3rd contact
「んで、お前はその子達とニャンにゃんしているのか?」
「いまどきそんな言葉使うやつは初めてみた、古代生物」
古代生物、もとい友人はニヤニヤ顔を崩さない。
「なーに照れているんだよ。色のある悩みなんて羨ましいんだよ、よこせ」
何を寄越せと言っているのか理解に苦しむが、今は生姜焼きがおいしくてそれに集中したい。醤油が玉ねぎの甘味と絡みドレッシングなしでもサラダがうまい。流石食堂のおばちゃんが作った学食。
まあ……彼女達の話題を振ったのは自分でもあるから責任の一端はある。
「生姜焼きを一口」
予想外の方向からの攻撃。
「ああ!? やめろ光居!」
「この光居金彦、色恋に手は出さずとも食に飢えた獣なのさ」
わけのわからないことを言うやつだが、これでも大学入ってからずっと仲良くやっている。
「それならば……!」
ラーメンに浮かぶ白い油が艶やかで美しいお肉。それに箸の先で狙いを定めた。
「すきありっ!」
「あまい!」
チャーシューが空中に浮き、僕の箸はスープに着水する。
「狙いを定めてから行動に移るまでの判断が遅すぎるのだよ」
したり顔でしっかりうまみを噛みしめる光居。
「狙いを定めたら迷うなやられる前にやれ、やったもの勝ち」
幸せそうなその顔が憎たらしい。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
近くにいる長身の白衣を確認してからわざと大きめの声で『仕返し』をする。
「どーでもいいけど、おとといの合コンはうまくいったのか?」
「なんだよ、気になるならおまえもくればよかっ」
「た」までいわないうちに光居の顔が凍りつく。
「私も興味あるわぁ。聞かせてもらえないかなぁ?」
笑顔と甘い声の裏にある鬼神のオーラは周囲のざわめきすら止める。
「あーやっぱり湯布院さんも気になる?」
「もー、碧って名前で呼んでようぅ」
甘えるような声で膨れてみせる湯布院さん。よく誤解されるが彼女はいつも、誰にでもこんな感じだ。そして光居の恋人でもある。有栖と同じくパワードスーツ、特にユニット関連の開発者で、協力関係の研究所に所属している。
「いや、これには事情があってだな……人数合わせとかで行ったわけで」
しどろもどろの光居を完全に無視する湯布院さん。
「やっぱり彗くんに乗りかえちゃおうかなぁ?」
そういって腕に絡みつく湯布院さん。有栖に負けず劣らずのやわらかいものが当たる。いつものことながらちょっとやめてほしい。せめて時と場所をわきまえてね。
あとこういう大人の体で子供っぽい性格と行動っていうのもやめてほしい。
みんなから色々誤解が解けない。
「碧、後生だから……」
「ねー、彗くん」
楽しそうな湯布院さんからの腕への圧力が強まる。
……僕には断じてやましい気持ちは無い
「……ごめんなさい」
「よろしい、いいよぉ」
テーブルに額をつけて謝る光居と僕の腕から離れる湯布院さん。できることならさっさと謝ってほしかったのが本音。
「君は相変わらず女性をはべらせているのかい? 有栖君が哀れじゃないか」
人を呪えば穴二つ、とはよく言ったもの。しっかり呪いが返ってきた。
「出たよ、勘違い系野郎貴族」
「今日はよろしくぅー、美濃川くん」
研究所同士の協力関係はあるけど、なんかの効果測定だろうか。
「彗くんもねぇ」
「……はい?」
どうも僕も当事者であるらしい。
「あれ? 新規開発したパワードスーツのコンバート・ユニットのテスト。協力してくれるやくそくじゃないのぉ?」
その予定は聞いていな。きっと有栖で情報が止まっているんだろう。最近妙に忙しそうにしていたので情報伝達がおろそかになっていても文句は言えない。
「まあ、聞いてなかったけど今日は問題ないよ」
どうせ今日はこの後、講義もない。大学のトレーニングルームに寄っていこうかとは考えていたけど別に問題はない。しいて言うなら美濃川がいること。嫌な予感以外しない。
「稼働テストと実践テストを行うから美濃川くんにも声をかけたのぉ」
「今日こそ有栖君のパートナーとしてどちらがふさわしいのか、この美濃川明雄はっきりさせてあげよう」
有栖にお熱な美濃川はテストパイロットである僕を相当、敵対視している。
僕は僕で恩を返さないといけないから、まだあの場にいる。本来なら美濃川みたいな優秀なパイロットが、あのスーツを駆るべき。性格がひどくナルシストで、自己中心的でも彼は「POWER=S」準々優勝の成績を誇る実力者だから。
いつも初戦か第二戦で敗北する僕とは雲泥の差のある人間。まあ、僕の場合「POWER=S」はあくまでも研究所の『公開テスト』のような立ち位置での参加。だから本職に敵うわけがないのだけど。
「今日は完膚なきまでに叩きのめしてあげるから覚悟するんだね」
高笑いしながら手を振り去っていく美濃川。
「鬱だなー」
「それ、ジュースをストローで飲みながら言うセリフじゃないぞ」
苦笑いする光居。ジュースもストローも底をつきズゾゾっと嫌な音を立てる。
「どっちにしろ気分は最悪だよ……」
ため息がこぼれる。
「お前はお前自身が思う以上の実力持っているんだぞ、勝てるさ」
白い歯を見せて笑う光居の信頼が痛い、そして何か勘違いしている。勝ち負け以前の問題だっていうことがわかっていない。
「ああ、そう」
今食べた生姜焼きが完全に消化され、胃袋から撤退していることを祈るしかない。
「で、時と場所は?」
光居の隣に座った湯布院さんはちょっと困った顔をした。嫌な予感が加速する。
「玉宮研究所・18:30からなのだけどぉ……」
「……悪い、今すぐ帰る!」
荷物を鷲掴みにして食堂を飛び出す。流石にアヤメとヤコを外部の人間に見せるのは、現状まずいだろう。
彼女達は追われていた身。美濃川の所属は『軍事特殊訓練部』と言う軍隊とつながりの深い『研究所』。もし追跡者が手配書のようなものを撒いていたら彼女たちに危険が及ぶ。その場合、最低限目に付かないところでかくまう必要がある。研究所の外でも危険だけどリスクを下げるのは必要だ。
「俺はバイトで解体工事行くから精々がんばれよー」
「とっておきをよういしておくからねぇ」
嫌な言葉が聞こえたけど無視しよう。遅かれ早かれ体感するんだからね。
左肩に痛みが走る。傷跡は残ったけれど完全にふさがった。それでも痛むことがあるときはたいていなんかの予兆があるっていうこと。
幸運が訪れますように。
「お友達が来るんですか?」
ヤコの緊張感のない声に完全に脱力。事実としては間違っていないものの、誰かに狙われていたという事実を踏みにじっている。
「了解した、この部屋に私たちがいた痕跡を完全になくす。二時間くれないか?」
「OK、OKアヤメさんは話がわかるね……って二時間? そんなに時間かかるの!?」
あと一時間を切っている、これは本格的にマズイ。むくれているヤコなんて今は気にしない。
「仕方がないと思ってほしい、ここに二カ月はいた。わずかな痕跡を残してばれたらまずい」
「あ、いることは話しちゃったんだけど」
アヤメさんの目から非難がましい槍のような冷たく痛い視線。
「追われていたことは話していないし、容姿も言っていません!」
「……まあ、良しとしよう。それなら一時間で支度可能だ、ヤコ」
アヤメさんに促されているのにそっぽを向くヤコ。ああもう面倒くさいなぁ。
「テストが終了したら僕が最高にうまいと思っているケーキを奢るから」
地面に突っ伏し、額を床に擦り付ける。
「お願い! 今日、ほんのちょっとだけこの部屋以外のところに身を隠して!」
「……わかった」
納得はしていないみたいだけど。
「……アヤメさん頼みます」
「承知した」
アヤメさんまで頭を抱える。とてもじゃないが『自分のせいで誰かが死ぬのは嫌なの』なんていったような人間に見えない。
「ただそのテストをみてみたい……」
あきれた。本気であきれた。危機感がないってものではない、本当に追われていた人間なのかと疑問がとめどなく湧き上がる。
「もうそれは有栖か来栖に頼んで」
無邪気に喜びだしたヤコをみてそれはもう不安が湧き上がる。無から有を産む出す天才だね、なんてね。自分で思っておいてむなしくなってきた。
「アヤメさん」
「……善処する」
まあモニター室なら誰かが入ってくるという可能性も少ないから問題はないはず。一番危険な美濃川は毛嫌いする有栖が跳ね除ける。間違いなく。あとは何らかのイレギュラーがなければ何事もなく切り抜けられるだろう。
後は実践テストに集中するのみ。部屋を出て研究所中庭の模擬戦ドームに向かう。
湯布院さんの言う『とっておき』はたいてい使いどころに困るピーキーな武器。あの美濃川ですら「POWER=S」本選では使用を断るほどなのだから筋金入り。
「いいところ見せられるかな」
思わずこぼれた独り言に「何考えているんだよ」と両頬をはたく。
「胃袋の中身が消化されていますように……っと」
大学からたった二時間。敵わないであろう祈りをささげた。時計はテスト開始まで一時間半を指している。
IDをかざし模擬戦ドームへの入場許可を得る。一応ここも機密と言えば機密なのだけど比較的監視は緩い。他研究所との交流を行う場所でもあるせいか客人用の控室まで存在するほど。透明なチューブ状の通路を歩きながら中庭の草木を眺める。
目に入ったクローバーが一つ四つ葉になっていた。
「良いことがあるといいんだけどね」
ドームの入り口が開く。当然のことながらまだ湯布院さんも美濃川も到着していない。おそらくは光居も湯布院さんにくっついてくるんだろうけど。
「よう、気合入っているな?」
「そうでもないんだけどね……」
いたのはPCをいじっている来栖とはっきりとクマが浮き上がった目でスーツをいじる有栖。
「有栖……大丈夫なの?」
あえて来栖に聞く。あの状態の有栖には何を言っても聞こえないか、逆上されるだけだ。
「三徹だから大丈夫じゃないだろ」
さらっと言い放つ兄貴分にはある意味尊敬の念を抱かざるを得ない。
そして、そこまで今日の模擬戦にかける意味が分からない。
「彗」
「はいっ!?」
重苦しい声に思わず硬直する。
「絶対勝て」
「い、いきなりどうしたのさ?」
本来有栖は勝ち負けにはこだわらない。だからこそ嫌な予感しかしない。
「このまま馬鹿にされていていいのか!」
荒ぶる有栖。思わず「だって実力差が」と口をつきかけたがさわらぬ神に祟りなし。
「新型の調整は間に合わなかったから旧来のもののスラスターのトルクを向上させた! 目に物を見せてやれ!」
「トルクをあげたってことは加速力の強化……」
「あたりまえだっ」
控室のドアを強打する有栖の手をいたわる暇もなく、彼女はまくしたてる。加速力の強化ってことは今まで以上に重いGがかかるってことなんだろうなぁ……
「加えて碧の強力な兵器を積む。美濃川をぶち殺せ!」
駄目だ、完全に頭に血が上っている。模擬戦ごときで殺せ、は無いでしょう。
「……一週間前に美濃川からのラブコールがあったんだよ」
こっそりと耳打ちする来栖。それでカンヅメになっていたのか。
「お前のことを貶す言葉つきで」
「あー……本当に嫌な奴だな、あの貴族」
と言っても美濃川に実力では劣っていることは事実。唯一上回っているとしたらこの『PW-YT=ss』ぐらい。いくらパワードスーツの性能が良くても引き出せない自分が恨めしいと言えば恨めしい。
ただ、どれほど努力をしたってこの世は理不尽に何もかも掻っ攫っていく。成果も利益も人の命さえも。越えられない才能の壁というものは確かに存在している。
そしてその才能差は厳然とそびえ立つ刑務所の壁面のように、緩やかに僕に絶望を与えていった。
「そろそろ碧も来る……ふふ、覚悟しろ、美濃川の奴。二度とこの研究所の床を踏めなくしてやるふふふ……」
怪しく高笑いを始める有栖はもう三徹のテンションで勝手に頭のネジがぶっ飛んでいる。
「ああうん、控室で待ってる」
適当に相槌を打って逃げる。ここにいると狂気が伝染しそうで怖い。もっとも湯布院さんがここにきてやることは兵器……いや新ユニットのプログラムレベルでの同期最終チェックだろう。それ以前に搭載テストはしているはず。僕がその場にいなかっただけで。
控室のドアを閉めて息を吐く。パワードスーツのテストパイロットである僕の仕事。嫌なことではないんだけど緊張するのはしょうがないだろう。
気を抜けば命を落としかねないのはいつものこと。よくて意識不明。
服を脱いでふとこぼれる言葉。
「早く誰か殺してくれないかな」
僕はきっと死にたくて、でも死ぬ勇気がない。だからこの場に義理とかそういうのを理由にしてテストパイロットをしているんだろうな。
「なんで生きているんだろうな……本当に」
真っ黒な耐衝撃スーツを着込む。僕の時間はひょっとしたら『例の事故』からずっと止まっているのかもしれない。
過信と傲慢が招いたたった一人の死。数字だけなら大したことはない事故。それでも僕の世界が壊れるには十分すぎた。
「あの、クソ野郎……」
金属製のロッカーが悲鳴を上げ、拳に血がにじむ。
「いたい、苦しい、……死にたい」
本当になんであんなことになったのか、こんなことになっているのか。いつもの日常が壊れるのなら、いっそのこと自分ごと壊れてしまえばよかったのに。
それは、できなかった。
「彗」
さっきまで高笑いを浮かべていた有栖の声。思わず体がこわばる。
「アヤメとヤコは私と一緒にモニタールームで見ることにした」
「ああ、わかったよ」
聞かれていなかったのだろう。有栖はクマのできた目をこすりながら欠伸をする。
「碧も来た、さっさと来栖に装着を手伝ってもらって最終調整をしろ」
そういってベンチに横になる。モニタールームに行ってからのほうが良いんじゃないか、というよりも早く聞こえる寝息。
「緊張したこっちがバカみたいだ」
風邪をひかないようにとさっきまで着ていたシャツを有栖にかける。
上下動する谷間が精神衛生上よろしくなかったからというのもある。
「全く、無理をするなら自分のためだけにしろよ」
そっと有栖の額を撫でる。
「……ん、ケイ」
起こしてしまったか、と思って少しあわてたがすぐに聞こえる寝息。寝言だったようだ。
「私は……最後まで……」
「いってくるよ」
続きの言葉は寝言でも聞きたくない。すべてが壊れそうで恐ろしい。みんなの優しさはナイフのように僕の心をえぐり取っていく。目の前で大切な者が苦しみながら死んでいった、そんなことを経験してしまった以上『また』の恐怖が生まれ続ける。
「最初から最期まで一人でいられたらよかったのに」
僕は頭を振る、どうもナーバスになっているようだ。
「切り替え切り替え! っと」扉を開くとすでにあとは装着するだけの状態になった『PW-YT=ss』が四メーター四方の衝撃吸収マットの上に綺麗に整列している。
「お願いします」
マットの中心に立ち両手を広げる。少しでも改変があるとデーターからの実体化はできない。だから一度手動で装着する必要性が生まれてくる。
「オーケーオーケー、手早く済ませて簡単な動作テストも済ませよう」
「データロード、マテリアライズも試さないとねぇ」
足元からパーツを一つ一つジョイントしながらの作業は時間がかかる。こればっかりは面倒でもどうしようもないこと。いつもより気持ち、重くなったスーツ。
肩のあたりまで装着が完了した時点でやっぱり気が落ち込み始める。
「はぁ……」
ため息がポロリと零れ落ちた。とほぼ同時に耳もとで生暖かい風を感じる。
「ふうっ」
「ひゃおう!?」
「あ! コラ動くなよ、彗!」
なぜか息を耳に吹きかけた碧さん。来栖は情けない声をあげた僕の行動を叱るが無理でしょ。なんか良い匂いするし。
「ここに来る前にシャワー浴びて来たのぉ」
「さいですか……」
なんでこの人は彼氏がいるのに誰にでもこんなことをするんだろうか?
一妻多夫制度、もしくは逆ハーレムでも作りたいのかなぁって、よこしまな想像が浮かんでくる。
「顔赤いぞー」
来栖なんかものすごく冷たい目で「有栖にチクるぞ」なんていっている。
「なんでここで有栖が出てくるのさ?」
二人して「はぁ」とため息をつく。僕はなんかいけないことを言っただろうか?
あとそのため息もなんか耳に当たっているんですけど、碧さん。
「鈍感にもほどがあるわよぉ」
「てめーにだけは言われたかないと思うけどな」
相変わらずふわふわした物言いの湯布院さん。あきれたような顔のまま来栖があからさまに力強く最後のヘルメット部分を押し付ける。
痛いけど、なんか僕が悪いことしたみたいだから黙っておく。
「配線の接続はできた、試しに起動してみろ」
「了解」
頭部に密着する、脳波リーダーに集中して起動サインを送る。
――――起動サイン確認 マスターIDと一致 テストモード・オン
無機質で、でも聞きなれた機械音声。
――――システムチェックスタート 脳波リンク正常 駆動系接続オンライン
登録済みの状態での起動と違い個人認証が必要なのは仕方がない。
――――未登録のユニットが存在します このまま起動テストを続行しますか?
「あれ? もう調整したんじゃないの?」
「だよな?」
来栖もそのつもりだったらしい。
「例のとっておきよぉ そのまま続けちゃってぇ」
嫌な予感しかしないけど続行を選択する。
――――システムに深刻なエラーが生じる可能性があります 続行しますか?
「湯布院さん……?」
「碧……?」
「だいじょうぶよぉ」
来栖と目を見合わせた。来栖は黙って、輝かしいほどの笑顔で親指を突き上げる。グッドラックっていうことらしい。それとも助け舟は出せ無いから、自力で何とかしろということだろうか。
こっちはサムズアップならぬハンズアップ。
――――続行します
諦めを了承ととるとか優秀すぎるAIだねー。その理解力分を情報処理に回してくれ、と切実に願う。
「やあ、随分顔色が悪いじゃないか羽山彗」
美濃川は既にスカイブルーを基調にしたパワードスーツ『Lucifer=Mars 2nd』を装着している。
軍隊が量産化を待ち望む戦闘特化パワードスーツ、ということは本気で勝ちに来ている。ただのテストなのに半端じゃない気合の入れようだ。
「この勝負に勝ったら有栖にプロポーズするとかデートするとか考えているんじゃないだろうな?」
「……何を言っているんだい? 羽山彗?」
図星か。有栖は本気で美濃川を嫌っている。あの気合の入れようは全力でこの貴族とのデートを回避したかったんだろう。美濃川の実力は僕を圧倒しているがゆえに。
「まあ、せいぜい『銀色の彗星』の異名に負けない戦い方をするんだね」
高笑いをしながら反対側の控室に向かう美濃川の背中を見送る。
「だからなんなんだ、その小学生的なんとなくカッコいいだろ的なネーミングは」
「そもそもあいつが勝手につけたものだしな」
来栖は苦笑いしている。
「もうすぐ時間よぉ?」
「うん……わかった」
気が付けばテスト開始十分前。
「勝ったらご褒美にぎゅーっとしてあ・げ・るぅ」
「……彼氏にその分はとっておいてあげてください」
ため息をついて「減るものじゃないからしてあげるぅ」とか男的には勘弁してほしい台詞。勝っても負けても地獄を見ることになりそうだ。
「いってくる」
フェイスカバーを展開し見慣れた薄緑色の景色を眺める。テスト用兵装は全部で三種。表示上はそれぞれ「coffer」「EML」「Lancer lot」警告表示が出ているのは「Lancer lot」。さてどうなることやら……。