逮捕対象《ターゲット》
スフェール半島の場所を知らなかった癖に。
ボクは本当に、そう思った。
というのは、キャロライナがスフェール語が流暢だったことが、なんとこの場でようやくわかったからだ。キャロライナが滑らかな現地語を唐突に披露したものだから、ボクはあまりの驚きに呆気に取られて上手なリアクションが取れなかったくらいだ。
「あ。いや、言うのすっかり忘れてたよ」
「なんだよ、それ」
ボクはちょっと不機嫌だった。
こういうことは、しっかり報告しておくものだ。とはいえ、ユニット編成を組んだジョシュア辺りはしっかり把握していたとは思う。作戦によっては、現地語を操ることができる要員や、現地と同じ人種の要員だけでユニットを編成することもあるからだ。
「……死んだ母さんとはさ、スフェール語で話してたんだ」
そうだったのか。
キャロライナの身体に、まさかこの土地の人と同じ血が流れているだなんて。
いや、そもそも母親と死別していたことすら、ボクは知らなかった。キャロライナとはそれなりに長い時間を一緒に過ごしたとは思っていた。なのに、ボクはその実、彼女のことを全然知らなかったのだ。
「ガキの間しか喋ったことがなくて。だから、難しい表現はできないし、ちょっと難解な単語は全然わかんねえけどな」
戦闘は終了していた。
エリンがフライング・マンタと連絡を取っている。
エリン機は無人機の親機であり、ライフル銃機ということもあって、通信機能が強化され、通信係も兼ねている。ボクの機体でも各種通信網にアクセスは可能だけど、それは指揮系統だし、何よりユニットリーダーの特権ということで、エリンに任せていた。
現地語の話せるキャロライナとクレアがコックピットにあらかじめ積んでおいたコンパクトなアサルトライフルを手に、ギーツェン機に乗っていた謎の少女の身柄を拘束するために、機体を空けている。
ここで一悶着あったら厄介だけど、かといって何もしない訳にもいかなかった。
当初立案されていた作戦通りに事が進めば、ギーツェンの身柄を拘束する手筈になっていたこともあって、二人は電光石火の早業で少女を拘束した――と表現すると格好良いけれど、実際のところはこの少女、抵抗という抵抗をすることもなく、黙って手を上げていたからだ。
「……ツクモ。ちょっとマズいことになった」
普段のキャロライナからは想像もつかない、真面目腐った口調が耳朶を打つ。
「うん? 何か問題でもあったの?」
「ああ、問題だ。こいつは大問題だ」
そう言うと、キャロライナは口ごもってみせる。
ボクとキャロライナとの間に、居心地の悪い沈黙が流れた。
「わかった。話して」
ボクが促すものの、キャロライナはなかなか口を開かない。先ほどの沈黙が再びボク達の間に漂って、この場を支配する。なんだか、どちらかと言うと多弁なキャロライナが黙り込むと、変な気分に陥る。とはいえ、いざ喋り出すとうるさいんだけど。
「……こいつ、パンツ穿いてない」
思わず咳き込んでしまうボク。
そして、当のキャロライナは軽く笑っている始末だった。
「つまり、裸Tシャツな訳だ」
「えっと。……で、問題とは?」
「だからー! こんな幼いガキが、下着も穿かずにFHを操縦してるってことだ! な、大問題だろ?」
「……全面的に同意させてもらうよ」
ボクはそこで、芝居がかった咳払いをする。
そろそろ、本題を彼女の口から聞きたいところだ。
「搭乗者の彼女からわかったことは?」
「あのガキの名前はエーファ。一二歳。好きな食べ物はチョコレート、クッキー、それにアイスクリーム。一番好きなアイスはチョコミント。将来の夢はお花屋さんになることだって。好きな花は、なんとびっくりサボテンの花だってさ。サボテンって花咲くんだな。癖っ毛は地毛で、青い瞳も母親譲りで……」
自然とボクの眉間に、小さい皺が走る。
「……ひょっとして、世間話に終始していたのかな?」
ボクはこのまま延々と話し続けそうなキャロライナの言葉を遮る。キャロライナはボクの反応をあらかた楽しみ終えたのか、口調が変わったのがわかる。
「訊きたい情報を引き出す上では大切なことだよ。あんたも覚えとけ。……スフェール半島では最大民族のクライノート系。噂のギーツェンや所属する武装組織の構成員とは同じ民族って訳だ。家族は皆、ゴロツキどもにぶっ殺されて、そいつらの性の捌け口として武装組織に加えられた」
ボクはそっと目を伏せた。
紛争地域では往々にして、よくあることだった。
何も珍しい話ではない。言うことの聞かない連中はとにかく殺して殺して殺しまくって、その子ども達を自分の組織に引きずり込む。彼ら彼女らは使い捨ての駒として、よりにもよって自分の親を殺した「仇」のために、尽くして尽くして尽くしまくらないといけない。
脳裏を過ぎったどろどろとした不快感と嫌悪感はなかなか拭えず、切り替えが上手く行かない。
「そのなかでFHの技術を会得したことで、戦闘要員として大将の警護に当たっていた。昼はちょうど親玉と共に異民族狩りに出掛けて、夜はベッドの上でご主人様にご奉仕ってわけだ」
「で、そのボスと我らがミスタ・ギーツェンは?」
「ああ、あの糞ったれギー助とこいつのボスは直前になって、どっか行っちまったらしい。エーファはボスの言いつけ通り、大将の機体を駆り、影武者になって大将たちの逃げる時間を稼いだって訳だ」
「どっかへ?」
「最新鋭のステルスヘリだ。ステルスペンキを塗るだけじゃない、ステルス戦闘機みたいに装甲が直線的で、レーダー波を巧みに反射させる独特な傾斜のある奴だ。つまり、ギーツェンの野郎はただ単に鼻が利いたってだけじゃない。情報が筒抜けになってたどころのレベルじゃなく、逃げる足まであったってことだよ」
ボクはお腹の底から息を吐き出す。
随分と厄介な話になってしまった、というのがボクの率直な感想だった。
やっぱりこういう風になってしまうとボク達の気分も晴れないし、仕事をする側からすれば何よりも面倒だった。こういう話はちゃっちゃと済ませてしまうに限るというのに。
「それも、このエーファの言うところによれば、頼れる助っ人はアメリカ人だったそうだ」
作戦の直前になって現れたジョシュアが言っていた。
例えばアメリカ人とかがいた場合は、そいつには絶対鉛弾を撃ち込んで黙らせておくこと。
間違っても、ギーツェンと一緒に連れて帰って来ないこと。
とんでもない。
そのアメリカ人はよりにもよって、逮捕対象だったギーツェンに作戦を暴露したばかりか、逃亡手段まで提供していたということだ。
ボクは背もたれに寄りかかって、大きく溜息をついた。
皮肉にも、青空が綺麗だった。




