備業務、ならびにその際に発生した防衛業務の際に無人機(UAV)が撮影した画像に、ギーツェンの姿が映っていた」


 ジョシュアが携帯端末(モブ)を弄ると、壁一面に人影が映し出される。

 等身大なのかもしれない。

 周囲の風景に、自然(ナチュラル)に溶け込むことを意図した、最先端のピクセル迷彩。

 それに身を包んでいるから、まるで首だけが宙に浮いているかのようだ。

 事情を知らなければ、悪趣味なコラージュにさえ見えてしまうだろう。

 ジョシュアがフィルターを何枚も何枚かけていくと、その像がより鮮明になっていく。

 猿山の大将の癖に、耐G仕様の戦闘服(BDU)を律義に着込んだ男。

 ちょうど、双眼鏡にも似た光学測量器を使っているので、その瞳を、その目元を窺うことはできない。


「おい、これじゃギーツェンかどうか、わかんねえんじゃ……」


 キャロライナが突っ込みを入れた瞬間、ジョシュアの指の動きに連動して写真がスライドし、こちらを厳しい目線で睨みつけている顔に変わった。

 まるで、キャロライナの苦言に、画面の向こうのギーツェンが反応して腹を立てているような、そんなタイミングの良さにはボクも思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 この表情は、いくつか撮影した画像データのなかで、顔全体が映ったものから、失われてしまったディティールをソフトウェアやプログラムといった技巧を尽くして「復元」したものだろう。

 なるほど、ボクらにとって見慣れた顔がそこにはある。

 グレゴール・G・ギーツェン。

 この半島で多くの命を奪い回り、子ども達を自身の配下の兵士に仕立ていると思われる戦争犯罪者。現在進行形で、この半島を恐怖と狂気に叩き込んでいる張本人だ。


「まさか、本当に映ってるなんて」

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