非公式請負社員《ノン・オフィシャル・コントラクター》
ワシントンの中心部に位置するマクファーソン・スクエア。
そこに面したオフィスビルに、PMCブラスト社の事務所は構えていた。
ホワイトハウスまでは三ブロック。『ワシントン・ポスト紙』の本社へは四ブロック。
その他ワシントンの主要官庁、主なメディアのほとんどが歩いていける距離にある。
とはいえ、実際はその短い距離でさえわざわざ車で乗り付けるんだけど。
ぴかぴかに磨かれた床を、一歩一歩踏み締めるようにして歩く。
職業上の癖で、ついつい音を立てずに、「忍び足」で歩いてしまう自分に失笑を禁じえない。
出入りする人間に対していちいち芝居がかった、随分と厳しい眼差しで迎えるガードマン。
その脇を、ボクは黙って横切る。
金属を探知するだけじゃなく、下着まで見透かすゲートを潜って、社員証をかざす。
頭上の監視カメラが社員証に記載された顔写真と、このボクの顔が同一人物であるのか瞬時に確認する。
ゲートを潜った先にあるエレベータでは指紋認証。
降りてすぐの廊下では網膜認証。
そうして、ようやく現れたドア。
重厚な木製で、顔がくっきり映り込むくらいにニスで磨き上げられている。
ついつい、そこに映り込んだ自分の顔をまじまじと見つめてしまう。
周囲にベルはない。
ボクがきょろきょろ顔を左右に振ると、「御用の方は音声認証してください」という小さなメッセージプレートがドアノブに掲げられている。
覗き窓だと思ったものが実は認証機械で、さり気なくドア自体に組み込まれていた。
「ツクモ・ツクバ」
「声紋が一致しました。どうぞ、ツクモ・ツクバさん」
「わざわざこんなに認証しなくたって、あたし達の動きは随時チェックされてんだろ」
背後から、凛々しい声が発せられた。
同期でよくバディを組む、キャロライナだった。
首からぶら下げた社員証のストラップをぐいぐい引っ張りながら、ひとりごちる。
手入れが行き届いたセミロングの、紅葉を想起させる赤髪が軽快な歩みとともに揺れていた。
古の武人のような猛々しさと触れる物を容赦なく両断する刃物のような雰囲気を、周囲へむかって醸し出す。
それにくわえて、吊り目がちな灰色の瞳は鋭い光を湛えていて、キツい人間だと評されているのが、このキャロライナだった。
ボク達はともに非公式請負社員なので、私服姿だった。
彼女のこれから野球観戦にでも出かけるような、活動的な姿はかなり似合っている。
「まぁ、このご時世だから」
という訳で、ボク達は機械に指を押しつけ、掌を押しつける。
ボク達の知らない間に自分の「魚拓」が作られてもおかしくない。
きっとボク達よりもずっと、データベースはボク達の顔の作りに詳しい。
「他の連中は?」
「多分、この先で勢揃い、じゃないかな」
「ったく、あたしらが最後かよ」
木製のドアの向こうには、小さなブリーフィングルームがあった。
決して狭くはないはずなのに、沢山の背広姿が各々の商売道具を広げているので、ひどく手狭に見える。
その持ち主達は、自分の存在を積極的に消そうと努力しているような、無個性で冴えない人間から、これからスーツの広告用の写真を撮るのだと言わんばかりにびしっとキマった人間、そして何よりも、その格好自体がギャグというか――本当にスーツが似合っていない人間まで、多種多様だ。
誰が誰だか、ボクには全然わからない。
けれど、ここには国防情報局、中央情報局、国家安全保障局、そして国防総省といった米国情報機関群の次官級や次官補、合衆国上院議員や院内総務がいるはずだ。
少なくとも、形式上・手続き上はそういうことになっている。
そう、ボクが知っているのは、同じユニットに所属している私服姿の女の子ふたりと、直属の上司である男だけだ。
彼の名は、ジョシュア・J・ジョンストン。
PMCブラスト社第七企画部長にして、アメリカ政府の連邦給与等級を持つ、本物の軍人だ。
ボクらにはその詳細はマル密扱いで開示されていないけれど、噂によるとナイン・イレブンの後、陸・海・空軍そして海兵隊の四軍に新たに加えられた情報軍らしい。
今年で三三歳になったはずだけど、ジョシュアは入学したての大学生みたいに若々しく見える――と言えば聞こえは良いけれど、悪く言えば軍人特有の威厳の欠片もない男だ。
有象無象と奇奇怪怪で満ち、混沌とした世界に揉まれて生きる屈強な男達のなかで、ジョシュアは正直なところ、浮いていると言っても言いすぎじゃない。
それが、一人前に上等なスーツを着て、真面目くさった顔をしてその場に収まっている姿は、お笑いだ。
「さて、時間に正確な二人が到着したところで、早速本題に入ろう」
ジョシュアは今し方席に着いたボク達の方をちらっと見て言うと、背広姿の顔色を見渡した。