ネズミ取り《スパイ狩り》
ジョシュアが意味深な笑みを口元に湛えながら、そんなボクを真っ直ぐに見据える。
そこに物怖じというものは一切感じられない。
そこに漂っているのは余裕であり、どんな恫喝もさして意味はなさそうな、そんないい意味での力強さと悪い意味でのふてぶてしさがあった。
「さてね。買い被りもいいところだと思うけど」
「じゃあ、はっきり言わせてもらうよ。……今日のこと、ジョッシュがどう考えているのか、その所見をボクは是非とも聞きたいね」
ボクだけじゃない、キャロライナもエリンも、ジョシュアへ強い視線を向けている。
「やれやれ。きみ達は本当に、抜け目がないというか……」
「エーファの証言だと、ギーツェンは直前になって、アメリカ人の垂れ込みと足で逃げ出したそうじゃねえか? これは一体どういうことだ?」
「それはぼくが訊きたいくらいさ」
そう言うと、ジョシュアは切り分けられたピザを手にする。
「ギーツェンの逮捕業務はともかく、噂のアメリカ人はしっかりぶっ殺すっつー話。なんであたしらが請け負う? この手の話は、自前の非公式特殊部隊がこっそりやっちまった方が良かったんじゃねーのか?」
「さあね。お上の考えることはよくわかんないよ」
そう言うと、もぐもぐするジョシュア。
現役の情報軍大尉のジョシュアが知らないだなんて、ありえない。常日頃から米国情報機関群と非公式の打ち合わせの矢面に立ってきたこの男なら、なおさらだ。
「いるんだね。内通者が」
ボクが何気なく発した言葉に、ジョシュアの眉がぴくりと動く。
「情報軍や、カンパニー、それに類似する公的情報機関の人達が、スフェールの片田舎の民兵上がりと繋がっているというのは、どういうことなの? 普段はワシントンで背広組や制服組と怪しい話で盛り上がっているはずのジョッシュが、何故こんな最前線へ? これも、『情報操作』の一環なの?」
「まさか。合衆国は、そんな不誠実なことはしないよ。むしろ、ぼくでさえ驚いているんだ」
ジョシュアはキャロライナのバドワイザーの一つをさりげなく取り上げると、蓋を開けた。
キャロライナが露骨に嫌な顔をするけれど、ボクもエリンも咎めない。
「本当だったら、恵澄美嬢の依頼も、後方支援活動に従事する無難なPMSCsが行ったはずだった。なのに、情報漏洩の恐れから、委託できるPMSCsが限られてしまった。ちょうど、ボクみたいな現役軍人がこっそり収まった会社に、ね。それでも、どこかから漏れ出している始末だ。今頃、監督する陸軍犯罪捜査局も青ざめていることだろうね」
CIDは米国軍内部の犯罪を捜査する機関だ。
ちょうど、警察みたいなものだ。占領地で行われた軍自身の犯罪行為――捕虜の虐待や虐殺など――や、基地や駐屯地での軽犯罪まで。軍の管轄内で発生したあらゆる事案が調査の対象だ。そして、ボクらPMSCsの監督も行っている。
「そうそう、ちょうどCIDに勤める知人から、きみ達がアンソニーでピザを買い込んだことを聞いたから、恵澄美嬢を連れて来たのさ」
「つまり、あんたはそのネズミ取りってわけか」
「あくまで、書類の上では、ね。実際のところは、そんなに首尾良くいかないよ。ぼくがネズミだったら、いつまでもネコのネグラに居座ろうとは思わない。……むしろぼくは、きみ達に期待しているくらいだ」
ジョシュアは立ち上がると、おしぼりで手を拭った。
「おい、どういうことだよ?」
「ピザ、おいしかったよ。それと、ビールも」
そう言うと、ジョシュアは軽い身のこなしで部屋をするっと抜けて行ってしまう。
「ちょ、待てよ!?」
「大丈夫だよ。またいずれ、時が来たら話す機会もあるだろう」
そう言うと、ジョシュアは闇のなかに消えて行ってしまった。
ボク達は、そのダークの背広姿が暗がりのなかに混じり合っていくのを、黙って見送るしかなかった。
「あんにゃろ。くそっ」
悔しがるキャロライナの肩に、エリンが手を置いた。
「仕方がないわ。彼の口が開くまで待ちましょう」
「あたしのバドワイザー……っ!?」
そっちか。
ボクとエリンの溜息がぴったり重なり合った。




