7th contact
「では指示通りに次の曲がり角手前二メートルで待機」
「はいはい」
イツキがハッキングして監視装置をごまかす。その隙にその監視装置の検知可能圏外にまで移動。検知可能範囲が重なっている場合は、片方を止めている間にもう片方を止めるといった具合にね。
今のところ警備兵のような人間に出くわしていないのは完全電子警戒システムだからなのかはわからない。でもそのおかげで助かっている。銃を持ち出されたら天井が低いうえに狭いこの通路で蜂の巣だ。
「不気味すぎる位順調だな」
「そうですね、警備兵の巡回も少ない時間を選んだとはいえ警戒するに越したことはないでしょう」
暗に罠かもしれないと言っているのか。でも実際警戒をとかないほうが良いと思う。
「警備兵接近、身を隠してください」
いきなり!? 身を隠すも何も近くに障害物もなければ曲がり角もない一本道。隣に部屋はあるけど電子ロックがかかっていてへたに中に入ろうものなら警報装置がなって詰みだ。
「天井にダクトがあります、そこに避難を」
テイザーガンを天井に打ち込みダクトにつながる網を開く。
「急いでください、接敵まであと約三十秒」
「ちょ……まってスラスターが引っ掛かって入れない」
「直接警備兵に言いますか?」
こんな状況なのにいらっとさせるのは才能だね。
「接敵までカウント・テン」
よし入り切ってあとはダクトの網を閉じるだけ。
息をひそめる。二人分の靴音が真下を通り抜けて行った。
「もう出て大丈夫です、いつまでも引きこもっていられません」
「このままダクト内部を進んでいけば簡単に目的地にたどり着けないか?」
狭いが監視装置もなさそうだし幾分か負担は和らぐはず。
「駄目ですね先ほどの状況をかんがみると防火ダンパーの箇所で移動できなくなります」
なるほど確かにそれは考えてなかった。火災の時にダクトによる延焼を防ぐ防火シャッターみたいなものの部分は当然幅が狭まる。さっきまでのように進んでいくしかないか。
「第一侵入が容易な場所なら警戒装置を無数に張り巡らせています」
「はいはい、そうだねっと」
ダクトから通路に舞い降りる。
イツキからの通信で次のセキュリティーが解除されたことを確認、次のブロックに進む。
「関係者以外侵入禁止」の札のある扉とIDカードによる承認がないと開錠できないタイプのスライドドア。ここもおそらくハッキングしてあけるんだろう、と思った矢先に開く扉。目の前には明らかに研究員と思しき人物。
「誰だおま……」
「ごめんなさいっ」
テイザーガンを押し当てトリガーを引く。全身が跳ねるよう痙攣して白衣の研究員は崩れ落ちた。
「警備兵だけじゃなくてその他の人間の状況を把握できないのかよ?」
「いや……監視カメラのハッキングは済んでいるのですが人影は……」
順調すぎた、そればかりが引っ掛かる。今までのところは侵入されても相手には痛くもかゆくもない。しかしここから先は困るというなら。
「イツキ、サイバー巡回システムの気配はあったの?」
僕は前方をにらみつつ自動ドアの内側に侵入する。
「……! なるほど、そういうことですか」
こっちはどういうことか全くわからないけど状況が悪くなったということは間違いない。最低でも侵入に気が付かれているということだからだ。
「すみませんハッキングに気が付かれているようなので。しばらく支援できそうにありません」
「まてまて! どうやってここから先に進めっていうんだよ、監視システムに必ず引っかかるぞ?」
そう、ざっと目視しただけでさえ死角もが見当たらない程度の監視装置の数々。いま、警備兵が飛んでこないのが不思議すぎるくらいだ。
「システム管理人が製作したと思われる疑似セキュリティーネット・サーバープログラムに誘導されていました」
思った以上に最悪すぎる。しかしこればっかりはイツキを責めるのはできない。疑似ネットワークに誘導できる腕を持っている相手は相当な凄腕。
「こんなに本物と酷似したネットワークを違和感なく構築する相手です。最低でも捕捉されないように逃げるので精一杯になると思われます」
出来ることならここで待つのが得策なんだろうけどとっさに研究員を気絶させてしまった。そのせいでほかの誰かが来る可能性が高いし。何とかならないかとMAPデーターを見ると広い部屋がすぐ近くにある。
「イツキ、この広い部屋はコントロールルーム?」
「なんでしょうか? できるなら一刻も早くこの疑似ネットワークから脱出したいので手短に」
聞く必要のあるのは警備システムのコントロールルームの人員配置。イツキはなぜ聞いたのか理解したようだ。
「速度の関係上制圧するのは不可能じゃないでしょう。しかし警備兵が入り口に四人、内部には二人、その他職員が五人います。全館に警報を出させないのは至難の業ですよ?」
一息吐きだす。
「あんたが逃げ切れる可能性は?」
黙り込むイツキ。その沈黙が何よりも雄弁に語っている結果はNO。
距離にして百メートルちょっと。加速時間も含めて扉前まで約一秒での到達が可能だ。問題は到達後扉を開けて五人の職員が警報スイッチを押す前に制圧。室内の警備兵二人の通信手段を奪うか、縛り上げること。
相手はプロ。こっちはパワードスーツで大いに実力を補ってはいるが完全素人。
警備システムに反応されても、使用する人間が反応できなければないも同然、それに反応できても違和感以上のものを気が付かせない自信はある。
いざという時の判断を誤らないためにプログラムを組もう。光居のいう「判断から行動までが遅い」というのを補うなら状況ごとに行動を決定しておいたほうが良いだろう。
まず入り口に四人。
プランその一、扉前に四人が並んでいたらそのまま体当たりする。減速すればけがで済むだろう。その隙にテイザーガンを本来のスタンガンのように使えばいい。
プランその二、通路の両脇に並んでいたらレーザーブレードを起動せずに叩き込めばいい。
正直かなりの重量がある、打撃武器としては十分すぎるほどだし、速度の関係上振り回す必要がないから横に広げて勝ち当てるだけでいい上に反対側は体当たりすればいい。警備兵の装備を見る限り重武装というほどではないが高防御な装備をしている。へたに刃物とかを使うより叩くことで内部にダメージを与えればいい。
「そのつらさは身をもって知っているからね」
息を大きく吸い込み精神を落ち着かせる。瞬間で確認済みの最高速度に到達させるとなると気絶しかねない。宇宙飛行士の訓練がどういうものか知らないけどきっと彼らも意識がブラックアウトするだろう。
「我ながら異常な精神というか肉体というかなんだかなぁ……」
そこまで鍛えてもかなわない者にはかなわない。あとは運任せ。
ジェネレーターのエネルギーチャージを開始、駆動用のエネルギーを保存したメモリーが一つ空になる。排出しようかとも思ったが大した重さの変化もないし、証拠を残すのはまずい。
「瞬間最速、高速機動の利点を最大限に生かそう」
あの時みたいに時間の流れが遅く感じられれば最高なんだけどよくわからない現象だし。何となくだけどヤコが近くにいないとダメな気がする。本当にわからないけど。
――――ジェネレーター 最大出力 スタンバイ・レディ
鋭く息を吐き、レーザーブレードのマテリアライズを行った。スラスターから微かに高音の駆動音が響いてくる。
――――スラスター・ブースト・ファイア
「GO!」
勢いよく噴出させたスラスターの推進力に上半身が後方に持って行かれる。手にしっかりと握ったレーザーブレードが壁面、すれすれを走り心臓が一拍もしないうちにゆるいカーブの先から扉前の警備兵たちが視界に入る。
あらかじめ組んだプログラムとは違いこちらを向いて四人が横並びで銃を肩からかけている。
その状況は考えてなかった、と思う間もなく発砲音とともにドでかい衝撃。よくなれた衝撃だったので見なくてもどんな状況かわかる。衝撃を与えるタイプの銃とかショットガンとかそういうものの衝撃じゃない。
こっちがぶつかった、ただそれだけだけど相手は「ただそれだけ」では当然済まない。警備兵の四人は、通路の横幅一杯の高速移動体の僕を避けることなんてできなかった。そのまま急ブレーキをかけた僕から3メートル離れた場所に吹っ飛ぶ。
急いで脈を確認する。
「よし、生きてはいる」
完全に気絶しているけど。
しかしもたもたしている暇はない、即刻コントロールルームの扉のキーを確認する。IDと虹彩認証、ということで伸びている警備兵で一番軽そうな人を持ち上げる。
電子音が三回短く響き、四回目のブザーで開く扉。
旧式の学校の体育館より一回り小さい広大なモニターの立ち並ぶ空間は思ったより、人員が離れて配置されている。いくら僕が早かろうとこれでは絶対に間に合わない。
「ごめんなさいっ!」
そういって開錠に付き合ってもらった警備兵を正面中央あたりにいる警備兵に投げ飛ばす。スラスターで加速され腕で投げ飛ばした人体は綺麗な放物線を描いた。それで動揺する警備兵じゃない、でも僕以上に戦闘の素人である五人の職員の目をそらすのにはやっぱり十分だった。左側の警備兵は迷わず僕のほうに機関銃を、右側の一人は通信機片手に拳銃を構える。対して職員は宙に舞う小柄な警備兵を口を開けて眺めている。
「テイザーガン、マテリアライズ」
短く呟きレーザーブレードを同じくスラスターで加速させた腕で投げ飛ばす。今度は警備兵の足元に飛んでいくように。左に跳ぶ。
弾丸が閉じかけたドアに窪みを無数にあける。目を大きく見開いた職員にテイザーガンを押し付け、トリガー。まずは一人を無力化。
機関銃を撃たない警備兵を見るに、モニターやコントロールパネルの破損を恐れているのかもしれない。レーザーブレードが足元に飛んできて体勢が崩れても威嚇射撃ぐらいはしてくるはずだからだ。
「好都合!」
そのまま反転し入り口の右側手前の職員に向けテイザーガンを遠距離発射する。命中し、電流が流れる。気絶二人目でワイヤーを切り離して残弾は3。あとで回収しなくちゃいけない。この先も十分な装備で侵入する必要がある。モニターを左手にして直進し次の職員に突っ込む。
モニターとモニターの間、ほんの5cmほどの短い隙間。今の加速ならばおよそ百分の三秒で切り抜けられる距離。そこを狙って一斉に射撃する警備兵。反応するのが精いっぱいで回避なんてできるはずもない。
――――rebellion オートガード発動します
蒸発する銃弾と攻性防壁。
「あの短時間でもう調整したのかよ!? 仕事早すぎるって!」
警備兵のほうに気をとられていてそのまま職員に突っ込んでしまう。
「あ……」
僕の衝突した職員は奥の壁付近まで二回ぐらいバウンドした後、滑っていく。咳をしてうめいているところを見ると命に別状はなさそう。むしろ警報ボタンから遠ざけたので一定時間なら無視できるようになった。
「……次!」
気を取り直して部屋の一番奥にいる職員に向けてのテイザーを発射する。残弾は残り二つになった。警備兵を右後方と右前方に残り一人の職員に突進する。今にも警報ボタンを押そうとしているけど、させるわけにはいかない。
「しょうがないっ」
テイザー残り一発。電気ショックでのけぞった職員は椅子に勢いよく倒れこむ。できれば警備兵に使いたかったうちの一発をやむを得ず職員に使ってしまった。二人の警備兵で脅威なのはどう見ても機関銃を持っているほうだ。
背後に存在するモニターを盾に接近する。可能ならばテイザーガンを通常のスタンガンのように使いたい。そうすればもう一人の警備兵も容易に制圧できる。
「え……!」
背後のモニターも気にしないで弾幕を張り始めた右側の警備兵。
左に急いで跳躍して回避する。背後でモニターの液晶が割れる音が響く。危険度の低い拳銃もちのほうを先に片づけてそれから機関銃もちの警備兵を制圧しよう。
カアン
一瞬、本当に一瞬何が起こったのかわからなくなった。いつの間にか正面にいた拳銃の警備兵が銃のストック(握り手)を振り上げ、僕の右手は万歳している。てかてかした床を乾いた音を立てて滑っていくテイザーガンとしびれている僕の右腕。
拳銃を持ったまま格闘戦を仕掛けてくる警備兵は明らかに強い。僕のパワードスーツが耐衝撃性に優れているといのに、生身の関節を突き刺すような痛みは相当な訓練を積んでいないとできないだろう。
機関銃の警備兵に狙いを定める。
しかしそうは問屋が卸さない、というあたりがプロというべきかすれ違いの一瞬で拳銃の警備兵が手錠のようなものをかけてきた。フェイスガード表示が乱れる。
「低出力EMP(電磁パルス)リミッター!?」
マズイ。このままじゃパワードスーツは機能停止する。そんなことになったら単なるでくの坊、こっちはパワードスーツの圧倒的な力に頼り切った戦法。ここで勝つすべはリミッターの破壊か解除。この状況ではどちらも狙えない。
救いは相手が殺すつもりではなく拘束するつもりだということ。完全機能停止までまだ時間があるということ。
破壊すれば効力がなくなる、そして所詮は精密機械。
「たたけば壊れるっ」
現時点での最高速度と腕のスラスターの相乗加速でそのまま機関銃めがけてEMPリミッターを叩き付ける。
一瞬で視界から目標の機関銃が消える。何が起こったのか理解する直前、つやの消えた黒い二等辺三角形に近い物体が顔面を横から殴る。
意識が飛びかける、また銃のストックでこめかみ付近を殴られたらしい。耐衝撃剤の入っているこのパワードスーツ内部の人間に打撃でダメージが通ることが不条理に思えたけどそんなことはなかった。
「こっちの動きに合わせて殴りやがった……のか」
相対速度にしておそらく時速800㎞超の衝撃に視界が歪む。フェイスガードの表示も乱れているし無線も繋がらない。万事休すどころじゃない。そもそも元が無謀すぎる作戦だったのがいけなかったんだろう。立ち続けていられなくなってたまらず片膝をつく。
――――深刻……な電……磁波障……害発生……機能保護に……よる停止まで残り1min
ノイズ交じりの警告音さえ頭にガンガン響いていた。足元に転がるレーザーブレードが視界に入る。ただ手に取るよりはやく撃ち抜かれてしまう距離。
八方ふさがりの万事休す。
せめて二人を最後に救出しなくちゃいけないのに馬鹿だな、僕は。
結局努力なんて無駄なんだ。毎日トレーニングしようと、勉強しようと時間は平等、成長率は不平等。凡才はただ食われておしまい。食われることもなく安穏と生きているよりは食われたほうが生きている価値もあるだろうけど。
「こんな最後……か」
――――機……能保護を優……先 システム……シャットダウンします
フェイスガードの表示がすべて消えただの重い鎧と化したパワードスーツ。こうなったら捕まるか殺されるかを待つのみだ。
「やっぱり無茶はするもんじゃないんだな」
もう一度強い打撃。普段なら平気なそれも致命的な一打となって意識がブラックアウトしていく。僕の最後の光景はただただ無機質な灰色の床とそこに映る六本の足で占められていた。