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告白します



早川芽衣と進藤要は、従兄弟同士の幼馴染みだ。朝も昼も夜も一緒にいる二人。周りが羨むほど仲が良い二人。だから誰も知らない。彼らの関係が、たった一言で崩れてしまうほど脆いものだということを…。


キーワード:

現代、従兄弟、幼馴染み、告白、すれ違い、どっちもどっち







早川芽衣(はやかわめい)進藤要(しんどうかなめ)は、従兄弟同士の幼馴染みだ。


要の父と芽衣の母が兄妹で母親同士が友人であったことから、幼い頃からお互いの家を行き来していた。大人達からすれば、幼い二人の関係はとても微笑ましいものに見えただろう。


要は早熟な少年で、同い年である筈の芽衣をまるで妹のように可愛がった。芽衣も要に懐き、常に彼の後ろを付いて回っていた。

もう一人の幼馴染みである高木実香(たかぎみか)は、その様子を見る度に意味ありげな笑みを浮かべていたけれど。


二人はいつも一緒だった。実の兄妹でさえ、これほど時間を共有することはないだろうというほどに。





それは高校生になった今でも変わらない。


要も芽衣も、とても目立つ容姿をしている。要は王子様と呼ばれそうな甘く穏やかな美少年で、芽衣はアメリカ人である母親譲りの青い目をした美少女。

当然、周りに騒がれることは必至だったが、慣れとは恐ろしいものだ。子供の頃からそうだったため、多少の視線や黄色い悲鳴程度では驚かない神経が形成されていたりする。


彼らが仲が良いことは、自他共に認識されていた。

朝は一緒に登校し、昼は共にお揃いの弁当を食べ、放課後は待ち合わせて帰る。


そして従兄弟同士で家も近所である彼らが、親のいない日に二人で夕食を食べるなどいつものことだった。

仕事が立て込んでいたり出張だったり夜勤だったりして帰ってこない親達が気にしないで済むように、要の提案で小学生の頃からどちらかの家で食べているのだ。



そして今日は、芽衣の家。夕食は芽衣のリクエストで大根のグラタンである。


要は両方の母親よりも余程料理の腕が良い。芽衣は要の作る料理が大好きだった。いつも満面の笑みで食器を並べる芽衣を見て、要が微笑む。


穏やかな空気、優しい空間。

そんな日常の一場面でしかない空間を壊したのは、一体どちらだったのだろう。





それは、唐突な言葉だった。


「告白しようと思うの」


グラタンを食べる手を止めて、要は芽衣に視線を向けた。


「…誰に?」

「好きな人に」


短い問いに、短い返答。

どこか張り詰めた空気が流れる。


二人はお互い目を逸らず、見つめ合ったままだ。


「…そうか」


溜め息のように零された要の言葉と共に、その場の空気が弛緩する。


「要ならどう言う?」


これは何の嫌がらせだ。

要の脳裏にそんな考えが過ぎった。


ただの従兄弟のくせして今まで芽衣の周囲を牽制してきたことに関しての因果応報か。そんな自分の行動に欠片も反省や罪悪感を持っていないことへの罰なのだろうか。


そんなことを考えていたのがいけなかった。

言葉が思考を通す前に口から出てしまったのだから。しかし本能での言葉だったからこそ、それは要の本音であった。


「…そうだな。俺なら、好きだとだけ伝える。端的に単純に、躱されることも曖昧にされることも勘違いされることもないほど明確に。それでも誤魔化されてしまいそうなら、愛していると」


そう言い切った要の表情は、芽衣が知らないものだった。

真剣な顔で、なのにどこか切なく甘い。


「…好きな人が、いるの?」


対して、芽衣は声も表情も硬かった。


「ん…」


少し躊躇うように言い淀んだが、結局はその想いを言葉に乗せる。


「好きだよ。芽衣、お前のことを愛してる」

「…ぇ…?」


芽衣はあまりに予想外のことに目を丸くし、それを見た要はほんの少し後悔した。


ああ、失敗したな。言わなければ良かった。困らせたくはなかったのに。


心の中の声は、苦笑となって表情に表れた。

荒れ狂うような感情に気付かなかった振りをして。


「受け取ってくれとは言わない。ただ伝えたかっただけだから」


微笑んだ要は、まるで何事もなかったかのような態度で食事を再開した。

「え、ちょっと待って。要…?」


要の告白にかその後の態度にか、芽衣は混乱しているようだ。サラダを突いていたフォークが危なげに揺れている。


ああ、と思い出したように要は口を開いた。

スプーン片手にテーブルに頬杖をつき、目を細める様はひどく優しげに見える。


「芽衣は自分の言葉で気持ちを伝えれば良い。何も飾らなくとも、それだけで相手は受け取ってくれるだろうから」


要は柔らかな笑顔を浮かべたままだ。

それがポーカーフェイスなのか本当の笑顔なのか、今の芽衣には分からない。


「あとは、とびきりの笑顔で。知ってたか? 芽衣の蒼い瞳は、笑顔の時が一番映える」


勿論、ひたむきに目標へと向かう時の強い意志を見せる目も綺麗だけれど。


一瞬だけ、とろりとした熱が濃紺の瞳を過ぎった。

その熱に名前を付けるなら、愛おしさだったのだろう。



口説かれているようだ。



そう芽衣は思った。


要の声も、その瞳も、芽衣のことが好きだと告げていた。




けれど。


「そして結果は決して言わないでくれ」


俺の告白に対する芽衣の返事も、芽衣がする告白の相手が何て答えるのかも。

すべてを知らないままでいさせて。


一瞬前の熱を拭い取ったような感情のない、要の声。


暖かな部屋が、瞬く間にその温度を下げてしまった気がした。

ふわふわとした感覚が一気になくなる。



「…え?」


強張った顔で芽衣が聞き返した。


「どういう意味?」


「芽衣、早く食べないと冷えて美味くなくなるぞ」


あからさまに話題を変えた要は、食べ終わった食器を重ねている。


「今日はデザートもある。コーヒーゼリー。芽衣も食べるか?」


強制的に終わらせられた話。逸らされた目。


「要っ!」


「持ってくるな」


芽衣の声も無視し、要は台所へ行ってしまう。


それを追いかけようか芽衣が迷っている間に戻ってきた要は、普段とまったく変わらなかった。


「はい、ゼリー。芽衣は甘いの好きだろ。だからクリームは多めにしといた」


芽衣の前に置かれたのは、要の言葉通り山と盛られたホイップクリーム。


「要…」


「ほら、早く食べ終わらないとゼリーがぬるくなる」

「…うん」


それからは、沈黙の中で残りの料理とデザートを食べた。ゼリーは甘くほろ苦く美味しかったが、喉に詰まるように感じる。


その後も、要いつも通りだった。

普段通りに話し、笑い、くつろぐ。ただ、その瞳には僅かに翳りが見えていた。長い付き合いのある芽衣でさえ見逃しそうなほど綺麗に仕舞い込まれた陰。


告白に対する芽衣の答えを全身で拒絶していた要が、このままいなくなってしまいそうで芽衣は怖かった。でも、どうしたらいいのか分からない。


要は優しくて格好良くて大人だった。芽衣の自慢の従兄弟で、大好きな人だ。

そんな彼を傷つけてしまったことは、芽衣自身にも衝撃を与えていた。


先程のことを話そうとしても優しく話題を逸らされ、何も言い出せないまま黙るしかない。





芽衣が混乱している間に要はいつものように食器を洗い、風呂の用意をし、明日の朝食の用意をして帰って行った。


そして芽衣は、要が帰ってしまってすぐに隣家へ駆け込み、幼馴染みであり親友でもある少女に助けを求めたのだった。















~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


・以下、芽衣と実香の会話(芽衣の幼馴染み兼親友である高木実香の自宅にて)



「で、両想いだったのに擦れ違ってるというわけね?」

「実香、どうしたら良いと思う?」

「返事を聞く前に話題を終わらせた進藤君も大概だけど、今回のことはあんたが悪いわね」

「う…」

「どう告白したら良いかなんて聞かれて自分に対しての告白についてだなんて思うような人は、余程の自信過剰でもない限りそういないと思うわよ」

「うう…」

「というか、片想いの相手から好きな人がいる宣言されて、勢いで告白してしまったけど返事は聞きたくないっていう傷心の進藤君に、最後まで家事をやらせたのね」

「そ、それは…」

「芽衣の告白の結果も知りたくないから言わないでくれなんて、どんな気持ちで言ったのかしら」

「…要が家に来なくなっちゃったらどうしよう…っ」

「ちょっと泣かないでよ。私にはどうしようもないんだから」

「だって…」

「いっそ、助言に従って告白してみたら?」

「助言?」

「彼の言った通りに、直球で気持ちを伝えてみればって言ってるの。あんたが遠回しにしすぎたから、今回みたいな誤解が起こっているんでしょう?」

「でも、今更っ」

「これ以上話を拗らせたくなかったら、早めに言うことね」



(それにしても色々と妙な展開になったものだわー。あっちもこっちも斜め上なことになっちゃて。しっかし、進藤君ってテンパると意外と面白いことになるのねぇ。それだけショックだったんだろうけど。だから芽衣が十六になってからなんて変な我慢しないで、さっさと伝えときゃ良かったのに)





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