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5th contact

 愛車を速度規制に従って飛ばして一時間ちょっと。商業振興区の立体駐車場の5階にブルーのワゴンをとめる。まあ愛車と言っても研究所の支給品なんだけど。

「まあ……おそらくだけど管理局の調査は4時間ほどかかると思う。その間はここで時間をつぶそう」

「こんなに人が多いところで……正気か?」

 目を輝かせて階下の商業施設を見ているヤコに反して明らかに怒っているアヤメさん。

「木を隠すには森ってことで」

「馬鹿なのか! こんなに人の多いところでは尾行に気が付けない」

 それは考えてなかったけどそれ以上に今回ここに来たもっとも大きな理由は。

「大体あそこ以外に安全な場所に移動するなら発見の危険を最小限にするために……」

「言いたいことはわかるけどほら……相当たまっていたみたいだよ。ストレス」

 僕の滅多に使わないお出かけ用の茶色のトートバッグを持ったヤコが雑誌を取り出す。

「このケーキもおいしそうだし……このお洋服カワイイし……」

 晴れ晴れした笑顔はもう干ばつすら起こせそうな感じ。

 アヤメさんが言葉に詰まる。

 平気そうにしていたけど同じ場所にずっといることは思いのほかきつい。反動がこれなら爆発していたら……とおもうとぞっとする。

「まあ、今日ぐらいは楽しみなよ」

 車のトランクからメモリーの入ったトランク……というよりはキャリーバッグを取り出す。まあ、念のため。機密を人がいないところに置いておくことも気になるし。

 それと財布とかちょっとしたものが入った黒いメッセンジャーバッグを肩にかける。

「ここなら少なくとも軍の人間はいないし、警察官もパトロールしかさせてもらえないような下っ端だよ、気にする必要はない」

 アヤメさんがぼそっと「それ以外にも不安要素があるのだが」と呟いたが聞かなかったことにする。だって気にし出したらきりがない。

「ねえねえ! お腹すいたしご飯食べようよ!」

「はいはい、何かリクエストは?」

 雑誌をめくりながら「えっと……」と言うヤコの脇で諦めたようにため息をつく。

「これ全部食べるっ」

「……はい?」

 子供みたいなセリフだけ聞けばかわいらしくも思える。しかし残念ながらその目は真剣な勝負師のそれ。

 冗談であってほしい……



 *Contact intercept *


「ターゲットはここいらに逃げ込んだはずだぁ さっさと見つけ出せよぉ?」

「イエス・サー」

 素人の考えなんざお見通しだ。追われている身なら人の密集しているところか建築物内部に逃げ込む。それが自分の首を絞めるとは知らずに。そして距離があることを除けば頭一つ高いこの廃ビルの屋上は最適な監視場所。

「ったくよぉ 銀髪で赤目なんて珍しい外見だがそれだけの情報で確保しろとか無茶なこと言いやがる」

「サー、アーノルド……依頼人の悪口は」

「しばらく黙って探してろやぁ」

 しかし最悪首だけでももってこいという依頼は初めてだ。殺せ、という依頼は腐るほどそういう条件がある。それだって首ではなく、手首とか死亡を確認できる部位の切断ぐらいだ。あんな人間の部位で重いものを持っていくことは無い。

 気に入った時でさえその場で処理するものだ。

 あぁ……おとといのあいつは良い顔で死んでくれた。あの死の恐怖に歪んだ表情、「助けてやろうか?」といったとたん希望に満ちた顔になって拝み始めたのは傑作だった。

「う・そ・だぁ」

 希望が絶望に反転した。そいつのデスマスクをとっておきたいほど最高の出来だったなぁ。

 ビジネスとはいえこれだけはやめられない。

 その反面、今回のパートナーは面白くもなんともねぇ。依頼人が「役に立つから連れていけ」なんていわなければほかに適当な奴を選んでいた。

 ふたを開ければ、金色の髪の毛に赤い目が派手な癖に、やることなすこと、真面目マジメくそまじめ。ガチガチでくだらない正論ばかり吐きだしやがるし、男だ。

 ホモじゃあるまいし誰が好き好んでこんなやつを雇うと思うんだぁ?

 まだ前のパートナーのほうが技術もよかったうえに人形のように言うことを聞いた。便利すぎて不気味になって捨てたぐらいだ。

 まあ、女としてのあいつに飽きたからというのが一番の理由だったがなぁ。最近またあの肌が恋しくなってきちまった。外見もなかなかだったしなぁ。

「サー・アーノルド、見つかりました」

 やけに手際が良いなぁ。

「おそらく……護衛に男女が二人です男は大きなトランクを所持。女は軽装、武装は拳銃程度だと思われます」

「ア゛ー、どれどれぇ?」

「あ」はどうしても濁るな、この国の言葉は苦手だぁ……。

 スコープの先を覗き込む。なるほどなぁ……喫茶店の入り口付近に、ふり返り気味のターゲットらしき人間がいる。隣の男はなんだかぼんやりしてやがるなぁ。そのとなりに女……。

「くはははっ! 神様とか運命とかはア゛るんだなぁ!」

 よく見覚えのある『ツカエル』奴だ。あいつを精々利用しようじゃないか。

「サー・アーノルド?」

「……お前はもういらねぇよ」

「なにをするつもりで……」

 サイレンサーつきの拳銃を二発。

「捜索ご苦労さん(いつき)くんとやら、って聞いちゃいねえねぁ、心臓ぶち抜かれちゃあなぁ!」

 飛び散った生臭い香りに酔いながらこいつの銃を頂く。狙撃銃は貴重だから安心して頂いておくことにするぜぇ。

「さぁて……『お仲間ごっこ』をしている奴の顔はどう歪むかなぁ」

 素晴らしい歪んだ顔を見ることが出来そうでもう胸が高まる。

 たおれたままの男はその場に捨て置く。骨のようにくすんだ白色のパワードスーツに身を包み、商業振興区を目指し飛ぶ。

「まずはぁ……あいつに連れてこさせるのが一番楽だなぁ」

 口元が自然と吊り上るのがわかる。

「良いこと考えたぞぉ、クハハッ!」



 *Connect re-contact *



「パスタ食べた後にラーメン……」

「ご飯もの食べた後にハンバーガー……」

「幸せ!」

 げんなりする僕とアヤメさん。流石においしいものでも腹が爆発しそうな状態では楽しむこともできないし、むしろ拷問だ。それに反して、ヤコは目がつぶれるような輝かしい笑顔で常人の30倍は食べているんじゃなかろうかと。何という異次元胃袋。

「……不安要素ってこれ?」

「当たらずも遠からず」

 深刻な食欲ハザードを起しているのか、アヤメさんは手にしたハンバーガーをテーブルに置く。一瞬ヤコを見たアヤメの目がうらやましそうに見えたのは気のせいだろうか?

「次! ケーキ屋さんいこっ」

「まだ食うんかいっ!」

 甘いものは別腹という名言は科学的に大否定させてもらいたい。胃袋は一つだ。仮に存在したとしてもこの大きさの体のどこに入るというんだ。別腹どころか外部に増槽でもつけないと無理でしょ。それともあれか、食べたものをメモリーユニットに記憶させているのかそうなのかな?

 あ……お腹が痛くなってきた。

「胃薬買って来ようと思うんだけど」

 アヤメさんに小さく耳打ちすると本当に小さく頷いて、「すまない」との返事。

「お互い様で」

 トランクを手に取り近くのコンビニかドラッグストアを探してこないといけないなと。

 席を立ってトランクを引きずる。

 平日とはいえこの商業振興区はかなりの混みようだ。僕みたいな大きな荷物を持つ人もいる。両側に小奇麗なブティックや飲食店、その他もろもろの店が立ち並ぶメインストリートはダンプが並走できるそうな広いのに、狭く感じる。

「はあ……」

 ため息がこぼれる。充実したような虚しいような想いを胸に空を見上げる。

「なんかこの生き方は違う気がするんだけどな」

 あの二人と一緒に食事とか買い物は楽しいけど、楽しいことを僕がするのは間違っている気がする。失踪したマッド・サイエンティストの息子が幸せに暮らそうなんて許されるはずもないのに。

 ……人の命を奪っておいてね。

 その瞬間僕は目を疑った。視線を切り裂いて横切る白骨のような色をしたパワードスーツが横切った。

「航空迷彩のパワードスーツ?」

 一瞬軍隊の可能性を考えたが型番(モデル)が大きく違うことに加え、移動手段が目立ちすぎることが気にかかった。

 何より不審な点が単独行動ということ。

「見つけられたがっている……?」

 言い方は誤解を招きそうだが、誰かに気が付かせようとしているのは間違いない。

 二人には悪いけどちょっと寄り道しよう。最低限、彼女たちに関連する人間かどうかを探っておく必要はある。『偶然はなく、すべては必然だ』とは研究者の玉宮姉妹のモットーだ。この世は偶然で満ち溢れているみたいな気がするけど……じゃああの二人と出会ったのも必然なのかな?

 それなら今、パワードスーツを見かけたのも必然?

 メインストリートから外れて薄暗い建物の間を縫う。商業振興区はもともと廃棄都市を解体、再生した物。建物の裏に出ればそこはぽっかり空いた空洞が光を飲み込む、冷たい灰色と赤茶色をした枯れ果てたジャングル。

 降り立つならこのあたりのはず。飛行系のパワードスーツはそれほど長時間の飛行はできない。連続航行時間は、滞空時間を除けば大体3~5分。メリットも大きいけど、人型で空を飛ぶのはそれだけ無理があるから。

 ネズミとそれを狙う野良の猫や犬が横切り、僕を見て逃げ出す。

 逃げるネズミたちがあからさまに建物の陰に隠れた一角を避ける。解体作業をしていないそこに、工事関係者以外の誰かがいるのは間違いない。念のためメッセンジャーバッグを地面に置き、パワードスーツを装着する。

 ――――『PW-YT=ss Mark2』コード承認

 情報化からマテリアライズされ自分の体を纏った動作テストもしていない代物。有栖の腕は信頼しているけど、不安がないわけじゃない。機械とかプログラムはまれに予測不可能なバグやエラーが発生する。どうしても高速機動戦闘には繊細な強度とバランスが必要になる。当然のように武装は無い。

 戦うなら近接格闘限定。

 万が一エラーが発生したら、タイミング次第で最悪死に至る。

 この状態で戦闘なんてしないし、ただの逃亡用の保険だ。

 音をたてないように静かに忍び寄る。曲がり角に身を隠してそっとその先を見た。

 燃えるような赤い髪に茶色い瞳。外見からして30代ぐらいの体系は一般人より少しがっちりしているけど、外国人……なのかな?

「OH! そこに誰かいるんですか?」

 えっと……予想外に早く見つかったのと想像外のフランクな声に気が抜ける。見つかった以上隠れているのは意味がない。いざとなれば即刻逃げられる。すぐに使える武器も持っていないようなので少し、姿を見せてみる。

「道に迷って途方にくれてた! 感謝!」

 僕の勘違いか? ドでかいバックパックを背負い、長細い、釣竿が二、三本入りそうなトランクを足元に置いた人が両手を握って激しく上下に揺さぶる。こっちがパワードスーツ着ていることはスルー?

「お願いします、ステーション、へ案内してください」

「あっ……はい……」

 こっちですと指差してメインストリートへ案内すると「感謝 感謝」とお辞儀を二回。その時何か一瞬錆びた鉄のような、生臭い匂いがしたような気がした。

 でもほんの一瞬のことで「さあ、いきましょう」と手を引っ張る奇妙な男。

 気の所為なのか……?

 不安が渦巻く。この人の表面は人懐こい外国人、だけどこれはあからさまな仮面じゃないか。大げさな人格の偽装、というより偏見というテンプレートにぶち込まれたような性格と発言。

 いきなり地面に置きっぱなしにしたバッグの中の携帯電話が鳴る。

「ソーリー」

 何となく英語で返事をする。

 屈んだままバッグから取り出した携帯電話のディスプレイには『ヤコ』の表示。

「何かあったの?」

「――――アヤメがいなくなっちゃった、あとなんか赤い目の茶色いネズミが足元にいるんだけど、かわいくて……写真撮って送るね!」

 そんなネズミ聞いたことがないアルビノでもないのに目が赤い鼠

 ――――自律型偵察ロボットの可能性に加えアヤメさんがいないなら……まずいことになっている

「……っそこを動かないで! いまむかえにい……」

「けないなぁ坊主」

 パワードスーツの耳もとをかする音速物体。はじけ飛び、砕ける、携帯電話。ああ、どうも最低最悪の状況だ。

 振り返った背後に立っていたのは片手に拳銃を構えた、先ほどの両翼折り畳みタイプの飛行型パワードスーツ。

 メインストリートへの道はそのパワードスーツが塞いでいる。

「どうにも胡散臭いと思った」

「なるほどぉ……鈍すぎてマジで騙されてんのかと思ったじゃねぇか」

 平静を装ったけど内心は焼けるような焦りが駆け巡る。

「目的は?」

「いうかボケ」

「だよな」

 ゆっくりと引き絞られる引き金

「おやすみの時間だ、坊主」

 いつもの感覚で横に跳ぶ。スラスターを噴出させた横回転は今まで以上に飛びすぎて、バランス崩して瓦礫に突っ込んでしまった。

「ててて……有栖め、出力落ちたとかウソだろ」

 むしろ軽量化のせいで相対的な出力は増大しているじゃんか。

 飛行型パワードスーツのほうを見ると表情は見えなくても何やら愉快な表情を浮かべているように見える。

「面白い性能のスーツじゃねぇか」

「……そりゃどうも、灰色さん」

 こいつの目標はおそらくだけどヤコとアヤメさんだろう。

 大通りに逃げて下っ端警官にこのパワードスーツの相手をさせるのも一つの手だけどこいつの性格によっては被害が拡大する恐れがある。悩みどころだ。

 かといってこっちには武装がない。相手は拳銃程度ならまだ切り抜けられるだろうけど。そううまくいかないのは装備でわかった。

 取り出したのは猟銃タイプの銃身を切り取ったショットガンと、あからさまに旧式なアサルトライフル。少なくとも周囲に気を付けて戦闘を行うタイプなら、ソードオフ(銃身を切り取った)ショットガンなんて持っていない。しかもアサルトライフルはすでに安全レバーがフルオート、敵を薙ぎ払う状態にしてある。こっちが一人であるのにもかかわらず、だ。

 大通りに逃げると一般人に死傷者が出かねない、そしてこのままだと自分が殺されかねない。

 なんて八方ふさがり。

 一つ今の自分に可能なことは……騒ぎを起こしてここに警察か軍、もしくは管理局を呼ぶこと。

「結局逃げ回るのは変わらないわけね」

 逃げる範囲が狭くて、一瞬の判断で殺されるっていう悪条件だけど。

「一ついいことを教えてやる」

 随分と余裕がある。この手の輩は本当に自信を持っているから手におえない。美濃川とのやり取りでしっかり理解している。

「女には気をつけなぁ」

 いや、無視だ。こっちのやる気とかを削ろうとしているだけだ。

「精々活きのいい死体になってくれよぉ! ひゃッハァ!」

 急上昇し旋回しながらアサルトライフルを連射する。今いるのはビルの合間の広い空間、ここに居たらいい的だ。

 地面から離れず、手を大地に押し付けたままジグザグに走る。舗装されていない大地は土埃をあげて僕の姿を隠す。これで少しの間、お互いの姿は見えない。

 さて騒ぎを起こすとは言ったけど相手の武装は思ったほどうるさくないし、派手さもない。となると自分が暴れる必要が生まれるんだけど。

 これで逃げられるほど甘いやつじゃないだろうし。とりあえず土埃の煙幕が晴れる前に奴のいたのとは反対側の建物に身を隠す。あんな開けた場所じゃ絶好の的だし、かわすのにスラスターの乱発は一気にオーバーヒートを招く可能性がある。このパワードスーツは機動スラスターと推進スラスターに分かれていないからより危険性が高い。

「ふう」

 呼吸ひとつ。

 フェイスガードのスラスター耐用時間が回復するのを待つ。よし、これなら安心して行動が出来……

 爆発するような炸裂音。

 一瞬何が起こったのかわからなかったけど考えるより先に、本能的に飛び退いた。自分のいたコンクリート壁に開く、小さな焦げたような穴。

「長距離狙撃!」

 何てことだ、相手が一人だとばかり思い込んでいた。視認可能範囲内には誰もいない、がこれでさらにスラスターのオーバーヒートは避けなくてはならなくなった。相手は追い込む狩人のような戦い方を得意にしてそうだ。なら逃げる相手を思い通りに誘導するだろう。

 とにかく今の狙撃は相手が外してくれて本当に助かった。パワードスーツといえども防弾仕様じゃないし、あの様子だと相当な強力な弾丸を打ち出している。即死の危険性は十二分にある。

 狙撃対策で思い浮かぶことは『とにかく動き回る』『一か所にとどまらない』映画とかの受け売りだけどね。

 ただ相手が「狩り」のつもりなら確実にこっちを殺すタイミングまで時間が生まれる。その状況に自分から突っ込まなければいい。

 だったらさっさと大きな『騒ぎ』を起せる大きな音を出さなくちゃいけないな。

 派手さとしては「Lancer lot」ぐらい欲しいがあんなものはもう死んでもごめんだ。どこかに手頃に硬度があり、かつ頑丈な板があればパワードスーツの最大加速で脆いコンクリートをぶち抜ける。

 手頃な……鉄板があった。

「よしっ」

 前方に縦のようにその鉄板を構えて近くの建物に最大加速で突っ込む。フェイスガードの時速表示が瞬間で300キロを超えさらに加速する。

 ……亜音速に達しないよなまさかとか思っていたらあっという間に500キロオーバー。

「ちょっ……」

 限界速を確認する前に風圧で湾曲し始めた鉄板と共に廃ビルに突入。ライフル弾の初速並みの速度で突っ込んだおよそ100キログラムの物体の破壊力は、とりあえず並じゃない。単純計算で1tの衝撃力。こうなりゃ鉄筋も鉄板も紙切れ。ストッピング・パワーがないから破壊力も衝撃力もないだろとか言わないでほしい、そのまま建物の反対側まで突き抜けた。

「とにかく……有栖にはもっと衝撃吸収材の厚みを増やしてもらおう。あと人命も考えてもらおう」

 自分の金型みたいになった鉄板を捨てながら、マジで今のは骨が折れるかと思った。皮膚も裂けてないのはもう運がいいとしか思えない。

 ただ騒ぎを起こすためだけならこれは大成功だろう。

 流石に何度も繰り返すのは体が持たないからできれば何らかの爆発物が欲しいところ。とはいえこんな廃棄されたような場所にそんな爆発物は置いてあるはずもない。

「なければつくれとかいうやつもいるけど」

 なんて考えたけどできるはずも……

「いや……できなくはないか」

 パワードスーツのジェネレーターの駆動に使われるエネルギーのメモリーを1個引っこ抜いて何らかの形で内部エネルギーにオーバーロード(過負荷)をかければあるいは……と思ったけどそこまで考えて却下。そんなことするためには一度パージしなくてはいけない。そんな多大な隙を作ってしまうのは狙撃手がいなくても遠慮願う。

「んじゃ、体削りますかぁ」

 自分で言って肩を落とす。

「とと……狙撃に警戒しないとな」

 今のように立ち止まっていたら格好の的だ。

 しかしまぁ……あの飛行型パワードスーツが大人しいことも気になる。

 あの性格だと、もう少し積極的に追い詰めようと動いてくると思ったんだけど。まあ、もっと大きい、それでいて異常を感じさせるだけの音立てて何らかの治安機構を呼び寄せないといけない。

 着弾音

「また撃ってきたっ」

 そこで違和感を覚える。この狙撃そのものが誘導しているつもりなのか、今回は大きく外れている。さっきの射撃は飛び退いたせいで射撃のずれはよくわからなかったけど。誘導しようとしているのならば油断はできない。

 着弾した方向に逃げれば相手の思惑からは外れることが出来るはず。

 弾痕を踏みつけて建物の角を曲がる。

「いらっしゃい、だ、坊主」

「うおっ!?」

 すぐに曲がり角に引っ込む。自分に打ち込まれるはずだった散弾は文字通り蜂の巣を刻む。

 狙撃がこっちの考えを見越したうえでの誘導なのか理解が出来ない。

 とにかく今はこいつから距離をとるためにスラスターを起動させて一気に距離をとる。

「げ……」

 周りが高い建物に覆われていてビルの隙間を抜けた先がこんなに開けているとは思わなかった。おそらく解体工事が済んだ場所なんだろう。解体された資材が整頓されている。

 狙撃される側にとっては結構絶望的かもしれない。射撃の軸をずらすことはできるけど相手がどこにいるかわからない状況下ではそれも難しい。

 引き返せば後ろにショットガンを持ったあいつが、正面にこのまま出れば狙撃手。

 引き返してあいつに体当たりをぶちかませば時間は稼げるだろう、そうするほうが得策と思う。逃げていた相手が突っ込んでくるとはそいつも思っていないだろう。

 念のため体勢はできるだけ低く、かつ高速であいつの足元を払うように突っ込む。そうすればさっきまでの加速力があれば即刻逃げられるし、今なら道をふさぐ敵もいない。

「テスト運用もしてないパワードスーツでいきなり実戦ってのが笑えない、ほんと」

 即刻Uターンして廃ビルの路地に逃げ込む。そろそろあいつとすれ違うはずだからスラスターのスタンバイをする。

 砂利が踏みつけられる音と共にスラスターを全速起動。

「ぐおっ!」

 ちょうどそいつの足を払う形になり万々歳。ついでに取り落としたショットガンを没収。

「お返しするよっ」

 そいつのいる方向に向けて狙いを定めないで撃つ。牽制とちょっとでも相手の追跡を遅らせる苦渋の策。

 このまま大通りに急いで抜ける。そうすれば奴を撒いて最悪でもヤコを連れて逃げ出せる。アヤメさんは……きっとなんとかするだろう。もっとも「私は護衛する」といった人間が彼女のもとを離れていること自体が不可解だけども。

 あとは一直線、時速にして現在600キロオーバー。この状態での狙撃が当たるはずもない。

「最速で路地裏に突っ込ませてもらいますよっと!」

 そんな中自分のはるか前方に着弾した大砲のような弾。焦っているのか狙いがブレブレだ。

「当たらないってのっ」

 その瞬間フェイスガードの時速表示が0になる。

 世界が前方に流れていく錯覚に陥る一瞬での停止。3秒ほどの思考の混濁の後生まれた結論が疑似重力フィールド。

「くっそう、こっちがこうするのも計算のうちだったのか」

「ったぁく、手間ぁかかせやがってぇ」

 そういう言葉とは裏腹に満足そうな声。

「やっぱりあいつはいい仕事しやがるなぁ、明らかに腕落ちてるが」

 フェイスガードを解いたそいつは気味の悪い愉悦に満ちたような笑いを浮かべている。

「これで Dead end だ」

 拳銃を押し当てられる。これで僕の人生も終わりか、なんだかあっけなさ過ぎて何の感慨もわかない。普通なら恐怖か狂気に陥りそうなものだけど。不思議と何の動揺もなかった。

「がぁ?」

 アヒルみたいなへんな発音だ。なまっているのか? とか考えるだけの余裕はあった自分を遠いところから眺めているような、そんな感覚。

「……つまんねぇ」

 5秒ほどの沈黙の後、唐突に離れた銃口。わけがわからなかった。

「しゃーねぇなお前の要求は飲んでやる。それに死人を殺したところでなんも面白くねぇからな」

 おそらく通信相手とだろう。狙撃手との会話なのか?

 そして死人とはまさか僕のことか?

「じゃあさっさとターゲットの捕捉に向かうかぁ」

「させるかっ」

 疑似重力につかまったまま左手でそいつの足を掴む。アヤメさんがいない以上ヤコを守るのは僕の役目だ、何が何でもそうしなくちゃいけない。

「俺は生きている奴にしか興味ねぇんだ、それも死の淵に立ってなお輝くような奴じゃあなきゃならない」

 パワードスーツをメモリー格納し、ゴミクズを見るような眼で見下す赤髪の目はウザったそうにしている。

「アヤメ、こいつを撃て」

「あやめ……?」

 同名、とは考えられなかった。どういうことだ? 脳みその内部には聴覚情報の否認ばかり、そして聴覚という現実はその思考を否定する。

 左手を打ち抜いた弾丸。あの時ヘリからくらったライフル弾を超す遥かな激痛に手が開く。

「いったろ? 女にはきをつけなぁって」

 少しだけ愉快そうに笑う赤髪はそのまま去っていく。

「女なんざ金がありゃあ誰にでも腰ふるんだからよぉ」

 違う

「がばよ、坊主」

 違う

「飛べない鳥は泥でも舐めてろ」

 違う

「今度会ったら殺し甲斐があるようにだけはなってろ」

 そんなはずがない、アヤメさんはそんな人じゃない。あの人はヤコも自分も守るって……

 赤髪の姿が完全に視界から消える。疑似重力フィールドが消えてからも自分の体はしばらく動かなかった。



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