1st contact
ショーウィンドウに肩を落とした自分の姿。黒い短髪に茶色の瞳。黙っていれば落ち着いていて優しい、と評された二重のまぶた。そんな大嫌いな自分の顔が映る
「あー、負けたか」
「負けたわね」
硬化ゴム製のキャスターが段差で跳ねる。ドでかいキャリーバックは現代科学の粋の集結したパワードスーツ。現在福祉関連事業や各種業界の目に留まるのにかなりのプラスステータスだ。
これは僕が開発したわけじゃない。これを作ったのは腰ほどまで伸びた金髪の彼女が開発したもの。僕はこの碧眼で外国人を思わせる彼女、玉宮有栖の開発するパワードスーツ「PW-YT」シリーズのテストパイロットとして付き合っている。や、彼女と言いましたが決して恋人関係じゃありません、ハイ。
だって恋人なら「死ねばいいのに」とか「いつも使えねぇ」とか……
「自滅して負けるなら自爆して敵を巻き込め、彗」
こんなこと言わないです、はい。
「とはいってもさー、今回の『PW-YT=ss』の移動速度、機動性能は人間の処理能力を超えているよ」
そういうと有栖は「むう」と黙る。彼女はとにかく何かに特化したパワードスーツの開発が天才的にうまい。天才的にうまいのだがいろんな意味でオーバースペックなのだ。
それが使用者のことを考えていない、とも言える過剰能力。
今回の彼女のいう自滅もその過ぎたスピードこそがなせる業と言っても過言ではない。
相手を追い詰め、とどめにスピードを乗せたドロップキックを叩きこもうとフルブーストで加速。その時にリングの上にあった相手のスーツの破片を踏んづけた。「げ」と間抜けな声をあげた瞬間にははるか上空。錐もみしながら飛び跳ねた自分の体はリング外。足元には観客席の防護シールド。背中にはあとわずかに迫った鉄骨。軌道制御の判断が間に合わずリングアウトで失格負けを喫した。
リング外に出ても着地の際にリングに体の一部が付いていればセーフだが、それもかなわず、ドーム(試合会場)の壁面に大の字で衝突。もう笑うしかない、無様にも程がある。
そもそも地上での最高速移動を目指してチューンアップされたパワードスーツは空中では無力。最近は飛行ユニット付属のパワードスーツが主体の「POWER=S」においてはものすごくありえない、間抜けな負け方だった。
「いや、わがテストパイロット羽山彗。やはり君が事前判断を怠った所為だ、それにとどめに直線的に相手に接近する。その癖は直したまえ。大体君は……」
有栖がたらたら言い続ける文句を聞き流しつつ、空を見上げる。高層ビルに挟まれた狭い空を警察と軍の哨戒ヘリがさっきから何機も行きかっている。セキュリティーのしっかりとしたこの科学都市において、このような事態は非常に珍しい。妙な胸騒ぎがした。
「……君はもっとこう私のパ、パートナーとして……って聞いていないだろ! 彗!」
「んー?」
うわの空で返事をする、パートナーね。研究で何度も病院送りにしかけておいてよく言うよ。顔が赤いのは柄にもなく臭い単語を使ったからだろう、いい気味だ。
「はいはい、で、パートナーがどうしたって?」
わざとにやけて、でもけだるげな声で答える。耳まで真っ赤になり、こぶしを握って体を震わせる有栖。そこから彼女が結構豊かな自分の胸に手を突っ込むほうが、僕が後悔するより早かった。
「死になさい!」
銃口を向けてくる有栖。
「ちょ……タンマ、タンマ! こんな往来でそんなもんむき出しにするなって!」
流石はトップクラスの開発者。有用なパワードスーツの開発者は機密保持のために、護身用の拳銃の所持を許される。こうも性格に難のある人の手に渡るとこうなるわけだが。
「……ふんっ! ちゃんと研究所まで私のもの届けなさいよ!」
有栖は吐き捨て、拳銃を胸の谷間、もといシャツの内側に隠したポケットにしまいこむ。彼女はそのまますぐ近くに止まっていたタクシーに強引に乗り込んでしまった。
往来で両手を挙げたままフリーズしている僕を置いて。まあ、これもいつものことなので学習しきれていない僕が悪い。
「……勘弁してくれよ」
パワードスーツはメモリーに情報化されているとはいえ、そのメモリーそのものが巨大。
ゆうに二十キロは越えている。
「……情報化できても意味ないじゃんか、あの野郎」
恨み言を吐きつつトランクを引きずる。
この技術は確かに便利だ、このパワードスーツも本人認証さえできれば一瞬でこの身にまとうことが出来る。ただ……僕はこの技術と開発者が嫌いだ。
――――カタン
左手の路地裏から聞こえた、沸騰した鍋の蓋が浮き上がって着地するときのような音。そのまま横にずれる音も聞こえる。
嫌な予感しかしない。すぐに目をそらすべきだったはずなのに、僕はそのマンホールの穴から出てきた黒いショートカットの女性と目が合ってしまった。
「静かにしろ、さもなければ撃つ!」
「……今日こんなのばっかり」
銃口、それも機関銃の類を向けるその女性。反射的に両手を上げかけたが騒ぎになってもまずいので両手はそのまま正面で組んだ。
その時上空をまたヘリが飛ぶ、今度は警察のようだ。
「ちっ! また見つかったか。急ごう、さあ早く、ヤコ!」
薄汚れてはいるものの、気高さを感じるダークブラウンのスーツを着ている黒髪の女性は、マンホールの中に手を伸ばす。よく見ればわき腹や手首のあたりに怪我をしている。
「アヤメ……私はもういいよ、あなたが傷つくところをもう見たくない」
「何を弱気になっているの! 早く逃げるの!」
そして僕は一瞬、マンホールから出てきた銀色の髪にくぎ付けになった。だからかもしれない、僕と二人の警察官が彼女たちを挟むという奇妙な構図になってしまった。
「ヤコ! 伏せて!」
射撃訓練場でしか聞いたことがない、科学都市特別警察の正式登用銃の発射音が狭い路地にこだまする。耳を疑うより先に、僕の頬を横一線の傷が生まれていた。
警察が一般人を巻き込むのもいとわず、射撃をしたという事実に戸惑う。
また発射音。
「ぐっ……!」
黒髪の女性がうめく。見れば機関銃のマガジンで弾丸を受けたものの、心臓付近で受けたその衝撃は弱くない。ただでさえ強制制圧に特化した弾丸を使用する、距離によってはショック死しかねない特殊銃。その威力は後方に吹き飛んだ女性、『アヤメ』と呼ばれた人の体が証明している。
目の前の女性二人がそんな特殊銃で撃たれるほどの犯罪者だとは思えない。もちろん機関銃を持っていたという事実を差し引いても、引き金に指をかけるどころか銃口すら向けない女性相手に。
冷静になれ羽山彗(僕)。いまのこの現状を分析しろ。
何が最善か
何が最良か
「逃……げて、ヤコ!」
何が最悪か
何が最低か
ヤコと呼ばれた銀髪の女性は、何かを言いかけて僕の脇を駆け抜けていった。僕と同い年か少し年下、その横顔には一条の涙が流れている。
何を疑い
何を信用するか
警官の銃口とヤコの間に割り込んだアヤメがこめかみに弾丸を受け、大地で跳ねる。思わずアヤメのそばに駆け寄った。脈はあることを確認し、胸をなでおろす。
「青年、制圧協力感謝する」
機械的に語る警察官と目が合う。
「ただしこの件には箝口令を発動する」
最善で最良はこのアヤメとヤコを捕縛し引き渡すこと
最悪で最低は警官から逃げること
そうだ、そうわかっている。黙って腕時計型の操作端末を指でなぞる。
「……『PW-YT=ss』装着コード承認」
操作端末から機械音声がながれる。足元のトランクから0と1に情報化されたパワードスーツが実物となり、僕の体を脚部から覆っていく。ステンレスシルバーのメインカラーリングに流線型の藍色に近いブルーのライン。ラインとは裏腹にごつごつと取り付けられた機動スラスター。
最後に鳥のくちばしを思わせるヘッドギアが頭頂部と両頬から顎まで覆うように展開された。半透明のグリーンのフェイスガードが視界を守る。警官は僕をあからさまに警戒した。
僕の疑いは警察官に
僕の信用はこのアヤメとヤコと呼び合う女性たちに
体を屈める。
「青年、動くな」
当然静止を無視する。右足を伸ばし、左足を折り曲げた状態で気絶したままのアヤメを両手で抱える。
「撃つ」
もはや警告ですらないご丁寧かつ親切な意思表示。
「良いですよ、撃って」
屈んだ姿勢のまま右足に意識を集中する。四回の発射音、ご丁寧に胸部二発と頭部二発を狙っているのだろう。右脚部側面の軌道変更用のスラスターと、足裏にある推進ブースターを同時に噴射した。若干遅れて左足の推進ブースターを起動する。周囲の世界が横に流れる。
ほぼ静止の状態から約九十度の方向転換と、時速百キロに到達する瞬間加速。かかるG(重力加速度)も半端ではない。このパワードスーツのでたらめさがお分かり頂けるだろうか? 正直にアヤメという女性が気絶してくれていてよかったと心底思う。
視界の隅に映し出された推進ブースターの連続使用制限である十五秒のカウントダウンを始める。上体をそらした正座のような体制で高速で、さらに加速しながら警察官から逃亡する。耳に届いた背後からのダンっという重厚な発射音。
「カウントダウン5(ファイブ)」
スラスターの噴射準備を整える。この周辺の様子も把握できない時速六百キロ後半オーバーの超高速の状況でよく演算処理を行っている、と褒めて欲しい。まともなOSもないのに人間の脳みそひとつで何とかなるはずがない。
「カウント……0(ゼロ)!」
慣性の法則なんてぶった切ったような鋭角で横の路地に飛び込んでいく。しかしやはり判断が間に合わない。路地の壁面に背中から衝突する。
「……っ! げほ」
特殊炭素繊維で組まれ、内部に衝撃吸収用のゲル剤もあるのだからこのパワードスーツは耐・吸衝撃性に優れている。それでも骨が折れるのではないかとも思える衝撃。
「よく……壊れないなって我ながら思うよ」
パワードスーツじゃなくて僕が
「アヤメ!」
「あーやっぱりここに隠れて……ゲホゲホ」
「だ、大丈夫ですか?」
アヤメはまだ気を失っている。
「見ての通り彼女は命に別状はないよ」
このままでは誰だかわからないだろうな、と思いいったんフェイスガードを開く。
「あなたは……」
「そ、一応初めまして。えーと……ヤコさん?」
ぺこりとお辞儀をする銀髪の少女は「ありがとうございます!」と叫ぶ。追われている身とは思えない元気な返事だった。
「……にげましょーね」
フェイスガードを再装着し、アヤメとヤコを両手で抱きかかえる。
「え? え?」
「いたぞ! 撃て!」
スラスターを壁面に押し付けるように噴射し続け推進ブースターを噴く。
「きゃあぁぁ!」
背中をこすりながら壁面を垂直に駆け抜ける。推進ブースターの残時間が丁度ゼロになった瞬間、壁面を昇り切り、スラスターの勢いそのままにビルの屋上に転がる。
――――ブースター・オーバーヒート・クールダウン開始
無機質な機械音声とともに、パワードスーツの脚部と腕部、背面に設けられた放熱板、フェイスガードがすべて開く。
「あの……」
「はい、ストップ。お礼よりまず……なんで追われているの?」
「それは……」
迷いながらも答えようと口を開きかけたヤコ。
「機密事項だ!」
何時の間に目を覚ましたのかアヤメの厳しい声にヤコの体が萎縮する。
「なるほど、国家研究所関連の人間でしたか」
今度はアヤメが「失敗した」とでも言いたげに顔をそらす。機密なんて言葉、使うなら国家関連の施設。流石に研究所はヤマ勘だけど。
「アヤメ、この人はいい人だよ? 話しても……」
「それぐらい理解している! だからこそだ!」
僕は放熱中のパワードスーツ姿のまま頭を抱えた。
「はい、喧嘩はそこまで。あんた達、追われている自覚はあるんでしょうが」
これ以上面倒くさいことになる前にここを去ったほうがよさそうだ。スーツの放熱板がすべて閉じて、冷却が完了した。これなら再び全力で逃げられる。
「ヘリも空を飛んでいることだしここも安全じゃない……」
あれ……ちょっと待て。そうだヘリが飛んでいたはず、彼女たちを探していたのならここは目立ちすぎないか? 確か軍のヘリもいたし場合によっちゃ僕、消されませんか?
突然発生する強烈な下降流が雄弁に今の状況を語っていた。
「なんで軍用ヘリまで出てくるのさ! しかもステルス&サイレントってなんでそんなにありえない本気!」
ヘリの側面のハッチから除く長い銃身とスコープ。
「やべ……ライフル!」
肘のスラスターで加速させた拳で床のコンクリートを砕く。瓦礫は宙を舞い、狙撃をうまい具合に妨害している。
その瓦礫のうち、側に鋭角で大きいものを僕は手に取り、屋上の端に投げる。
「ついさっきの醜態が役に立つなんて……」
抱えられた二人は当然何のことかわかっていないせいか、きょとんとしている。
「皮肉だなコンチクショウ!」
二人を無理やり自分の胸に抱きかかえて走り出す。
「ちょっと!」
「文句はあとで言え! 舌をかんで死にたくなかったら!」
屋上の端に転がった瓦礫に向かいフルブーストで加速する。時速三百キロ近くに達したところで膝が瓦礫に乗り上げ、体が宙に舞う。
今度はスラスターで軌道修正しながらなのでキリモミ回転はしないものの着地に恐ろしく気を使う。
――――ズグン
妙な音が左肩に走った。
いや痛みだ。
左肩を弾丸が貫通し、アヤメに弾が当たらなかったのは不幸中の幸い。そう思った瞬間意識が激痛に持って行かれる。
まずい、着地の際に二人に大けがをさせることだけは避けたい。なんとか絞り出した思考で進行方向に向かって百八十度右回転をする。そのまま背中から三つ先のビルの屋上のコンクリートに突っ込んだ。
着地の衝撃の際、力の入らない左手に抱えていたアヤメが腕からこぼれ固い床で転がる。
ヘリが追いかけてくる。空を飛んで逃げる、という選択肢はやっぱり無謀だったかな。
ライフルの虚ろな銃口とスコープが僕の瞳と見つめ合う。
「早く逃げないと、ねえ! あなたも早く! アヤメも!」
ああ、そういえば二人にまだ名乗ってなかったな、とのんきに思うあたり僕はもうあきらめているのだろう。
左肩の痛みが激しくまともに思考回路が働かない。この状態でこのパワードスーツを用いて逃げることは逆に自殺行為だ。まあ、これだけ美しい銀色の髪の人に看取られるっていうのもオツかな……
「もう嫌なの! 私のせいで人が死ぬなんてもう嫌なの」
ヤコが僕の体を揺する。
「はは……大げさだな」
少しでも安心させようと笑みを作る。彼女はぼろぼろと大粒の涙を流している。
「流石にちょっとこの痛みじゃ君たちを逃がせるためには役不足だ。頭もよく働かない」
彼女は何かにはっとしたような表情を作る。
「じゃああなたの頭脳がちゃんと思考できるようになればあなたも助かるの?」
「そうかもね、叶わない話になりそうだけど」
不思議なことをいう子だなと思ってしまった。
「――――脳波アダプト・スタート」
彼女のまとう雰囲気が変わる。
「強制接続、無線リンク調整……」
機械的に淡々と聞きなれない単語を並べる彼女。
またヘリのほうに視線を戻す。随分とよく狙っているな、という感想しかわかなかった。
「――――成功、並列演算を開始。私の思考回路と処理能力、あなたとシェアします!」
ライフルから弾丸が放たれた。
感じたことは妙に時の流れが遅いということ。人間は生命の危機を感じると処理能力が向上して体感時間が遅くなる、って聞いたな。でも時速一千キロ超で迫る死神(ライフル弾)の前では本能に組み込まれた闘争も、逃走もできそうにない。
拍動、ヘリのローター、下の町の喧騒。すべてがイラつきそうになるほど遅い。
死にかけているこの状況において心は異常に穏やかだった。
まあもともと生きていながら、死んでいるような生き方をしてきたから。だから今回もきっと『命の危険』を冒してまで赤の他人に入れ込んだ。
自業自得だなと弾丸と何秒間にも感じる見つめ合いを終え、瞳を閉じる。
「興奮物質分泌量増加を確認。反応速度、強制向上。筋力リミッター九割解除」
妙に周囲が遅い割にはいつもの速度で聞こえる……これはヤコの声?
「現在強制的に肉体の反応速度と脳の処理能力を引き上げています、回避を!」
ヤコを抱え跳躍と同時にスラスターを最大出力で噴き飛び退く。時の流れがひどく遅いことに加え、パワードスーツの性能を考慮しても、自分が驚異的な速度での横飛びを披露したことはよく理解できた。
自分のいたところに亜音速のライフル弾が着弾していた。
コンマ数秒にも満たないあの短時間で自分を撃ち抜くはずだった弾丸が、だ。
「次弾、来ます!」
飛び退いた場所にまたの着弾。アヤメのところまでブーストで加速し、彼女を抱える。ブースターの残時間表示を見たところ体感時間は十倍近くになっているのだろうか、あまりに奇妙な話だ。
銃弾が発射されてから回避行動をとっても間に合う。時間の流れから切断されたような錯覚。
「二人は隠れていて」
この自分の言葉ですら出来の悪いホラー映画の怪物のような声に聞こえる。
「え、だって逃げないと」
対照的にはっきりと頭に響くヤコの声。
「この状態ならあのヘリ一機ぐらいは迎撃できる。それから逃げたほうが安心できるだろ?」
確信があった。このパワードスーツのスペックを今なら最大限活用できると。ブースターを使わずにヘリに向かって走る。連射される弾丸が自分に向かってくる。スラスターを使い一気に弾丸を『飛び越え』た。
ヘリのほぼ真下まで来た瞬間、直立の状態で足の裏の推進ブースターを噴出させる。当然体は宙に浮きヘリの眼前まで前転しながら飛翔した。
「落ちろっ!」
推進ブースターの勢いとスラスターを併用した高速踵落とし。
コクピットのウィンドウにひびが入り、ヘリが体勢を崩す。ヘリから飛びのき、背を向けた状態でビルの貯水タンクの上に着地する。自分でも驚くほど静かでソフトな着地。
金属がコンクリートを削りながら下降していく音が聞こえた。
タンクから飛び降り、二人のもとへ行く。
「ひとまず片付いた、此処から飛び降りるよ」
ビルの下に誰もいないことを確認し、二人に今回は了承を得て両腕で抱きかかえる。
「行くよ3・2・1……0!」
ビルの屋上から飛び降りた。壁面を駆け上がったのと同じように、しかし推進ブースターを使わずスラスターのみで降下する。
着地のほんの数秒だけ、減速をするため推進ブースターをほんの少しだけ噴射した。
「よし、早くここから離れよう! 奴らに応援が来る前に……」
逃げようと言いかけて口から言葉が出なくなった。先ほどまで気が付かなかったが自分でも危険と判断できる動悸の激しさ。これは……
「ま、ずいな」
――――装着者の自律神経に異常発生 生命維持 レッドライン 強制パージします
聞いたことのない機械音声と、視界を埋め尽くす赤い明滅が自分の危険を告げる。
――――マスターに通告 緊急救命と機密回収権を行使します
放熱板が開くのとは違う感覚の開放感と共に視界が広くなる。自分のパワードスーツが装着時とは反対に情報化されず、頭部から順に外されてゆく。
胸の皮膚を突き破りそうなほど激しく拍動する自分の心臓。吸気ばかりで排気を行えない肺、意識が遠のくのは時間の問題だった。
「装着信号を受信して近くに来ていてよかった。誰だかわからないけど君達、手伝いなさい」
何なんだよ、と思うが早いか僕の意識はブラックアウトした。