part 3
あいにくバイトがあるという高杉と校門で別れ、俺たちが向かったのは昨日の戦いの場となった墓地だ。
「うわあ…確かにひどいことになってるわね…」
昨日の戦いの後片付けをしないといけないと思いだしたのだ。この破壊の本当の犯人を俺が討ち取った以上、俺にその責任があるだろうが少し位は彼女に手伝ってもらっても罰は当たらないだろう。
「俺とにらみ合っているあいだも触手振り回してたしなあ…」
そう言いながら近所のコンビニで買った軍手をはめる。小磯さんにも同じものを渡してある。
「ちゃちゃっとやっちゃいましょ」
そういうと、小磯さんと俺は倒れた墓石に手をかけた。
朝に見たときは途方に暮れたものだが、二人にいれば案外と早く片付けは終わった。
とはいっても、砕けた墓石や割れた卒塔婆を修復できるわけもなく、とりあえず元あったであろうところにもどしたくらいではある。
小磯さんも高校時代は空手をやっていたそうで、俺よりも力も体力もあるようだ。
「はい、コーヒー」
見た目上は整えられた墓地を眺めていると、小磯さんが横から缶コーヒーを手渡してきた。
「ああ、ありがとう。120円だっけ?」
慌てて俺が財布を引っ張りだそうとすると、小磯さんは首を横に振った。
「いいわよ、このくらい…昨日の御礼には全然足りないけど」
そういわれると、俺としても特に断る理由はなく、プルトップを開けてコーヒーを一口飲む。横を見ると小磯さんも同じコーヒーを飲んでいる。
そういえば、家族以外の女性から何かものをもらうのは初めてかもしれない。
ぼうっと小磯さんを眺めていると、その視線に気づいたのか、俺に声をかけてくる。
「どうかしたの?」
「い、いや、今日は手伝ってくれてありがとう」
「なんで那智君にお礼いわれるのよ…むしろ私が逃げ回っていた時に荒らされたみたいなもんだし、むしろ那智君が手伝ってくれたことにお礼いわないといけないくらいなのに」
彼女には俺があの『災天』を倒したことはいっていない。あの戦闘の時が一番周りへの被害が大きかっただろうことを考えると、彼女の言葉に下手に肯ずることはできない。とはいえ、そのことを告げるわけにもいかないから、俺はただ黙って頷くだけだ。
「ところで、一つ聞いていい?」
ふと、小磯さんが聞いてくる。なんだろう、と思いながら俺は首を縦に振る。
「さっきの、『災天』が勝手に去って行ったっていうの、うそでしょ?」
その言葉に、俺は凍りつくが、一瞬で復帰する。まあそりゃそうだよな、と。
もともと、『災天』、それも俺が昨日であった固体名『ケンタウロス』は残虐なことで有名だ。11年前も、相当多くの人が無残に殺されることになった。
少なくとも、武器を持たぬ人間を見逃してくれるほど、彼らは甘くないし、そのことは11年前に物心ついていた人間ならばだれでもメディアや学校によって叩き込まれている。
なんと答えるべきだろうかと、迷う。突っ込まなければそれで終わりの話を、わざわざ蒸し返してきたのだ。下手な嘘はごまかせないだろう。
だが、だからといって「俺が変身して撃退した」なんていって信じてもらえるだろうか。頭のおかしい人だと思われて終わり―――とそこまで考えて、ふと気付いた。
『頭のおかしい人』と思われて、何かでメリットがあるだろうか。
今日初めてあった人間だし、今後も人生が交わることはないだろう。だったらそう思われてもいいのではないか。他に嘘を考えるのも面倒だ。
「実は――――」
そういい募ろうとしたところに、ふと上方に気配を感じる。視線を向けると、そこには
「流丸!?」
闇色の烏が、確かにそこにいた。
自称精霊は俺と小磯さんの間に舞い降りると、ホバリング(なんと器用なことだ!)しながら小磯さんに話しかけた。
「ヘイ!そこのお嬢ちゃん、昨日は大丈夫だったかい?」
烏?が日本語をしゃべりだす光景に、小磯さんは一瞬驚いたようだが、その驚きの質はどうやら俺が想像したものと違ったらしい。
「あ、昨日の烏さん!むしろ貴方こそ大丈夫だったの!?」
そうか、と腑に落ちる。俺が現れるまで彼女を守っていたのはこいつだったのだ、と。
とりあえず、場所を移すことにした。
お盆でもないしそうそう墓地に人が来るわけでもないが、それでも墓地で烏と会話している男女というのは十分不審者で、通報でもされたら面倒だ。
場所は、昨日同様俺の部屋だ。
実のところ、この部屋に俺以外の人間が上がるのは初めてだ。そのことに気がついて、ちょっと笑う。
流丸は新聞紙をひいたちゃぶ台の上に、そして烏を挟むようにして俺と小磯さんが座った。
熱い緑茶で喉を湿らせてから、俺たちは会話を再開する。
俺はすでに心に決めていた。昨日のことを全て話そう、と。
小磯さんと流丸の会話を聞く限り、昨日俺に起こったことを話しても、悪い方向にはなるまい。
それに、実のところ嘘をつくのは得意ではないのだ。
「…とりあえず那智君のいうことは理解できたわ」
一通りの話を終えて、小磯さんは頷く。
既に時刻は夜の10時。電車は大丈夫か、と聞いたところ、ここから歩きで帰れるところに住んでいるらしい。
「信じはしない、ということ?」
「いえ、貴方がいま嘘をいう必要性はない…それに、貴方は私にとっての恩人よ。疑うなんてとんでもないわ」
小磯さんという人は、相当義理深い人らしい。
「それに、そこの烏さん…流丸の存在もあるしね」
小磯さんの言葉に流丸は翼を広げて答える。たしかにこいつの存在は俺の言葉を裏付ける証拠としては十分だろう。
「まあ、お嬢ちゃんには確かに告げておいた方が良かっただろうしな」
そう口をはさんだのは、流丸だ。
「というと?」
たしかに被害者たる彼女には真実を知る権利はあると思うが、『知らせた方がいい』というのはいったいどうしてなのか。
「あの『災天』―――ケンタウロスがお嬢ちゃんを襲った理由はお嬢ちゃんが『可能性』持ちの『資格者』だからだ」
唖然とする俺たちに、流丸は説明を続ける。
「どうにも、そうでなければ説明がつかない…昨日嬢ちゃんがあの『災天』に襲われた時、少ないとはいえ、周囲に人がいたんだ。だが、あいつは嬢ちゃんだけしか見なかった…そして、嬢ちゃんは俺が計測する限り、『資格者』だ」
そこで俺が口をはさむ。
「すまん、『資格者』ってなんだ?」
「ああ、説明していなかったか。『資格者』とは、簡単にいってしまえば『カドモン化』して戦うのに十分な『可能性』を持っている人間のことだ」
そこで今度は小磯さんが口をはさんだ。可能性って何、と。
「そうだな…ちょっとこの新聞紙を二人で両側から持ち上げてくれ」
流丸は机の上からとび立つ。俺と小磯さんは二人で新聞紙を両側から持ち、そのまま持ち上げる。
「この新聞紙が『世界』だ。そしてそこに、俺が着地する」
流丸が新聞紙の上にとまると、必然的に烏丸が降りたところを中心として新聞紙が下にへこむ。
「人間はただ存在するだけで『世界』に影響を与える…新聞紙がへこむようにな。そして、人によってどれくらい影響を与えられるかは違う。重量の大きいものがより新聞紙をへこませられるように、より大きな『可能性』をもった人間は、その分『世界』に影響を与えられるんだ」
新聞紙と再び机に戻し、俺と小磯さんも元の位置に戻る。
つまり、『可能性』というのはいわば質量のようなものらしい。
「そして、その『可能性』が大きいほど、『カドモン化』した際に強くなれる…そういうことか?」
流丸に問いかけると、烏は頷いた。その通りだ、と。既に『カドモン化』のことは小磯さんに説明してあるからか、小磯さんも小さく頷いて理解を示している。
「そして俺にはろくにない『可能性』を小磯さんはかなり多量にもっていると…じゃあなぜ昨日小磯さんを『カドモン化』させなかったんだ?」
疑問をぶつけてみると、回答は簡単なものだった。
「女性を戦わせたいと思うか?」
その問に対する答えは、勿論ノーだった。
「…それはおかしいんじゃない?何で女だったら戦っちゃいけないのよ?女でも、私には力があるんでしょ?」
その意見はもっともだ。だが、流丸も俺も頷きはしなかった。
「俺は古い人間なんでね…他に戦う人間がいるなら、女子供に戦わせるべきじゃないさ」
「その意見には俺も同意する…それに、実のところ女性を戦わせられない理由があるんだ」
11年前、確かに女性の『大星』―――流丸の言葉でいうところの『カドモン』はいた時期もあったらしい。だが、増えなかった。
理由は簡単で、『カドモン化』による身体変形は生殖機能を著しく損傷する可能性が高いこと、そして女性の『カドモン』が敗れたときに『災天』はより一層残虐になるからだという。
「だから、ここは男に任せておけ。女を前線に立たせるわけにはいかない」
そういう流丸に、小磯さんはさらに反論する。だったら負けなきゃいい話じゃない、と。生殖機能についてはいったんは置いておくようだ。
だが、その発言を流丸はあっさりと切り捨てる。無理だな、と。
「11年前も、敵の首領に勝てたのは『チャレンジャー』だけだった。道半ばで死んでいった、あるいは負けて凌辱され、発狂していった『資格者』はたくさんいる…最後まで無事に生き延びた『資格者』なんて片手の数もいないくらいだ」
まあ俺のパートナーは生き延びたんだけどな、と付け加える流丸。その姿はどこか誇らしげだ。
ふと俺は流丸が朝出かけにいっていたことを思い出した。この近くに住んでいる昔のパートナーを探す、と。
何故ここに戻ってきたのか、流丸に問いかけると、その表情に影が差した。
「いなかったんだよ、前に住んでいたところに」
まあ、11年も前に住んでいたところに住み続けているとは限るまい。
「それで仕方なく戻ってきた…そういうことか」
いや違う、と器用に流丸は首を振る。
「死んでたんだよ。俺のパートナーはな」
その言葉に、力はなかった。
流丸によると、以前の住所にはだれも住んでいなかったため、インターネット等を使って調べたという。なんと彼には飛んでいる電波をとらえ、インターネットに接続することができるという能力があるらしい。
その結果、11年前のパートナーは、半年前に通り魔に会い死亡―――しかし、強烈な力により四肢はズタズタに引き裂かれていたという。
そしてその犯人は、捕まっていない。
「まさかそれって…」
昨日のケンタウロスを思い浮かべる。
「ああ、間違いなく『災天』の仕業だ。ついでに調べたんだが、この半年間、この周辺での『災天』の目撃情報が増えているようだな」
11年前に壊滅した『災天』であるが、その残党はその後数年間活動していた。さすがにこの数年は目撃証言も0に等しくなっているが、なぜかこの辺りでのみ証言数が増加しているのだ。
だが、大規模な破壊行動を行っていないこともあり、警察も表立っては動いていないという。
「他にも何件か同様の殺人事件が起こっている…間違いなく全て『災天』の仕業だ」
だから俺はここに戻ってきた、と。
「一つは、そこのお嬢ちゃんを探すのを手伝ってもらうつもりだったんだ。お嬢ちゃんのことと、俺のパートナーのことを考えると、『災天』の連中は『資格者』を狙っていると勘がるのが妥当だから警告しないといけない。そして、もう一つの目的は―――」
流丸が、俺を見つめる。
「那智速人、頼む。俺と一緒にあいつの仇を討ってくれ」
真摯な瞳に、俺は即答した。
「任せろ」
と。
「な、なんでそうなるの!?」
横から割り込んだのは小磯さんだ。
「だって、那智君は『資格者』じゃないんでしょ!?」
そう、俺の『可能性』は10人並みだという。だが、
「だからどうした?」
戦う必要があるなら、俺は戦う。ただそれだけだ。
「他に『資格者』はいないの?」
小磯さんは流丸に問いかける。
「少なくとも、この一帯にすんでいる中で最も『資格』があるのはお嬢ちゃん、あんただ」
そして、この近くに住んでいなければ小磯さんを護衛できない―――そういう事情もあるのだろうと、俺は推測する。
「それともお嬢ちゃん、あんたに戦う『覚悟』はあるのかい?」
言葉に詰まる、小磯さん。普通の人間に『命をかけて戦え』といっても、普通はためらうだろう。
「そういうことだ…さて、そろそろ夜も遅い。送ってくよ」
そういうと、俺は小磯さんを促して立ち上がった。
幸いにしてこの日は襲撃がなかった。