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さよなら栄光の賛歌  作者: 金椎響
序章 世界は充分ではなかった《ワールド・ワズ・ノット・イナフ》
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人類の原罪

 人類の原罪のひとつは、平和に暮らせないことだ。


 遠雷が迫る。

 音が、空気を伝う「振動」であることを痛感する。

 その大きさ、強さ、そしてそれが伴っている迫力はどんなに距離があったとしても、決して弱まらない。

 低い轟きは不穏な気配を漂わせながら鳴り響き、大地に深い傷跡を残していく。

 黒い裂け目が幾重にも重なり合う様は、まるで何かの法則に則って機械的に刻まれているのだと錯覚してしまいそうになる。

 粉塵が空高く吹き上がり、周囲にもうもうと漂う。

 地鳴りのような音が周囲に木霊する。

 雷。そう、まるで遠雷だ。


 背の高い山々のなかに横たわる盆地に、その街はある。

 峠に立って見下ろすその姿は、精緻な計算の上で丁寧に作りこまれた箱庭のようにも見える。

 上空には鈍色(にびいろ)の雲が低く棚引いていて、街を上から蓋をするように覆っていた。

 時より、ごろごろという獅子が喉を鳴らしたような、威圧感を喚起させる重低音が鳴り響く。

 迫撃砲が咆哮を上げた。

 その情け容赦のない攻撃が、灰色の街並みに炸裂する。

 至るところで砂埃が巻き上がり、濃霧のように周囲に立ち込めていく。

 無風。砲弾の狙いを狂わす風がない。

 堅牢な石造りも砲撃の前には無力だ。崩れ落ちるしかない。

 細かく砕かれた無数の破片となって、隙間なく敷き詰められた石畳へと、雹の如く降り注いでいた。

 いつしか、街並みは破片の山に姿を変えていく。


 瓦礫と化す(フラットン)


 何かが、あるいは、何もかもが。

 己が、自身が炎を纏うことで発せられた臭い。

 きっと、そこらじゅうでそんな臭いが立ち込めているんだろう。

 灰色の街並みは、そこここで上がる火柱で照らし出され、揺らいでいた。

 そう、この街で現在も進行している悲劇を訴えかけるように、火柱が激しく燃え上がっている。

 ガラスが割れて、落ちていく姿は落涙のよう。あるいは流星だろうか。

 臭いのなかには、きっと命も含まれているはずだ。

 その臭いを、ボクも感じたい。

 大きく息を吸って、むせ返るのも厭わずに。

 この身体に、取り込んでしまいたかった。


 でも、それは許されない。


 電子機器がたっぷり詰め込まれた狭いコックピットのなか、ボクは操縦桿を握り締め、ペダルを踏み込んだ。

 それに合わせて、機体が大きく跳躍する。

 周囲の様子が、まるでジオラマみたいに小さく縮んでいくのがわかる。

 目を覆うグラスに、直接表示された映像。

 遠巻きに、この戦場を眺めていた。

 拡張現実なんていうけれど、引き伸ばされていった現実は、まるでその距離に比例するかのように現実性を失っていく。

 だけど、決して目の前で繰り広げられる出来事が虚構(フィクション)だとは思わないし、ましてやそれと現実を混濁するなんてありえない。

 現実と現実感は似ているけれど、その実まったく異質なもので決して交じり合うことはない。


 複合装甲の向こう側で、確かにある戦場。


 今もなお続いている軍事行動。

 それは、乱暴に言えば、ひたすらモノを破壊して、そして人を殺す作業だ。

 ハッチを開け放つと、すぐそこには異国の地があって、ずっとずっと広がっているはずだ。

 なのに。

 そのはずなのに。

 肝心のボクはといえば、コックピットに収まっていて、ただそこで縮こまっていた。


 当事者意識を、失いながら。

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