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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
第二章 神のご加護を《ゴッドスピード》
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到着予定時刻《ETA》

 ボクが思いもよらなかったところで得られた安らぎは、唐突に終わりを告げた。

 警告音(アラート)と共に、エリンの声が耳朶を打つ。


「これからキス、というところで邪魔して悪いわね」


 ボクはヒギンズの胸に両手を置くと、無理やり身体を引き剥がした。


「馬鹿っ!? そんなんじゃないよ」

「別に。『キスするな』なんて言ってないわ。ただ、やるんだったら早めにやった方がいいわ。周辺に強力なジャミングがかけられてる」


 ボクは目元を軽く拭った。


「それに、押収品を運ぶ予定の無人ヘリが待てど暮らせど到着しない。もう到着予定時刻(ETA)を過ぎてるし」

「……ギーツェンかな」

「さあ。意中のギーツェンかもしれないし、エーファの属していた武装組織の大将や、その残党かもしれない。あるいは、ジョッシュが目の敵にしている噂のアメリカ人(ヤンキー)か。ともかく、ツクモ、あなたには戻ってきてもらう必要がある」

「わかった。……ところでさ、エリー」

「何かしら?」

「……そっちから見えてたの?」

「ええ、ジャミングが起こるまで、ね。警戒も兼ねて無人機(UAV)の映像を検証していたら、偶然……」


 絶対嘘だ。


「ちなみに、どこから見てた」

「そうね。どこからと言われれば、ツクモ達が建物から出てから、抱き合うところまで」

「……エリー、それは一部始終って言うんだよ!?」

「はいはい、とにかく手短にね」


 そう言うと、ステータスが待機状態に戻る。

 ボクはげっそりしながら、ボクの様子を窺っていたヒギンズに向き直った。


「多分、そっちにも連絡が入ると思うけど……」

「ああ。皆、高機動多用途装輪車両(ハンヴィー)に乗り込んでいる」

「……通信をしている気配はなかったけど?」


 ヒギンズは喉元を指さして見せる。


「見えないか、トゥクモ? 隠密活動を行うデルタやレンジャーみたいな特殊部隊が張っている、音声読み取りデバイスだ。実際に声を発さなくても、イヤホンが自動的に増幅して各々の『声』を作ってくれるんだが……」


 ボクは爪先立ちになって、ヒギンズの首辺りを凝視する。だけど、それらしきシートは見えない。

 すると、ヒギンズはそっと顔を近づけ、その唇がボクの頬に触れる。


「……なっ」

「時間切れ、だ。また会った時にでも、ゆっくり探してくれ」


 そう言うと、意味深なウインクをする。

 ボクがどぎまぎしているうちに、その巨体はボクの元から離れていく。

 その背中に何か言いたくても、一体何を言えばいいんだろうか。

 まったく言葉が脳裏に思い浮かばない。

 伝えたいことはそれこそ沢山ある。

 なんで、キスをしたのか。

 なんで、今なのか。

 ボクから離れ行く背中が、不意に立ち止まる。


「……そうだ。女の子から貰ってばっかりじゃバチが当たるな」


 ヒギンズの太い指が首元をなぞると、彼の厚い胸元からチェーンを取り出す。

 それを無造作に虚空へと放り投げる。

 あんまりにも自然に投げるものだから、ボクはぼんやりしてしまって、取り損ねてしまうところだった。


「……これは?」

「ほっぺのお礼に」


 そう言うと、今度こそ背を向け去ってしまう。

 残されたボクは、まじまじと自分の掌を覗き込む。

 チェーンに繋がれていたのは、銀色の指輪だ。

 一見すると華奢な作りだけど、手に取ってよく見てみるとそれなりの厚さがある。つい、裏を見てしまう。結婚指輪だろうか、と思ったけれど、名前やイニシャルは掘られていない。

 単なるアクセサリーだろうか。


「……なんなんだよ、もう」


 ポケットに入れようと思ったけれど、シートに座ることを考えて、仕方なく首にかける。

 誰もいない建物を横切り、自らのグロリアの元へ急ぐ。

 隣にあったはずのキャロライナのグロリアは、すでに起動しているのがわかる。ボクも素早くグロリアのコックピットに滑り込み、システムを起こす。ボクの存在を感知して、ハッチが閉められる。これで、とりあえずは狙撃される恐怖からは解放された訳だ。

 戦場で機体を完全に「眠らす」ことはないので、しばしの間を置くと、すぐにグロリアを動かせるようになる。


「どうだった? キスのお味は?」


 グロリアの準備がちょうど整った時、ディスプレイにエリンの顔が映った。

 遠慮も容赦もない、単刀直入な問いが投げかけられて、ボクは一瞬何も考えられなくなってしまう。


「キッ……」


 不意に、さっきのヒギンズとのやり取りを思い出して、つい顔が赤くなってしまう。

 そんな自分が、なんだかとっても気持ち悪い。

 エリンを見ると、口元に意味深な笑みを浮かべながらも直接聞いてこない辺り、全部知っているのかもしれない。

 クレアを見ると、戦闘前の緊張した面持ちをしていて、彼女がボクとヒギンズのやり取りをどういった表情をして見守っていたのか、慮ることはできなかった。


「待たせてすまない! ん? ……なんなんだよ、おい」


 先に乗り込んでいた癖に、ようやくキャロライナの機体の通信がオープンになる。


「キャロル、何かあったの? 通信が復帰するの、遅かったじゃない」

「いや、グレネードの武器管制システムでエラーが出たから。でも、大丈夫だ。問題ない」

「さて諸君。今日はもしかしたら、取り逃がしたギーツェンくんに、会えるかもしれないよ」


 ボクはグロリアが保持しているアサルトライフルのロックを解除する。

 万一、機体を奪われても、武器までは使えないという安全装置(セーフティ)だ。とはいえ、IDでロックされた銃を使えるようにする武器洗浄ガンロンダリングが横行する現在、どこまで通用しているかは、いまいち自信がない。


「五機のヴォーリャが、こっちに向かってきてるわ」

 カメラや各種センサーが読み取った情報がディスプレイに統合された形で表示される。

「少なくとも、噂の米国人(ヤンキー)じゃなさそうだね」

「ギーツェンの可能性もなくはないけど、一番可能性が高いのはエーファの属していた武装集団の大将や残党たちみたいね」

 敵の陣形を見て、思わず息を吐き出した。統率の「と」の字も見られない編成だった。せっかくジャミングをかけているにも関わらず、肝心な自分達の動きがそれを台無しにしていた。


「……こういうのを見ると、基本って本当に大切だよな」


 キャロライナも呆れてものが言えない、といった感じだ。


「もしかしたら、秘匿回線すら使えてないのかもしれないね」


 その程度だったら、電磁妨害をしない方がマシだと思うんだけど。

 とはいえ、それこそFHの歴史と共に生まれ落ちたヴォーリャと、最新鋭のグロリアを比べるのは酷な話だった。グロリアは消費電力の九割を、レーダーと電子戦装置だけで占めている。純粋に機体を動かすためには、たったの一割だけしか使われていない。

 一番後ろを歩いていたヴォーリャが火を噴いた。

 と言っても、攻撃を仕掛けたのではなくて、その逆で被弾したのだ。

 一番装甲が厚い胸部のコックピットが大きく抉られて、その丸い穴から赤い火が勢いよく噴き上がる。長距離からの狙撃。支援ユニットのライフル銃機の攻撃だ。


「この分だと、あたしらはなんもしなくても良さそうだな」

「あのヴォーリャ達は陽動かもしれない。警戒は怠らないように」


 ボクはそう言いながら、調査団のステータスを確認する。

 いつでも動ける状態のまま、待機だ。

 型落ちFHのヴォーリャとはいえ、高機動多用途装輪車両(ハンヴィー)にとっては脅威だ。もし、ボクが敵ならば、FHの注意を逸らしながら、このハンヴィーや輸送ヘリが運ぶ手筈になっていた押収物を狙うだろう。

 そうボクは思って、ぴりぴりしていたのに、肝心の攻撃はなかなか加えられない。

 次の瞬間には、激戦になるかもしれない。

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