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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第二章 神のご加護を《ゴッドスピード》
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この世の果てにある正しき道

 その心構えと覚悟は、しかし時間が経つごとに杞憂の色が強くなっていく。

 仲間のグロリアが、急に視界から消え始める。

 投影迷彩。コンピュータが周囲の色の傾向をパターンとして読み取って、外装に投影する光学的迷彩の一種だ。完全に消えるような迷彩なのではなく、あくまでディスプレイを通して見ると「見えにくい」擬態だ。

 ユニットBのグロリアが、赤いヴォーリャに襲いかかる。

 エーファが影武者を演じた、武装集団の長の機体なのだろう。だが、その動きは明らかにエーファの方が一段も二段も上だ。

 見えない敵からの高圧電流の鉄拳を食らい、機体を大地に跪かせた。

 グロリアから操縦手(パイロット)がアサルトライフルを片手に降りようとした、まさにその瞬間。

 地面に両手をついたこのヴォーリャが爆散し、周囲に向かって破片を散らした。


「うわっ。ありゃ自爆か?」

「どうでしょうね。自害に見えなくもないけど、わたしにはそんな気概があるようには見えなかったけどね」


 エリンが冷たく吐き捨てる。


「こちら、パパ・ワイバーン。ユニット・アイリーン聞こえるか?」

「誰に向かって言ってるのかしらね? パパ・ワイバーン」


 高機動多用途装輪車両(ハンヴィー)に乗り込んだヒギンズだ。

 エリンがそう突っ込みを入れるのだけれど、生憎彼女の声はヒギンズには届かない。エリンは通信係だけど、ボクに何かあった時に、その権限を代行することでしかこの回線では発言できない。現場指揮官のみが使える通信回線だからだ。


「こちら、アイリーン・ワン。感度良好、ちゃんと聞こえている。……詳細を乞う」

「アイリーン・ワン。そちらで是非とも確認してもらいたいことがある。……貴官から見て九時の方向に――山側の方だ、人影がないか?」


 ちょうど、右手にアドリア海の青い海があり、反対側には遠くバルカン山脈まで繋がる山々がある。ボクが画面を凝視すると、その詳細なディティールが明らかになる。だけど、ヒギンズが言う「人影」とやらは、影も形も見当たらなかった。


「人影は特に見当たらない。光学機器か何かで捕捉したのか?」

「いや。ただ、山際で人工的な反射を見た……ような気がした」

「パパ・ワイバーン。……それは誰が?」


 しばしの間、無言の時間帯が続く。


「……おれだ」


 ボクは溜息をついた。


「……了解した。こちらでも警戒する。何か分かり次第、連絡を入れる」

「うん、頼む」


 ボクは思わず頭を掻いた。

 確かに、光学スコープの反射光という恐れもある。一概にヒギンズを馬鹿にはできない。とはいえ、電子欺瞞下では、高度な情報索敵システムは使い物にならない。光学機器のズームで、運よく人の姿を確認できればいいけれど。


「エリー。一応、あの辺りの風景を、記録しておいてくれない?」

「了解。……と言っても、あそこに初恋の人がいても、気が付くのは基地に戻ってからになるけど」

「……それでもいいよ」


 あれ、エリンってこういうこと言う女の子だっけ。

 グロリアが外の音声をイヤホンから流してくれる。

 見ると、ブラスト社の攻撃ヘリが二機こちらに向かってくるのが見えた。小翼(スタブウィング)にミサイルやロケット弾をフル装備した有人機は、満足な敵対空砲火(AAA)を持てない貧乏組織のFHには充分な脅威になる。


「なんか、ここのところ張り合いがないな」


 キャロライナは言った。


「……張り合いがないのに、越したことはないよ」




 ◆




 キャンプ・ポロロッカの米軍航空基地に戻った頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 ユニットAの面々がぞろぞろ格納施設(ハンガー)から出てくると、非武装のハンヴィーがすべらかに向かってくる。その運転席に収まってこちらに笑いかけている大男がヒギンズで、助手席でのんびりとくつろぎながら携帯端末(モブ)を弄っているのがジョシュアだ。

 ヒギンズはボクを見つけるなり、太い指でこちらを差し示す。


「えっ、何……?」

「指輪」


 そう言うと、相好を崩す。

 厳しい表情が似合う、屈強な男であるヒギンズの微笑は、ボクの心に訴えかけてくる何かを確実に有していて、それがなんなのかはともかく、ボクを動揺させるのに充分な威力を有していた。

 残念なことに、こういう方面の耐性が全然出来ていないので、ボクは戸惑うばかりだ。


「まさか、つけてるとは思わなかったよ」


 なんだよ、それ。まさか、ゴミ箱に捨ててくれば良かったのだろうか。

 一言そう言ってやりたかったのに、ボクは頬を真っ赤にして、口元をもごもごさせるだけしかできなかった。そういう時、決まってボクは自らを恥じる訳だけど。自己羞恥に走るだけで、なんらの進歩もない。

 後部座席を見ると、そこには恵澄美が腰かけている。

 なかなかタイトでハードな一日だったというのに、疲れを顔に見せないでいる。顔や身体を見ても、とてもじゃないけれど屈強とは程遠い繊細さなようでいて、案外ボクらが思っている以上に、タフに出来ているのかもしれない。

 全員で七人だったけど、非武装で積荷が全然ないハンヴィーはそれなりに広い。お蔭で、もう一台の車を回さなくてもよかった。この前は運転手だったクレアが、今は恵澄美の隣に座って、今日の出来事を熱心に話しかけている。すっかり二人とも打ち解けたみたいで、何故かボクの方がホッとしてしまう。

 米軍管理区域(グリーン・ゾーン)を抜けて、ヒギンズがアンソニーまで乗り付ける。エリンが「えっ? 二日連続でピザなの」という顔を一瞬だけしたけど、すぐにその表情を引っ込めて無表情になった。

 その気持ちはわからない訳ではない。せっかく、レストランだってあるのだから、と言うこともできたけど、どうせこれから先、いくらでも行く機会があるのだから、と思うと焦らなくてもいいような気もする。

 何より、キャロライナと一緒にピザを買い込むヒギンズの姿を見ていると、自分の悩みがまるで些細なことのように思えてくるから不思議だ。子どもみたいに無邪気な顔をして、キャロライナと笑い合っている姿は、幸せとはこういうものだ、と示されているような、そんな気がした。


「おー、こりゃまた凄いな」


 買い物を終えると、ハンヴィーを宿舎へと走らせる。到着早々、部屋を見つめながらヒギンズは言った。


「なんだよ、ヘイデン。あんたの部屋だって、これと同じか、もっと凄いだろ?」


 確かに、ヒギンズやジョシュアといったクラスの人間は、それこそ広い部屋――というよりも、それこそ家をまるごと独り占めできるだろうに。

 一体何を驚いているのだろう、とボク達が逆に不思議そうな目でヒギンズを見つめる。

 ヒギンズはまじまじと部屋の有様を見下ろしてから、言う。


「いや、散らかり様が」


 共用スペースのリビングに散らかる、私物の数々。

 それも、ダンベルや家庭用ゲーム機があるのはまだわかるけれど、トーテムポールや自由の女神像、ミロのヴィーナス像がさり気ない風を装って置かれている。それでいて、全然自然に溶け込めず、東南アジア風のインテリアから明らかに浮いている。


「あーっ!? 誰だよ、こんなに部屋汚した奴ー!」

「……あなた以外の誰がいるのよ、キャロル」

「はいはい、悪い悪い」

「大体なんなのよ、これ」


 エリンがトーテムポールを指で突っつく。


「これな、なか抜きされていてだなー」


 なかに入っていたのは、隙間なく敷き詰められたバドワイザー。

 やれやれ。変なところで努力を惜しまないんだから。ボクとエリンの顔が自然と険しいものに変わるも、キャロライナは気に留めようとはしない。ちょっとはこっちのことも鑑みてもらいたい。


「こっちは、これだけが楽しみで……」


 途中まで言って、凍りつくキャロライナとジョシュア。

 それもそのはず、ヒギンズが笑いながら腕を組んでいる。

 笑っているのに、怒りのオーラが背中から発散されているように見えた。

 それは、まさに闘気とも言うべきか、見えないはずの何かがまるで帯を引いて見えているような、そんな気がするのはきっと、気のせいではないと思う。その雰囲気に、皆圧され息苦しさに似た何かを感じ取っていた。


「忘れていた……。ヘイデンがCIDだってことを」


 キャロライナが力なくソファに埋まる。


「さて、キャリー。おれが何を語りたいか、わかるな? ん?」


 陸軍犯罪捜査局(CID)陸軍中佐ルーテナント・カーネルであるヒギンズはバドワイザーの缶のプルタブを指で弾く。ぴんぴんという軽い音が出る。


「どうせ、その冷蔵庫のなかには、冷えた奴が入っているんだろ? 出せ」

「別に、いいじゃんか……」


 と口先だけは往生際の悪いキャロライナだけれど、ヒギンズの身体から発せられる刺々しい雰囲気に負けて、ちゃんと冷蔵庫から缶の山を引きずり出し、彼の前へと差し出す。


「おいっ! ジョシュアっ!!」

「へっ!? ぼく!?」

「おまえ以外に誰がいる? おまえもそこに座れ!」


 二人の姿を見て、思わず恵澄美が声を上げた。

 なんと、キャロライナもジョシュアも何故か正座だ。ボクも心底驚いてしまって、変な声を上げてしまう。一体、ふたりはどこで正座なんて習ったんだろう。ひどいお笑い(スケッチ)を見ているみたいだ。


「エチカ。悪いが、ちょっと外してくれないか? おれも、できればこんなことはしたくないし、まして、報道(プレス)関係のきみには見られたくない。……安心してほしい。この世の果てにも正しき道はあり、正義は必ず行われることを」


 ヒギンズはそう言うので、ボクは恵澄美の背中にやんわりと触れて、部屋からそっと押し出す。

 エリンもクレアも、それにならってピザの箱のいくつかを持ち、二階の個室の方へ移る。自然と、ボク、恵澄美、エリン、それにクレアの組と、キャロライナ、ジョシュア、そしてヒギンズの組に分かれた。

 いそいそと階段を上っていると、ヒギンズの怒号が駆け上がってきて、ボク達は自然の成り行きで部屋へと滑り込んで行く。

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