ドミノ・コネクション
私が由紀夫と初めて逢ったのは、K大学との合コンの帰り道だった。
文化系女子大生にとって、医学部学生との合コンというのは伝説的人気イベントの筆頭に挙げられる垂涎ものなのだが、その日の私は自分でも嫌になるくらいに冷めきっていた。そんなに仲がいいわけでもない同じゼミの仲間から、
「どうしても人数が足りないんだ。ねえ、お願いだから協力してよ」
と、無理やり誘われたものだから尚更だった。彼女にはお金に苦しい時に何度か食事を奢ってもらっていた手前、むげに断ることもできなかったのだ。
居酒屋の座敷席でテーブルを挟んで向かい合わせた医者の卵達。その大半は定番通り開業医の2世だった。時々、場を盛り上げようと奇声を上げ、紫煙をくゆらせ、「俺は見た目ほど賢くないですよ」と、母性本能に訴えかけ、絵に描いたような屈託のない笑顔を浮かべる苦労知らずのおぼっちゃま達。その一挙一動が、やたら癪にさわり、ある種の嫌悪感さえ覚えた私は、2次回のカラオケへと流れていくハイテンションの同輩達の誘いを体よく断り、一人で帰路についた。
まだ、時間も早く、電車、タクシー、バスと帰る手段には事欠かなかったが、特にどこへいくあてもなければ、帰ってからすることもない私は、たまには自宅までの2キロの道をゆっくり歩いてみるのもいいかも・・・と、鼻歌をペースメーカーに満月を見ながら夜道を歩き始めた。
適度にアルコールが入っていたせいだろうか?薄暗い道を一人で歩くのを特に怖いとも思わなかった。途中、中年のサラリーマンや、学生風の男子集団ともすれ違ったが、彼らは私には目もくれず足早に、或いは自分たちの話題に笑い興じながら私とすれ違うと、やがて小さくなっていった。
夜の住宅街というのは、家の一軒一軒が昼間よりも一回りくらい大きく見える。一回り小人になった私は、嬉々として夜道を歩き続けた。
住宅街から少し離れたところにあるその小さな工場の前で、私を不意に立ち止まらせたもの───。それは今考えると、由紀夫が発する強い想念波動だったのかも知れない。
工場とはいっても、それは、半年ばかり前に倒産した印刷会社の廃墟だった。鉄製の門柱にはロープが張られ、『○○不動産管理物件・立ち入り禁止』というプレートが、時間が止まったように、しどけなくぶら下がっていた。敷地の大きさは、ざっとテニスコートの2倍ほどあるだろうか。2階建ての四角い建屋の壁一面は月明りの下で、白銀色に輝いていた。
薄明かりの中に静かに佇むその廃墟は、妖しくて、どこかしら艶かな雰囲気を放っていた。私はそのどこか魔界へでも誘うようなシルエットに強く惹きつけられていた。しばらくの間、ぼんやり廃墟に見入っていた私は、1階のすりガラスの向こうから、微かに明りが洩れていることに気付いた。
中に誰かいるのだろうか? こんな時間に立ち入り禁止の廃墟に居るのって、一体どんな奴なんだろう・・・? 恐怖感よりも強烈な好奇心が、私の中で競り勝った。気がつくとロープをくぐり抜け、ずんずん工場の敷地へ入って行った。
廃墟の鍵は開いていた。壊れたのか、はじめから掛かっていなかったのか、「管理物件」の割にはずさんだと鼻白む気持ちで、私は建物内に侵入した。
工場の中は暗かった。工場に一歩踏み入れた途端、インクと機械油とカビのような濃いにおいが、私を包んだ。床にはインクの缶や布切れ、丸められた紙などのシルエットが散らばっていた。私は奥の方から漏れてくる弱々しい光を頼りに、それらの障害物に足を取られないように気をつけながら、光源のある奥の部屋へと進んでいった。
足音を忍ばせて辿りついたその部屋の床中央にはランタンが一つ置かれていた。キャンプなどで使う乾電池式のランタンだった。その光に照らし出されたコンクリートの床は、広くて平らで、異様なほどきれいだった。そのランタンの手前には、床にうずくまった人の背中があった。それが由紀夫だった。
片膝を立ててコンクリートの床にしゃがみこんだ由紀夫は、窮屈そうに長身を丸め、床に何かを書きつけているように見えた。床に向かってしきりに手先を動かしていたからだ。でも、しばらくして薄闇に目が慣れた私は、床を見渡して「わぁっ」と、小さな叫び声を漏らした。
広い床のほぼ半分が、小さくて薄い長方形の板で埋め尽くされていたのだ。しかも、等間隔で垂直に立てられている───それはドミノだった。
直線を描き、渦を巻き、数か所で枝分かれしたドミノは、立派なオブジェとして、広い床の上に君臨していた。そして、作者である由紀夫は、そのオブジェの先端をたった一人で、黙々と伸ばし続けていたのだった。
私に気付いた由紀夫が、ゆっくりと振り向いた。私は勝手に入ってきたことを咎められると身構えた。由紀夫は声をあげず、立ち上がる様子もなくじっとこっちを見ていた。逆光で私から彼の表情を窺うことは出来なかったけれど、不思議と由紀夫が怒っている様子は感じなかった。
「すごいねえ。もしかしてこれ、一人でやったの?」
私は驚きと疑問とを率直な言葉にした。由紀夫は答えず、動く気配もない。
「私、こういうの見るの初めてなんだ。だからつい、見とれてしまって・・・。あの、勝手に入ってきてごめんなさい。目障りなら、すぐ出ていきます」
私は居場所を失った使用人のように、ゆっくりと回れ右した。
「別に・・・目障りではないよ」
人懐っこい声だった。私は、なんだか嬉しくなって、
「じゃあ、ここで見ててもいいかな?」
と、高い声をあげてしまった。
「どうぞ」
感情のこもらない声だった。でも、投げやりでも無い声だった。私は、その声の醸し出すおおらかな雰囲気に魅かれた。その時私達が交わした言葉はこれだけだった。由紀夫は背中を向けて、ドミノを並べる作業を再開し、私は彼のオブジェを倒してしまわないよう細心の注意を払いながら由紀夫の傍へ行き、作業を見守った。ランタンの光に浮かぶ由紀夫の横顔は、美術室にある彫像みたいに白く、薄い唇と切れ長の目の上で緩やかにカーブを描く長い睫毛が妙に艶かしかった。
私が傍にいることを気にせず、背中を丸めて淡々とドミノを並べていく由紀夫──。私はその落ち着き払った姿を素敵だと感じていた。
その翌日から、私はインクの匂いのたちこめる夜の工場廃墟で由紀夫と会うようになった。
最初の日こそ、ただ由紀夫の作業を見ているだけだったが、翌日からは彼の作業を手伝うようになった。元来、細やかな作業が得意ではない私は、何度もドミノを床に立てるのをしくじり、 せっかく由紀夫が床に描いたアートの一部を破壊した。
由紀夫はそんな私を責めることなく、口元に静かな笑みを浮かべては、小さなドミノの一つ一つを立て直していくのだった。本意ではないものの、私が破壊し、由紀夫が再生する・・・。いつの間にかそういう役割とリズムとが二人の間に成り立っていた。
作業は焦ることなく、時間に縛られることなく黙々と続いた。それは、誰からも邪魔されない代わりに、世間の誰からも注目されることのない真夜中の静かな儀式だった。作業がひと段落すると、私達は段ボール箱を潰し、それをシート代わりにして、私が工場へ来る道すがらコンビニで仕入れたサンドイッチやおにぎりを頬張った。ドミノを立てている時は無表情の由紀夫も、そのときだけは頬に張り付いた緊張を緩め、「ありがとう・・・」と、私の手からおにぎりを受け取り、目元にはうっすらと笑みを浮かべるのだった。由紀夫と肩を並べて床に座った
私は、ポツリポツリとした会話から、名前の他に、彼が19歳だということ、一人っ子であることなどを聞き出した。そして、損にも得にもならないドミノ立てという共同作業を毎夜続けるうちに、由紀夫は両親が家庭内別居の状態にあるということを、私に打ち明けた。
「俺が10歳のころからずっとや。完全に別れもせんし、よりを戻す努力もしよらん。どうせやったら、このままギネスブックに載るくらい家庭内別居の世界記録作ってくれたら、俺も有名になれるんやけどなあ」
数枚のドミノを掌の上でジャラジャラ弄びながら、由紀夫はそう苦笑した。
由紀夫の父親は、地元ではかなり名の通った市議会議員だった。私も満面に笑みをたたえ、右手を挙げたポスターを幾度か見かけたことがある。
由紀夫によると、家庭内別居の原因はその父親の不倫相手が妊娠したことだという。
由紀夫の母親は、その現実にかなり動揺し、毎夜夫の不貞を激しくなじった。しかし、地元名家の長女としての人一倍高いプライドが、夫との離婚を踏みとどまらせ、当時輸入雑貨店を経営していた相手の女性に、多額の慰謝料を支払って堕胎を承諾させ、世間の風評を抑え込むという道を選択した。
「俺と腹違いの妹やった・・・」
由紀夫はおぼろげにそう呟いた。
その件以来、由紀夫にとっての家族は死に、家庭は血縁という関係のみで親子の役を演じる場となった。信頼関係が破綻したことを十分実感しながらも、世間体という亡霊に怯え、由紀夫のためという名目のみの脆弁で、一つ屋根の下での別居生活を淡々と続ける由紀夫の両親。
由紀夫の心や人格が声にならない悲鳴を上げ続けるのも当然だった。
スーパーで万引きしても、無免許でバイクを乗り回しても、由紀夫の父は金と人脈とを使って由紀夫の叫びを黙殺し、由紀夫の母は、半狂乱になって夫をなじるばかりだった。そういうことを延々と繰り返すことで、由紀夫の両親は由紀夫が居心地の悪い環境から抜け出す力さえも奪ってしまったのだ。
「すべて自分のせいです・・・いう顔してる時のオヤジの顔が一番ムカつくわ」
「わかるわその気もち。子供が見たくない親の顔ってあるもんなあ」
私は由紀夫に深く共鳴せずにおれなかった。
私の両親が離婚したのは、私が中学2年の時だった。
小さな町工場で旋盤工をしていた父は、その数年前から酒がないと精神の安定を保てない、いわゆるアルコール依存症になっていた。酒類が体から切れると怯えたように手をわなわなと震えさせ、酒が入れば入ったで、毎回汚い言葉を母に浴びせかけ、手を上げることもしばしばだった。私はそんな時、暴力をふるう父よりも、特に抵抗するでも逃げるでもなく、泣き叫びながら必死に耐えようとする母の恐怖にひきつった顔に対して、言い知れぬ憎しみを覚えた。
「なんで、我慢しとるんよ。あんな奴とは別れたらええやん」
ひとしきり暴行を終え、布団の上で大いびきをかく父親を横目に、私は母の両肩を激しくゆすって懇願した。すると母は、何も言わず泣き腫らした眼のまま、私の体を痛いほど強く抱きしめるのだった。乱れ切った母の髪が私の瞼に当り、肩に押しつけられた鼻先では、洗剤の匂いがした。そうして私を抱きしめながら、母はかすれた声でこう呟くのだった。
「優子のためや・・・。優子のためなんや」 と。
何が私のためなん?なんで私のせいにするん?
心の傷をかきむしる想いで、私は声なき叫びを上げるしかなかった。
最終的に母に離婚を決意させたのは、私の自殺未遂だった。救急車の中で母は、意識が半分しかない私に、
「優子・・・ごめんな・・・ごめんな・・・」
と、深くうなだれていた。そして、体の奥底から絞り出すように、
「お父さんと別れるから」
と呟いたのだった。私はその言葉を耳にした瞬間、薄い意識の中で「家族」という呪縛から解き放たれた歓びを強く感じていた。
その夜、ドミノ作業が一息ついてから、私は由紀夫をマンションに誘った。
私達は殆んど無言で一緒にシャワーを浴び、ベッドでお互いの体を抱き合った。まるでお互いの体に刻印された「家族」という名のトラウマを探り合うかのように。
私や由紀夫のような人間にとって、家族とは一体何なのだろう?
縁を切らない限り、否応なくのしかかってくる重荷。自分の意志とは関係なく、生まれ来る場所に用意された苦しみのステージ。長い年月にわたって、互いを傷つけ傷つけられる牢獄──。
かつて私は、一方的に親の犠牲になった自分を思い切り憐れみ、その憐れみの気持ちこそがまともで正しいと思っていた。しかし、私の念願通り両親が別れ、ある程度の時間が経過すると、今度は私の存在そのものが両親を傷つけ、苦しめていたようにも思えて、その呵責に似た気持ちが私の心を圧迫した。そして、母子家庭となった私は、時々父の様子を見に行くたび、
げっそりとやつれ果てた父の姿を目の当たりにして思ったのだ。この人もまた、家族と言う厄介な結びつきを背負ったが為に、自分らしく生きることを犠牲にしてしまったのではないかと。
今も私の左手首にうっすらと残るカッターナイフの傷跡──。
それは私の中に残る家族との記憶を封印し、永遠に家族から離れたいという私のエゴをたしなめ、諭してくれているのだ。
夜明け前に地震があった。
大きな揺れではなかったが、私と由紀夫とは殆んど同時に目を覚ました。
「ドミノ、大丈夫やろか?」
ベッドに起き上がりざまに私が言うと、
「もうちょっとで完成やったのになあ」
由紀夫は天井を睨んで舌打ちした。おそらく全て倒れつくしたドミノをイメージしたのだろう。
でも、私が半分同情的な声で、
「見に行ってみる?」
と声をかけると、彼は「よっし」と勢いよく起き上がって服を着た。
ランタンで照らし出された工場の床には、無数のドミノが倒れていた。重なり合い、それぞれ別の方向に散らばったそれらは、しどけなくもありシュールでもあった。
──家族の残骸・・・。
そんな言葉が私の頭をかすめた。
ひとつ残らず倒れたと思っていたドミノは、衝立が功を奏したこともあり、被害は予想よりも軽かった。由紀夫はしばらくの間、壊れてしまった部分を黙って見つめていた。ランタンの光に浮かぶ彼の横顔は、悔しがっているようにも、彼が今までドミノのために費やしてきた時間と労力とを憐れんでいるようにも見えた。私は、何か声をかけなくてはと由紀夫に歩み寄った。すると、
「やり直しや」
由紀夫はそう言うと、倒れたドミノ達を一つ一つ立て始めたのだ。私は虚を衝かれた。
淡々と慎重に倒れたドミノを起こし、並べ直していく由紀夫の姿は、以前とは違っているように見えた。もしかしたら、由紀夫もまた、私という同じトラウマを持った人間に自分の胸中を吐露することによって、かつての私みたいに家族から解放されたのかもしれない。
私は歓びに似た気持ちで由紀夫と作業を共にした。薄いドミノは、ちょっとしたはずみで倒れ、次々と隣のドミノを巻き込んでいく。倒れては立て直し、立て直してはまた倒れ・・・。
家族と言うのもこのドミノに似ているのかもしれない。何気ない会話とか月日を積み重ねながら、一つ屋根の下で暮らしていく。ふと振り返ってみると、日常でのお互いのやり取りが整然と並び、思い出というオブジェを形作っている。しかし、それは時としてほんの少しの衝撃で、音を立てて崩れ去って行く。
由紀夫と私は、崩れたドミノの残骸を拾い集めては、黙々と立て直し続けていった。
インクのにおいに満ちた小さな印刷工場跡の床一面に、ドミノが完成した頃には、夜が明けていた。オブジェの最後の部分に「ユキオ・ユウコ」という文字を作った私達は、朝の光が蒼く射しこむ部屋の真ん中で握手して抱き合った。
嬉しかった・・・。
それは、例えるなら壊れてもう遊べないとあきらめていた玩具を、自分達の手で直した時の歓びに近かったと思う。直線を成し、渦を巻き、四方に伸びるように繋がっているドミノ達。
私達はしばらくの間、至福の時を満喫した。
やがて、
「さあ、そろそろやろか」
という由紀夫の声に私は、
「うん。やろやろ」
と、軽快に答えた。
由紀夫は私の手をとると、抜き足差し脚で部屋の入り口近くにあるドミノの先端へと行った。
その最初のドミノの前に、ゆっくりとしゃがみこんだ私達は、顔を見合わせ、右手の人差し指をそれに近づけていった。そして、「せぇの」の掛け声で、最初の一つを押し倒した。たちまちドミノ倒しの連鎖運動が始まる。
カラカラと乾いた音を立てながら、まるで命あるもののようにドミノが走って行く。テレビの特番でやるような、花火が上がったり電飾がきらめいたりという派手な仕掛けも演出もなく、ギャラリーは製作者である由紀夫と私の二人だけだけど、それは神聖なセレモニーだった。途中で切れることなく、規則正しい一定のリズムで倒れ続けるドミノ。それは、この上なく素晴らしくて美しい光景だった。
ドミノ倒しは崩壊の美学なのだ。
由紀夫と私は部屋の端に立ち尽くし、その美学に心から酔いしれた。重なり合い、きれいに倒れていくドミノを見ながら、崩壊というのもまた家族の形態のひとつなのだと思った。崩壊したから、別れ別れになったからといって、すべてが心から消え去って行くものではなくて、一人一人はそれぞれの家族の構成員として、いつの日か再び、一つの塊として結ばれ合うことを、心の隅でほのかに夢見続けているものかも知れないと。
(終)




