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HERO  作者: 歌枕
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part 1

今でも記憶に残っている。

俺の目前で果てたヒーローのことは。

真っ赤なよろいを身にまとったその存在―――性別さえ知らない―――は日本を襲った『災天』と人戦い、その首領とあい打ちになり、果てた。

その戦いに偶然巻き込まれてしまったのが、11歳のころの俺。

ただ、近くで眺めていただけで、俺のせいでヒーローが死んだとか、そういうわけではない。

だけど、ぼろぼろになりながらも何度でも立ち上がったそいつの姿は、今でも俺の心に焼き付いている。

いわばそれが俺の原体験だ。

今でも時と気度もいだす、その姿を。

紅蓮の鎧を身に纏い、長剣を背負ったそのヒーローの名を、『チャレンジャー』と人は呼び、そして彼を含む日本を救ったヒーローたちのことを、『大星』と呼んだ。


Part 1 the HERO

その叫びを聞いたのが俺だけだったのだから仕方あるまい。


夜、自転車を走らせる。

この辺りは都心とは言え、墓地が多いせいで夜は人気が少ない。おかげで家賃も安いのだが。

既に時間は12時を回り、深夜と呼ぶにふさわしい。

大分いたんだママチャリをブレーキをかけて止める。甲高いブレーキの音がうっとおしい。

声が聞こえてきた気がしたのだ。それも、悲鳴が。

もう一度、耳を澄ませてみる。

―――確かに、聞こえた。女性の悲鳴と、何かがものを打つ音が。

「携帯は―――電池切れか」

スマートフォンにしてからというものの、電池切れが早い。あたりを見渡しても公衆電話はない。

「仕方がない、か」

自転車を止める。さすがに墓地の中に自転車で入ることは難しいし、マナー違反だろう。

自転車の鍵を抜き取ると、俺は走り出した。


夜の墓地は決して気持ちのいいものではない。

だが、女性の悲鳴との相性は抜群だ。

まだ少女と言ってもいいかもしれない年齢の女性が、墓地をかける。砂利の音が微かに聞こえてくる。

その後ろにいるのは、粘着質な音を立てる、『何か』が1匹。

サイズとしては少女の二倍程度だろうか。基本的な形は神話にいうケンタウロスに近いが、腕は四本、さらに数本の触手が胴体から生えている。

その足はまさに駿馬のごとく速いはずだが、ケンタウロスの周囲を飛ぶ一匹の鳥に遮られ、速度ははるか遅くされていた。

その鳥も現実には存在しまい。一見すると烏に似ているが、その色は黒というよりも闇色だ。サイズも烏より大きい。

その烏が必死にケンタウロスにまとわりつくことで少女はまだ逃げていられるのだ。

少女が躓きそうになるたびに、距離が詰められる。

そのたびに少女は悲鳴を上げ、烏の動きが素早くなる。

だが、少女が足を取られる頻度は次第に増えていき、烏も触手に打たれ、息も絶え絶えだ。


その光景を見た俺は、ため息をついた。

「エロ同人誌か何かか…?」

触手なんて現実に見たことがあるのはせいぜい水族館でタコやイカを見たときくらいだ。

だが、この光景が現実であるということは紛れもなく自分が証明している。

周囲を見渡すが、人が来る気配はない。当たり前だ。深夜の墓地のど真ん中に来るもの好きなんていない。

やれやれと、呟く。俺がやるしかないんじゃないか。

勢いをつけるべく、俺は助走を開始する。


少女が、ついに段差に足を取られて転ぶ。砂利は容赦なく彼女の皮膚に食い込む。

同時、烏が弾かれ、墓石に叩きつけられた。もはや彼女を守るものはない。

ぬ、とケンタウロスが近づき、触手をもたげる。狙うのは、少女。

少女が立ち上がるより早く、触手が動き出し―――ケンタウロスが、横にぐらりと揺れた。

馬身に衝撃を与えたのは、一人の青年だった。


助走をつけた体当たりをしても、ケンタウロスをぐらつかせることしかできなかった。

自分の運動不足を呪いつつ、俺はケンタウロスと少女の間に入り、構えを取る。

昔少しかじった柔道の構えだ。

背中で砂利の音が聞こえる。少女が駆けだしたのだ。

目的は達した。

そもそも人ならざるものに柔道の技は掛けられるのだろうかという問が浮き出るよりも早く、触手が数本同時に俺に向かってくる。

腕で弾くが、全て裁き切れるはずもなく、あっけなく俺は後ろに飛ばされた。

直撃を受けたせいか、肋骨が嫌な音をたてる。

背中に衝撃が走るが、俺は気にしない。

立ち上がる。

ここから大通りまで頑張って走れば五分程度。目前のケンタウロスが追い付く二のにかかる時間を考えれば、それだけの時間を稼げればいい。

倒れたついでに拾った卒塔婆を構える。ないよりましだろう。

閃く触手に、卒塔婆を振りかざす。

あっけなく折れる卒塔婆。所詮は木製、それも雨風に打たれたものだ。

だが、俺は体を前進させ、ケンタウロスの目前に体を押し込む。

俺より身長が高く、隆々とした体だ。

腕を振りかざす人頭馬身の怪物を、俺は迎撃する。

結果は明らかだった。


あっけなく吹き飛ばされる俺。

見よう見まねのクロスカウンターを狙ったが、一方的にダメージを受ける羽目になった。今度もどこかの骨が折れたのだろう、焼けるような痛みだ。

だが、後4分―――耐えてやる。


もう一度、立ち上がる。

今度は砂利を手に隠す。眼つぶしくらいにはなるだろう。

再び、触手がひらめく。

俺は痛みとともに吹き飛ばされた。


一体何回繰り返しただろう。

既に体中、無事なところはない。

何本骨が折れたのか、立っているのもつらい。

血が目に入って、目を開けているのも難しい。

だが、俺は立ち上がる。

後30秒。それだけ耐えればいい。

『必要』なのはたったそれだけだ――――――――――!


ケンタウロスが、ゆっくりと腕を引く。ああ、これで俺は死ぬんだなと、ふと思った。

だからその声は走馬灯か何かだと思った

「おい、聞こえてるのか!」

「…あ?」

だが、走馬灯にしてはおかしい。こんな声聞き覚えがない。

「まだ生きているなら返事をしろ!」

声の主は、俺の右肩にとまった。烏だ。

闇色の烏は、俺に呼びかける。

「聞きたいことは一つだ―――生きたいか?」

ケンタウロスの腕が、発射される。

「当たり前だろ」

目の前が闇に染まった。


膨張した筋肉が、目の前で止まっている。

いや、俺の腕がミノタウロスの腕をつかんでいるのだ。

「何…が…」

呟いたつもりだったが、その声は俺の声ではない。いつもの声よりも低く、くぐもった声が耳朶をうつ。

俺の腕を見ると、それは闇色に変化していた。いや、闇色の外骨格とでもいうべきもので覆われていたのだ。

視線を脚に向けても、それは同じだった。闇色の装甲のようなもので全身が覆われているらしい。

「変身したんだよ、おまえは」

頭の中に響く声がある。その質は先ほどと一緒、烏のものだ。

「変身…?」

「全然驚かないんだな。普通なら最初はなきわめいたりするもんだが」

「とにかく現状を知りたい。お前は何で、俺はいったいどうなっている?」

ぎしりと、ミノタウロスの腕が音を立てる。

このままの状態を維持するのは辛い。

早く現状を知る必要がある。

「俺は精霊―――人類の守護者だ。で、お前は俺の助けを得て、『変身』した。つまり、戦う力を得たわけだ」

とりあえず今、俺が必要だったのは最後の言葉だ。

「なるほど、じゃあ俺は戦えばいいわけだな?」

その言葉とともに、腕を話し、俺は前蹴りをはなつ。

人頭馬身の化物はそれだけで空を飛んだ。

「力は十分か」           

「おい―――」

そのまま、敵にとびかかる。

着地したケンタウロスを攻め立てる。主に狙うのは脚部だ。足をつぶしてしまえば怖いものはない。

触手がまとわりついてくるが、全てつかみ、引き抜く。

ローキックで体勢を崩し、顔面に拳を打ち込む。

めき、という嫌な音とともにケンタウロスの体が倒れる。そこにすかさず蹴りをはなつ。再び、何かが折れる音。

蹴り飛ばされた怪物は、墓石に当たって四肢をだらりとぶら下げる。

「なんだ、だらしねえなあ…」

さっきの俺のように、根性見せろよ。

「まだだ、まだ終わってねえ」

頭の中の声が、注意を促してくる。

確かに、ケンタウロスは再び体に力を入れ、立ち上がる。

息も絶え絶えのようだが、それでもその眼には闘志が爛々と光っている。

「…OK,来いよ」

俺も、構える。敵も戦士だ。少女を追いかけまわすような奴だが、尚も立ち上がるその姿には敬意を払わねばなるまい。

「おい、お前、どうするつもりだ!?」

声が俺に話かけてくる。

「真正面から、うち倒す」

方法はすでに頭の中にいつの間にかあった。

「…とめる気はねえよ。お前の戦いだ」

俺と敵の視線が合う。後ろ足で二度ほど地面をかくと、ケンタウロスが突っ込んできた。技名も何もないこれこそが、敵の最大の一撃。

俺は一度腰を深く沈めると、そこから跳躍した。足を抱え込み、力をためる。

ケンタウロスの腕が、俺を迎撃せんと迫ってくる。

俺の周囲を光が待とう。闇色の光―――矛盾した力だ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

叫ぶ。

「ナイトラン・キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイック!」

足を、伸ばし、蹴りつける。

光をまとった俺の脚は、ケンタウロスの腕を破砕し、そのまま人頭馬身の体すべてを粉砕した。


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